Scene36「交錯」


 無限のようにも感じられる全天を被う程の敵。


 ワープアウト寸前の奈落の獣達の隊列が何処とも知れない空間の先からゆっくりと迫り出してくる。


 月面裏の宙域において、その事象を観測した者は数多かった。


 コロニー群が運用するデブリ早期警戒網は各コロニー共通での対応が慣例となっている。


 つまり、宙に浮かぶ大地の保守管理者達が真っ先にその光景を目にしたのだ。


 絶望的な数。


 それこそ第一次大戦期から深刻な奈落災害に携わってきた人々がこの世の終わりだと感じてもおかしくないだけの陣容。


 現在艦隊を宙域に派遣している共和国の国防関係者すらも、画面に映し出される絶望の未来に顔を引き攣らせた。


 ただちに派遣した戦力をコロニーの直衛に回したいという衝動。


 グループが幾つも分かれれば、周辺コロニーは壊滅的な被害を受けると誰でも予想の付く数の暴力。


 コロニー群の代表者会議がただちに召集され、共和国の上層部は月面裏の都市群にも緊急避難勧告を出した。


 誰も彼もが畏れに支配され、人々の中には不安が増大していく。


 だが、その内の数人が、数十人が、気付く。


 画面の中で、真空の海の最中で、何かが輝いていると。


 奈落反応に埋め尽くされた宙域に一際輝くAL粒子の輝き。


 見ろと誰かが言った。


 アレは何だと驚愕の声が上がる。


 ついにこの時が来たのねとルミナスの月面支部に辿り着いたばかりの青く長い髪をした額に菱型の印を付けた少女が……静かに輝きの中心に瞳を細めた。


「よっしゃぁああああああああああああああああああ!!!!!」


 望遠レンズですら捕らえ切れない輝きの中心部。


 吹き上がる竜巻の如き粒子の本流を四つの輝きが駆け上っていく。


 最初に飛び出たライオンの顔を胸に持つ人型機。


 ガオーライガーの両腕が背後に畳まれ、両足の膝から下が太腿の上までスライドする。


 胸の中央部を左右から貫通するように真空を渡るには不似合いなシルエットが突入し、『UM:ライナー』高速列車型の機体が途中から折れて肩と肘までを形成。


 其処にレトロなデザインの『UM:トレイン』機関車が車体中央から2つに分離し、輪切りとなった内部の機構を晒して、太く短くなった膝を飲み込むようにドッキングを開始、車両先端が折れ曲がり内部から広がると巨大な足として完成する。


 そして、その背後から巨大な『UM:シャトル』黒い宇宙往来船が機体の背中に付くと、2つのメインエンジン部分を分離し、それが肘関節と接合、内部から手が飛び出す。


 背部にドッキングされた船体の先端部分が折れ曲がりまるで兜の如くガオーカイザーの頭部に装着された。


 左右の頬から迫り出したパーツが口元を被い、内部から圧力を逃がす蒸気が吹き上がる。


『この身一つを鋼に変えて、生まれ直した最後の命。奈落の悪魔を叩いて砕く!!』


 巨大な腕が胸の前で撃ち合わされた。


 火花と粒子と空間すらも歪める圧倒的なエネルギーが媒質の存在しない空間を渡る激音の如く。


 現れた侵略の獣達に畏怖の感情を覚えさせる。


『オリハルコンカイザーッッッ!!!! 見参ッッッ!!!!』


 衝撃、衝撃、衝撃、圧倒的なAL粒子の本流が宙域に展開する全ての奈落獣達の肌をビリビリと振るわせた。


『リーフィス……何処でそんな言葉を覚えた?』


 現れた巨大ガーディアン。


 オリハルコンカイザーの背後。


 敵の攻撃を警戒していたグラビトロンⅡの内部から呆れた様子のケントが尋ねる。


『ああ、オウカが見せてくれたイヅモのアニメとか言うライブラリーに在ったんだ。箔を付けるには丁度いいだろ?』


 ニカッと二枚目の顔が笑んだ。


『まぁ、いい。先手必勝だ!!』


『ああ!! ディメンジョンリバース!!!!』


 オリハルコンカイザーが片手を挙げ、AL粒子を全方位に拡散させる。


 それに奈落獣達が戸惑った様子で周囲を見回す。


 オリハルコンカイザーとグラビトロンⅡの周囲からまるで宇宙の色が反転していく。


 それは次元すらも操るオリハルコンの力。


 全ての敵を逃がさない為の巨大な宙域全てを飲み込む次元の檻だった。


『行くぞッッ!!! ディメンジョンマグナムッッ!!!』


 その巨大な威容からは想像出来ない流水のような動き。


 それでいて完璧に溜め込まれた力と意思の本流が鋼の腕を全てを抉り飛ばす怒涛と成した。


 AL粒子の高まりと同時に響き合う両腕が壮絶なブースターの火花と次元振動波を発生させ、前方の奈落獣の群れへと流星の如く加速していく。


『ネルガルッッッ!!!!』


 あらゆる攻撃を複数“在った事にする”加護がケントによって叫ばれた時。


 巨大な飛翔する拳が無限の如く分裂し、そのリーフィスが捉えた視界全ての奈落獣へと激突した。


『この加速と衝撃に絶えられるか!! 奈落獣!!!』


 ボッ。


 AL粒子と次元振動波の相乗効果によって齎される破滅が無数の奈落獣達の頭部を腹部を心臓をその周辺部分ごと分解消滅させ、突き抜けていく。


 それで威力が落ちるどころか。


 更なる加速を見せた腕が乱舞すれば、爆発が次々に連鎖。


 最後、一対に戻った両腕がオリハルコンに再び接合される頃には殆どの奈落獣は襤褸屑のようにあちこちを千切れさせていた。


 それでも猛然と突撃してくる敵は数えるのも馬鹿らしくなる数。


 それを今度は巨体の前に出たグラビトロンⅡが迎え撃つ。


『高重力場展開!! 機関出力最大!!! 重力の檻の中で悶えろッッ!!!』


 グラビトロンⅡが両手を前に突き出した瞬間。


 その前方の空間が薄暗く歪み、突撃してくる集団へと発射された。


 歪みの中心が集団中央を捉えた刹那。


 その歪みが一気に拡大して周辺の群れを尽く飲み込んでいく。


 それでも死に掛けの奈落獣達は前に進もうと肉体のあちこちから黒い炎を噴出させて彼らに向かってくる。


『グラビトロンアクセラレイター始動!! く、グゥウウウウウウウ!!?』


 莫大な重力負荷の制御に使用された超能力のせいでケントの脳神経が圧迫を受けた。


 頭痛に目から血の涙が一筋流れる。


 しかし、奈落を前にして彼が退く事は無く。


『空間圧縮ッッ!! 捕らえたッ!! Gマイクロミサイルッッ!!! ファイアッッ!!!!』


 グラビトロンの重力制御によって空間の距離が近付いた刹那。


 背後にマウントされていた複数のミサイルが放たれ、その弾頭の内部から更に小型のミサイルを射出、まるで小さな蟲の如く目標の群れに向かって面の爆発を加えていく。


 思うように動けない奈落獣達がミサイルの爆裂の海。


 いや、巨大な燃え盛る華の中へと沈んだ。


『敵の数は―――どうだ?』


 機関出力を通常値まで一気に引き下げながら、霞む目でケントがリーフィスに尋ねる。


『……残り36体。それも殆ど致命傷を負ってる。やるなら今だ』


『分かった。残りは任せろ。ディメンジョンリバースを解いてお前はコロニーの引き揚げに専念しろ。観測情報はそちらにもう転送した』


『了解だ……死ぬなよ』


『誰にものを言ってる。これでもお前よりは戦歴が長いんだ……ふっ』


 唇の端を歪めてリーフィスの声に応えたケントがグラビトロンの操縦桿を前方に全て倒した。


 途端に遅い来る猛烈なG。


 しかし、それでも重力を司るグラビトロン内だからこそ、その程度と言える。


 本来ならば、人間一人が潰されてもおかしくないような加速が行なわれているのだ。


 全力で群れの中に突撃していくケントを見送り、リーフィスがオリハルコンの片手で空間を払うような仕草をした。


 途端、今まで展開されていた反転した次元が元に戻っていく。


『……貴方、凄く辛そう……そこまでしてどうして戦うの?』


 グラビトロンⅡの中に今まで戦闘中だからと黙っていた女の声が響く。


『何も失わない為だ』


『何も?』


『俺は全てを守り抜く。この命に代えても、な』


『……ごめんなさい。私達が貴方に頼まなければ……』


 何処か哀しそうな声にケントが苦笑した。


『戦わなければ、生き残れない。戦っていなければ、守れはしない。それだけだ……誰に何を言われるまでも無く。俺はそういうものの為に戦い続けてきた』


『……強いのね』


『いいや、臆病なんだ。きっと』


 グラビトロンⅡが腰に刷いた細長い刀剣を抜刀した。


『ムラマサブレード。切り払えッ!! GRBOッッ!!』


 群れの最中に最速で突入したグラビトロンⅡが交錯した刹那、一体を横に真っ二つとした。


 それを見た複数の奈落獣がその牙と爪を立てようと機体を四方から襲う。


 しかし、それを見越していたケントが重力場による軽減で威力を減殺し、更に刀で滑らせるようにして突撃してきた敵をカウンター気味に両断する。


 幾つか重力場を突き抜けた爪が機体装甲を刻むものの。


 慣性制御によってコックピット内の振動は最小限。


 下方から喰らい付こうとする獣型の奈落獣の鼻面を足先で蹴り飛ばし、高速で突撃してくる蜂のような奈落獣を刀の柄で殴り飛ばし、グラビトロンⅡが軽業師のように死骸を床にして跳躍する。


 飛び上がる合間に擦れ違う敵は8匹。


 その全てが撫で斬りにされて真空の中でその切り口を晒した。


 だが、次から次へと襲い掛かってくる敵は瀕死と言えど、恐ろしい奈落獣なのだ。


 敵が明らかに前よりも勢いが無いと見るや否やオリハルコンに向かう事もなく獲物であるグラビトロンに群がっていく。


『……く』


 重力場を貫通した爪が左肩を捉える。


 致命傷には程遠いが、刀を片手持ちに切り替えたケントが頭痛を覚悟で遠隔武装を使うかどうか迷った。


 大規模な範囲攻撃の為、重力制御を一時的に限界まで行なったのだ。


 その超能力を司る脳神経へのダメージは未だ肉体を侵すような衝撃となって身体に残留している。


 無理をすれば、途中で意識を失い、倒れる事も有り得る。


 かと言って、このまま敵の突撃を受け続けていれば、やがては限界が来るのは目に見えていた。


(どうする……此処は使うべきか……)


 彼が悩んだ時。


『お願いします!!』


 どうやらリーフィスとも連絡を取り合っていた通信先の相手が叫んだ。


『行くぞッッ!! 次元振動波集中ッッ!! 壁をぶち破れぇええッッッ!!!』


――――――ドッッッッ、ガァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ。


 彼らがいた宙域がオリハルコンカイザーの両手を中心にして罅割れた。


 AL粒子が次元振動によって入った亀裂に浸透し、その幅を一瞬で拡大させていく。


 パリン。


 呆気ない程、そんな擬音を想像させる様子で亀裂が崩落し、その内部から巨大な鈍色の円柱が高速で迫り出した。


『な?!』


 グラビトロンⅡの目と鼻の先で襲い掛かって来ていた奈落獣達が全て恐ろしい質量の打撃に潰され、黒い血の沁みとなって真空に混ざっていく。


『やっっったぁあああああああああああああああああ!!!!』


 女とその背後から聞こえる大勢の歓声。


 残存奈落獣0。


 円筒形型コロニー内部のメインシャフト部分が幾らかその構造を崩れさせながらも宙域に顕れ、それをオリハルコンが注意を払って急いで未知の空間内部から引っ張り出していく。


『ありがとうッ!! ありがとうッ!! これで皆救われたッ!! 本当にありがとうッ!!』


 涙声の女からの感謝。


 そんなものを受け取るとは思っていなかったケントが話し掛けようとした寸前。


 巨大な重力の塊が鈍色の円柱を中央から打ち抜き―――その命中部分を急速に圧縮、圧壊させた。


『なッッッ?!』


 彼が思わず前に出ようとした刹那、オリハルコンの腕がグラビトロンⅡの動体を捉えて、その場から離脱していく。


『リーフィスッッ?!! 離せッッッ!!!?』


『もう、生命反応は―――無いッッ』


『そんな?!! これはブラックホールキャノン!!? お前は誰だッッッ!!!?』


―――ライン=ジーは全てを破砕する。


 彼らの目の前でコロニーシャフトの残骸が黒い球体の内部に飲み込まれて、跡形も無く消滅した。


 それを虚空で見つめる漆黒の機体が一機。


『お前……何だ? この不愉快な感覚……死ね』


 二機の内部から敵機を確認した二人が怒りに燃えた視線を相手に向ける。


 しかし、その少し幼くも聞こえる女の声はまるで今、数万人を殺したとは思えない程に無感情さで二機に向けて再びブラックホールキャノンを撃ち放った。


『お前は絶対に許さないッッ!! 絶対にだッッッ!!!!』


 吼えたケントが自らの疲労と消耗を全て無視して重力制御機関を最大出力で駆動させた。


 彼の視線の先には彼と同じようなカバリエ級とも見える細い機体。


 何処かグラビトロンⅡとも似たシルエットをしている。


『こんな所でぇえええええええッッッ!!!』


 背後にマウントされていたブラックホールキャノンが即座に撃ち返された。


 先手を取っていた正体不明の敵機がそれを見て離脱する。


 撃ち放たれた二発の超重力崩壊を引起す弾頭が正面から激突し、稲光にも似た重力の枝が発生。


 辺りへと吹き伸び、猛然と莫大な重力場が全てを二発の激発した中心へと引き込んでいく。


『くッッ!!? 距離が近過ぎるッッ!!? ケント!! 二機で何とか離脱するぞッッ!!』


『―――クソッッッッ!!!!?』


 グラビトロンⅡ内部でケントが拳を左の壁に血が出る程に叩き付けた。


『ケントッッ!! 無念は分かるが、死んだらお終いだッッ!!』


 二機が重力場内部に捕まりながらも何とか逃げようとしたが、キャノン同士の激突によって生まれた重力崩壊内部へ周辺宙域の全ての物質が引きずり込まれていく。


 光も物質も全て呑み込む事象の果て。


 その中からも情報は返って来ると今では分かっているが、物体が返ってきた事は一度とて無い。


『オリハルコンカイザーッッ!! 出力最だ―――』


 キィィィン。


 オリハルコン内部で融合していたリーフィスが意識を巨大な重力崩壊内部へと向ける。


 其処には何故か無いはずのものがあった。


 光。


 いや、輝きとでも言うべき何か。


 それはAL粒子を発する領域。


(何だ?! あの中心部から発されている力はッ?!! この感覚―――オリハルコンカイザーに近い?)


 一瞬、気を取られたオリハルコンの出力制御系が突如としてデタラメな数値を吐き出し、背後のブースターがストップした。


『な?!! どうしたオリハルコンカイザーッッ!!』


『リーフィスッッ!!?』


 何とか重力の井戸から自分より巨大な相手を引き揚げようと重力制御機関の出力を再び最大にしたケントだったが、即座に彼の脳神経が悲鳴を上げて、意識が途絶する。


 それを待っていたかの如く。


 光を発する重力崩壊の中心に全てが雪崩込んで行く。


 やがて、宙域全てを蓋い尽した重力場が消え去った時。


 其処にはただ何も無い真空の海だけが広がっていた。


 ようやく駆け付けた共和国側の艦隊が周辺に展開するも、何も見付ける事は出来ず。


 そして、彼らは……もれなく行方不明MIAと認定されたのだった。


 *


 宇宙からの侵略者を一時的に撃退した七士一行がアーバスノットから離れて小一時間。


 本当にこのまま離脱して良かったのかと未だ警戒の為にテスタメントに乗っていたファリアはアーバスノットがある方角を画面越しに見つめていた。


 戦闘が終り。


 艦がコロニーから離れてから、まだ時間は然程経っていない。


 冷めやらぬ勝利の余韻の中に混じる一抹どころではない不安は彼女の中で燻っている。


 第五帝国。


 宇宙の覇権に近い勢力の一つ。


 彼女が元々所属していた共同体。


 パルテア星間連合王国とも敵対する大帝国。


 どうして、そんな相手が銀河の片隅の地球を侵略する必要があるのか。


 ハッキリ言ってしまえば、こんな辺鄙な場所に攻めてくる理由なんて然して無い。


 侵略は第五帝国の性のようなものではあったが、だからと言って費用対効果が低過ぎる。


 投入されるエネルギーよりも得られるエネルギーが低ければ、それは合理的ではないという話なのだ。


 幾ら軍事力を機械化、自動化していても人的資源は必要だし、それを管理する者が必要なのだから、超超距離の遠征はそれに見合った目的が無ければならない。


(やはり、この星には何か在る……私が知らない、第五帝国や連合王国にとって重要な何かが……その一つはコレなの? でも、凄まじい力だけなら、彼らの本星にだって……)


 ハンガーの中で沈黙する剛刃桜を眺めながら、ファリアが操縦者の少年の事を思い浮かべる。


 戦闘が終わってハンガーに機体が戻ってきた直後。


 緑炎に撒かれた少年がパイロットスーツのまま転移して倒れた。


 機体を整備していた男達が慌てて船内の医務室に連れて行き、現在はアイラとソフィーが介抱しているが、まだ目覚める気配は無いと言う。


「(あれだけの力。何の代償も無いと考える方が不自然……たぶん、七士さんはそれなりに大きなものを支払って、あの機体に乗っている……)」


 ファリアは少年の身を案じながらも、不気味な程操縦者が乗り込んでいないと静かな剛刃桜を何処か警戒する自分を感じていた。


「テスタメント。あの機体一体何なんだろう……」


 ポツリと呟いた彼女の声は独り言。


 しかし、パルテアにおいて遥か太古の遺跡より発掘された機体。


 グラムメタルの中でも特に旧く。


 殆ど中身がブラックボックスとされるテスタメントには簡易のAI機能が存在する。


 複雑な応答は出来ずとも、操縦者に適切な支援を与えるインターフェイスは未だ稼動しており、ファリアの呟きを内部マイクから拾ったテスタメントが僅かな応答を返した。


 それがメインモニターに映し出される。


―――VGと酷似。


「VG? このガーディアンのフォルムってまさか……テスタメント、何か知ってるの?」


 画面に映し出されたのはパルテアにおいて一部の星の者が乗る小型のガーディアン。


 まるで地球のライトニング級のような機体の複数の画像だった。


 相当に旧いものらしく。


 画像情報が一部欠落していたが、確かにソレと分かるのは今も現役で稼動する、その星の者達からマナートと呼ばれている機体が存在するからだ。


 彼女も幼い時に一度だけ見た事があった。


 パルテア内部でも凄腕の傭兵が付近の奈落獣を相当する為に部隊を率いてやってきたのだ。


 彼らの一糸乱れぬ統率は幼心に騎士にも劣らぬ相手と理解出来た。


 それ以来、彼女の中ではマナートに乗る傭兵は少なからず油断なら無い強者という位置付けとなっている。


―――VG--0000……Origin……最優先破壊対象。


 次のテスタメントの画面には光り輝く緑色の何か。


 たぶん、人型の機体の画像が映し出された。


 しかし、その情報の欠落も中々激しく。


 全体像までは分からない。


 ただ一つだけ確かなのはファリアが一度とて相棒から聞いた事の無い言葉は無言の圧力と言える程に強く、彼女の心を揺さぶったという事だけだ。


 最優先破壊対象。


 如何なる意味に解釈しても、敵が危険である事を示すに十分な単語だろう。


 それを示すかの如く。


 火器の管制ロックが外され、テスタメントのメインモニターには指示待ちの表示が出る。


 撃ちますか?


