Scene45「終わりなき歌声」


 それが運命だと言うのなら、彼はそれをクソ食らえだと投げ捨てる。


 クリフ・リッケンバインは己の力の無さに絶望する以外無かった。


 生命反応0。


 落着したコロニー・シリンダーの最先端。


 未だ原型を留めているリングシャードは潰れていないのが不思議な程の欠損で静かに湯気を上げていた。


 解けた氷床の中央。


 数km単位でシリンダーが削った大地の先。


 巨大な角錐。


 エピオルニスが無残な程に外装を引き千切られ、その爪痕も生々しいままに盛大な火花を散らしている。


 折れ曲がった角錐の頂点部分のシャフトから先にあるリングシャードが剥がれた顔の内部とコクピット内部を僅かに覗かせ、完全に炭化した白い灰のような棒切れ……そのパイロットだったものを晒していた。


「こんなッ!!? こんなに小さな命一つ護れないのかッ?!! こんなにもこの手は無力なのかッ!? 守るべき人に守られて何が警察だッ!! 何が正義だッ!!? クソッッ!! クソッッ!!!! クソッッッッ!!!!!」


 彼の拳が今も灼熱するコクピット内の画面にぶつけられる。


 割れる事なく。


 残酷な現実を映し出し続けるメインモニターが赤く染まり、緊急冷却用のプログラムが働いたか。


 イーグルの胸部カバーが開いた。


 全身が完全に熱で歪み切って尚内部の者に僅かな火傷を齎すのみで大気圏を突破し切った機体は正しく褒められこそすれ、責められる謂れも無いだろう。


 だが、その弱さが、届かなかった無念が、捌け口も無く暴れまわる絶望が、青年に拳を振らせる。


 外に出ても、未だ機体が熱していても関係なく。


 拳は血に塗れながらも機体の装甲を叩く。


 そして。


『やめろ。君はマナ君が助けてくれた命を無碍にする気か?』


 ヘルメット内部に響く神野の声に振り上げた拳が震え、何も出来ずに降ろされる。


『こちらの船体チェックは終わった。コロニー内部の人々も全員無事が確認されている。現在、救出班が向かっている。君はマナ君とアハトを連れて艦に合流してくれ。もうその機体では動けないだろう。エピオルニスも限界を超えている。先にアハトを。それが終わったら、マナ君を。いいな?』


「………」


 何も答えないクリフにそれ以上の声は掛けられず。


 通信が打切られた。


『……マ……ナ?』


「?!」


 その気絶から何とか意識を浮上させた幼い声にクリフが何を言えばいいのか分からずに凍り付く。


『誰、か。マナを、マナを助け、て……マナを、こっちは大丈夫、だから……マナを……』


 その声に篭る悲痛さが、肌を刺す。


 胸の中に鉄の杭でも打ち込まれたように無力感が全ての力を奪っていく。


 それでも、どれだけ残酷だろうとも、伝えねばならない。


 そうでなければ、彼女の遺した思いを伝えられない。


 知らずにはアハトも前に進めない。


 そう思うからこそ。


 エピオルニスの中で未だに状況も分からず涙する声にクリフは答えた。


「マナ君はリングシャードの中にいる」


『本当!?』


「ああ、本当だ。君の目で確かめてくれ」


『え?』


「機体は此処に捨てていく事になるかもしれない。出てきてくれないか」


『マナを最初に助けてあげて!?』


「悪いが、それは出来ない」


『ど、どうして?!』


「君を先にその機体の内部から救出しなければならないからだ」


『だ、大丈夫だよ!!? 今、緊急脱出用の装置を作動させたから!! だから、お家の無い人はマナを!!』


 巨大なエピオルニスの内部から思い隔壁が開かれていくような音と共にコクピットが射出された。


 十数秒で分厚い装甲内部から繭上の鋼が飛び出し、そのまま地表へと落着する。


 中からふらつきながらもアハトが飛び出してくる。


 それを近寄って受け止めたクリフが彼女の視線を導くようにリングシャードへ視線を向かわせ。


「ッッッ」


 それを見つけたアハトが腕を振り払って駆け出した。


 背後に声は掛からない。


 パチャパチャと水を蹴飛ばしながら、走って、走って、走って、彼女はようやく。


 見たものをようやく。


 知ったものをようやく。


 脳裏へ刻み込んだ。


「――――――」


 リングシャードの無残な姿。


 剥き出しとなった頭部からコクピットに掛けての装甲内部。


 左半身はもはや崩れ掛けており、それ以上の内部を見なくとも、何もかもが分かってしまう。


 だが、それでも一縷の望みを掛けて。


 彼女は、アハトアハトと呼ばれる少女はその全てを覗き込んだ。


 足が止まる。


 足が震える。


 呆然と見つめる先にいる“マナ”に彼女は笑みを浮かべた。


 それは笑みなのだとクリフは確信し、そのやり切れなさに唇を噛み締め、俯く。


「……マナ……マナはみんなのマナなんだよ?」


 声は静かに続ける。


 本来ならば、無線が彼女にもう合流を告げているはずだったが、そんな無粋を働くオペレーターは一人もなく。


「だから、そんなとこにいないで一緒にギャラクシーへ行こう?」


 この現実を前にしては合理性なんて言葉を口に出来るはずも、したいはずも無く。


「そこでみんなに歌ってよ。マナが好きな曲でいいから。そうしたら、きっとみんな元気出るから、だから……」


 沈黙は、艦全体へと広がっていく。


 己の仕事をしている者はその全て繋げっ放しになっている無線から流れてくる声を。


 光景をその目で見たものはただ涙を流しながら、少女と少女の間に何も差し挟む事は無かった。


「マナはまだまだこれからなんだから……これからいっぱいいっぱい歌って踊って……みんなに笑顔を届けるんだから……だから……だから、マナ……そんなとこにいないで、一緒に行こ?」


