第二章「喜劇的ビフォーアフター」

マイホーム探検隊!!

「――あ、もしもし。おはよう、智樹。えっと、今日、暇? ……えっ? なんで昨夜のメールと電話を無視したかって? あーそれは……昨日はすぐに寝ちゃって気が付かなかったから。うん? どこで寝た? いや、新しい家だけど? ……うん。うん。まあ、問題が何もなかったわけじゃないけど、ここでは普通に暮らせそうみたい。それでさ、家具とか生活用品がほしいんだけど……どうもこの辺りにはお店がないみたいでさ。だから、お願い智樹。今日、これから車を出してくれない? 住所は後で、メールで送っとくから!」

 持つべきものは友である。

 いざ、買い物をしようと思った守だったが、しかし、近所に店がない。車を持っていない守では、徒歩と、バスや電車などの公共交通機関を利用するほかない。

 軽い買い物であるならそれでもいいのだが。しかし、今回は引っ越し後の買い物だ。色々とかさばる物を買うかもしれないので、やはり車があるのが、望ましい。

 というわけで守は、車を持っている親友、森井智樹に電話をかけたのだった。

買い物の同行を頼まれた智樹はというと

「昼飯は奢れよな」

とだけ言って、あっさりと了承した。

 やはり、持つべきものは友である。

 そして電話から約一時間後。まだ朝の八時だというのに、智樹はやってきて

「おいっ守!! これはいったいどういうことだよ!? ここほんとにお前の家なのか!?」

 酷く興奮した様子で、玄関で待っていた守を問い詰めた。

「いえっす! 家だけに!」

「いえっす、じゃねぇーよ。なあ、どういうことか説明してもらおうか?」

「……はい」

 親友に怒られて、しゅんとなる守。

 これ以上、怒らせないように、守はおとなしく、素直にこれまでのことを話す。

「――って、わけなんだけど……」

「やっぱ、騙されてるんじゃねーか」

 額を押さえて、はあ、とため息をつく智樹。

「あははー」

「あははーじゃねーよ。ともかく、騙されたってんなら、対応をしなきゃいけないだろう。弁護士にでも相談するか?」

「うーん、いや……まだ、そういうのはいいや」

「はあ? なんでだよ?」

「だって、今のとこなんの被害もないし。被害なしでこんな家に住めるんだよ?」

 危機感のない顔で、守はそう答える。

「おいおい……。ローンの代わりの頼みごとってやつも、今はまだ、よくわからない女の子の世話だけみたいだが。それだって、いつまでそのままかわからないだろ? もしかしたら、今後、犯罪に加担させられたりするかもしれないし。その女の子を軟禁してる理由だって、きっとろくな理由じゃないはずだ」

「それは……そうかもしれないけど。でも、そうじゃないかもしれない。まだ、わからないよ。だから、わかるまではこのまま暮らしてみようと思うんだ」

「その結果、騙されたとしてもか?」

「その結果、騙されたとしてもだよ」

「……ああ、もうっ! わかったよ! お前がそうしたいんならそうすればいい。ったく、馬鹿のくせに一度決めたら折れようとしないところ、昔から変わってねぇな、お前」

 注意するだけ注意はして、守の意思が固いことがわかってあっさり折れる智樹。

「智樹のお節介なところも、昔からだよね」

「うるせ」

「でも僕は、昔から智樹のそういうとこ好きだよ」

 守は、にっこりと微笑む。

「――なっ! 好きって!! ホモかよ、お前っ!!」

 顔を赤くして、焦ったように言う智樹。

「いや、僕は普通に可愛い女の子が好きだけど」

「だ、だよな。焦ったぜ、まったく……」

 額の汗を拭いながら智樹は、ふう、と息をつく。

 守からすれば、何故、焦ったのだろうか、という感じなのだが。

 昔から智樹にはそういうところがあったので、守は気にせず、本題に入る。

「で、買い物に行きたいんだけど」

「あ、ああ。こっからなら三十分くらいあればショッピングモールに行けるぜ」

「じゃあ早速、行こう」

 出かける気まんまんで靴を履き始める守にたいし、智樹は

「――いや、ちょっと待て、守」

「ん?」

「新しい家に必要なものを買いに行くんだよな?」

「そうだけど?」

「お前、この家の中、全部見て回ったか?」

「あっ……! まだ、家のなか全然見てなかった……」

 靴を脱いで、守は家の中へと戻る。

「家の中に何があるかも知らず、内装も把握せずに、どうやって必要なものを揃えるつもりだったんだ……」

 呆れ顔の智樹。

「じゃ、じゃあ、まずは家の中を見て回らないとね。さあ、気を取り直していこう!」

 失態を誤魔化そうと、テンションをあげる守。

 智樹は、やれやれ、と首を振り荷物と着ていたコートをその場に置いて、その後に続く。

「んで、この家の間取り図は?」

「え、何それ?」

「……ねぇのかよ。まあ、家の下見もしないようなやつだし仕方がないか」

 諦めたように呟く智樹。

「まあまあ。じゃあまずは、僕がわかってるところを案内するね」

 そう言って、玄関から進んで正面にある廊下へと進む守。

「えっと、右側の手前から台所、洗面所、トイレだね。全部、確認したけど、どこも問題なく使えるみたい。冷蔵庫とか調理器具も一式揃ってるし。いるとすれば、歯ブラシとかかな。それで、左手側が、お風呂に脱衣所。これがまた凄くて、旅館にある温泉みたいに広くて、そんでもって、露天風呂まであった」

 ふふん、とどこか自慢げに説明する守。

「露天まであるのかよ、すげぇな。俺も、入りたいもんだぜ。ていうか、掃除が大変そうだし、水道代とガス代もやばそうだ」

「……あー、それはあるかもしれない。デッキブラシとかはあったから、お風呂用の洗剤を多めに買っとかないといけないかもねぇ。温泉をひいてきてるらしいから、ガス代は大丈夫そう。水道代はどうだろう?」

「温泉たって、源泉垂れ流しってわけにもいかないだろうから、冷ますために水とか使うんじゃないか? その辺、詳しいことはわからんが、もしかしたらやばいかもな」

「うーん。まあ、水道代が払えなさそうな額だったら、温泉は止めるしかないね。一人で使うには、やっぱもったいないし」

 少し残念そうに、そう答える守。

「むしろ、家の中になんで温泉があるのかっつー話だけどな。ていうか、ここってもしかして、前は旅館とかだったんじゃないか? 建物の広さもそうだけど、庭に何台もとめられそうな駐車場もあったし」

「なるほど、それはあるかもしれないね」

 守は、そう言って納得する。

「……旅館って、維持するだけでも、かなりのお金がかかるらしいぜ。とても個人宅として住めるとは思えないんだが」

「だ、大丈夫だよ。たぶん……」

「そうならいいんだがな」

 大きな家を安く手に入れたとしても、その後にかかる経費を考えれば、やはり、自分の丈にあった家を購入するのが安心ということだ。この家は、当然、守の手に余る。仮に、このままローンを全てチャラにしてもらったとしても、維持費だの税金などで、いずれ首が回らなくなってしまうだろう。

 智樹はそれをわかっていたが、守には言い出せなかった。

 今、言ったとしても、守の不安を増やすだけで、ほとんど意味はない。

 どうせ、どれだけ不安を煽っても、実際に首が回らなくなるまでは守がこの家から出ていくことはないということもわかっていたからだ。まあ言い出せなかったのは、彼自身、庶民の現実から離れた今の状況に、困惑しているということもあったのだが。

