Scene41「因果」
―――???
「………また、この夢か」
少年は一人。
大地が裂け、惑星が崩壊していく最中。
自らの乗機が虚空に浮かんでいるを見て、溜息を吐いた。
悪夢。
そう、過去に付いてから見始めるようになった夢は近頃毎日の日課となりつつある。
やはり、剛刃桜のアギトからは赤い雫が滴り、緑炎に染まって蒸発していく。
「?」
しかし、今までとは違い。
自らが動ける事にようやく気付いた彼は夢が進行する中で剛刃桜の傍へと歩いていく。
そうして、コックピットが開き、内部から人影の声を聞いた。
―――負けないで。
―――倒して。
たった二言。
若い女の声。
機体の下から内部を覗こうとしたものの。
それよりも先にいつもの夢とは違う事態が起きる。
グラリと世界が揺れた。
彼が背後を向くと。
其処には無限とも思える量のガーディアンが横たわる墓場の如き戦場。
そして、先にいる複数の影が在った。
蠢動する悍しいモノ達の姿は多種多様だ。
あるモノは水底から湧き上がる触手を伴って。
あるモノは全てを焼き尽くす熱と光を伴って。
あるモノは幾多の仮面と無貌を伴って。
あるモノは天を覆い尽す白き霧を伴って。
居た。
常人ならば発狂するどころか。
精神の尽くを消却されるだろう異形なる群列。
だが、少年はそれを睨み付ける。
その様子に何処からか遠く遠く笑声が響いて。
目が開かれた。
*
―――機甲歴0053年8月4日7:20ローレシア大陸北部諸島群。
『緊急ニュースをお伝えします。緊急ニュースをお伝えします。本日未明。ローレシア大陸北部最大の軍事基地において大規模な襲撃事件が発生。【宇宙人≪エイリアン≫】による犯行声明がイヅモ経由で出されており、これを連邦統合軍広報は一連のテロリストによる奈落兵器奪取の動きであると発表しました。尚、襲撃された基地における奈落兵器貯蔵庫は防衛ガーディアン部隊の活躍により守られたとの事ですが、ガーディアン部隊は壊滅。軽症者数名を出しましたが、死者は幸いにも無いとの事です。では、次の―――』
「連邦も言い訳が苦しくなってきましたね」
ファリアが少し日に焼けた顔で珈琲を飲みつつ、そのラジオの電源を切った。
「ネットでは共和国、連邦の軍事基地が次々に襲撃されて奈落兵器を奪われているとの信憑性のある情報が順調に拡散しているようです」
やはり、少し日に焼けたアイラが小型端末でSNSを覗きつつ、情報の出回り具合を確認して頷く。
二人の少女がいるのはログハウスの中。
現在、彼ら未来人が確保している拠点の一つだった。
内部にはインテリアらしきものも殆ど無く。
生活に必要な品しか置かれていない。
現在は夏。
ローレシアの中でも特に冷涼な気候である北部の諸島は避暑地として賑わっているが、その中でも殆ど人気の無い島の奥に彼らのアジトは立っていた。
木製の椅子に腰掛けた二人の少女がテーブルに広げられた世界地図を確認して、キュッと赤い×印をローレシアの一角へ付けた。
「連邦も共和国も奈落兵器が消滅させられている事に気付いているでしょうか?」
「七士様の話では確証を掴めるまで今しばらく時間が掛かるだろうと」
「……部隊を二手に分けたのは……いえ、七士さんとそれ以外に分けたのは本当に良かったのでしょうか……」
「七士様なら問題ありません」
端末をテーブルにおいたアイラが答える。
「……信じているのですね。あの方を」
「はい」
アイラが朝食を作ろうと台所へと向かっていく。
その背中を見つめて。
マグリット・ファリアは……この数日で変わってしまった歴史の流れに思いを馳せた。
本来ならば、機構歴0053年は人類にとって最悪の一年になるはずだったのだ。
7月19日。
太陽電池衛星群破壊による大規模な地球規模のエネルギー不足を発端とした奈落兵器による報復。
7月21日。
奈落兵器によるコロニーハドラマウトの破壊。
8月1日。
ハドラマウト破壊の報復でエルジア大陸の首都アウレウスが奈落兵器で消滅。
これらの報復合戦が最終的に地球圏を壊滅させかねないと本来の年表上ではその年の内に奈落兵器の使用が互いに禁止される事になった。
太陽電池衛星群の防衛によって今のところハドラマウトは破壊されず。
また、それに伴ってエルジアのアウレウスも奈落兵器の餌食にはなっていない。
それどころか。
第二次世界大戦はまったく予想外の方向へと向かいつつある。
奈落兵器貯蔵庫を襲い。
多数の奈落弾頭を両国から失わせた最悪のテロ組織がその威力を誇示すると世界に伝えたのだ。
これには連邦も共和国も目を丸くした事だろう。
現在の技術水準では在り得ない奈落を圧倒的な威力によって消し去る二機のガーディアン。
それが大国たる自分達を翻弄しているのだから。
「(この星の歴史は確実に描き変わった……けれど、これからどうなるの? 奈落弾頭がテロ組織の手に渡って、それが使われるかもしれないという不安が一時的に敵国への憎しみを忘れさせている。でも、状況が少しでも変われば……)」
ファリアは混沌としていた世界に更なる混沌を持ち込んだ自分達が一体この先どうなるのか見当も付かないと地図上の×印の数を眺めた。
現在までに襲撃した奈落兵器貯蔵庫は10を数える。
両国最大級の基地を双方五回ずつ。
人死にを誰一人出す事なく奈落兵器のみを標的にした戦いを二機のガーディアン。
剛刃桜とオリハルコンは成し遂げた。
地球圏全体の奈落兵器の実に3分の一がたった数日で消えた計算である。
だが、実質的にいつでも撃てる状態の奈落弾頭は未だ数百発が地球、宇宙双方の基地に眠っている。
このまま基地襲撃を続けていけば、何処かの時点で連邦と共和国は決定的な防衛策を練るに違いなく。
襲撃自体が不可能。
または破綻すると襲撃をサポートする誰の目にも分かっていた。
無論、そんな事最初から承知だった七士は襲撃自体、奈落兵器の削減目標数に達した時点で止めると各員に伝えていたが、それにしても大国を2つ敵に回して、いつまでも上手くやっていけるはずがない。
未だ奈落兵器が地球圏に溢れている以上、奈落弾頭の報復合戦は可能であり、彼らは僅か数十人。
やがては連邦、共和国両諜報機関によって探し出される事だろう。
「七士さん……」
現在、地球上に残っている人員はファリアとアイラとソフィー。
そして、七士のみ。
それ以外は全員が宇宙に戦艦で上がっている。
彼らの行動力を大きく向上させた白銀の戦船はイヅモの地下研究所に眠っていた代物だ。
反応炉が積めずにガラクタ同然だと白衣の女は肩を竦めていたが、それを七士はたった一つの方法で戦える船にした。
動力炉が積まれていないのならば、動力炉になりそうなものを積めばいい。
つまり、エネルギーやAL粒子の出力が戦艦すら動かすに足る。
そう見込めるガーディアンを載せればいいという無茶苦茶な話である。
だが、実際のところそれはベストな回答だった。
グラビトロンⅡ。
ケントの乗っていた機体のエネルギー供給量は凄まじく。
並みのフォトンリアクターを遥かに超えている。
これを艦内で動力源として運用し、沈黙していた戦艦は長年の眠りから目覚めた。
ザートとオリハルコンを運用し、尚且つ移動型の拠点として使える船は彼らの大きな助けとなったのである。
白衣の女は使われずに朽ち果てるよりは使われた方が嬉しいだろうさと使用を快諾。
その数十年前に建造されたとは思えない程の性能を発揮した船は未来でも殆どの艦船に詰まれていないAL粒子の完全な遮断隠匿能力やら、光学迷彩やら、単艦での大気圏突破突入能力やら、怖ろしく機能性に優れていた。
それもこれも第一次大戦期の遺産技術が不断に使われているからだとの話だったが、それにしてもまったく都合の良い話には違いない。
宇宙に上がったオリハルコンと地上の剛刃桜が共同で仕掛ける襲撃は元々が未来の情報を下に綿密に練られた作戦であり、未来でも軍事機密に分類されるだろう情報を事も無げに知っていた七士を殆どの者が驚きの視線で見つめたのは十日以上前の話である。
現在、単独で連邦の情報網や監視網を掻い潜って移動し、合流地点に向かっているだろう少年の平静な顔を脳裏に浮かべて、ファリアはやはり彼は特別だと何度目になるかも分からない思いを再確認した。
「ふぁ~~……あ、ファリアさん。おはようございます」
「あ、ソフィーさん。おはようございます」
二階から降りてきた桃色髪の少女に挨拶を返して。
ファリアが地図を横に片付ける。
すると、台所の方から香ばしいベーコンと麺麭の焼ける匂いが漂い始めた。
毎日のように食事を作るのはアイラの仕事と化して久しい。
「七士さんの方はどうなってますか?」
目をショボショボさせながら、やってきたソフィア・ラーフは何だか難しい顔をしているファリアの後ろから彼女がテーブルにおいていた端末を覗き込んで。
どうやら上手くいったようだとトップニュースを見て微笑む。
「今日はこれから移動して合流するのですよね?」
「はい。一度、七士さんと合流し、連邦側の対応に関して情報を共有。それから更に宇宙で活動中の皆さんと北極海沖で落ち合うことになっています」
ファリアが端末を操作し、諸島から100km程沖合いの合流地点の地図を呼び出した。
「……本当に歴史は変わったのですね。エルジアに奈落の火は落ちなかった……」
「ええ、それは間違いない事実です。今後どうなるかは分かりませんが、現状では歴史は変えられたと見るべきです。ですが、もし無事に未来へ帰れたとしても、それが私達の変えた歴史を辿った世界であるかどうかは何とも言えません」
「別の歴史を辿る平行世界。そういう事でしたか?」
「ええ、時空間に対する研究は我々がいた未来でも大きな進展は無く。実際の構造がどうなっているのか。まるで分かってはいませんが、SFなどではそういう事もあると。私も七士さんに聞いただけでよくは分かっていないのですけど……」
ソフィアがそっと端末の中の地図を拡大して、自らの故郷エルジア大陸の地図を映し出す。
「だとしても、罪無き人々が犠牲にならなかった事は誇るべきだと思います」
「はい……」
ファリアがしんみりとした表情で頷く。
もしも、自分の家族達が助かっていたら、助けられたら、そんな事を思って。
「お二人とも。朝食の準備が出来ました。手伝いをお願いします」
「あ、は~い」
ソフィアがイソイソと台所に向かっていく。
だが、その手が焼き上がったばかりのトーストにハムエッグの乗った皿を受け取る前にズシンと彼女達のいるログハウスが揺れた。
「これは―――ファリアさん!!」
「はい!! 必要なものを持って、すぐに地下へ!!」
「え? あ、まさか敵でしょうか!?」
「この揺れは紛れも無くガーディアンの歩こ―――」
ズシンとまた揺れがログハウス内に響く。
アワアワしていたソフィアがとりあえずもう着替えているのだからと上にモノを取りに行くのを諦め、台所のテーブルに何枚か置かれていた清潔そうな紙ナプキンを広げて、出来たばかりのトーストを折って三つ包む。
「急いで下さい」
アイラが台所の床にあった金属の取っ手を引いて地下への入り口を開き、ファリアと共にソフィアを連れ立って内部へと駆け込む。
階段は少し急だったが、すぐ横にファリアのテスタメントが片膝を折って待っており、いつでも乗り込める状態でハッチが開いていた。
ファリアは関節を蹴り飛ばしてすぐにコクピットへ入り込み、二人を吊り上げるべく足を掛けるフックの付いたワイヤーを垂らす。
一人ずつ乗り込むのが普通なのだろうが、今は緊急事態。
それにソフィアは両手でトーストの包みを持っており、一々喋って棄てろと言うのも惜しいとアイラがその身体を半ば抱えるようにして足フックに掛け、ウィンチがワイヤーを巻き上げた。
二人がテスタメントの内部に乗り込む。
本来一人乗りのテスタメントに三人は無茶振りが過ぎるのだが、イヅモで補助シートを2つ増設したので問題にはなっていない。
ファリアの背後置かれる連座のシートに二人が座り込んだ途端。
テスタメントが待機状態で周囲に仕掛けたセンサーやカメラとメインモニターをリンクさせた。
「敵は?」
「……半径5km圏内に敵影無し? テスタメント。映像解析」
僅かに電子音が応え、監視カメラやセンサーの情報を統合したテスタメントが見えない敵を炙り出す。
「間違いじゃないのね? テスタメント」
「これって……」
「敵は1体? しかし、この大きさは……」
彼女達がそのテスタメントのメインモニターに映し出された敵の大きさに目を見張る。
直径で数百mを超える巨人がズン、ズンと輪郭も朧げに歩いていた。
「奈落獣? でも、周囲に奈落の反応は……この先には確か……!?」
更に詳しく解析していくファリアがすぐ気付いた。
その巨大な見えない人型が進んでいるのは諸島全体にエネルギーを供給している発電所。
太陽電池衛星群からマイクロウェーブを受け取る受信施設だった。
「……ファリアさん?」
「このまま行くとあの奈落獣は地域に電力を供給する施設に到達するようでう」
「そんな?! じゃあ、早く止めないと!!」
ソフィアが思わず身を乗り出して言ったものの。
すぐアイラがその身体を座席の方に手で留めた。
「今、この機体が連邦側に補足される事態となれば、その時点で計画が破綻する可能性もあります。一応、民間企業が作ったカバリエ級という登録の偽造は行ないましたが、それにしても現在はテロ警戒中で連邦側の追及が厳しい。このまま合流地点に向かうのが最善策です」
「でも、あの奈落獣を放っておいたら、この地域の方々が困るのですよね」
「少なくとも軍が対処するはずです。エネルギー施設だけならば、被害も最小限。警告しておけば、問題無いでしょう。安易に詮索されては連邦に捕まりかねません」
「………っ」
自分の言っている事が仲間達を危険に晒す事は理解しているのだろう。
シュンと小さくなったソフィアが眉根を寄せて顔を俯けた。
その時、モニターに新しい反応が複数現われる。
「ガーディアンを五機確認。でも、この反応はカバリエやライトニングじゃない?」
ファリアが監視カメラの映像を拡大し、見えない巨大奈落獣の行き先を映し出した。
望遠レンズで捕らえられたガーディアン達がまるで鏃のような陣形で周囲に展開している。
それらの姿は既存のカバリエ級よりも何処か有機的で人体に近い印象を与えるだろう。
「アインヘリアル級。この時代にもう在ったのか……」
「知っているんですか? アイラさん」
アイラがファリアに頷く。
「アレは秘密結社テラネシアが独自開発していたガーディアンです。私達の時代では数機がフォーチュンに貸し出されていました。直接戦った事はありませんが、特殊な装備を備えていて―――」
説明しようとした彼女の言葉を遮るようにログハウス周辺にも響くような激音が周囲に鳴り渡った。
見えない巨大奈落獣の胸部に複数の爆光が弾け、それと同時にアインヘリアル達が装備していたミサイルポットを落着させて身軽になり、片手に槍の如き剣と小銃を構えて突撃していく。
「無茶です?! あの巨体を相手に五機では!?」
ファリアが思わず目を見開く。
スーパー級に及びそうもない細身。
それだけでも随分と頼りない。
それが槍と小銃だけで立ち向かう姿は正しく無謀と言い換えて問題ない。
「いえ、あの機体は情報が確かなら……」
アイラが瞳を細める。
モニター内部で互いに連携を取ったアインへリアル級が三機と二機に分かれた。
二機のタッグが片足に攻撃を集中させ、まるで渦を巻くように左足首を螺旋状に旋回しつつ、槍で削り続ける。
それに苦悶の声なのかどうか。
大きな鯨のような声を響かせて、巨人が拳を緩慢に足元へ振り下ろすが、その時、三機が一瞬で上空へと飛び上がり、近付いてきた東部に槍を向けて突撃した。
ブチンと左足首が槍の攻撃に耐え切れずに破壊され、バランスを崩した巨体が前のめりに倒れ込む。
三機のアインへリアルの一撃が頭部に突き刺さり、突き抜け、同時に加護が叫ばれたのか。
槍から放たれるAL粒子の光が広がって、巨大な雷鳴にも似た爆裂がその全身を嘗め尽くした。
「やった?」
「いいえ、まだです?!」
一撃で仕留めるつもりだったのだろう五機が敵の頭部粉砕を確認して気を抜いた瞬間。
敵奈落獣の姿が露わとなる。
まるでその表皮は鱗にも似ていた。
彼女達の時代で言うならば、ハイパーボレアの蜥蜴人間達の肌が一番近いだろうか。
頭部を三つの槍に引き裂かれ、加護で爆裂させられたソレはしかし行動を止めるどころか。
怖ろしい鳴動を体内から響かせ、グジュグジュと泡立つ紫色の血を流す傷口やボコボコと膨れ上がる全身の鱗状の肌の下から一斉に触手を飛び散らせた。
それがギュルルルッと周囲にいたアインヘリアル級の四肢に巻き付き、AL粒子力場を破り裂くと玩具のように砕き散らし―――。
「ああ?!」
思わず悲鳴を上げたソフィアだったが、アイラはこれで終りではないと戦場を冷静に観察する。
彼女の思っていた通り。
破壊されたと思われた機体がまるで無から有を産み出す如く。
手足の接合部から緑色の結晶を生やし、それが割れると同時に崩壊した四肢を一瞬で再生させた。
「え?!」
「こんな?! デタラメな!?」
ソフィアは思わず目を丸くし。
ファリアにしても常識的では到底考えられない光景に呆然とする。
「アインヘリアル級は機体が致命傷を負った時にも即座に再生させる。それも完全に消滅するような状況からでもまるで魔法のように甦る。そういう話を元の時代では聞きました」
アイラが自分で見てもインチキとしか思えない再生速度にモニターを食い入るように凝視する。
五機のアインヘリアルが巨体から沸き出す触手より距離を取って再び合流すると。
その全身を破砕するべく。
槍の切っ先を一点に合せて全員で胸へ突撃した。
周囲から降り注ぐ触手の雨が五体の四肢を何度ももぎ取っていくが、そのスラスターの勢いは収まらず。
再び唱えられたのだろう加護によってAL粒子が吹き上がる五本の槍が花を咲かせるように一本一本が光の花弁となった。
そうして、分厚い肉の壁が光の槍に撃ち貫かれ、背後に五機が抜けた時。
巨体が再び爆発し、触手達が鱗と共に弾けてドロドロに融解していく。
「勝った?」
ファリアが信じられないように呟き。
ソフィアが安堵して息を付く。
しかし、アイラがすぐ異変に気付いてまだだと直感した。
融解していく奈落獣の中から小型の蠢く何かが数体飛び出したからだ。
一瞬にしてその小型の物体はアインヘリアル級の後ろを取って、その腕の切っ先。
鋭い刃でコクピットを刺し貫いた。
四機がその一撃で事切れたように動かなくなり。
最後の一機が辛うじて左腕を失うだけで敵へと向き直り、左腕に持った小銃を乱射した。
それを見ていられなくなったファリアがテスタメントで扉を打ち破り、そのまま高速で数km先の戦場に向かった。
「ヘルモード!!!」
ソフィアが叫ぶ。
彼女もまたリンケージ。
そして、ラーフの姫である以上。
戦闘とは無縁だろうと加護の使用は最低限出来なければならない。
身を守る為の教育は確かに彼女の才能の一部を開花させていた。
加護の発動と同時にテスタメントが一瞬で虚空を跳躍し、小銃を乱射するアインヘリアル級の前に飛び出た。
背後からの弾丸も覚悟してファリアが肩部の盾を翼のように前面展開し、殺到する小型奈落獣を弾き返す。
思わず小銃の乱射を止めた。
というよりは弾丸が尽きたアインヘリアル級が固まっている。
それを横目にファリアが腰の実剣を引き抜こうとした時、通信が入る。
『こち―――その機体を連れ――早く逃げ―――此処は我々がどうにか―――』
それに背後からの通信。
『そんな?! そんなのッッ!?』
辛うじて無事だったアインヘリアル級の中から幼い声が叫んだ。
『――見知らぬ方―――その子を託します。どうか、守り切って―――』
小型奈落獣程度ならばとファリアが武装を掴み取ろうとしたものの。
「背後の機体を掴んで下がれ!! まだまだ来るぞ!!」
アイラが警告した途端。
解けた巨人の内部からまるで無限の如く小型奈落獣が湧き出し始める。
その数は圧倒的。
一瞬で数倍、数十倍にまで増え、雲霞の如く四機のアインヘリアル級を飲み込もうと高速で追ってくる。
「クッ!?」
さすがに多勢の無勢。
ファリアが殆ど行動不能と化しつつある背後のアインヘリアル級を抱えてバーニアを全開にし、その場から離脱した。
『―――ありがとう。見知らぬ方』
カッ。
一瞬の閃光。
四機のアインヘリアル級が内部から爆発し、その爆圧に押し寄せていた小型奈落獣の群れが沈んでいく。
煌々と輝く明星よりも尚明るき光。
それは世界を染め上げ、飲み込み、数百mの巨躯すらも覆い尽くして、全てを消滅させていく。
辛うじて爆発の効果範囲圏外まで逃げ延びたテスタメント内部には接触回線で伝わってくる抱えた機体内部からの啜り泣きが響いていた。
―――みんな、死んじゃった。
―――相転移しなくて良くなってきたのに。
幼い声の悲痛さに三人が鎮痛な面持ちで沈黙する。
合流地点に急がなければならないのは確かだ。
如何に辺鄙な場所とはいえ、この状況では連邦がやってくるのは時間の問題。
さっさと逃げなければならない。
しかし、此処でこのアインヘリアル級のパイロットを放置する事も出来ない。
アイラがそれでも自分達の事情には変えられないと二人にアインヘリアルを置いて予定地点に向かおうと提案しようとして、機体が急激に高度を落とした。
バーニアの不具合ではない。
いきなり不可視の力が彼らの機体を捕らえて、地面に引き寄せたのだ。
ファリアが周囲の情報を確認するといつの間にか複数の機影。
アインヘリアル級にも似た。
しかし、何処かデフォルメされたような機体が十数機彼女達を取り囲んでいた。
『こちらローレシア北部諸島テラネシア支部防衛部隊。ただちに機体を着陸させ、その手に抱えている我が方の機体を放す事を要求する。尚、こちらの指示に従わない場合は撃墜許可が下りている』
すぐ防衛部隊の隊長機を特定しようとしたテスタメントがその部隊の奥。
一機のライトニング級から通信が出ている事を確認した。
その凡庸そうな機体の各所に鏤められたチューンを見て取って、アイラがファリアに耳打ちする。
たぶん、一番拙い手合いだと。
その最新型の中に取り残された旧式こそ。
彼女達の命取りになる可能性がある。
故に此処で取るべき選択は―――。
ブンッとテスタメントが抱えていたアインヘリアル級をその最も後ろに陣取っていたライトニング級へ投げ付けた。
『な?!』
その一瞬の隙を逃さず。
テスタメントが割り出した自分達の機体を拘束する力を発する機器。
アインヘリアル級部隊の後方に置かれていた何かしらの装置に連続でビームライフルが連射される。
一瞬で撃ちぬかれ、機械が爆発炎上した途端。
機体の拘束が解けた。
「今です!!」
最も危ないと判断したライトニング級はアインヘリアルを受け止めるのに精一杯で手が開いていない。
これを避ければ、彼女達に攻撃出来たのだろうが、生憎とアイラが読んだ通り。
ライトニング級の部隊はアインヘリアルの回収を任務としており、蔑ろにする事は出来なかった。
ビームが次々にテスタメントへと向けて放たれるものの。
元々光学兵器に対して無類の強さを誇る肩部のバリアを抜く事は出来ず。
そのまま三人はその場から逃げ出した。
「追う必要は無い。今の任務はこちらの回収だ。ただちに周囲を封鎖、解析班の部隊を引き入れろ。こちらは氷雨でトレーラーまでアインヘリアルILを運び入れる。型番は003だ……生き残りが一番幼い個体か……まったく、やってらねぇな。モガリの野郎にも愚痴られそうだ……カーラの言ってたX‐Dayがやって来なかったのも気になるし……一体、どうなる事やら……」
ライトニング級内部で肩を竦めた青年が逃げ出した光学兵器を弾くカバリエ級の消えた方角を見やって一度だけ思案するように眺めたが、すぐ考えるのは性に合わないと抱えたアインヘリアルを近くのトレーラーへと運んでいった。
そのメインモニターには投げられた拍子に気を失った少女。
いや、まだ数歳程だろう白銀の髪の幼女がグッタリとしている。
モニターに吐き出される生命維持装置の数値は命に別状無し。
しかし、今は起こして過酷な現実とやらを見せる必要も無いと彼は静かに呟く。
「……お休み。少しの間でも現実を忘れて眠るといい……」
その時、秘匿回線が開かれる。
『そちらの状況は?』
またもや少女。
しかし、自分の遥か上。
上司の上司の上司の上司の上司くらいに当るだろう相手にパイロットの青年が静かに報告を開始する。
聞き終えた軍帽を被る目付きの鋭い少女が頷いた。
『そうですか。では、その個体を機体と共に本部まで搬送して下さい』
「正体不明機の方はどうしますか?」
『追う必要はありません。それよりも襲撃してきた奈落獣の方を重点的に捜査するように部隊へ通達を。その子の体調管理は手厚くするように』
「分かりました」
言うだけ言って通信が切られる。
それだけで背筋に汗をドッと掻いたような気がして。
青年が溜息を吐く。
「もしかしたら、次のクローニング試験体をお嬢ちゃんになるのかもな……まぁ、何にせよ。生き残ったんだ……少しでも幸せになれよ。こんな時代だとしてもな」
丁寧にライトニングがトレーラーの荷台へアインヘリアルを乗せる。
「………」
その日、秘密結社テラネシアにおいて何度目になるかも分からないクローニング用個体の選抜が行なわれ、一人の少女の情報が上がる事になる。
後に彼女は全ての役目を終え、新型機の使い捨てのパーツとしてフォーチュンに出向する事になるが、それはまだずっと先の話。
―――みんな………っ………。
仲間達の為に涙が流され、彼女の頬を伝っていた事を青年以外に知る者は誰も無かった。
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