Scene40「分岐点」
―――機構歴0053年7月19日00:23時、地球衛星軌道上太陽電池衛星群周辺宙域。
蒼い地球。
惑星の美しさを知るには真直にコレを見るのが最も手っ取り早いが、現在その衛星軌道へ続く宙域の大半は連邦と共和国双方の艦隊がうろつく危険地帯と化している。
一歩でも許可無く立ち入り禁止宙域へ踏込めば。
それがどんな船だろうと即時撃墜。
そういう空気が周辺には充満している。
実際、防衛任務に付いている司令官の心持一つで戦乱は致命的な坂を転がり落ちていくだろう。
共和国が暗黙の了解として攻めるのを躊躇う程の場所。
国家の存亡や存続に関わる急所。
それこそが現在地球圏の連邦所属国家全体にエネルギーを供給している太陽電池衛星群だ。
無数に見えるコロニー数機分の面積になろうという長大なパネルの群れ。
これらが現在、地球上の数多くの国家に電力を供給している。
マイクロウェーブに拠る電力送信技術はその大気圏内でのロスを除いても高出力であり、従来の原子力発電や核融合炉、大型フォトンリアクターよりも安価だ。
それは地表に受信施設を一つ置くだけで大規模な発電所一つ分にもなろうエネルギーが送られて来るからであり、従来の発電施設に付き物な莫大な施設への投資や維持コストが必要無いからである。
このメリットは極めて大きく。
施設の老朽化後の解体や発電時に出る廃棄物の処理も簡略化してくれるとなれば、導入しない方がどうかしていると言われるのも頷ける話だ。
小国ならば受信施設一つで十分に国土内の電力需要を満たせる為、このシステムに依存する国家は連邦でもかなり多い。
さすがに戦略的事情から国内に大規模発電所を持つ大国は未だ在るが、それにしても国民からの予算圧縮、コスト削減の圧力は大きく。
その電力需要を満たす発電方法の割合は極めて太陽電池衛星群に偏っている。
このような事情の為に連邦は強力な艦隊を周囲に配置し、共和国側からの侵攻を警戒しているわけだが、現在この状況が変化しつつあった。
共和国が量産型ガーディアン。
ミーレスを投入し、軍事バランスが一気に崩れ、宇宙軍の再編によって防衛が手薄になっている為だ。
それを自覚して連邦も再編中の艦隊を太陽電池衛星群に程近い宙域に置いているが、それにしても共和国にとってこれ程の機会は今まで無かった。
今ならば、連邦の急所を叩ける。
こう考える急進派、タカ派、反地球主義者達が共和国軍内部で日々勢力を増していた。
一部のハト派はこれを危惧していたが、自力が違う連邦との長期戦は避けたいとの狙いが軍部内部において反連邦の機運と合致した事も手伝って、冷静な声は怒声に掻き消されていった。
今が連邦を屈服させるまたと無いチャンス。
それを止めろというのは貴様スパイではないのか。
というわけである。
このようなレッテル張りが横行し始めた軍部の引き締めを共和国政府は少なからず行なっていたが、今まで連邦の横暴に耐えかねていた人々の声と数は圧倒的であり、太陽電池衛星群への攻撃で戦乱の急激な悪化、泥沼化、怨みを買って互いに殲滅戦となるリスクの拡大など……。
普通に考えが及びそうな危機は意図的に見逃された。
こうして共和国軍の一部タカ派将校達は独断で共和国政府の命令を待たず作戦を開始したのである。
月から地球へのルートには幾つも連邦側の息の掛かった宙域が存在する。
その為、大規模な軍事行動はすぐに察知、対処されてしまう。
しかし、地球側からの攻撃ならば、今現在その限りでは無かった。
連邦軍宇宙艦隊の被害は甚大であり、それを補う為に宇宙へ艦を上げている真っ最中。
都合の良い事に緒戦から連合艦隊に優位なまま戦っていた共和国に対し、一部連邦を快く思わない地球上の国家や組織がある程度の協力を行なっていた為、精鋭部隊を十数機地球側から送るというのは決して不可能な事ではなかったのである。
その日も地球上に僅かしかないマスドライバー・レールから射出された輸送艦が一隻、連邦軍宇宙艦隊行きという名目で大気圏を突破しつつあった。
その薄暗い格納庫内部。
ザートタイプのミーレスが現在稼動状態で待機している。
機体内部も電源は最小限しか生きておらず。
更に無線も封鎖している為、他の機体がどうなっているのかはモニターでしか確認出来ない。
『………』
刻一刻と過ぎ去っていくカウンター。
最後の二分を切った数字を見つめながら。
ほぼ捨駒に等しい彼らは太陽電池衛星群を壊滅させる為に持ち込まれた特殊装備。
超広範囲に散弾をばら撒く円筒形のミサイルポット。
背後に背負うソレの状態を常時モニタリングしていた。
作戦はこうだ。
太陽電池衛星群がある宙域ギリギリのところで最新のAL粒子の遮断シートに包まれた機体を排出。
輸送艦はコントロールに異常が起きたと言って彼らとは明後日の方向へと墜ちていくフリをして大気圏に再突入。
彼らは艦隊の守備隊や救出隊が出払ったところで複数のパーツをパージしながら慣性で宙域を進軍。
宇宙艦隊の目が自分達を捕らえるまで太陽電池衛星群に接近し、背後のブツを全て対象へと向けて打ち込む。
擬似AL粒子フィールドを内臓した衛星群は多少の攻撃には持ち堪えてしまうが、彼らのミサイルに搭載された散弾は全てAL製。
加護を揃えて編成された彼らがこれらを一斉に打ち放てば、同じ加護の力をその場で展開する以外に防ぐ方法は無い。
『こちらコントロール。貴官らが故郷に帰れる事を切に願う』
それに誰も応えず。
しかし、自らの命を賭した作戦の始まりに彼らは一言を思う。
必ず。
必ず。
それは生きて帰るという決意か。
あるいは敵の重要施設を破壊するという覚悟か。
どちらにしろ。
決死という名の意思は変わらず。
『ハッチ開放。十秒後に投下する!! 10、9、8、7』
ゆっくりと背後の壁が横倒しになって外部へと露出する。
彼らの瞳には蒼い地球の光景だけがあった。
それに誰もが場違いな事を思う。
美しい。
連邦との戦いでそれを壊す立場にある彼らを地球の人々は侵略者やテロリストと罵るのだろうが、現在彼らの内にあるのは素直に感動する心のみだった。
無論、そんなのは数秒の感傷に過ぎない。
しかし、それを瞳に焼き付けた彼らの内にもう不安は無かった。
射出。
そのコントロールからの言葉と共に彼らの機体が火花を散らしてハンガーから加速され、すぐに輸送艦が予定航路を外れて演技し始める。
圧縮したガス噴射による姿勢制御と移動。
まるで紙包みの飴玉のような黒い外見の機体が身体を丸めたまま予定進路に突入する。
此処からは忍耐が試される。
進路上にはデブリ群や複数の機雷原が斑模様に存在する。
それをゆっくりとただのデブリのようなフリをして移動しつつ避け、やり過ごすのだ。
赤外線センサーを掻い潜り、AL反応を隠蔽し、光学観測を欺瞞し、静かに静かに奥へと向かう。
仲間達がどうなっているのかは機体のモニターのみでしか確認出来ない。
その姿を見失えば、後は各自で判断して進むのみ。
重力に引かれ墜ちていく流星が彼らの目の端を掠める。
『………ッ』
機内で聞こえる呼吸と拍動。
汗が滴るのを拭う事すら出来ず。
15機の特殊装備運用型ザート・ミーレスのパイロット達は全神経を外部の観測に当て、神経を磨り減らしていく。
そんな彼らの機体内部にアラートが鳴ったのは後少しで太陽電池衛星群を特殊装備の射程に捉えられるという時だった。
『見付かったのか?!』
思わず一人が機体内部で原因を確かめ、それが急速に自分達へ近付きつつあるAL反応によるものだと理解し、その方角をメインモニターでズームした。
そうして彼らが見たのは―――見た事も無い白銀の戦艦が一隻、地表から巡航ミサイルの束に追い掛けられている光景だった。
『な?! あ、あれは味方なのか?!』
そう思わず叫ぶ者がいたのも仕方ない。
何故なら、彼らに近付きつつあった艦を追っているのは明らかに連邦側からの攻撃だった。
それを証明するかの如く。
モニター画面内部では連邦艦隊の方からも迎撃部隊が出撃していた。
『反連邦のテロリストか?! く、こんな時に!!?』
彼らの判断は一瞬だった。
やり過ごそうにも彼らの下へ目掛けてやってくる船が目立ち過ぎる。
その艦と迎撃部隊が戦闘になれば、彼らを発見するのは時間の問題。
となれば、彼らが偽装を解くのは至極当然。
AL反応を覆い隠す遮断シートを剥ぎ取り、全機が戦術リンクを復帰。
瞬時に隊列を組んでバーニアを全開にした。
それに慌てたのか。
迎撃部隊が彼らの方にも数機向かい始めたが、もう遅い。
機体のロックオンマーカーが太陽電池衛星群の全てを捕捉し、彼らがスイッチを押し込む。
ボボボボ、ボシュゥウ。
連続した無数のミサイルが一斉に背後のマウントから吐き出され、加速。
更に太陽電池衛星群との距離が半分を切った瞬間、内部のマイクロミサイルを吐き出して、更に分裂。
たった十五機だが、艦隊にすら損害を与えられるだろう飽和攻撃が加護トールの叫びと共に地球のエネルギー供給源を完膚なきまでに―――。
『ジィィイイイイイイイイイクッッッ!!! フリィイイイイイイイイイイドッッッ!!!!』
全周波帯で出力された叫び。
その加護だろう言葉が発されたのと同時に太陽電池衛星群の周囲が虹色の次元断層に覆われ、全てのマイクロミサイルから放たれたALの散弾を世界の何処かへと消し去っていく。
『な、何だコレは!!?』
驚愕に迎撃部隊と共和国の部隊が呆気に取られ、一瞬動きが鈍る。
その瞬間を狙い澄ましたように戦艦の側面ハッチが開き、ザートが複数機射出された。
『アレはザート?! あんなタイプ見た事ないぞ!? まさか、ハト派の!!?』
彼らが思わず銃口を向けるのを躊躇した隙を狙い撃って。
高機動ザート達が一糸乱れぬ正射を掛けた。
さすがにミーレスではガーディアンに対して分が悪い。
そもそも量を投入出来る戦場でなければ、ミーレスの本領は発揮出来ないのだ。
ただでさえ隠密任務で様々な重量をカットするべく軽量化が施されていた特殊部隊の機体は装甲なんて無いに等しかった。
腕や足を撃ち抜かれた機体が爆発で翻弄され、無力化されていく。
「もはやこれまでか……」
誰もが死を覚悟し、罅割れた画面に映る多数の機影。
連邦の守備隊からの攻撃でお終いだと悟った。
仲間割れか。
そう連邦側の部隊もザートがザートを攻撃しているという場面に僅か戸惑っていたが、すぐに半壊しているミーレス・ザートへ向けてビームを撃ち放つ。
数十発の光の筋が機体を爆散―――させられなかった。
連邦側のガーディアン部隊がその光景に驚く。
見た事もない形のカバリエ級。
肩部が巨大な盾。
否、翼のように展開されたガーディアンから吹き出るAL力場が全ての攻撃を弾き散らしていた。
「何故だ……貴様らは我々を止めに……ぐ」
ミーレスの中で誰もが同じ疑問を持った。
太陽電池衛星群への攻撃を封じに来た連中が何故自分達を助けるのか。
攻撃してきたのに守るのか。
まるで意味が分からない、と。
「……人を守るのがリンケージですから」
誰にともなく呟いて。
テスタメントの中でファリアが全面展開した肩部を元に戻して、後ろでザートが行なっている救出活動を支援する為、連邦側にビームライフルを数発打ち込んで隊列を乱す。
「救出状況は?」
『残り三人。いえ、今救出が終了しました。ただちに帰還して下さい』
「分かりました」
イゾルデ隊からの連絡にファリアがテスタメントを翻して、腰部に据え付けていたブロックをパージする。
すると、その内部から飛び出た小型のマイクロミサイルが全方位、周辺を包囲しようとするガーディアン部隊に向かっていく。
迎撃され、それは呆気なく撃ち落されるものの。
ミサイル内部から噴出した大量の煙幕とジャミング用の撹乱幕がキラキラと周囲に拡散していく。
そうして、彼らが乗ってきた戦艦。
白銀の鏃とも見えるソレが艦隊方面に攻撃を掛けてきた軌道から再度反転し、高速で彼らとの合流地点へと向かってくる。
その両舷から複数の鉤付きのワイヤーが射出され、同じ方向に加速したザートとテスタメントが煙の中から現れた母艦からの救いの手をガッチリと擦り抜け様に掴み取った。
次々にワイヤーが巻き取られ、背後からのビームの雨に晒されながらも、白金の戦艦は機体を全て外部ハッチから回収し、追手を振り切るべく加速していく。
そのザート達の手には大きな救命ポットが携えられており、大気圏への突入コースへ入る前に艦内の隔離用スペースに繋げられ、軍人たちは移動させられていった。
猛烈な振動に襲われる戦艦内部。
回収された共和国軍の強襲部隊が待っていた目出し帽姿の男達に茫然自失の体で縛り上げられる。
その顔も見えない相手を前に死を覚悟していた男達は呟いた。
―――お前らは一体何なんだ?
それに答えたのはテスタメント内から艦内との相互通信に切り替えたヘルメット姿のファリアだった。
そのフェイス部分は外部からの光を反射しており、内部は見えない。
『我々は共和国と連邦。どちらにも与せず。また、どちらにも手を差し伸べる。そのような組織です。もしも名前を所望なら“宇宙からの侵略者”あるいは“宇宙人”とでも呼んで下さい』
それは世界で初めて正規の軍人が正体不明の“宇宙人”という組織とコンタクトを取った公式記録。
あらゆる組織が彼らの事を探ろうとしたが、一向に手掛かりは無く。
地球で共和国に与する国家で開放された隊員達が言うには会話した相手の声はとても若かったとの話だった。
その1日後、連邦は共和国側にテロ行為だと非難声明を出したが、共和国側もこれは連邦による茶番であると抗議声明を出し、双方はどちらも太陽電池衛星群を襲った“正体不明の敵”に対して神経を尖らせる事となった。
しかし、更に二日後。
連邦と共和国の上層部は再び驚愕する事となる。
両陣営の後方軍事基地。
その中でも最大級の奈落兵器貯蔵庫が急襲され、同時に大量の奈落兵器が失われた為だ。
全世界に、あらゆる組織に、あらゆるネット上に流された映像。
軍事基地の守備隊。
無数のガーディアンを破壊し尽し、絶大なAL粒子を吹き上げるスーパー級と怖ろしい緑炎を吹き上げるライトニング級が同時にカメラを睨み付けた時。
人々は人智を越えるガーディアンの威容に畏怖と畏敬を感じる事となった。
機構歴0053年7月21日。
本来時間軸において連邦の首都の消滅の引き金であるコロニー“ハドラマウト”が破壊されるはずだった日。
世界の分岐点は何事も無く過ぎ去っていった。
大量の奈落兵器の喪失。
そして、未知のガーディアンを持つ敵勢力への対応。
この時点で連邦にも共和国にも相手国へ攻勢を掛けるだけの余力は存在していなかったのである。
両陣営は各国軍事基地の警備と奈落兵器の警護に大規模な戦力を裂かざるを得ず。
不意打ちに近い一撃で再び後方基地が壊滅ともなれば、敵国からの大規模侵攻で不利になるのは道理だからと安易に動けなくなった。
双方とも未知の勢力との戦闘による死傷者数は未だ0。
その空恐ろしいまでの力の差は連邦と共和国の態度を大きく変えた。
そうして明けた7月22日正午。
全世界の報道機関にイヅモ経由でメッセージが発信される事となる。
―――我々は強奪した奈落弾頭を両陣営の首都に打ち込む用意がある。
―――我々への追跡が行なわれたと判明した時点で“デモンストレーション”を行なう。
―――我々は争いを望まない“宇宙からの侵略者”である。
まったくもって悪い冗談か。
4月1日の朝のニュースかという内容に世界中で困惑と疑念と恐怖が渦巻いて。
誰もが認める最悪のテロリスト【
世界を大規模に汚染する奈落弾頭の報復合戦は一先ず起る気配も見せてはいなかった。
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