年下の女の子を、座敷牢で監禁して、ペット扱い
「それで、家本さん。この子はいったい誰なんです?」
ちゃぶ台の前に座って、おにぎりを食べながら守は聞いた。
あの出会いの後、少女は寝ると言って簾を下げてしまったので、それ以上の会話もできず、守もそれに付き合って寝ることになった。
別に、付き合う必要はなかったのだが、少女が寝ている中で荷物の整理をしてら、うるさくて寝る邪魔になってしまうだろう、と考えての行動だった。なんにせよ、昨夜はほとんど会話ができていないので、現在も守は、少女が何者なのかわかっていない。
「――ああ、うん。今日はその話もしようと思ってね」
味噌汁をすすりながら、返答する家本。
座敷牢の少女、一重はというと、今は着物に着替えており、檻の内側で同じようにちゃぶ台を出して、もくもくと朝食を食べていた。
家本は、そんな一重をちらりと見て
「というか、ローンの変わりになるお願いっていうのが、この子のことなんだけれどね」
と、言った。一重は、まったく動じない。
「どういうことですか?」
「うーんと。まあ、見ればわかると思うけど彼女は軟禁状態でね。わけあって外には出られない……いや、出してあげられないんだ」
「何か問題でも……?」
「ああ、まあ色々とね。とはいっても、別に嫌がる彼女を無理やり閉じ込めているわけではないんだよ? 座敷牢での生活は、彼女も了承している」
家本は、箸を揺らして、一重の方を指す。守が、視線を一重に向けるも、とくに反応はない。怯えたりした様子もないため、脅されて黙っているようではないらしい。否定がないということは、家本の言っていることも事実なのだろう。ひとまず守は、そう判断する。
「でも、これって犯罪じゃないんですか? えっと……監禁罪、でしたっけ?」
「彼女が了承しているから罪に問われないだろうね。というか、彼女、その部屋を出ようと思えばいつでも出られるから、監禁というよりはむしろ、引きこもりみたいなものだよ」
と家本が言うと、ここでようやく一重が反応した。というか睨んだ。家本を。
「……なんか不服みたいですよ?」
「まあ、本人は了承しているとはいっても、好きでそこにいるわけじゃないからね。自宅の警備すらできないのに、自宅警備員扱いは不満だろうね」
「………………」
一層鋭い目つきで家本を睨む一重。
しかし、しれっとした顔で、おにぎりを口に入れる家本。
それを見守る守。
家本を睨んでも効果がなかったからか、一重は怒りの矛先を変え、ギロリと守を睨んだ。
「うっ。あー、えっと……そうだ! 家本さん、それで、僕に頼みたいことってなんです?」
話を進めて、視線から逃れる守。
一重は不満そうな顔をするも、渋々、食事に戻る。
そんな一重を見て、家本はクスリと笑い
「守宮君には、この子の面倒を見てもらいたいんだ」
と言った。
「え?」
困惑する守。
「心配することはないさ。最悪、食事だけ与えてれば大丈夫だし」
「……そ、そうは言っても、年頃の女の子ですよ? 座敷牢の中とはいえ、俺なんかと同じ家で一緒に暮らすのは嫌なんじゃないですか?」
その点さえ除けばたいしたことではないと言っているような物言いだが――実際に守は、大した問題だとは思っていない。
純粋に、年頃の女の子を相手にすることだけを心配して言っていた。
「そんなことできるか」などと抗議があるものだと思って聞いていた一重は、ポカンと口を開け、不思議そうなものを見る目で、守を見る。
それに気が付いた家本は、ニヤニヤした顔で
「問題ないだろう。なあ、一重?」
と、本人に直接、聞いた。
ぽーっとしていたところで話をふられ、一重はビクンと肩を震わせる。
「わ、私は……別に、どうでもいいです」
「いや、どうでもいいってことはないでしょ。女の子が、男と一つ屋根の下で暮らすことになるんだよ? ちゃんと考えないと」
何故か、説教をする守。どうでもいいと言っているのだから、そのまま引き受けてローンをチャラにしてもらえば丸くすむのだが、守は、つくづく計算のできない男だった。
しかし、そんな予想外な行動だからこそ、一重は驚いた。目を見開いて、守を見る。
そして、それを見ていた家本がニヤリと笑う。
「一重が嫌だって言うのであれば、守宮さんにはこの家を出て行ってもらって、新しい家主さんを探さないといけなくなるかなぁ。新しい家主さんはいったいどんな人になるだろうなぁ。いい人だったらいいけど、悪い人だったら大変だろうなぁ」
「うっ……」
家本の言葉に、呻く一重。
どうやら、人畜無害そうな守のことを同居人として存外気に入り始めているようで
「……嫌ではない、です」
と、素直に口にした。
が、しかし、その言葉だけでは、家本は許さなかった。
「ふうん。嫌ではない、ね。じゃあ、一重ちゃんは、守宮さんにどうしてほしいのかな? 自分の望みは、ちゃんと口にしないと伝わらないよね?」
と、煽るような口調で言った。
一重は、家本が自分に何を言わせたいのかすぐに理解して、顔を赤くする。
「ほらほら。守宮君、待ってるよ? 早く言わないと」
「わ……」
「わ?」
「私は、一緒に住んでくれるのが守宮さんなら、その……凄く助かります……!」
目を背け斜め下を見ながら耳まで赤くして、一重はなんとかそう言った。
守はそれを聞いて――無理やり言わされるまでのやりとりを見ていて少し複雑な気分になるものの――言葉自体は単純に嬉しいと思った。
言わされているとはいえ、年下の女の子に頼ってもらえたのだ、嬉しくないはずがない。
なので、守は
