ご飯よー

「守……お前、ほんと買い物下手だな。おかげで、もうこんな時間だよ」

 買い物を終え、買ってきた荷物を車から降ろしながら、智樹がぼやく。

 すでに日は暮れ始めており、辺りの景色は真っ赤に染まっていた。

 せっせと荷物を家まで運んでいた守が

「いやぁ、ついテンション上がちゃって」

 あはは、と笑いながら照れる。

 かつてないほどの大金(といっても百万だが)を手にした守の金銭感覚は、大いに暴走した。まるで、お小遣いをもらったばかりの小学生が、その日のうちに使い切ってしまうようなノリだった。

「俺がいなきゃ、いったいどうなってたか……」

「だって、家電屋さんとか、いろいろと面白そうなもの売ってたから」

 もし、智樹がその場にいなかったら、手にした札束は間違いなく、口の上手い販売員の手によって、使い道がいまいちわからない電化製品などに変えられていただろう。

 それを全て阻止したのが、智樹である。次から次へと、いらん商品を買おうとする守を、根気よくたしなめたおかげで、守は余計な買い物をせずに済んだ。

 薔薇野郎――もとい智樹と言う男は、友人として理想の人間だといえる。まあ、そのことに守が気づいているかどうかは、定かではないが。

「まあでも、智樹。今日は助かったよ。ありがとうね」

 全ての荷物を車から玄関まで運び終えて、車へと戻った智樹に守はそう声をかけた。

「……クッソ疲れた。できれば、もうこの家には関わりたくないな――が、まあ、なんか困ったことがあったら連絡しろよ?」

 げっそりとした顔で智樹は言って、そのまま車を発進させた。

「うん。じゃあ、またねー」

 去っていく車に手を振る守。

 車の窓から、手を出してひらひらと振る智樹。だんだん小さくなっていき、やがて見えなくなる。

「さてと……」

 完全に車が見えなくなったところで、守は、家の中へと戻る。

 そして、玄関に置かれた荷物の中からいくつか手に取り、ウキウキとした足取りで、座敷牢の部屋へと向かった。

「たっだいまー!」

 バーン、と勢いよく戸を開けて、座敷牢にいるであろう少女へと声をかける守。

「………………」

「?」

 しかし、返事はない。簾もおろされていて座敷牢の中の様子もわからない。

 守は首をかしげて、鉄の檻のところまで移動する。

「おーい? 一重ちゃん? いるのー?」

 呼びかけるも、返事はない。

 鉄の檻を叩いたりして待つが、やはり反応はない。

 再度、首をかしげた守は少し考えてから、はっ、とした。

「……も、もしかして、中で倒れちゃってるとか!? 病気か怪我とか!? どうしよう! えっとえっと――救急車!!」

 と、焦ったように言って携帯電話を取り出した。

「えーっと、一一〇――って、間違えた!!」

 あわあわしながら、救急に連絡をしようとする守。

 一、一、九、と押して、通話ボタンに守が指を伸ばしたところで

「まっ、待って!!」

 と言う声が、座敷牢の中から聞こえた。

 直後、簾が上がって、一重が守の前に姿を現した。

「え、あ? 一重ちゃん、大丈夫だったの!?」

「ちょ、ちょっと返事がないだけで、救急車とか呼ばないでくれますか?」

 怒っているのか、むっとした顔の一重。

「ご、ごめん。……もしかして、トイレとかだった?」

「……違います。別に、本を読んでただけです。それに、いちいち返事をする義務なんてないじゃないですか」

「そ、そうなんだけど……。でも、一緒に暮らしてるわけなんだし、ちょっとした挨拶くらいは、ほしいかなって……返事がないと心配になっちゃうし」

 ちらちら、と懇願する視線を一重に送る、守。

「ふうん。そうなんですか」

「えっと……一重ちゃん、怒ってる?」

「別に、怒ってないです。ちょっと機嫌が悪いだけです」

 肘掛に肘を置きながら座って、ぷいっと、顔を守から背ける一重。

「それって、ほとんど一緒なんじゃ……」

 困ったような顔で、そう呟く守。

 すると

 くぅ~~

 と、間抜けなような可愛らしいような音が、守の耳に届いた。

「……お腹の音?」

 守が一重に視線を向けると

「――――っ!!」

 顔を真っ赤にした一重が、やわらかそうな唇をかみしめて、その小さめな体をわなわなと震わせていた。

「あっ……」

 そこで守は、自分がすっかり忘れてしまっていたことを思い出す。

「一重ちゃんのお昼ごはんっ!!」

 そう。守は智樹と一緒に、買い物ついでに昼食をとっていたが、しかし、座敷牢にいた一重は昼食を食べていない。それは、守が用意するべきものだからだ。

 一食程度抜いても、体にはほとんど問題はないが、しかしお腹は減ってしまうだろう。とくに一重は、朝早くに食べた朝食以降、何も食べていないのだ。お腹が鳴ってしまうのもしかたがないことだ。

「ひ、一つ言っておきますけど。別に、守宮さんが私なんかの食事を三食用意する義理はありません。私は、所詮、守宮さんのお世話になるだけの存在なので。死なない程度の食事さえ用意していただければそれでいいんです」

 俯いて、顔が守に見えない状態で、そう言う一重。

 卑屈になっているような一重の要求だったが、しかし守は

「そ、そういうわけにはいかないよ!! ごめんね、一重ちゃん。本当にごめん!! 今すぐ、夕飯を用意するから待っててね!!」

 すぐに否定して、慌てて部屋から飛び出していった。

 その様子を、ぽかーんと口を開けて、眺める一重。

「………………やっぱり変な人だ」

 一人になった座敷牢の部屋で、一重はそう呟いた。

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