 そうして智樹が悩んでいるうちに、いつの間にか廊下の終わりまで来ていた。

「はい、ついた。ここが、座敷牢のある部屋だよ」

 引き戸を開けて、突き当たりの部屋に入る二人。

「うわっ」

 智樹は、大きな座敷牢を見て、思わず声をあげる。

「な、なんだこれ……」

「だから座敷牢だって。この檻の向こう側に、一重ちゃんって女の子がいるの――って、あれ? ……簾が下ろされてる」

 守の言った通り、朝食時には上がっていた簾が、今は全て下ろされていた。

 そのため、檻の向こう側を覗くことはできず、一重の姿も見えない。

「一重ちゃん?」

 守が呼びかけるも、内側から返事はない。

「うーん、おかしいなぁ。中にいるとは思うんだけど……どうしたんだろう?」

「……さあな。年頃の女の子っていうなら、まあ、色々あるんだろうよ」

 何かを察したような智樹。

「そういうもんかな? なら、僕らはこの部屋にいない方がいいのかもね」

「ま、今はそうだろうな。ここはもういいから、別のところも案内してくれ」

 二人は話し合いながら、座敷牢の部屋を後にする。

 廊下へと出たところで

「別のところって言われても、僕が見回ったのはこれくらいなんだよねぇ」

 と、守が言った。

「これくらいって、まだ全然じゃねぇか」

「うん。というわけで、ここからの探検は二人とも初見ってことだ」

「はぁ、なんだか家を見て回るだけで、結構な時間と労力を使いそうだ……」

 ため息をついて、智樹は面倒くさそうにそう呟いた。

「まあまあ、そう言わずに! お屋敷探検だなんて、童心を思い出して楽しそうじゃない!」

「お前は、思い出さなきゃいけないほど童心から離れてないがな」

「失敬な、僕だって子供のころとは違うんだよ? 心だってほら、エッチな写真とか見て、かなり汚れちゃったし?」

「……大丈夫だ。お前はまだまだ、ピュアな心を持ってるぞ、童貞くん」

 すぐに騙されるしな、と馬鹿にしたように言う智樹。

「美人のお姉さんに言われるならともかく、智樹に言われても嬉しくはないなぁ」

「誰に言われたとしても嬉しがんな」

 素っ頓狂な返しをする守に、呆れ顔な智樹。

 くだらないことを言っている間に、玄関へと戻ってきた。

 二人はそのまま左に、つまり、玄関側から見て右の廊下へと進む。

 しばらく歩いて廊下の角を左に曲がると、いくつかの戸が左右に見えた。

「手前のは……トイレみたいだな」

 智樹は、一番近くにあった部屋を確認する。

「じゃあ、他の部屋も見て行こうか。僕は、手前から部屋を調べるから――」

「俺は奥からだな」

 二人は、手分けをして、部屋を確認した。

 この廊下には、トイレを除き、合計四つの部屋があった。

 右側に四つの部屋。内装は、左右が反転しているだけで、ほぼ同じ。

 八畳ほどの畳の部屋。部屋の中にはローテーブルが二つ並べて置かれているだけで、収納用の押し入れも空っぽ。

 大きな窓からは、庭の景色が見ることができる。

 確認を終えた二人が廊下に戻り、顔を見合わせる。

「やっぱ、ここは昔、旅館だったんじゃねぇか?」

 智樹がそう言って

「まあ、多分そうだろうね。ここはきっと客室だ」

 守が同意した。

「だな。廊下の奥の方もまだなんかあったから、行こうぜ」

「うん、とりあえず、客室は放置かな。今のとこ、使い道ないし」

 二人は、客室を後にして、廊下の奥へと進む。

 廊下の突き当たりまでくると、また左右に道が分かれていた。

 右側には戸が二つ。左側には階段があった。

 二人は右へと進む。守が手前の戸、智樹が奥の戸へと移動して、開ける。

 開けて、中へ入ったところで

「あれ?」「ん?」

 二人は顔を見合わせる。どうやらこの部屋は、学校の教室と同じように前と後ろに戸があり、部屋自体は繋がっていたようだ。

「ていうか広いな」

 智樹が呟いた。

 板張りの床に、二〇畳ほどの広さ。天井は他の部屋に比べて高く、高い位置にある窓から光が射し、とても開放的な部屋だった。

「これって道場、だよね?」

 守が智樹に問いかける。

「あー、確かに剣道とか柔道やるようなとこだな。まさか、家の中にこんな施設まであるとは……」

「運動するには、ちょうど良さそうだね」

「こんな広いとこで一人運動してても、さみしいだろう」

