目印は街灯になります
そして、午後の就業時間も終わり
「それじゃあ、今日は失礼します!! お疲れ様でした!!」
あっという間に帰りの支度を終えた守が、職場を飛び出す。ホームルームが終わったら、さっさと教室を出ていく友達がいない帰宅部の学生のような早さだった。まだ、仕事が残っている人たちからは、恨みがましい目で見送られる。
外へ出ると、日はすでに落ちて暗くなり、街灯が辺りを照らしていた。
向かう先は当然、新しい家。
守はうきうき顔で、バス停へと向かう。そして、バス停へと到着すると、携帯電話を取り出した。
「えっと……」
バスを待つ間に、どこかへ電話をかける守。
電話が相手につながると
「あ、もしもし? 家本さんですか? 今、仕事終わりました! これから、向かおうかと思います! はい! それじゃあ、よろしくお願いします!」
と、白い息を吐きながら言って通話を終えた。
通話を終えたところで、バスがやってきて、守は意気揚々とそれに乗る。
しばらく――半時ほどバスに揺られて、やがて、目的のバス停へとたどり着く。
バスを降りると、そこは真っ暗な場所だった。
夜でも明かりの多い街中とは違い、そこは完全に郊外だ。
近くにある光は、バスの光と、バス停の街灯のみ。バスが去っていくと、辺りの景色はほとんど見えなくなる。
守はカバンの中から、一枚の紙を取り出す。手書きの地図だった。
「えっと……? バス降りて左にまっすぐ。五本目の街灯を右? え、街灯が目印?」
疑問に思い顔をあげ、体を左に向けると、百メートルほど先に微かな明かりが見えた。
「なるほど……。つまりあの光を目指して歩けばいいのか」
納得して、手書きの地図をコートのポケットに入れて歩き始める守。
周りにあるのは、人がいない工場のような建物、そして森。真っ暗で静かだった。たまに聞こえてくるのは、遠くを走る車の音だけ。
人っ子一人いない道を歩き、少し不安になる守。冬の寒さも相まって、体を震えさせながら歩いていた。バスに乗る前のうきうきテンションは、もう見る影もない。
「ふぅ……」
真っ暗な道を月明かりと百メートル間隔の街灯を頼りに、ようやく、五本目の街灯の下までたどりつく。ついたため息は、白く染まっていた。
守が、地図を取り出そうと、右手をコートのポケットへと伸ばすと
――ガシッ
突然、何者かがその右手を掴んだ。
「ひぃっ!?」
思わず悲鳴をあげる守。
背後に立つ何者かが、すっと守に顔を近づけて、そして、彼の肩に顎を乗せる。
そして、耳元でぼそっと呟いた。
「こーんばーんわー」
掠れた声が吐息とともに耳に届き、守の背筋を凍らせる。
ぴとっと、体温を感じられない冷たい手が守の首に当てられ
「――――っ!?」
声にならない悲鳴をあげる。
守は額に汗を浮かべながらも、やっとのことで顔を動かし、肩に乗せられた顔を見る。
そこには――
「うあああああああああああっ!!」
恨めしそうな目で睨み、頭から血を流し、長い黒髪を顔の前に垂らした女の姿があった。
「ぎゃああああああああああああっ!!」
叫びながら、慌てて逃げ出そうとするも、守は足をもつれさせ尻餅をつく。
「おっと、大丈夫かい?」
「いやああああ――えっ?」
心配そうな声をかけられ、ユニークな叫びを止め我に返る守。
「いやぁ、思った以上にびっくりしたもんで、調子乗っちゃったよ」
そう言って、あははと笑ったのは、守の背後に立っていた女だった。
「え? え?」
守は混乱しながらも、顔をあげて、声の主の顔をもう一度、確認する。
「家本……さん?」
「はいはい。家本ですよ」
そこに立っていたのは、守のマイホームの斡旋者、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます