Scene44「道標は謳う」
最初から彼女にだって分かっていた。
自分はリンケージ能力以外に本当の意味で誇れるものが無い。
資質は才能。
努力も才能の内。
決断した事は何処にでもいるアイドルの卵達にとっては特別な事ではない。
誰かの特別になれる権利があったとして。
それに届く努力をしたとして。
それでも望んだ場所まで、その高みに届くのは……一握り。
飛んでも飛んでも終わり無く。
果ては彼女の目に見えない。
彼女自身は何処にでもいる、代わりが利いてしまう、その程度の存在でしかない。
例え、彼女が死んだとしても、きっとそう多くないファンが少しだけ哀しんで、時が経てば忘れられる。
メディアがその時少し騒いでも、それでお終い。
彼女を失った親族や友人の中に傷は残せても、それ以上ではない。
有名になりたい。
名声が欲しい。
それに自分の夢を叶えられる立場やお金だってまぁまぁ求めている。
でも、それは本質的な事ではない。
輝いていた。
とてもとても、言葉では言い表せないくらい。
綺麗過ぎて、眩過ぎて、深く深く思わせられた。
誰かの特別になりたい。
今、自分が思うくらいに。
出来れば、沢山の人にその思いを味わって欲しい。
それがアイドルという職業を目指した理由。
外見で売れるのは二十代後半くらいまで。
歌手としてやっていけるかは才能と運と努力次第。
だが、それよりも先へ。
誰かの特別になりたいのならば、それ以上の何かがいる。
それがどんなものなのか。
想像も付かない。
付かなかった。
でも、今ならば、分かる、言える。
血の涙を流しながら、奈落に汚染されたコクピットで。
体のあちこちの肌から噴出した血潮に濡れながら。
頬の所々を破片に突き刺されながら。
まだ見ぬ憧れの頂に至る道を見据えて。
「『光は此処にあるよ』」
この想いのままに謳える限り、自分は誰かの特別だと。
誰も一人切りで立ち上がれはしない。
誰かが傍にいてこそ、それは叶う。
本当に大切なのは誰かの特別になろうとする事ではなく。
誰かを特別に想う事だった。
歌に国境は無いと言う人がいた。
その通りだ。
どんなに無様でも、声が届かずとも、自己満足だろうと、ただの欺瞞だろうと、構わない。
誰かを特別に想ってこそ、人に伝えたい気持ちにこそ、それは宿る。
「『手を伸ばし合って、繋いだものが』」
光を、輝きを、創り出すのは………いつだって、誰かを大切に思う気持ち。
「『全てを抱いて進んで行こう』」
愛、恋、夢、希望、何もかもが、譲れない誰かへの想いの形。
「『君と。限り無い空の果てまで』」
一人切りでは生まれない力。
『ぅ……リングシャードッ、健在ッ!! く……エピオルニス装甲が43%崩壊!! これ、はッ?! リ、リングシャードがッ?! 大気圏突入!! ああ?!! こちらギャラクシー!!? リングシャード!! リングシャードッッ!! 大丈夫ですか!!? 応答願いますッ!!』
『うぐ、ッッ、はッ!!? ど、どうした!!? 報告ッ!! 報告しろ!!』
『現在大気圏突入中!! リングシャードの機体装甲が61%以上喪失しています!! このままでは大気圏との断熱圧縮と摩擦熱で内部がッッ!!?』
『ッッ、じょ、状況報告!! え?! コロニーシリンダー突入先端部に事象変容を確認ッ!? 本艦も速度減速ッ!!? 何これ?!! リングシャード内部に重度の奈落汚染を検知ッッ!!? こ、これはDIVAがッ!!? リングシャードのDIVA稼働率が1400%を超えていますッッ!!? ダメッ?! こんな稼動率じゃ機体内部から崩壊しちゃうッッ!?!』
『マナ君ッ!! 今すぐに謳うのを止めるんだッッ!! そのままではその機体が耐えられないッ!!』
間奏が流れ初めて。
彼女は生き残った通信機器を高温に焼け付く指で何とか付ける。
もう痛みは感じない。
熱すらも。
ただ、満たされた想いだけがあった。
「神野艦長さん……ありがとうございます。でも、この突入角度だと減速しない限り、地上にも甚大な被害が出ちゃうと思うんです。この子が手伝ってくれる内に勢いを殺さないと誰も生き残れません」
『マナ君?! 君はッ!!?』
「アハトちゃんに初めてのファンが貴女で嬉しかったって伝えて下さい……それと事務所の人達と家族に今までありがとうって……」
『まだ助かる道はあるはずだ!! 諦めるなッッ!!!』
「ギャクラシーとエピオルニスのブースターはかなりやられてます。あの突入した時に加護は全部使っちゃったの、分かります……」
『くッ!!? 本艦の重力ブレーキはどうなってる!!?』
『ダメですッ!! 今、使えば、コロニーシリンダーとの連結が!!? バランスを崩せば、シリンダーが破壊されます!!?』
「皆さんは絶対に助けます。助けて、みせます。今の私とリングシャードなら、きっと出来る。だから、どうか、応援して下さい……こう見えて、応援されると頑張れちゃう現金な子なんです。私」
『ッッッ―――分かった』
『艦長!!?』
『全艦とシリンダー内部の全ての音響機器に接続!! 全周波帯で歌を発信せよッッ!!! 我々は此処にいる!!! まだ、外部からの助けが来るかもしれないッ!! 急げッッ!!!』
間奏が終って。
謳い出せば、歌詞が口から零れ出て行く。
考える必要すらない。
レッスンされた通り。
何処までも謳える。
沢山努力してきた。
その成果。
積み上げられてきたものは決して自分を裏切らない。
『頑張れッ!!』
『負けるなッ!!? 負けるなぁあああ!!!』
『死んじゃダメッ!! 生きて帰るのよッ!!?』
『諦めるなッ!!? 我々が助けるッ!! だから、絶対に諦めるなッッ!!?』
声が、耳に入る。
彼女の鼓膜は既に無い。
それでも、確かに届く。
それがALのおかげか。
DIVAのおかげか。
分からなくても、それだけで声の途絶えそうになる咽喉が、重くなっていく唇が、動く。
『救出部隊まだかッ!! 装甲を掻き集めろッ!!』
『早くしろッッ!!!? お嬢さんを死なせてまで生き残った恥を晒したい奴はどいつだッ!!』
『ダメです!! 緊急展開用の大気圏突入装備の殆どが外装毎破壊されていますッ!!?』
『僕が出ますッ!! 装甲をありったけイーグルの前に積んでくださいッ!!』
『その機体じゃ、解け落ちるぞッ?!!』
『構わないッ!! 今、此処で彼女を死なせてまで惜しい命じゃないッッ!!!!』
聞こえてくる優しい声。
涙は既に蒸発している。
指は既に毀れ始めている。
それでも、声だけは、声だけは届き、届けられる。
その奇蹟、その残酷に屈する事無き声。
自分だけじゃない。
自分だけの歌じゃない。
ならばこそ、彼女は奏でる。
鳴り止まぬ人々の想いに乗せて。
鼓動が途絶えたとしても、奏で続けてみせる。
誰かの特別になりたいなら、誰かを特別にしよう。
今、この時、何一つ、それを彼等が楽しめないとしても、謳おう。
それこそが、彼女の目指した果てにあり、その先に続くものなのだ。
(ふふ、私……アイドルみたい……あなたに届けたい気持ち……これが私の奏でたい歌……)
その時、確かに世界中の人々が、聞いた。
朝も夜も無く。
赤子も老人も無く。
善人も悪人も無く。
生者も死者も無く。
現実も夢も無く。
国家も民族も宗教も無く。
思想も主義も主張も無く。
(響いて……何一つ隔てられないもの……これが私の形……)
ただ、誰もが聞いた。
それは恋の歌だった。
それは愛の歌だった。
それは勇気の歌だった。
それは想いの歌だった。
それは誰かに届けと願う、誰かを特別にする歌だった。
『イーグルッッ!! ブースター全開ッッッ!!!! ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!! とぉッッ、どけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ―――』
たぶん、人類史に刻まれる日。
一人の少女は奇蹟を起こした。
それは全人類が一つのものを共有するに到った記念するべき刻。
確かに誰もが特別だった瞬間。
ローレシア大陸北部諸島に落着したコロニーシリンダーは確かに原型を留め。
誰一人として落着に伴う衝撃によって死ぬ者は無かった。
突如として現れたコロニー中枢が大気圏から落下したという信じられない報道は全世界を駆け巡り、その時に聞こえた歌に付いて無数の憶測がネット、リアル双方において乱れ飛んだが、誰一人として声の主を知る者は無く。
極東のイヅモ特区の田舎町で目を輝かせて、その大き過ぎる七色の流星を目撃した幼い少女だけが、暮れ掛けた空の中、呟いていた。
優しくて、温かい、お母さんみたいな声の届けたかった気持ち。
誰かを特別にする魔法の言葉。
歌うお仕事は何て言うんだっけ、と。
やがて、その時代最高のアイドルとして名を馳せる事になる少女の名は……竜宮マナといった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます