Scene38「冒涜者」


「世の中には筋書きってもんがあるんだよ」


 小さな蝋燭の火に揺らめく白衣を翻しながら、歩き続ける女が呟く。


「例えば、ALが発見された時代がそれを有効に活用出来る観測技術と運用技術の基礎を有している事。あるいはガーディアンが少しずつ小型化され、系統樹のように細分化、分類され用途毎の分業用になっていく事。他にも失われた技術が歴史のとある一点において再び取り上げられ、新たな発展を見せる事。これらの事象には要請、需要、そういう言い方になる干渉が存在する」


 時代掛かった燭台が女の歩く度に揺ら揺らと炎の陰影を周囲に刻んでいく。


「筋書きを書いてる奴ってのは陰謀論者が言うような凄い権力を持った組織や個人の事じゃない。そういう連中からの干渉は確かに存在するが、それは既に大きな方向性が決まった流れに一石を投じて、自分に優位な反応を引き出そうとしているだけであって、そのパワーが通常の個人より大きいってだけだ。だから、筋書きを書いてるとは言えないだろう」


 複数の足音が通路の奥へ奥へと向かう。


「だが、確かに筋書きを書いてる奴はいる。そいつは事象の一番初めにいる奴だ。原点は常に大きな力を持つ。例えば、ALを第一次大戦期前に発掘した奴。例えば、ガーディアンて具体案を最初に考え、それを生み出した奴。例えば、一番初めのスターゲイザー。例えば―――」


「時間を遡って来た奴、か?」


「人の話の腰を折るんじゃないよ。雇われさん」


 少年の言葉に白衣の女が溜息を吐いた。


「……本当に上手い筋書きを書く奴はまず目的を見誤らない。そして、大体有り得そうな可能性も織り込んで流れを作るんだ。まぁ、マーケティングってやつだね。だから、あんたらは存在が知れ渡った瞬間にあらゆる書き手ストーリーテラーにとって最悪の敵となる。突然の卓袱台返しをすると流れが滅茶苦茶になって、連中はカンカンだろうね」


「………」


「あんたらを利用しようとする奴は二流。あんたらを殺そうとするのが一流の連中。覚えておく事だ」


 後ろで誰もが押し黙った。


「……時間と空間に関する理論はまだまだ発展途上なんだよ。万物の理論なんてもんはまだこの世に無い。時空間へ干渉する技術は確立されてきてるが、それは時間旅行をする程じゃない。人類が時間と空間を超越する先に何が待ってるのか。きっと宇宙人だって本当のところは知りゃしないんだ。知ってた連中はきっとALを残した誰かみたいに滅んでるか。こんな世界からオサラバしてるかだろうしね」


 その宇宙人である本人達が僅かに瞳を細める。


「人が神になるにはまだまだ時間が掛かる。それと同時に神になるのかどうかも人は自分の手で選んでいかなきゃならない。あんたらはそういう面倒臭い話の複数ある出発点にいるのさ」


 不意に通路が途切れ。


 暗闇の中で女がすぐ横に壁に寄ると手探りで大きなレバーを引き上げた。


 ブゥゥゥゥゥウウン。


 途端。


 手前から奥に向かって天井のライトが無数に点灯していく。


―――!!?


 その目前に広がった光景を見た少年以外の誰もが驚いた様子となった。


「ようこそ。イヅモ特別研究開発局跡地へ」


 彼らの前にあったのは巨大な地下空間。


 そして、その中に鎮座する一隻の戦艦と複数の建造物群だった。


「此処は大暗黒期に設立されたイヅモの秘密研究所の一つ。いや、どちらかと言えば、狂人の実験場って言った方がいいかね……」


「こんな?! 鳳市の地下にこれだけの施設を建造出来るわけが……」


 女の背後でファリアが驚くのも無理は無かった。


 鳳市は地下に大量の遺構が埋没している。


 これだけの大規模地下施設を建造する事自体が不可能に近いのは鳳市で軍関係かフォーチュンに務めていれば、簡単に分かろうものだろう。


「此処は空間が歪んでるのさ。イヅモの中でも最大級の時空間のひずみがある」


 女が錆び付いた壁際の階段を下っていく。


「大暗黒期には地球でも宇宙でも数十年から数百年単位で時間のズレが生じた。それは大陸規模の話ではあったが、現在も影響が残る地域は多い。新生児の数がやたらと多い地域があったり、その逆があったり、小さな国のはずなのに世界基準の年次報告書だと大量の輸出入が繰り返されたり……ま、此処はそういう地域の特性を幾つか持ってる場所なんだよ」