 訊ねられている事に背筋を戦慄させながら、ファリアが思わず火器管制を再びロックしろと命じようとした時だった。


 ゴウンッ。


 大きな脈動のようなものが艦内全体に響き渡る。


「な?! 何が起こったの!! テスタメント!! 状況を報告しなさい!!」


―――特異な重力波を検知……後方22m地点。


 サイドモニターに映る大きなコンテナ。


 今回のコロニーに赴いた運び屋として地球まで移送しなければならないとされていたソレの周囲が確かに光を歪められ、グニャリと歪んでいた。


『こちらコックピット!! か、艦内に重力偏差を確認!!? な、何だ!? ハンガー内に高エネルギー反応!!』


「まさか?! パーツが勝手に動いてる?!! そんな?! 動力だって無いは―――ッ!!?」


 彼女がもう一つ後部ハンガー内部で重力によって歪むものを確認した。


 ソレは彼女達が奈落獣達の襲撃を受けながらも巨大なガーディアンの成れの果てから引き剥がして持ってきた重力機関の残骸、のようなもの。


「テスタメント!! 出力最大!! コックピット聞こえますか!! 現在、後部ハンガーにおいて二つの積み荷が重力を発生させている模様!! ただちに艦内から排出するべきです!!」


『こちらコックピット!! そんな?! 積み荷が?! 一体どういう!!?』


「説明している暇はありません。ただちにハンガー内から人を退避させて下さい!!」


 艦内へオープンチャンネルにしてた甲斐もあってか。


 整備を行なっていた部隊の人員達が慌てた様子で自機や前方の通路内へと退避していく。


「手伝える人はお願いします!! ハンガー内が真空になります!! 周辺の気密隔壁を下ろして下さい!!」


『わ、分かった!! 速や―――』


 コックピットから指示が出る寸前。


「?!!」


 テスタメントのメインカメラは確かに捉えていた。


 コンテナが弾け飛び、内部から黒いチャクラムのようなパーツが飛び出すと鉄屑のようにも見える残骸を内部へと取り込むところを。


「一つになってる?! テスタメント!! ハッチを壊しても構わないから、出力最大でアレを船外に運び出す!!」


 テスタメントがロックの外れたハンガーも気にせずブースターを使って加速しようとした刹那。


 輪の中心にあって歪んでいた残骸が不意に形を取り戻した。


 それは鈍色の正方形。


 その表面には幾何学模様が幾つも奔り、内部からAL粒子の光が漏れ出している。


 だが、問題は今までのような重力波が発されるというよりも深刻だった。


 艦全体で誰もがその現象を経験していたのだ。


 身体が動かない。


 ピクリともしない。


 まるで見えない空気という固体内部で静止させられているような感覚。


 息は出来ても圧迫感に誰もが心拍数を上げた。


(一体、何が起こって?!)


 ファリアが何とか操縦しようとしたものの。


 時既に遅く。


 黒い輪が乱雑に正方形の回りを回転し始め、重力によって全ての光がその輪の中心に向かって落下していく。


 それに誰も抗えず。


 そして、彼らは同時に同じビジョンを脳裏に見た。


 それは……先程まで戦列を共にしていた白いフォーチュンの船と巨大な四角錐形のガーディアン、白いシビリアン・ミーレスとコンチェルト級が突如として発生した複数の重力に一瞬で取り込まれ、飲み込まれていく光景。


 何が起こっているのか。


 誰にも分からず。


 そして、誰一人として重力崩壊に飲まれたその後の事を覚えている者は無かった。


 ただ、気を失い闇に呑まれていく操縦者を守るエネルギーシールドを展開したテスタメントだけが、重力の深淵へと誘われながらも勝手に動き出す剛刃桜を記録していた。


 虚無の海に流されながら対峙するパーツの集合体と未知の機体。


 それは正しく敵として向かい合っているようにも、ようやく出会った相手を観察しているようでもあったが、二つの存在は互いに同じ方角を向いて進み出で、一組の男女をその眼前にして飲み込んだ。


 荒那七士は緑炎を纏う剛刃桜が。


 アイラ・ナヴァグラハは2つのパーツが一つとなった何かが。


 そうして……全てが流されてゆく先には光。


 そこでテスタメントの映像データは全て途絶した。


 船出の先に人々は新たな新天地を見る。


 それが如何なるものであるのか。


 まだ、この時……誰一人知る由もいなかった。

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