落ちたな……
仲良く買い物を終えた二人は、お昼すぎに、守の家へとたどり着いた。
両手にたくさんの荷物を持った守は、いったん荷物を置いて家の鍵を開ける。
「いやぁ、歩かせてしまってすいません、河津さん」
「いえ、お構いなく。私が守宮さんのお家を見たくて来たんですから。それに荷物を全部持ってもらってるんです、感謝はあっても、文句なんてありませんよ」
と、微笑んだ。
「まあ、ほとんどは僕が買ったものなので。あ、どうぞ、上がってください」
「お邪魔しますー」
扉を開けて、河津を招き入れる守。
「うわぁ、本当にいい雰囲気の家ですねぇ? 私、こんな本格的な日本家屋みたいなのは、初めてです」
「僕もですけどね。最初は、この家の大きさにはびっくりしましたよ」
そう言って守は、とりあえず客室の一つに、河津を招く。
一重のいる座敷牢の部屋は、余計な面倒を起こさないためにも、とりあえず隠しておくことに。あえて、紹介する理由もないだろう。
手荷物だけを置いて、すぐに客室から出る二人。
「さて。それじゃあお腹も空きましたし、さっそくですけどお昼ご飯を作りますねぇ。守宮さん、お台所はどこですかぁ?」
「ああ、それなら案内しますよ。あと、お昼作るのも手伝わせてくださいね」
「ええ。お願いしますねぇ」
案内する守の後に河津が続いて、二人は台所へと向かう。
この家の台所は、家庭用の台所としては、やはり大きかった。台所というよりも、むしろ調理場や厨房と言った方がしっくりくるくらいだ。
そんな台所の中心に置かれた机の上に、買ってきた食材を置く守。
河津はその中から昼食の材料を取り出し、守は残りの要冷蔵食材を冷蔵庫へと入れる。
「じゃあ、お台所、お借りしますねぇ」
と言って、袖をまくる河津。
「お願いします」
守は、そう言って、包丁やまな板などを用意する。
「守宮さんは、パスタを茹でるのを頼んでもいいですか」
「はい」
言われたとおりにテキパキと行動する守。
そんなこんなで、昼食作りは意外とスムーズに進んだのだった。
そして、一通りの調理が終わって、河津流ペペロンチーノが完成。
後は、フライパンから皿に盛り付けるだけというところで
「あ、盛り付けは僕がやりますんで。河津さんは、先に部屋で待っててもらえますか?」
と守が言った。
一人分だけを、河津に見つからないよう、一重のところまで運ぶためだ。
「ええ。じゃあ、先に行ってお部屋にある机の上を拭いておきますねぇ」
河津はとくに疑問を抱いた様子もなく、台拭きを持って台所から出ていく。
それを尻目に見送った守は、食器やコップを三人分用意して、盛り付ける。
使い終わった調理器具を洗い終えると、守は一人分の昼食だけをおぼんに乗せて、台所から廊下に顔を出す。左右を見て、河津がいないことを確認して、そそくさと座敷牢のある部屋へと向かった。
「一重ちゃん。お昼ご飯を持ってきたよ」
部屋に入った守は、あまり大きくならないように声をかけた。
すると、座敷牢に下げられていた簾が上がって
「お、おかえりなさい……」
と、一重が恥ずかしそうに小さな声で言って、守を迎えた。
「あ、うん。ただいま。それで悪いんだけど……今、お客さんが来てるから、すぐに戻らなきゃで。だから、お昼ご飯を一緒には食べられないんだ、ごめんね」
「…………別に、一緒に食べたいなんて思ってないからいいですけど」
「ですよね」
あはは、と苦笑しながら、昼食を、おぼんごと一重に手渡す守。
「ぺ、ぺ……ペロペロチーノですか」
「うん、違うね。ペペロンチーノだね」
「……ま、間違えてません。わざとです」
「なんだわざとか――ってあれ?」
と、守が一重の恰好に気が付いた。
「一重ちゃん、服と髪型、変えたんだ」
「うっ……」
指摘されて、一重はぷいっと顔を背ける。
今朝は、赤のジャージにポニーテイルだった一重だったが、あれから着替えたのか、今は違っていた。服は……ジャージのままだったが、色が青に変わっている。髪型は、前髪をヘアピンで左右に分け、後ろ髪を両肩の辺りで二つに結んで、胸の前に垂らしていた。
「ま、まあ、せっかく色々ともらったので、使わないともったいないかと……」
頬を赤くしながら、言い訳をする一重。
「いいよ、すっごく似合ってる! メガネがあったら、なお良しだった! あ、そうだ、今度、可愛いメガネを買ってきてあげるね!」
「いらないです――って、守宮さん。こんなことしていていいんですか?」
「え? ……あっ! そうだ! お客を待たせてるんだった!」
一重の言葉で、河津を待たせていたことを思い出す守。慌ててて、体を反転させる。
「私のことは、別にいいんで。もう、行ってください」
「うん、わかっ――」
と、守が返事をして、部屋を出ようとしたところで
――キャアアアアアアア
と、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。
その後には、ばっしゃーんと、水の中に何かが落ちる音も。
「えっ!? 河津さん!?」
血相を変えた守は、すぐに座敷牢の部屋を、飛び出した。
悲鳴とその後の水の音に既視感を覚えた守は、全速力で中庭へと向かう。
するとそこには――
「うわぁん、寒いぃー!」
と、悲鳴をあげた、ほぼ全裸の河津が、池のふちで座り込んでいた。
言ってる場合ではないが、水を滴らせたその姿は非常に艶めかしかったという。
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