「ええと、ドクター。ドクター・フェイカー。一つ聞きたい」


 リーフィスが床に降り立った白衣の女に尋ねた。


「何だい? イケメンさん」


 振り返った女が素気なく訊く。


「此処では一体、何を研究してたんだ? それとあの戦艦は……」


「ああ、あの戦艦は元々機甲歴が始まる前にイヅモの軍部。いや、当時は愚連隊の寄せ集めとか、大暗黒期の生き残りが創った自警団や武装組織を束ねた組織だったか、そういう連中に納入されるはずだったガラクタだよ」


「ガラクタ? そうは見えないが……」


 彼ら過去に飛ばされた一行が巨大な戦艦の威容にしばし見入る。


「艤装も済ませてあるんだが、生憎とそれを動かす反応炉リアクターが未完成だったんだよ。だから、動かそうとしても動かない。中身が無いハリボテに近いね」


 女が少し眩しそうにフラクタル状の装甲、真上から巨大なアームに係留される真白の船底を見上げてから歩き出した。


「最初の問いに答えよう。何の研究をしていたか、だったかい? 一言で言うと難しいが、失われつつあった第一次大戦期のロストテクノロジーを保護し、改良発展させる。そういうのをやってたらしいね」


「ロストテクノロジー……そうか。やはり機甲歴後のイヅモの技術発展は……」


 イゾルデが大学で学んでいた頃に感じた違和感。


 イヅモ発展の早さに納得のいく答えを得たように戦艦を振り返った。


「今も研究は続けられてるのか?」


 リーフィスの言葉に苦笑が返る。


「言っただろう? 跡地だって。今じゃ誰もいない。まぁ、設備は普通に動くから便利に使わせてもらってるけどね。今も続けてるのはウチの爺さんの代からやってる研究くらいだ。他の研究成果も残っちゃいるが、あたしが手を出せるようなレベルじゃなくてね。下手に世へ出すと人類が滅んじまうかもしれないから、勝手に何か持ち出すとかは勘弁しとくれ」


 サラッと言われて、ケントやイゾルデの顔が険しくなった。


「どうして、我々の話を信じてくれたのか。お聞きしてもいいだろうか。ドクター」


 青年がいつも険しい眉間を少し歪めて尋ねる。


「ああ、雇われさんの紹介じゃあ、しょうがないさね。嘘を吐くような理由も無いし、生体データも諸々一致したしね。あんたらを受け入れたのは単なる善意とは言わないが、半分以上は放っておいたら、危ない事になるのが目に見えてたからだよ」


「最初に言っていた筋書きを書く人間とやらの話か?」


 ケントの問いに女が僅かに頷く。


「ああ、そういうのもある。だが、それ以外にも理由はあるよ。そもそも、どうして今なんだい? 何故、この時代のこの時間軸のこの時期に此処へ時間旅行と洒落込んだ?」


「それは我々には答えようも無いな」


「そうだろうね。でも、だからこそ、誰かが筋書きを書いていたんじゃないかと勘ぐりたくなるのさ。グラビトロンが関わっている以上、あんたらは何かに惹かれてる可能性もある」


「惹かれている?」


 女がイゾルデの声に自覚も無いのかと苦笑した。


「いいかい? 現在の重力制御技術は基本的にAL無しじゃ成り立たない。だが、ALを用いてさえ、手に余るんだよ。グラビトロンは正に当時世界の最先端の理論を実証する重力制御装置だった。その二号機が存在する時間軸からあんたらが同じような世界、これが近似値なのかどうかはおいておくとしても、殆ど差異が発見出来ない時空に顕れる。これは明らかに不自然だろう? 別に古代や恐竜が住んでた頃に飛ばされたって何ら不思議は無いんだ。この時空におけるグラビトロンがあんたらの時空におけるグラビトロンとイコールであるとしたら、未来から来たあんた達に何の作用も及ぼしてないとは考えられない。というか、グラビトロンのパーツの現物を移送してたとか。それが重力異常のガラクタと融合したとか。ブラックホールキャノン同士の激突とか。諸々、何をどう考えても怪し過ぎるだろうに。あんたらの時間転移には意図があると考えるべきだろうよ」


「ええと、ええと、つまり、ケントさんのガーディアンが怪しい、という事なのですか?」


 今まで黙って付いて来ていたソフィアがコッソリと隣のアイラに訪ね。


「はい」


 とアイラは躊躇い無く頷いた。


「………」


 ケントの眉間が更に険しくなったが、自分で聞いていてもグラビトロンが胡散臭いと悟ったか。


 その皺はすぐに幾分か解消される。


「グラビトロンが何かしらの鍵になっていると?」


 ケントの疑問に白衣の女は頷く。


「帰る方法なんてのは知らないが、そこら辺に手掛かりがあると思うのは自然だろう? ちなみにグラビトロンのパーツの現物はもうあんたらの手に無いのかい?」


 少年が頷く。


「手掛かりは消えてる、と。まぁ、気長にやるといいさ。しばらくは此処を拠点として貸し出すから。此処ならあんたらのガーディアンの搬入も可能だよ。偽IDの発行はこちらでやっておく。宇宙港に係留してる輸送艦はウチの関連企業でスクラップにして埋めさせてもらうけど構わないかい?」


「それで構わない」


「じゃ、そっちは任せときな。それにしても……あの雇われさんが高々十年で随分と変るもんだ」


「何が言いたい?」


 自分をマジマジと見て、そう発現する顔見知りの得意先に少年が微妙な表情となる。


「いや、未来からやってきたあんたの方が生き生きしてるなんて、まったく世の中何があるか分からないねぇ」


 七士が白衣の女の言葉に大きな溜息を一つ。


 ようやく目前まで来た今日からの居住地を見上げた。


 二階建ての白亜の研究所跡は薄らと埃が積もってはいたが、掃除すれば問題なく住めそうだった。


「それにしても、七士さんの倉庫はこんな所に繋がっていたのですね……」


 ソフィアは自分の知らない【完全平和(パーフェクト・ピース)】倉庫の真実に深く感心した様子となる。


 それを横目にファリアは少年の方を凝視していた。


 最初、この時間に来て混乱していた自分達を纏め上げたのは少年だった。


 的確な指示と方針を示し、一緒に飛ばされていたリーフィスとケントに対して下手に動かないよう釘を刺して野営。


 情報機器で世界中の情報を集めて、その合致する点から自分達が過去に飛ばされたと突き止めるまでたった一日しか時間が掛からなかった


 それからの二日間は下手に社会との関わりを持たないよう、それでも生きていけるよう、サバイバルで食料を調達し、出発を決めてからは裏ルートの伝手を駆使して輸送艦の出所を偽装。


 オリハルコン級と呼ばれたケントの同僚が乗っていた複数機に分割されたガーディアンも余さず国境を越えさせた。


 山を越え、海を越え、イヅモに偽の船籍で入港し、連絡を取っていた協力者に衣食住とガーディアンの隠匿まで手配した手並みは正に常識の範疇ではない。


 安全に移動出来たのも、時間的なロスも殆ど無くイヅモまで来れたのも何もかも少年の手腕。


 一体、どんな風に生きていたら、其処までの事が出来るようになるのか。


 少年がいなければ、今頃どうなっていたか分かったものではないと思うのも大げさではあるまい。


(時間転移の少し前……テスタメントは剛刃桜が昔の記録にある機体に似ていると判断して、攻撃許可まで取ってきた……アレ以来何も伝えて来ないけれど、やっぱりあの機体は特別……それにこの人も……)


「何か?」


「あ、え?」


 ファリアが後ろから微妙に半眼なアイラの視線を受けて、思わず動揺した。


「先程から七士様を見ているようでしたので」


「い、いや、七士さんには色々お世話になったと思っていたので、一息吐いたらお礼をと……」


? そうですか……」


 僅かにアイラの瞳が細くなる。


「それにしてもファリアさんはよく七士さんを見ていますよね。お好きなんですか?」


 ソフィアの言葉に思わずファリアが噴出しそうになったが、ゴホゴホと咳払いをして誤魔化す。


 すぐ少年のいた方が向いたが、男性陣はイゾルデや白衣の女と共にもう建造物の中に入っており、周囲にはイゾルデの部下達しかいなかった。


 それにホッとした様子でファリアが、安堵の息を吐くものの。


「………」


 すぐ視線を感じて彼女が横を向くと近くにアイラの顔があった。


「な、何でしょうか?」


「いえ、個人の感情に口を差し挟む理由はありませんので別に気にしないで下さい。それで……そのような感情を七士様にお持ちで?」


「い、いえ!? そ、そんなわけありません!!?」


「それならば、別に何ら問題は無いのですが……」


 ファリアから離れて周囲の建物を興味深そうにキョロキョロしていたソフィアの下へイソイソとアイラが戻っていく。


(うぅ……まさか、そんな風に見られていたなんて……)


 騎士を自称する少女は七士の事をいつの間にか荒那さんではなく、七士さんと呼んでいる自分にも気付かず。


 これからどうなるか未だ分からない自分達の身の上もそっちのけでブンブンと首を横に振った。


 今はそんな事を考えている暇なんて無いのだ、と。


 それが暇さえあれば、考えてもいいという思考の裏返しだとは思いもせずに……。


 *


 時間旅行者達が一時の住処をようやく得た頃。


 一人の女もまたその時間へと辿り着いていた。


(………ぅ……此処は?)


 コポコポと音がする。


 それを思わず機体への浸水かと勘違いして目を見開いた彼女は自分が愛機に乗っていないという事に気付き、ハッとした様子で手足を動かそうとし―――。


 ガギンッッ。


 獅子の全てが強靭な鋼の枷に繋がれている事を知った。


『おお、どうやら起きたようだな』


 脳裏に響く声。


 頭痛にも似た吐き気を催す波動。


 自分の状況を何とか理解しようとした彼女。


 大五帝国情報室所属。


 ロッテ・F・リグハールは自分の前にヌッと現れた顔の歪んだ老人に驚き。


 自分が人一人が入るだろうポットに何かしらの液体と共に入れられ、囚われているのだと知った。


「お前は何者だ!! この私に何をしている!? ただちにこの拘束を解きなさい!!? そうすれば、命だけは助けてや―――」


 カチン。


 そんな軽い音と共にポット内に高圧電流が流れた。


「アガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ?!!!?」


『知っとるとも。既に君の機体からは情報を吸い出し終わったからな。それにしても、第五帝国……か。あの宇宙人被れの言う事もまんざら嘘では無かったわけだ』


「ア、グ……こ、こんな事をして、ただで―――」


 カチン。


「イギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!!」


 ゴボゴボと泡立つポット内で根こそぎ体力を奪われたロッテがグッタリとしながらも、その眼光で老人を睨み付ける。


『ふむ……結構頑丈だな。遺伝子解析中だが、異能を使える固体はやはり特異な体質なのか……これは機体の解析も更に進めないとな』


「う、ぐ……私の機体に、何を……』


『君の機体はとても興味深い。ディオン・ディオンだったか? 先程自爆しそうになったのには少し苦笑せざるを得なかったが、中々に使えそうな素材だと思ってね』


「お前、は……一体……」


『【妖精ブラウニー】と呼ばれている。君の機体にも情報はあったはずだが?』


「―――ラーフの、裏切り者、狂気の妖精か……っ」


『ははは、違うだろう? それに君の生きる時代は随分と面白い事になってるようだ。まさか、どちらもあの状況で講和に至るとは……歴史は実に劇的だ』


「………っ」


『未来の私も、今の私も行動原理には何ら矛盾が無い。そして、そこに辿り着く工程がこれ程に早められる事は極めて喜ばしい。あのテラネシアの小娘に使われるでもなく。アビテクノロジストとして大成すると言われるのは久しぶりに少し嬉しかったよ』


「何を、する気?」


『それを君が訊くのか? 安心してくれたまえ。私は初めて宇宙人を解剖した歴史上の人物という肩書きには興味が無い。人機万能の時代へと進む一つの道標。アビスを制する者。その一人として名を刻まれたいと願ってはいるがね』


「………」


 彼女がようやくまともに見えるようになってきた視界の中から周囲の情報を得て、自分がどんな場所に収容されているのかを理解し、絶望した。


 周囲360°。


 その全てに彼女が入っているのと同じポットが並んでいた。


 そして、その内部には少なからずは入っていなかった。


『それにしても未来の情報とはまったく素晴らしい。これ程の進歩が十年足らずで起こる。そして、その全ての領域において先を制する情報が此処に在る。アビスの浄化。アビスの制御。それに至る過程。それを生む力。ガーディアンの特性。ガーディアンの構造。AL粒子の可能性。異邦人達の齎す技術、知識、異能。魔法に平行世界の技術。終焉を齎す太古の力。素晴らしい。素晴らしいッ。素晴らしいッッ!! 人に屈服した奈落の凱歌を響かせて、ALの力が世界を被うのだと考えると震えてくる!! 人類は偉大だな。ああ、まったく偉大だ』


 その目がもはや自分を見ていない事を確認して。


 ゾッとする程の狂気。


 いや、悍しさを感じて。


 その冒涜ですらある人類への賛美に鳥肌を立てたロッテは相手が最初から狂気に塗れている事を知る。


『おっと、少し興奮してしまったようだ。君の機体にある情報から幾つかもう技術再現リバース・エンジニアリングは出来ているんだ。君にも体験してもらおう』


「な、な、何を、する気ッ?!」


『いや、そう怯えないでくれ。第五帝国とやらは恒常的に使っているのだろう? アビス・リアクターに人間の生命を使うとは中々に考えた。こちらの技術では未だアビスゲートを恒常的に開く為、アビスシードを持つ人間を重点的に研究していた。だが、常人でも構わないというのは盲点だったな。バイオリアクター中々に面白い技術だ』


「―――や、止めなさい!!? あ、アレは数十人で一基を賄うものであって、こ、個人では?!」


『ああ、問題ない。何も戦艦を動かそうというわけでもない。精々がこの基地の予備動力だ。人を電池代わりに汚染の少ないアビスによるエネルギー抽出を行なえるとなれば、別に遺伝子改造したクローン体でも構わないだろうしな。君の細胞はもう全て取得済みで培養も進んでいる。君が死んでも君の代わりは幾らでも造れる。バイオリアクターのエネルギーでクローンの製造と余剰出力を得られれば、事実上は半無限機関になる。一般人を使わずに済むならば、これは極めて人道的な動力だよ。それが人類ではなく宇宙人のクローンなら尚更だ。ありがとう。ロッテ・F・リグハール大佐。君の地球人類への素晴らしい貢献を私は忘れない』


 とてもにこやかに死刑宣告を告げる狂人に彼女が待ってと、止めてと、自らが利用してきた者達が上げてきたような断末魔とも悲鳴とも付かない声を上げる。


 だが。


『軍用獣。アビス・ガーディアン。アビス・ミーレス。第五帝国の主用情報はしかと受け取った。まずは宇宙人一人が何処まで電池として長持ちするのか調べてみよう。これより新型リアクター起動実験を行う。検体は大五帝国情報室情報部員ロッテ・F・リグハール大佐。未来人兼宇宙人である。今リアクターの特徴はアビス汚染を極力低減し、尚且つクリーンにエネルギーを取り出す事にある。では、地球製バイオリアクター一号機の起動を開始する』


 何かを喚くロッテをビッシリと並んだ脳髄の浮かぶポットの只中で彼が見送る。


 巨大なアームが背後から彼女の入った容器を抜き出し、薄暗がりの奥へと持っていく。


 そして、程なくしてブゥゥゥゥンと音を立てて周囲が少しずつ明るくなっていく。


『おお、素晴らしい!! 人間一人でも此処までの出力が得られるのか。検体を比較的長く持たせる方法はこれからの課題だ。しっかり栄養と休息、ついでにテロメアを伸ばす薬剤を投入しなければ……』


 彼の足元。


 ポットの詰まれた場所から数百m下の光景が輝きを増すライトの中で露わになる。


 其処には創り掛けの巨大な蛸壺のような船体と周囲に並ぶガーディアンの組み立て用ラインが複数存在していた。


『ふふふ……それにしても運が良い。まさか、未来から探し物がやってくるとは……東亜連邦の遺産。必ず手に入れなければ……ああ、あの輝ける―――××××××××の導きのままに……剛刃桜……胸が躍る素材だ……』


 彼が恍惚とする最中も巨大な伽藍には脳髄達の声がずっと響いていた。


 それは彼がまだ言語化する前の、冒涜的脳髄達の本当の声。


『いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ、いあ』


『てけ、りり? て、けり、り? てけ、りり、てけ』


『くちゅ、る、くちゅ、る、ふたぐ、ふた、た、たぐ』


 名状し難き悪の邂逅が新たな波乱を呼ぶ時。


 混沌は這いより始める。

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