Scene39「選択」


―――???


 声だけが響いていた。


 重なる輪唱。


 男か女かも分からない。


 何処までも息すら聞こえぬ連なり。


 砕けた荒野の中心に少年は立っていた。


 文字通り、大地は裂け、世の果てから空がズレる。


 大気層は既に切り分けられ、終極を齎す地殻の下からの噴出が既に始まっていた。


 もはや生物の死に絶えた星の真ん中で彼は仰ぎ見た。


 十字架に貼り付けられたように緑炎の塊が浮いている。


 剛刃桜。


 そう名付けられた存在。


 砕けてしまった世界の中心でソレだけが光沢を放っていて。


 フェイス部分がゆっくりと開き、アギトの内部が垣間見える。


 それは緑に混ざる紅。


 落ちゆく雫は緑炎に呑まれ、染まる。


 毎日のように台所に立っていた。


 包丁を握って、不器用なくらい真面目に料理本を掲げては精確に野菜を刻んだ両手。


 それが夢だとしても、世界はとても静謐に滅びの中に消えていく。


 何も無かったかのように失せていく。


 しかし、少年は気付いた。


 本来、出入り口など無いはずの機体の胸部。


 花開くように裂けた内部の漆黒から視線が一つ。


 その影は何かを伝えて―――。


 *


―――機構歴0053年7月16日。


 蝉の声が響く初夏と言うには熱過ぎる最中。


 少年は目覚めた途端に聞こえて来た大声に目を細めた。


 いつでも出歩ける姿。


 カーキ色のタンクトップにジーンズという姿で起き上がり、部屋を出て音源の方へ進んでいくと。


 建造物の外。


 広いコンクリート製の大地の上で男達が言い争いをしていた。


「変えられるかもしれないだろ!!」


「馬鹿言うな!!? どうやって宇宙まで上がるってんだよ!?」


 イゾルデ大隊の隊員達。


 本来ならば彼女の為に命を投げ出す戦友達がその二人の男の言い争いに心底困った……いや、迷ったような素振りで視線を揺るがせていた。


 誰もその争いを止めようとはしていない。


 そんな事をしたところで何の解決にもならないと分かっていたからだ。


 それは自分のザート内部で調整をしていたイゾルデにしても同じだったか。


 サンドイッチ片手に瞳を細めて喧嘩する二人の遣り取りを眺めている。


 ちなみにこの手の遣り取りはこの三日連続していた。


 第二次大戦期。


 運命を分けたと言われる幾つもの分岐点があった。


 その一つはまず間違いなくミーレスの投入だ。


 今まで高価なガーディアンだけが戦っていた戦場にそれで多量の戦力が集中出来るようになった。


 そうしてそれが終わってしまった現在。


 次の歴史上の分岐点が迫っている。


 共和国側のエネルギー寸断計画。


 連邦側の太陽電池衛星群への攻撃。


 これによって地球上の連邦国家の大半はエネルギー不足で多数の被害を出した。


 特に中小国の被害は深刻でエネルギー不足によって食糧自給が逼迫。


 餓死者やら凍死者やらがそれなりの数出た。


 他にも工場の停止から世界各地で工業が打撃を受け、経済も冷え込み、最終的には大量の失業者を出してしまった。


 激怒した一部の連邦所属国家による大規模な奈落兵器使用により、地球周辺の宇宙空間は大規模な汚染を受けた。


 これに奈落災害と奈落獣の被害が加わり、共和国側も幾つかのコロニーや前線基地を消滅させられたのだ。


 この太陽電池衛星群への攻撃が引き金となって第二次大戦における連邦と共和国の戦争は泥沼化し、拡大していく事になる。


 この転換点を知っているのは現在彼らのみ。


 軽く歴史を学んでいれば、惨劇を止めるのは今しかないと分かるだろう。


 故に少しでも可能性があるなら、その攻撃を止めようとする者がいてもおかしくはない。


「お前ッッ!!」


「何だッッ!!」


 二人の良い歳をした男達の言い争いはついに互いの腰に刺さったナイフに手が掛かるところまで発展し―――。


「大昔、一人の呪い師が作った土人形は力在る言葉によって一人手に動いたそうだ」


「「?!」」


 男達がその至近距離で聞こえる音にゾッと背筋を凍らせて、思わず互いに後ろへと飛び退いた。


「だが、その人形はどんな攻撃にも無敵であったが、刻まれた言葉を一文字削ると動かなくなった」


「な、何言って……」


 片方の男が何とか罵声を浴びせようとしたが、その少年の怖ろしく暗い人間を見ているとは思えない瞳に押し黙らせられた。


「力在る言葉は一文字取れば死を意味し、全てが無為に還る……それが人形の結末。お前らも同じだ。動いている内は無敵ではなくとも、遺憾なく強さを発揮する。だが、一度欠ければ、機能不全を起こす。それこそ死と文字を刻む事になるだろう」


 男達が少年の肩を竦めた姿を見ていられず。


 自分達の要であるイゾルデの方を向く。


 しかし、彼女は部下達の焦りに渋い顔をして、指で自分の作業に戻れと手を握って親指を横に振る仕草をしただけだった。


 本日はこれでお終いだと引き際を弁えた男達が自分達を睥睨する少年の瞳に閉口して己の役目へと戻っていく。


 それを遠目に見ていたファリアやソフィア、アイラが少年の元にやってくる。


「あっと言う間に治めてしまったようで感心しました。七士さん」


 腰に下げた剣を使わずに済んだ事に安堵した様子で騎士を名乗る少女が目を瞬かせた。


「連中が元から物分りの良い兵隊なだけだ」


「そうなのでしょうが、あの隊長さんが出る幕も無いとは思っていなかったですから」


 イゾルデは現在、隊の引き締めを行っているが、それにしてもイザコザがイゾルデ隊の中で頻発していた。


 誰もがテロリストとして指名手配される身だが、それ以前は立派に共和国の軍人だったのだ。


 少なからず大戦において多くの犠牲を払っている者が大半だろう。


「七士様。朝食はもう少しで出来上がりますが、このまま食堂の方へ行きますか?」


「いや、少しあっちと話がある。先に食べ初めておけばいい。今日は忙しくなる」


「分かりました」


 アイラが頷くとソフィアがポツリと訊ねる。


「その……貴方はどうするべきだと思っていますか? 七士さん」


「どうするべき、とは?」


 時間旅行に連れ込んでしまったとはいえ。


 未だソフィアは七士とアイラにとってのクライアントである。


「その……歴史に介入するのかどうか、です」


 本来なら黙っているのが一番良いと分かっていたが、その未だ存在しないラーフという国の姫に少年は静かな回答を告げる。


「覚悟が在れば、やってもいい」


「覚悟?」


「正しい答えが存在しない問いに成否を問い正す事自体が間違っている。問題は正しいかどうかでははなく。自分の思いで決断するべきでしょう。その選択が齎す結果を考える想像力が無いままに歴史へ介入したとしても、人類が滅ばないとも限らない。結果が自分の思っていたものとは違うからと言って、三度目のやり直しが出来るわけでもない。少なくとも短慮な者には死んでもらう事になるかもしれません」


「え、あ、す、済みません……デリケートな問題なのに……」


「いえ」


 少年の死んでもらうとの言葉にようやく彼女は自分達がそういうものが十分に掛けられる問題の只中にいるのだと理解して顔を俯けた。


「後は頼む」


「分かりました。さぁ、こちらに……」


 アイラがソフィアを伴って建物へと戻っていく。


 ファリアは少年の言葉に何か言いたげではあったが、自分が口を挟める事ではないだろうと頭を下げて、二人の後を追っていった。


 残された少年が一人。


 黙々と整備と調整を行なっているイゾルデの傍へと向かう。


 膝を折るザートの胸部ハッチの傍まで行くと内部から声が響く。


『何だ?』


「仕上がりは?」


『九割半。後半日で調整が終る』


「それならいい。共和国側では太陽電池衛星群への攻撃をどういう体で内部に通達していた?」


『その頃はまだ一般士官ですら無かった。後で知らされたところに拠れば、当時の対地球強硬派が仕掛けたらしいとの噂は耳にしたが、協和国内の記録にはエネルギー断絶による継戦能力の低下を主目的にしていたとしか載っていなかった』


「つまり、それ以外の意図は無かったと公式には載っていたわけだな?」


『ああ』


「………」


『何を考えている』


「いいか? 世の中には二つの情報が存在する。一つは人の主観が歪める真実。もう一つは記録に残る事実。真実は手記だろうと何だろうと事実化されない限りは単なる個人の頭の中にあるだけのものだ。だが、事実は違う。それは歴史に他ならない。そして、教科書を編纂する者は記録された事実のみを必要とする。記録に残らない事実は歴史ではなく妄想と言い換えて構わないからだ」


『……極秘作戦だったとは書かれていた。だが、そう上手くいくか? SFならば、どんな事をしても過去は変えられない。あるいは変えても無駄か。元に戻されるというのが相場だが』


「それならば、確かめてみればいい。後悔するのはいつでも生きている人間だけだ」


『これから死ぬ人間には関係無い話だと?』


「違うのか? 既に失われた命を歴史を改変して救う。こう考えるからややこしくなる。最初から無いものを創る。これならシンプルだ。粘度細工をしている子供と何ら変わらない」


『神様気取りか?』


「いいや、下手な人間らしさで自滅するよりはマシな思考方法だ」


『……ウチの連中に殴られるぞ?』


「殴って解決するなら、安い話じゃないのか?」


 イゾルデが僅かに唇の端を歪める。


『……宇宙に出る為の船はどうする?』


「この数日で方法は見繕っておいた」


『空に上がって阻止したとしても、連邦の奈落兵器が存在する以上、いつかは使われるんじゃないのか?』


「ならば、最初から消してしまえばいい」


『何を……』


 そんな事が出来るわけがない。


 奈落技術は今も連邦にも共和国にも脈々と受け継がれているのだ。


 それを消すなんて事は現在の両陣営のトップにすら不可能な事だろう。


「奈落兵器の製造は容易ではない。そして、それを保管していた場所は既に割れている。大戦で何処の国が何処に奈落兵器を撃ったのかは連邦内でも公然の秘密だ」


『一体、幾つあると思っている。それに奈落兵器を奪取したとして、何処に隠すつもりだ? 不可能だ……』


「この時期はディザスターすらまだ出ていない。それどころか。現在の主要ガーディアンの大半が開発途中。この状態ならば、未来の情報を使えば、ワンサイドゲームが出来る」


『答えになっていないぞ。奈落をその場で起爆させられるわけでもないのにどうやって消し去―――!?!』


 その答えを最初から自分が知っている事に気付いて、イゾルデが少年のいるハッチの外を凝視した。


 姿は見えないが声だけが聞こえる相手。


 その考えている事が今ならば、彼女には手に取るように分かった。


「剛刃桜はALも奈落も等しく消し去る。その有用性に惹かれて捕まったのは何処の誰だ?」


『………地球上の奈落兵器を全て駆逐出来るわけではあるまい?』


「問題ない。連邦所属で手癖の悪い保有国に絞る」


『その場合、協定による奈落兵器の使用禁止が起きない可能性があるだろう……』


 機構歴0053年。


 使用された奈落兵器の被害の甚大さが明らかになるに連れて、連邦共和国は奈落兵器の使用禁止を協定で制約している。


 その場において結ばれた休戦条約は破られているが、奈落に対しては最後まで互いに使う事は無かった。


「奈落兵器被害の深刻さを双方が認識し、11月3日の協定によって互いに使用制限されるわけだが、これには幾つかの抜け道が存在すると見て間違いない」


『抜け道?』


「大戦早期に奈落兵器が使用され、その被害の大きさを理解出来る状況にしてやればいい」


『どうするつもりだ? 互いに撃ち合わせるとでも言うのか? それなら、何一つ歴史は変わらないだろう』


「両者が奈落を撃たざるを得ない相手が存在し、同時に両軍が消耗していれば、連邦も共和国も最後には奈落へ頼らざるを得なくなる。だが、同時にそれでも倒せない相手が出てきたら、一体連邦と共和国はどうすると思う?」