「た、確かに……」

 一人で柔軟体操や筋トレをする自分の姿を想像して、納得する守。

「……まあ、この部屋の有効利用法は後で考えるとして。守、次はどうする? 二階を調べるか?」

「ううん。とりあえず、まずは一階を全部、回ろう」

「そうか」

 ということで、玄関へと戻る二人。

 今度は、玄関から見て左の方向にある廊下へと進む。

 しばらく歩くと

「うへぇ……」

 右手側の窓から、外の景色が見えた。

「これは……もしかして、中庭か?」

 左手側の窓からは表の庭が見えるのを確認して、智樹はそう呟いた。

 中庭もまた、かなりの大きさだった。何本かの木に、池まであった。

 上には、二階と二階の部屋を繋ぐための、渡り廊下らしきものも見える。

「だね。あそこの竹柵、あれが多分、露天風呂だよ」

 守が、中庭にある竹柵を指さす。

 竹柵は中庭の二割ほどのスペースを囲んでいた。囲んでいるといっても、露天からの景色を見るためか、高さはそれほどではない。竹柵の前に守が立てば、外からは肩まで見えるし、智樹が立てば胸まで見える、それくらいの高さだ。

よく見ると、その辺りからは白い湯気も立ち込めている。

「……後で、俺も温泉に入りてぇな」

 智樹がそう呟くと

「お? 久しぶりに背中流し合っちゃう?」

 守が、他意はなく、友人に対する軽口として、そう言った。

「………………」

 ごくり、と生唾を飲み込む智樹。

「ん、どした? 智樹?」

「……あ、いや、何でもない。おっと、行き止まりみたいだぞ」

 智樹は焦ったように言って、少し強引に話を逸らした。

「ほんとだ、戸があるね」

 突き当たりには、閂のかけられた戸があった。

 守が閂を外して、戸を開ける。

 すると、そこから冷たい風が吹き込んだ。

「うっ、あれ、外?」

「みたいだな。多分、これは渡り廊下みたいなもんだな」

 外に出ると、屋根つきで板張りの廊下が続いていた。

 廊下は、中庭と表の庭を遮るように置かれていて、脇からはどちらにも降りられるようにしてあるのか低い階段があった。

「ここから、庭と中庭に降りられるみたいだね」

「ああ。ってことは戸締りするときには、露天風呂と、渡り廊下の鍵も閉めなきゃいけないのかもな」

「うわ、面倒くさっ……くもないか。開けたらその都度、閉めればいいんだし」

「……いや、渡り廊下はどうするんだ? 通った後に、その戸は閉められないだろ」

 閂は、内側からしか、かけられない。

 現に、今、通ってきた戸は、閂が外されて開けっ放しだ。閂をかけたいのなら、引き返すか、先へ進み、家の中を通って後ろの戸まで戻ってくるしかないだろう。

「――というか、向こうの戸、開かないんじゃないか?」

「あ、そっか。閂だったら、外からじゃあかないのか」

 二人は、奥の戸を確認する。

 どうやら、外から開け閉めできるような鍵はついていないようだ。

「やっぱ、開かないかな?」

 と、守は言って、戸に手をかける。

 しかし、そんな守の言葉に反して、戸はあっさりと開いた。

 一応、内側に閂はあるが、どうやら開けっ放しだったようだ。

「不用心……なのかな? それとも、この辺りでは鍵閉めないのが普通なのかも」

「まあ、お前が心配だと思うなら、閉めておけばいいんじゃないか?」

「そうだね。そうしよう」

 智樹の言葉に従い、家の中に入って、戸に閂をかけておく守。

「これでよし、と。さて、こっち側にいったい何があるのかな?」

 そう言って守が振り向くと、智樹がすでに、近くにある戸を開けていた。

「ここは……宴会場じゃねぇか?」

「ああ、ほんとだ」

 智樹の後に続いて守が入ると、そこは二十畳ほどの畳の部屋だった。

 どうやら、この部屋は、家の反対側にある道場と対になっているようで、広さは、ほぼ同じのようだ。ただ、家の裏手にある竹林の景色を楽しむためか、窓ガラスは道場よりも低い位置にあった。

「まあ、ここも他に見るべきところはないよね」

「だな。一人じゃ、別にこの部屋は使わないもんな」

「そだねー」

 その後、二人は宴会場の外に出て辺りを見るも、部屋らしい部屋は他になく、あったのは二階へと続く階段だけだった。

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