第一章「ローンは色んな意味で計画的に」

家を買いました。百万円で

 クリスマスも終わり、二日が経った十二月二十七日の正午。

市役所の近くにある小さな中華料理屋で、二人の男が昼食をとっていた。

 一人は、中肉中背。おでこの中央で分けられた短めの黒髪。銀縁のメガネをかけ、紺色のスーツを着てきっちりとした身だしなみ。童顔なため、真面目そうというよりは、背伸びをして大人ぶっているようにも見える。

 もう一方は、背が高く、体は筋肉によって程よく引き締まっている。軽く茶色に染まった長めの髪。服装は、動きやすそうなグレーの作業着。パッと見では軽そうな印象を受けるが、不思議と落ち着いた雰囲気がある。

 二人が、ラーメンを黙々と食べていると

「そういえば僕、家を買ったんだけどさぁ」

 と、黒髪の男、守宮守やもりまもるが、向かいの席に座る友人にたいして、唐突にそう告げた。

 それこそ、最新機種のスマホ買ったよ、くらいの軽い調子だった。

「――は? あ、ああ、引っ越しね。でも守、分譲アパートに住んでたろ? 他に家賃が安いとこでも見つけたのか?」

 茶髪の男こと、守の友人、森井智樹もりいともきは、ラーメンを食べるためにせわしなく動かしていた手を止め、そう聞き返す。

「違う違う。一軒家だよ一軒家。僕は念願のマイホームを手に入れたのです」

「はあ? 一軒家って、お前、金はどうしたんだよ?」

 いたって当然の質問をする智樹。

智樹と同じ二十四歳の守は、社会人歴二年の市役所で働く公務員だ。

 当然ながら、これまでに稼いだ給料で一軒家を買うのは難しいだろう。

「ふふん、お金はこれまでに貯めた給料と、おばあちゃんの遺産を使ったのだ」

「ああ、二年前に亡くなった……。いやでも、お前んとこ、貧乏だったろ? だったら、一軒家を買えるほどの遺産があるとは思えないんだが」

「それがあるんだなぁ。おばあちゃんの、スズメの涙程度の遺産でも買えるような、一軒家が!」

「……んなもん、あるわけないだろう。いったい、いくらの家なんだよ」

 呆れたように、智樹がそう返すと

「百万円」

 と、守が答えた。

「……は?」

「いやね、百万で一軒家が買えちゃったんだよ! まあ、家自体は中古みたいなんだけど、凄いよね!? ていうか、それを見つける僕、凄いよね!?」

 キラキラと、子どもみたいに目を輝かせる守。

 そんな守にたいして智樹は

「で、お前はその家に一回でも行ったのか?」

 冷めた目つきで、きわめて冷静に、守にそう聞いた。

「え、まだだよ? だって、楽しみはギリギリまでとっておきたいし」

「本物の馬鹿だ、コイツ。まあ、被害が百万程度で済んで良かったと考えるべきか……」

 眉間にしわを寄せ、右手で頭を押さえる智樹。

「うん? どうしたの、智樹?」

「どうしたの、じゃねぇーよ。んで、前の家はまだ、住めるんだろうな?」

「ううん? あの家は今朝、引き払っちゃったよ?」

 たいしたことではないかのように、あっさりと言う守。

「はあ!? だったら、お前、今日からどこに住むんだよ!?」

「馬鹿だなぁ……智樹は。新しい家に住むに決まってるでしょ?」

 守は笑いながら、そう答える。

「……はあ、もういいや。何を言っても通じそうにねぇな」

 諦めたように深いため息をつき、立ち上がる智樹。

「あれ?」

「俺、先に戻るわ」

 そう言って智樹は、財布からお金を出し、机に置く。

 そのまま体を翻して、出口へと向かう。

「あっ、うん」

「じゃあな。……それと」

「?」

 守に背を向けたまま、立ち止まり、頭をかいた智樹は

「――その……なんだ。なんか困ったら、俺んとこに連絡しろよ」

 最後に、そう言い残し、店を出た。

 残された守は

「うーん?」

 と、首をかしげた。

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