 少年の言葉が何を示すのか理解して、思わずイゾルデが目を剥いた。


『―――我らは僅か数十人。お前が今考えているような事は不可能だ!!』


「ハイパーボレアやラーフがやった事を時間を早めてやるだけだ。規模は能力の質で誤魔化せばいい。問題は時間だ。レムリアやハイパーボレアが来る前に奈落を使わせなければ、両者の大陸にも奈落の火が落ちる。そして、時間が経てば経つ程に新しいガーディアンの登場で改変の確率は下がっていくだろう」


『……筋書きを書いているつもりか?』


「いいや、個人的に大戦はもう終わってる出来事だ。だが、この状況下で何もしないというのは数少ない時間旅行者間の亀裂を一気に広げるだろう。未来の情報が出回れば、奈落被害よりも酷い事になる可能性も十分ある。そちらの方が脅威だとは思わないか?」


『詭弁を……』


「お前が今目の前にしてるのは終った過去であって、これから生きる未来じゃない。希望ではなく絶望を持って抗え。此処にある幻影すら救えないなら、お前達が生きる時代にどうしてその主張が叶うと言える? やるならば、徹底的にやれ。その結果が玉砕や死なら、それこそ本望だろう? テロリストがテロではなく時間旅行で同胞や祖国を救おうと言うんだ。三文小説かSFの類なら、誰も知らない英雄としてお涙頂戴の展開だ」


 イゾルデが深い沈黙の後。


 静かに告げる。


『勝算は?』


「確率に阿ねて可能性を語るならば、やらない方がマシだ。そういうのは追い詰められた土壇場にしておけ」


 今度こそイゾルデが何も言えなくなり、コックピットの通信機越しに聞いている隊の男達に僅か続ける。


『……お前達はどうだ? 変わらないかもしれない。変えられないかもしれない。結局は同じになるのかもしれない。それよりも酷い事になるかもしれない。そうだとしても、お前達は変えたいと……望むか?』


 奇妙な静けさの後。


 ザートを整備していた者達から通信が次々に入る。


―――整備調整終了しました……いつでも行けます……イゾルデ隊長。

―――同じく整備終了致しました。

―――重火器のチューニングも万全です!!

―――宇宙戦と地上戦のどちらにも対応可能です!!


 男達の言葉にイゾルデが大きく息を吐く。


「………各機、各員に告げる。これより我が隊はこの第二次世界大戦に介入する!! 用意はいいか!! 野郎共!!」


『イエス・マム!!!!』


 警備に当っていた者もインカム越しに彼女に答える。


 周囲に男達の歓声が上がった。


 それを遠目に見ていたリーフィスとケントが肩を竦める。


「何か言わなくていいのか?」


 ケントの問いにリーフィスが笑む。


「お前が虐殺を見過ごせないだろう事は最初から分かっていた。だが、結果を予測出来ない以上、この選択の先には困難しかないぞ?」


「でも、お前も手伝うんだろ?」


「―――戦うのは軍人の義務だ。だが、何の為に戦うのか選べないのが大半だ。しかし、此処には賛同出来るだけの大義がある」


「奈落の惨禍が世を覆うなら、それを食い止めるのがリンケージの役割だ。オレはこの地球の人達に救われた。だから、この命は地球の人達の為に燃やすよ」


 リーフィスが屈託なく強い笑みを浮かべた。


 二人が互いに拳を軽く合せてイゾルデのザートへと近付いていく。


 そうして新たな歴史の転換点へと誰もが誘われる。


 彼らの選択がどのような結末を運ぶのか。


 まだ、本人達にすら見えてはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます