妹が欲しかったんだ

「ごめんね一重ちゃん、夕飯がお弁当なんかで。今日は時間があまりなさそうだったから」

 夕飯を終えて、空になった弁当の容器を一重から受け取って、守は言った。

「……別に、食べられればなんでもいいです」

 お腹が減っていたからか、守と同じ量のお弁当をぺろりと平らげた一重は、そう返した。

「そうは言っても、好き嫌いとかもあるだろうし」

「守宮さんが好きなものを食べて、その余りをいただければそれでいいんです」

「またまた、そんなこと言っちゃって。まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど……あ、そうだ。今日、一重ちゃんにお土産を買ってきたんだ」

「――はい?」

 何を言っているのか意味がわからない、という顔で聞き返す一重。

 そんな一重の反応を気にした様子もなく、守は笑顔で紙袋を手にとった。

「じゃじゃーん。これは、なんでしょう?」

「……私、欲しいものはないって言いましたよね?」

 呆れたように、そう言う一重。

「うん。だから、これはお土産。お土産ってほら、必要なものではなく、贈りたいものを買うもんだしね」

「うっ……」

「どうせ、僕が持ってても使えないし。もう買っちゃったんだし、受け取ってよ!!」

 手に持った紙袋を、一重へ差し出す守。

 一重は、それを、納得できないような顔で、しぶしぶと受け取る。そして、紙袋の中に手を入れて、中に入っているものを取り出した。

「……なんです、これ? ……服?」

「ジャージだよ!」

「………………」

 怪訝そうな顔で、一重は紙袋の中身を全部出す。

 赤、青、緑。黒に白にピンクの、色とりどりなジャージが、畳の上に散らばった。

「なんで同じのばっかり……」

「だって、ほら! 女の子なんだから、オシャレとかしたいと思って!」

 満面の笑みを浮かべる守。

「オシャ、レ……?」

「でも、僕は女の子の服を選ぶセンスとか無かったから、とりあえずジャージを色々揃えました、はい。普段から着物じゃあ、ちょっと窮屈かと思ったしね」

「別に、慣れてれば着物でも平気なんですけど……」

「……あっ……ごめん。やっぱり、そんなのいらなかったよね。残念だけど、一重ちゃんがいらないのなら、それは捨てちゃわないとね……」

 悲しそうな顔をして、守は急激にテンションを落とす。

「え、あ、ちがっ……」

 落ち込む守を見て、一重は焦る。

「――い、いらなくはない、です」

「ホント!?」

 急に元気になる守。

「だったら、ちょっとそのジャージ着てもらってもいいかな!?」

「えっ!?」

「目測で買って来たから、サイズがあってるかどうか心配なんだよね」

「う、うん……」

 守の要求に押されて、つい承諾してしまう一重。ジャージの中から赤いジャージを選んで手に取り移動する。座敷牢の奥にある戸を開けて、部屋の中へと入って戸を閉めた。

 守が、弁当の開いた容器を片づけて戻ってくると、ちょうど座敷牢の奥の戸が開いて、そこから赤いジャージを着た一重が出てきた。

「えっと……着ました……けど……」

 恥ずかしそうにして、体をもじもじとさせながら、鉄の檻へと近寄る一重。

 ジャージのサイズはぴったりで、きつそうでもなく、ダボダボでもない。

 そのおかげで、今は、一重の体のラインがはっきりとわかってしまっていた。

 着物を着ていたときにはわからなかったが、腰にくびれもなく、胴も長めで足は長くない。つまり、普通に寸胴な体型だった。

 守は、そんな一重の姿をまじまじと見て

「イイネ!」

 と、親指をビシッと立てて、とてもいい顔をしながら言った。

「い、いいって、何が、ですか……?」

 少し顔を赤らめて、困ったように問う一重。

「着物を着てるときの一重ちゃんって、凄く綺麗なんだけど……ちょっと近寄りがたい雰囲気があってさ。座敷牢の中にいるってのもあるけど、なんていうか、別次元の人? みたいな感じがしてたんだ」

「き、綺麗……!?」

「だから、ジャージを着てもらったんだけど。うん、凄く似合ってる!! やっぱり、一重ちゃんも普通の女の子なんだね。凄く、可愛いよ!!」

「か、かわっ……!?」

 口をあわあわと震えさせ、顔は茹でたように真っ赤になる。

 言われたこともない突然の言葉に、一重はどう反応していいのか、おろおろ。

 守は新たな紙袋を手に取って、そんな一重に差し出した。

「これも使うといいよ!」

「え、えぇー?」

 一重はわたわたしながらも、なんとか紙袋を受け取り、中を覗く。

「あっ」

「髪留め一式だよ。一重ちゃん、髪が長いからね。あったほうがいいと思って」

「わぁ……」

 ヘアピンやヘアゴムにヘアバンド。シュシュやリボンにかんざしまで。色とりどりで様々な髪留めが、紙袋の中にたくさん入っていた。

「さあ、どうぞ!」

「えっ?」

「それで髪を結ぶんだ! 僕はポニテが好きです!」

 興奮した守が、鼻息を荒くして、誰も聞いていない自分の趣味を暴露する。

 そんな守の熱意に押された一重は

「う、うん」

 と、了承。紙袋の中から、髪を結べそうなものを探してシュシュを取り出した。

「んしょ……」

 櫛で梳くまでもなくさらさらな長い髪を、一つに纏めて、頭の上辺りで結ぶ。

 結び終わった一重が、軽く頭を振ると、まとめられた髪が宙を躍った。

 それを見た守は、体をプルプルと震わせて

「………………」

「あの、守宮さ――」


「きゃっほーい!!」


 突如、片手を頭上高くにつき上げて、飛び跳ねた。

 守は、テンションが上がりすぎて壊れていた。

「一重ちゃん、いいよ! 髪を結んだおかげで、さらに親近感がわくね!! 超可愛いよ! 撫でたい! 抱きしめたい! 頬ずりしたい! ほっぺぷにぷにしたい! 添い寝したい! お兄ちゃんって呼ばれたい! 髪を梳いてあげたい! おんぶしてあげたい! ちゅっちゅしたい! にいにって呼ばれたい! 一緒にお風呂に入りたい!」

 がしっ! と、守は鉄の檻を掴み、顔を檻の隙間に押し込んだ。

 その目は、完全に正気を失っている。

「――ひっ! ……へ、変態!?」

 守のただならぬ様子に、腰を抜かす一重。血走った目で鼻息を荒くして、自身を見下ろす男の姿を、唖然とした顔で見上げる。先ほどまでは赤かった顔も、今では真っ青になっていた。

「一重ちゃんはかわいいなぁ! 一重ちゃんはかわいいなぁ!! 一重ちゃんはかわいいなぁ!!! もうっ、ちょーかわいいよー」

 だらしのない笑みを浮かべて、鉄の檻に顔を押し付ける守。

 それを見上げる一重は、恐怖のあまり涙目になって、後ずさる。

「い、やあっーーーーーーー」

 なんとか体を起こした一重は、ばたばたとしながら座敷牢の奥にある部屋の中へと駆け込んで、ぴしゃり、とそのまま戸を閉めた。

 広い広い座敷牢の部屋の中心、檻の外側で、守は一人、ぽつんと取り残される。

「………………はっ! 僕はいったい何を!?」

 一人残されたことで、守はようやく正気に戻る。

 正気に戻って、自身のしたことに頭を抱えた。

「しまったー! 一重ちゃんがあんまりにも可愛くって、僕の理想の妹みたいだったから! 渇望していた妹に対する長年の欲望が、爆発してしまったー! こんなの、理想のお兄ちゃん失格だよぅ……」

 理想のお兄ちゃんうんぬんよりも、もっと直すべきところがあるだろうに、他人からすれば、かなりどうでもいいことで落ち込む守。

 さてどう弁解したものかと守は頭を悩ませる。このままでは、一重に〝お兄ちゃん〟と呼ばれることはおろか、まともに共同生活をすることすら難しいだろう。

 とはいえ、口走ってしまったことは全て本音であるし、言ってしまった以上、それを撤回するのも厳しい。となれば、下手な嘘で誤魔化したりはせずに、なんとかありのままの自分を受け入れてもらうしかない、と、守は考えた。

