学生カップルとか、なにそれうらやましい
仕事も無事、昼前には終わり、役所前に立つ守。
しばらくして、役所から河津も出てくる。
「守宮さん、お待たせしました」
守の姿を確認して、河津は小走りで駆け寄った。
「お疲れ様です」
振り向きながら、返事をする守。
河津は、守の隣に並んでから
「それじゃあ、今から守宮さんのお家へ行きますか?」
と聞いた。
「ああ、いえ。それなんですけど……すみません、これからちょっと買い物に付き合ってもらってもいいですか?」
「はい、もちろん」
即答する河津。
そしてスマートフォンを取り出して、何やら操作をする。
「ここからですと、あっちにあるお店が近くて大きいですねぇ」
スマートフォンで検索。やはり、河津くらい方向音痴だと、地図を調べたりするのは日常化しているのだろうか。
「……ああ。わざわざ、ありがとうございます」
「いえいえ」
とりあえず、そうお礼を言って歩き始める守。
河津も、置いて行かれないように、隣に並ぶ。
「それで、なに買うんです?」
「引っ越したばかりだから、冷蔵庫の中もすっからかんで。食糧品を買いに行きたいんです。今日あたりに買い物へ行かないと、年末はインスタントか冷凍食品だけで生活することになるかもしれません」
「なるほど。それは、体にも良くないです。ぜひ、お買い物に行きましょう。……実は、私もお買い物したかったんです。引っ越しのお祝いの品とかも必要ですしね。もちろん、守宮さんのお買い物も手伝いますよ」
「あー、お祝いに関しては、別に気を遣わなくてもいいですけど。まあ、食品ついては、女性の河津さんが買い物を手伝ってくれるなら助かりますし、心強いです」
「えぇ。任せてください! 何だったら、私、今日のお昼、作っちゃいますよぉ?」
顔を傾けながら提案する河津。
守は、少し迷って
「だったら、お言葉に甘えちゃおうかな」
と答える。
「よーし、任せてくださいな」
微笑みながら、河津は腕まくりをした。
そこで、守はあることを思い出す。
「あ、そうだ。できれば、お昼ご飯、一人分、余分に用意してもらえますか?」
昨日は忘れていた、一重の分の昼食のことだ。
「? ……構いませんけど、どうしてですか?」
「あー、えっと……」
しかし、頼んでみたはいいけれど、しかし、河津に一重のことを話していいものか迷う守。そもそも、座敷牢のことを、どう説明すればいいのかもわからない。下手をしたら、そのことが原因で通報されることも考えなければならない。
だとすれば、一重や座敷牢のことを黙っておくのが得策だと、守は判断する。
ちなみに、それらのことを智樹に話したのは、例外である。なんやかんやで、守は智樹のことを信頼しているのだ。
「あ、もしかして、守宮さん、お腹が減ってるんですかぁ? だったら、守宮さんの分は二人前で用意しますよ?」
口ごもってしまった守に、そう尋ねる河津。
「あ、いえ、そうじゃなく……えと、そうです! 僕、一度に多くは食べられないから、もう一人分は間食ようにとっておきたいかなーなんて……」
と、言ってみたものの、我ながら無茶な言い訳だと思う守。
間食のために一人分多く作ってくれなんて、自分勝手な要求にもほどがある。
が、河津は少しきょとんとした後、ふふ、と笑って
「いいですよ。二人分も三人分も、そんなに変わらないですからねぇ」
と、快く引き受けた。
「あははー。ありがとうございます」
「いえいえー」
二人は笑いあいながら、ほんわかした雰囲気で歩を進める。
すると向かいから、制服を着た男子学生と女子学生が、並んで歩いてきた。
おしゃべりに夢中になっている学生を、二人はとくに示し合わせたわけでもなく、歩道の両側に捌けて、道をあける。その間を学生が通る。
守が河津の隣に戻ると、彼女は通り過ぎていった学生をじっと見ていた。
「? 河津さん、どうかしました?」
「あぁ、いえ。学生カップル、うらやましいなぁーって、ちょっと思っちゃって」
言われて、すれ違った学生の後姿を眺める守。
「はあ。うらやましい……ですか」
男子生徒の方は長身で、背中が、がしっりしている。たぶん、何かの運動をしている。顔もさわやか系で、印象的にはクラスのムードメイカーのような感じだ。
女子生徒も、それなりに背が高く、そして、足が長い、モデル体型というやつか。黒い三つ編みにメガネをかけていて、寡黙な文学少女という感じだった。
たしかに、美男美女なうえ、バランスがとれたお似合いのカップルだった。
うらやましいといえば、うらやましい。……というか、爆発しろ。
「ほら、学生さんのカップルって憧れるじゃないですか。学校の帰り道に一緒に寄り道したり、一緒にテスト勉強したり。私、女子校通いでしたから、そういう経験まったくなくって。ああいうの、初々しくて、やっぱりうらやましいなぁー」
おっとりした様子で、少し寂しそうに、そう言う河津。
それを見た守は、ふむ、と右手を顎に当てて、口を開ける。
「こういうのは、逆に考えればいいんです。学生時代に、甘酸っぱくて初々しい恋愛をする人はたくさんいます。確かに、うらやましいです。ですが、学生時代に初々しい恋愛をした人は、その時点で恋愛に慣れてしまい、大人になってから初々しい恋愛はできません。だから、僕らはある意味レアなんです。だって、そうでしょう? 社会人になっても恋愛したことない人は、少数派です。だったら、少数派なりの恋愛をすればいい! いいじゃないですか、大人の初々しい恋愛!」
と、力強く熱弁する守。
話しているうちに、だんだんと熱くなってしまったようだ。
口をぽかんと開けている河津を見て、守は我に返った。
「あ、ああ……ごめんなさいっ。ちょっと熱弁しすぎちゃいました……」
謝って、しゅん、となる守。
ぽかんとしていた河津だったが、そんな守を見て、ぷっ、と吹き出した。
「いえいえ。私はとっても素敵な考え方だと思いますよ?」
「そ、そうですか?」
「ええ。それに、守宮さん〝僕ら〟って言いましたよね? それって、私と同じように、恋愛未経験者ってことですよね?」
どことなく嬉しそうに、そう聞く河津。
「……はい。お恥ずかしながら、そうなんです」
「うふふ。お揃いですね、私たち。……それとも、お似合い……なんですかね?」
赤くなった顔を傾けて、守を見ながら、目線を上にあげる河津。
「あ、えっと、いやっ…………どうなんでしょうね?」
守は、なんと返せばいいのかわからずに、テンパってしまい、そう返した。
慌てる守を見て、くすくすと笑う河津。
はたから見た二人の雰囲気には、何やら初々しい、ラブコメの波動が感じられた。
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