「一重ちゃん、ありがとう! 家本さんの頼み、僕、引き受けようと思います!」
やはり、あっさりと引き受けた。
「………………」
一重は照れてしまっていて、守と目を合わせようとしない。
家本は優しく、ふっ、と微笑んで
「よし、じゃあ一重のことは頼むよ。あと、さっきは食事だけ与えればいいって言ったけど、守宮君に慈悲の心があるのなら、なるべく一重の言うことは聞いてほしい」
と言って、何やら封筒を取り出して、それを守に差し出した。
それを守が受け取って
「なんです、これ?」
「百万円だよ。私の頼みを聞いてくれたみたいだからね。今月の支払いはチャラってわけだ。だからまあ、そのお金で、家具やら何やらを買ってくるといい」
それだけ言うと、家本は手際よく朝食を片づけて、部屋から去っていた。
結果、檻を挟んでいるとはいえ、二人きりになる守と一重。
守は年下の女の子にどう接すればいいか戸惑い、一重はさきほどのこともあり、照れてしまって話せない。まあ、一重はもともと、自分から人に話しかけるタイプではないが。
しばらくの沈黙の後、なんとか守が話しかける。
「えっと、今日、買い物に行こうと思うんだけど。一重ちゃんは、何か欲しいものある?」
「別に……」
会話終了。
「あー……えっと、本が好きなの? 新しい本とかはいらない?」
「別に……」
会話終了。
「あっ、服とかはどう? 女の子だし、色々と欲しいよね?」
「別に……」
まるで会話が続かない。
途方にくれて、おろおろとする守。
それを見て、さすがに悪いと思ったのか、口を開く一重。
「別に、私のことは気にしなくてもいいです……から」
それだけ言って、一重は書架から本を一冊取り出して、読書をし始める。
「いやいや、そういうわけにもいかないよ! ほら、家本さんから百万円だってもらっちゃったわけだし!」
「……守宮さんは、やっぱり馬鹿ですよね」
一重は本から顔をあげて、ジトーっとした視線を守に向ける。
「よ、よく言われるけど……」
「だからこそ、この家を買えた――いえ、買わされたのでしょうけど……」
ぽつりと呟く一重。
「ん……?」
「なんでもないです。えっと、表花の話はちゃんと聞いていましたか? それは全部、あなたのお金です。だから、私に構わずに自由に使えばいいのです」
「え? そうなの?」
やはり守は受け取ったお金が自分のものなのだと理解していなかったらしく、一重の言葉でようやく、納得する。
納得して
「よしじゃあ、一重ちゃんに必要そうなものを買ってこよう」
と、言った。とってもいい笑顔で。
「だから、馬鹿ですか。そのお金を私に使う義理なんてないのですよ?」
少し苛立ったように言う一重。
守はそんな一重に少したじろぎながらも、自分の気持ちを素直に言う。
「……でも、だって僕が一重ちゃんのために使いたいって思ってるから」
鼻の頭をかきながら、照れたように笑う守。
「なっ……。意味がわかりません。何の得があってそんなことをするのですか? 私の好感度を上げてどうするのですか? 私が好きなのですか? ロリコンなのですか? そういう趣味があるのですか? ……不潔です」
言いたい放題に質問をして、一重は勝手に結論付けてドン引きする。
本を置いて、両手で自身の小さな体を抱いて、守を睨みつける。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! 僕にそういう趣味はないからね!? 僕はただ――」
「ただ?」
「同じ家で住むのなら家族みたいなものだと思って……。家族とはやっぱり、仲良くしないといけないよね」
守は優しげに微笑む。
打算や思惑などなしに、純粋な気持ちだけでそう言った。
それにたいして一重は
「は? 家族? 座敷牢の中に閉じ込めておいて? ああ、あれですか。ペットを鎖でつないでおきながら、大事な家族なのだというようなものですか。ということは、守宮さんは牢の中にいる私をペットのように扱おうと言うのですね。変態ですね。軽蔑します」
冷めた視線を向けながら、そう返した。
「ぬ、濡れ衣だよ!? 一重ちゃん、何故かさっきから、僕に謎の性癖をつけようとしてない!? というか、一重ちゃんを閉じ込めているのは僕じゃないよね!?」
「年下の女の子を、座敷牢で監禁して、ペット扱いですか……。これは間違いなく事案ですね。逮捕待ったなしです。通報されたら一貫の終わりですね」
「いやだから僕はそんなこと――」
「まあ、そういうわけなので。私にはあまり関わらないほうがいいということです。あまりペットのことを可愛がり過ぎると、いつか来る別れのときに必要以上に悲しい思いをすることになりますから」
一重はやはり、表情一つ変えず、無表情のまま言った。
「……そう……だよね。あんまり関わり過ぎちゃうのも、やっぱり迷惑だったよね。ごめんね? 一重ちゃん。うん、これからは僕も注意するよ」
困ったような笑顔になる守。
「あっ……」
一重の言わんとすることは、そういうことではなかったのだが、しかし、過干渉を改めるというのであれば、是非もない。一重はとくに訂正することもなく、黙る。
二人の間には、また、沈黙が生まれる。
それっきり、守は一重に話しかけなった。
あまり関わるなと言う言葉を愚直に守っているのだろう。
「………………」
やはり、守宮守というこの家の新しい主は馬鹿だ、と一重は思ったのだった。
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