 良くも悪くも、守は素直な人間なのだ。

「ひ、一重ちゃーん。聞こえるー? そのままでもいいから、僕の話を聞いてくれないかなー?」

 奥の部屋に逃げ込んだ一重にも聞こえるように、大きな声で言う守。

 ――ススッ

 座敷牢の奥の部屋の戸が、少しだけ動く。

 どうやら、少し開いた戸と壁の隙間から、一重が守の様子をうかがっているようだ。

 それを確認した守は

「さっきは……ごめん! 本当にごめんなさい! 調子に乗りすぎました!! 反省してます!!」

 と言って、誠意を見せるためか、流れるような動作で土下座をした。

 普通の大人であれば、こんな風に、一切の躊躇いもなく土下座なんてできないだろう。相手が、自分よりも年下の少女だというのだからなおさらだ。だが、守はできる。さすがは守。まるで何の自慢にもならないが、彼には、まったくプライドというものがないのだ。

 ――ススッ

 守の、プライドを投げ捨てたような土下座に心を打たれたのか、あるいは、単に地に頭をこすりつけている大人の姿を哀れに思ったのか。また、少しだけ戸が開いた。

 戸と壁の間から、ひょこ、と一重が顔を出す。

 が、その表情は、守を警戒しているのか、いまだ険しい。

 守は顔をあげて、一重にたいして、面と向かって言う。

「まず、一つ言わせてもらいたいんだけど……さっき言ったことは全部、本音なんだ!」

 ――ぴしゃん

 戸が閉められる。

「ま、待って! 続き! 続きがあるのでっ!」

 ――ススッ

 話を聞く気はあるのか、再度、戸が少しだけ開けられる。

「えっとね。さっき暴走しちゃったのにも、理由があってね。……僕、昔から可愛い妹が欲しかったんだ」

 ――ぴしゃん

 戸が閉められる。

「ま、待って! 理由! 理由があるのでっ!」

「………………」

 一度ならず二度も気持ち悪いことを言う守に、さすがの一重も呆れてしまったのか、戸は開かない。

それでも、戸の反対側にいる一重に、なんとか声が届くように話を続ける守。

「僕の両親は、僕が物心つく前に死んじゃっててね。それで僕は、たった一人の家族である、おばあちゃんに育てられたんだ」

 ――ススッ

 今の守の話に、一重の興味がわいたのか、戸がまた少し開く。

「おばあちゃんのことは好きだったんだけどね。それでも、周りの人が家族の話をするたびに、寂しく思ってね。それで僕も、おばあちゃん以外の家族も欲しくなっちゃったんだ。……とくに妹が。いやまあね? 本当は、別に家族だったら誰でも良かったんだけどね。しいて希望をあげるなら、僕は妹が欲しかった。この辺は、もう完全に願望だけど。それでも、子どもの頃からずっと、妹が欲しい妹が欲しいと思い続けてるうちに、それがいつの間にか自分の夢みたいになってたんだよね」

 照れたように笑う守だが、言っていることは普通に気持ち悪い。

 が、しかし、以外にも戸は閉められなかった。

 もしかすると、一重にも、何か思うところがあったのかもしれない。

「だからさっき、一重ちゃんが長年夢見ていた理想の妹に見えちゃって、暴走しちゃったんだけど。それはもう、心配しないで。さっきので言いたいこと言って、ひとまずすっきりしたから。だからもう、多分、暴走はしないと思う」

 ――ススッ

 戸がまた少し開き、一重が顔を出して言う。

「……信用できません」

 守を、じとーっと睨む一重。先ほどの守の暴走が本当に怖かったのか、戸にかけた手が、プルプルと震えていた。

「……まあ、そうだよね。そればっかりは、もう時間をかけて信用してもらうしかないと思う。だから、とりあえず今は、その座敷牢のことを信用すればいいんじゃないかな?」

「座敷牢?」

「うん。さっきもそうだったけど、この檻がある限り、僕は君に危害を加えたりはできないからね。いや、危害を加える気はないんだけど」

 こんこん、と、鉄の檻を手の甲で軽く叩いて主張する守。

 一重はそれを見て、そろりそろりと戸を開けて、部屋から出る。

「それは、確かにそうですけど。……でも、守宮さん凄く怖かったですから」

「そんなにだったかー。あ、そうだ」

「?」

「それじゃあ一重ちゃん。今回のお詫びとして、いいものあげるよ」

「いいものぉ?」

 先ほどのこともあって、怪訝そうな顔をする一重。

 そんな一重に背を向け、いいものとやらを取りに、守は壁際へと移動する。

「まあまあ、そう警戒しないで。本当にいいものだから、さ」

 そう言って守は、壁に立てかけておいたダンボールを持って、鉄の檻へと戻る。

「なんです、それ……?」

「じゃじゃーん。なんでしょう?」

 と言いながら、ダンボールを開けて中に入っていたものを取り出す守。

 出てきたのは、何やら板のようなものだった。

「な、なに?」

「正解は……炬燵でーす!」

 ばばーん、と口で言って、守はダンボールの中身を全て取り出す。

「炬燵って――おこた!?」

「いや、怒ってないけど」

「意味のわからないボケをしないでください!!」

「ごめんなさいっ……」

 おこた一重――もとい、怒った一重に言われて、守はしゅんとする。

「私、初めて見ました……!」

 何やら、目をキラキラと輝かせる一重。

「えっと……こっちで組み立てちゃうと、檻を通らなくなっちゃうから、まずはバラバラのまま渡すね」

「はい!」

 守は天板から順に、鉄の檻の隙間から炬燵のパーツを、一重に受け渡す。

 全て渡しおえて、守は次に組み立て方を説明する。

 慣れないことに四苦八苦しながらも、守の丁寧な説明で、どうにか組み立て終わる一重。

「はー……これがおこたですか……」

 座敷牢の中にぽつんと置かれた炬燵を見て、一重は感慨にふける。天板をぽんぽんと叩いたり、炬燵布団をめくって中を覗いたりして、スイッチを入れたり切ったりしたり、もう興味津々である。

 頭から炬燵の中に入って、一重がお尻を左右に揺らしていると

「いやあ、喜んでもらえたようで良かったよー」

 と、守が言った。

「――はっ!」

 がばっと、顔を炬燵から引っこ抜く一重。

「つい夢中になっちゃった……! まさかこれが、炬燵の魔力というものですかっ!!」

「残念だけど、一重ちゃんはまだ、炬燵の魔力の片鱗も味わっていないよ」

 無駄にいい声で、守が言った。

「これで片鱗……。炬燵、恐ろしい子っ!!」

 一重も、無駄に格好つけた声で、そう返す。

 返してから

「――はっ、いや、そのっ……えと……違うんです……」

 いつの間にか、自分のテンションが高くなっていたことに気が付いて、顔を赤くした。

「はいはい、恥ずかしがってなくてもいいから。まあ、とりあえず炬燵に足を入れてみなよ! 上はジャージだけじゃ体が寒いかもしれないから、どてらも羽織ってね!」

 と守は一重に勧めた。

一重は恥ずかしさで顔をうつむけながらも、どてらを羽織って炬燵の足を入れる。

「………………。………………! ………………!? ………………!!」

 炬燵に入ってしばらく。うつむいていた一重の顔が、ぱーっと次第に明るくなっていった。口元には薄らと笑みすら浮かんでいる。

「どう?」

「あったか……ぬく、ぬ、くー……」

 幸せそうな声で、一重は呟く。そしてそのまま、目をとろんとさせて、炬燵に突っ伏してしまう。

「あ、ちょっと、一重ちゃん!? そのまま寝ちゃったら、風邪引くよ!?」

「あと五分……」

「まさかの定番ネタ!?」

「あと五分で、世界は我が手に……」

「寝ながらにして世界征服!? ちょっと! 寝るなら、ちゃんと布団で寝ないと!!」

 その後、炬燵の魔力の犠牲になった一重は、しばらくその場を動かなかった。

 しかし、守の必死の説得で、うるさくて寝ようにも寝られず不満そうな顔になりながらも、しぶしぶ布団のある寝床へと移動。

そして、そのまま布団の中に入って、寝てしまったのだった。

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