 誰かの瞳から涙が零れ落ちた。


 誰かが口元を押さえて俯く。


 誰かが拳を握り締め。


 誰かがやり場の無い拳を振り上げられもせずに俯く。


「あたしが守ってあげる!! 悪いやつがいたら、やっつけてあげる!! それでマナが褒めてくれたら、お仕事だってがんばるよ!! だから、だから……だから……だか……ら……」


 尊き涙は一滴、その水溜りに溶けて。


「マナぁ……」


 少女が手をその隙間へと伸ばし、カサリと音を立てて、コクピット内部の白いものが全て、崩れ落ちて白く白くアハトの上で吹き上がる。


 形を無くしたマナに差し出した手が白く染まり。


 そっと胸に手を握り締めて。


 瞳を閉じた少女は……溢れるもので滲む視界を、歪む世界を、どうすればいいのかすら分からず。


 クリフは意を決して、その背後から肩に手を伸ばし。


―――アハトちゃん。


 そんな声が聞こえた気がして。


 思わず顔を上げた彼女は、それが幻聴なのだと、自分に都合の良い妄想なのだと、過去の記憶なのだと、己の無力さに絶望し―――。


―――アハトちゃん。


「ッ」


 確かに、確かに聞こえる。


 声が、その声が、一体何の声なのか。


 分からずとも、知らずとも、いい。


 確かにそれは彼女の知る人の声。


 優しくて、温ったかい、心の篭った音色。


『艦長!!! AL粒子反応増大していますッ!!! こ、これはッ!? DIVAがッ!! DIVAの稼働率がッ!!?』


『何が起こっている!! 詳しく状況を報告しろッ!!!?』


『DIVA稼働率8%……尚も上昇中!! 事象変容確認……システム損害軽微……いえ、いえ!! これはシステム自体が再生していますッ!! リンク回復ッ!! こんなッ?!! 全OSの削除を確認……情報量増大!! このDIVAはッ!! いえ、“この子”はッッ!!!』


「マナッッ!!!!!!!!!」


 叫んだ少女の呼び声に呼応するようにリングシャードの機体が砂のように崩れ去っていく。


 しかし、コクピット後部。


 其処に据え付けられた勾玉の如きソレがALの波動を僅かに放ちながら、アハトの傍に浮遊しながらやってきた。


 その波動は巨大なエピオルニスに吸収されるようにして浸透し、今度はその装甲からより大きく放たれて、共鳴しているのだと誰の目にも分かる状態となっていく


「マナッ!! マナなんだよね?! マナッ!!」


『うん。そうだよ。竜宮マナ、これよりアハトちゃんを伴って帰艦します!!』


 DIVAシステム。


 それは歌い手と共に世界を奏でる楽器とも言われる。


 ALTIMAと共鳴し、加護の如き未知の力を解放するのはコンチェルト級に搭載されたそのシステムだけだ。


 そして、奇跡は起こった。


 いや、それは奇跡などではないのかもしれない。


「マナッ!!」


 ギュッと今は竜宮マナなのだろうソレを抱き締めたアハトが、共に浮かび上がり、己の愛器であるエピオルニスへと飛翔する。


 まるで装甲など無いかのように二人は表層を通り抜け、一体となっていく。


『稼働率89%!! これはまさか?!』


「サクセション、なのか?」


 神野が呟くよりも先に答えをクリフが呆然と告げる。


 彼らの前でALの優しげな波動を発しながら、傷だらけのエピオルニスの装甲が今までの色とは違う桜色に染まりながら、加護で回復するように損傷を復元していく。


 古くからリンケージ達には運命の日と呼ばれる日が到来する事がある。


 その時、彼らの愛機たるガーディアンは自らを新生させ、生まれ変わるというのだ。


 それは正しく加護よりも奇跡的な光景。


「マナッ!! マナッ!!」


『聞こえてたよ。アハトちゃんの声!! 暗いところに沈んでいく私にずっと呼び掛けてくれてた……だから、あはは、戻ってきちゃった……やっぱり、私……現金な子みたい』


「もうッ!! もうもうッ!! もうもうもうッッッ!!!!」


『泣かないで。身体は失くしちゃったけど、これでまた歌える。ファン第1号のアハトちゃんにはこれから私を呼び戻した罰として一番に新曲を聴いてもらうんだからね?』


「そんな罰ッ!! 幾らだって受けるからッ!!」


『うん』


「グス……ぅぅ……っ……お帰りなさい。マナ」


『ただいま……アハトちゃん』


 二人のやり取りに、世界は残酷なばかりではないのだと。


 笑いながら、喜びながら、泣く者達の誰もが、俯けていた顔を上げた。


 そして、艦長席に顔を向けた数人のオペレーターは初めて艦の長である若き秀才の目頭が赤い事に気付いて、何も見なかった事として業務を再開する。


『こちら、クリフ・リッケンバイン。彼女達二人を帰艦させたいが、どうやら少し問題が発生したようだ。コロニーシリンダーの人々の収容に加わる許可を』


 その言葉に神野が瞳を閉じて頷いた。


「許可する。収容を急いでくれ」


『了解』


 一人と大きくなった一人が立ち上がる。


「行こう!! マナッ!!」


『うん!!』


 それは夢を目指し、残酷に屈する事なく、歩み続ける意思。


 アイドル。


 それは偶像などではなく。


 他者を特別にする生き方だと彼女は自らの命を掛けて証明した。


 そうして、誰一人欠ける事無く。


 全ての人々はギャラクシーへと収容されたのだった。


 彼女達の結末はきっと世界に届いた歌の……とてもささやかなな代価に違いなかった。

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