Scene35「宙に謳えば」


―――???


「……タルテソスのオリハルコンが動いたか」


 長大な回廊。


 宇宙とそのまま繋がっているような、まるで星の海に沈むような、そんな回廊を歩いていた壮年の男が豪奢な衣裳の袖を揺らして、遥か遠方に視線を向けた。


 強大な波動の源が動き出した事を知った彼の瞳は険しい。


「此処から遠征軍の事をお感じになられるとは……」


 男の左後ろ。


 負けず劣らず華美な装飾をあしらった衣裳。


 何処か動き易さを重視したモノを着込んだ若い女が尋ねる。


 その青い髪の下。


 美人で通るだろう美貌はしかし、まるで笑っていない。


 目が、顔が、何処か酷薄な陰影を刻んでいる。


「余を誰だと思っておる?」


「星帝ナーサリウス陛下です」


 恭しく女が頭を下げた。


「……コスタメリア・フラメルといったか」


「はい。陛下」


「先程の信書に対する返答を此処で伝えよう」


「どうぞ。必ず我れらが王に伝えましょう」


「良いだろう。貴様等の甘言に乗ってやろう。しかし、この契約を違えた時が雌雄を決する時だと知れ。至高王」


「……必ずや一言一句その通りに」


 女が微笑むとその背後に闇のようなものが立ち上がる。


「お迎えに上がりました。フラメル様」


 ズブズブとその漆黒の奥底から湧き出した男。


 奇妙な化粧。


 白塗りの顔に赤い曲線の紋様を入れた男が女に頭を下げた。


「カーティス。これより帰還する。ただちに本国へ帰り、遠征の準備だ」


「畏まりました」


 闇の中へと女が踵を返して歩き出す。


「では、今宵はこれで……何れまたお会いしましょう。陛下」


 女の後ろに男が付いて闇に姿を消すと不意にその床の上から何もかもが消え去った。


 一人通路に残された男が星の海に声を投げ掛ける。


「これが始まり……か」


 男が進みゆく先。


 巨大な門が現れ、開かれる。


 内部から見えるのは遥か遠方まで続くオペレーター達の群れ。


「陛下?!」


 一番最初に驚いた者が慌てて膝を付き、頭を垂れ―――。


「良い。仕事に支障を来たす事を禁ずる。自らの使命を全うせよ」


「は、ははぁッッ!!!」


 その声に頭を下げた最高責任者たる老年の男がしかしそれでは問題だろうと自分の付き人達をナーサリウス。


 星帝を名乗る男の下に付け、恐縮しながら会議の出席へと向かっていく。


 場を支配する緊張。


 粗相の一つもしてはならないとオペレーター達が今だけは悪い知らせを入れてくれるなと各地の軍へ願わずにはいられなかった。


 しかし、その思いも虚しく。


 ナーサリウスにも近い場所で虚空の情報をオペレートしていた女の前が真っ赤に染まる。


 レッドアラート。


 緊急事態。


「地球、だな?」


「は、はい……そうです。陛下」


 女は今にも死にそうな顔で頷いた。


 その身体は小刻みに震えている。


「地球遠征軍の現状を知らせよ」


「は、はい!! げ、現在、第二次会戦が進行中!! 前回の、その……せ、先遣艦隊の壊滅から軍用獣の派遣を優先し、その隙にデブリ群内へ本隊がワープアウトしつつあります!!」


「現地の最高指揮官に通信を開け」


「了解しました!!」


 即座に神速の動きを見せたオペレーターが目にも止まらぬ速さで虚空に映し出されたデータを直接タイピングして、現地司令官である男の下へ通信を繋げた。


 数秒後。


 慌てたらしき青い肌に厳つい顔の男。


 マントを羽織った地球派遣軍総司令官が息を呑んだ様子でナーサリウスに頭を垂れた。


「こ、これはナーサリウス陛下。何か火急のご用件でしょうか?」


「アーチボルド……」


「は、はい。何でしょうか?」


「タルテソスのオリハルコンが起動したな?」


「な、そ、それは真でございますか?! わ、私はまだそのような報告は受け―――」


 その時、アーチボルドと呼ばれた司令官のいる艦橋がメインモニターからの警告で赤く染まった。


「な?! この反応は!!? まさか?!!」


「そうだ。奴はこちらの奇襲を読んで、逸早く修復したのだろうオリハルコンを起動させた」


「まさか!!? こんな蛮族の住まう地にオリハルコンを十全に修理出来る技術があるとは!!?」


「……現在の作戦が終わり次第、獲得した宙域への駐留艦隊を残して、暗礁宙域に向かい一度体制を立て直せ。お前には新しい任を与える」


「は!! どうぞご命令を!!」


「パルテアとの一時休戦及び共同遠征軍が決定した。ただちに駐留用の要塞を建造せよ」


「パ、パルテアとの一時休戦!!? あのネットワークに繋がれた狗達と共に戦えと言うのですか!!?」


「そうだ。不満か?」


「い、いえ……それが陛下のお決めになった事ならば、不肖このアーチボルド。必ずや遣り遂げてご覧に入れます」


「ならば、よい。情報は逐次そちらへやる。あちら側の艦隊が到着次第、新たな侵攻計画の大綱を送る……くれぐれも問題を起こさぬよう兵に徹底しろ。後の事は任せる」


「わ、分かりました。では、あちら側の将校が到着次第。新たな侵攻計画の詳細を……」


「全て世は事も無し。期待しているぞ」


「ッ、はッ!!!」


 最後の言葉でアーチボルドが顔を輝かせ。


 敬礼後に通信を切った。


 それを見終えたと同時にナーサリウスが元来た扉から戻っていく。


 扉が閉まった時、其処にはホッとした様子のオペレーター達と今まで通信を繋げていた青い顔のオペレーターだけ残された。


 そうして、地球を征服するべく。


 新たな敵との戦いが始まる。


 敵は共同軍。


 新たな力を得た侵略者達の胎動は遥か銀河の端。


 地球の運命を大きく変えようとしていた。


 *


―――アーバスノット政庁屋上。


 コロニー内の無人ミーレス部隊。


 その操作端末が最後の反応の消失と共に懐へ治められた。


 右往左往しているコロニーの実務者達は自分達の頭の上で敵の指揮官がコロニー内部を見渡しながら、部隊を動かしていたとは露程も思わないだろう。


 しかし、事実は小説よりも奇なり、である。


 ロッテ・F・リグハール。


 それが女の名前であった。


 褐色の肌に長い耳。


 薄紫色の髪に知的な相貌を飾る眼鏡。


 その大きな胸の谷間も相まって、地球ならセクシーな知的美人で通るのだろうが、生憎と彼女は本質的に美人というよりは諜報員であり、温和な性格ではあるが冷酷だった。


 やはり、他の第五帝国の人員達と同じく何処か華美で中世の貴族めいた装飾が施された独特な衣裳姿であるが、作戦時以外は地求人として潜伏し、人前に姿を現さない彼女がわざわざその衣裳を着ているという時点で帝国が本格的な侵攻を開始したというのは間違いの無い事だった。


「あら……やるわね。これはザート? それにしても練度が高い……それに先程の歌はコンチェルト級? まさか、実物をこんな所で目にするとは思わなかったわね……」


 瞳が細められる。


「この第二次会戦で落ちないとは……先遣艦隊壊滅の件もあるし、地球側戦力の再評価が必要かしら」


 ブツブツと呟いていた女が外部の戦況が一時的に相手側優位へ傾いているのを瞳に移る各種の情報から判断して、思案する。


(まぁ、征服活動なんてものは狗に任せておきましょう。私のやるべき事は別にある……)


 今回の無人ミーレスによるコロニー内の無差別破壊は先遣艦隊の壊滅という。


 まったく予期していなかった大損害に対して、彼女も現地の作戦に携わる者として気を効かせたに過ぎない。


 それでもコロニー一つ落せていないのだから、それは侵攻計画の責任者である司令官の責だ。


 彼女がそのまま立ち去ろうとした時。


 懐にある端末にアラートが鳴った。


 思わず取り出した画面に特異な反応を見つけた彼女がコロニー内に張り巡らせていたセンサーの網に掛かった情報から即座に位置を割り出して、遠方の都市を見上げる。


 すると、その都市の一区画に緑色の輝きを見つけて、唇の端を吊り上げる。


「……まさか、嘘でしょう? こんな場所で調査対象の一つが落ちてるなんて……世の中、何があるか分からないものね……イヅモに往く手間が省けたわ。行くわよ……ディオン・ディオン」


 今まで偽装粒子力場によって透明化し、政庁の上に浮遊していた巨体が動き出し、その見えない腕で主を掬い上げるとコックピットを開いて内部へと誘う。


 隔壁が閉じられた後。


 その見えないガーディアン。


 ディオン・ディオンと呼ばれたソレは何処へともなく消えていった。


 *


―――ギャラクシー級高機動戦艦ブリッジ。


 神野信一郎は即座に殲滅された奈落獣C軍の反応が消失したと同時に飛び込んできたコロニー内の無人ミーレス部隊殲滅の報に何とか現在の状況を乗り越えられるだろうと安堵していた。


 しかし、彼の冷静な脳裏には次なる敵の一手が容易に予想出来ており、とにかく戦力の集結を早めねばとの危機感も同居している。


「艦長!! 政庁側から全波帯の通信認証及びコロニー内全施設への放送コード・キーが送られてきました。行けます!!」


 信一郎が頷く。


「コンチェルト級の方はどうなっている」


「現在、軍港に向けて移動中。無人ミーレス部隊を殲滅したザートがそちらの方角へと向かっています」


「……コロニーの守備隊に戦力をコロニー外壁へ回せと連絡。軍港関係者にコンチェルト級の受け入れ準備をさせろ。音声通信だけでも構わない。この宙域周辺全てに歌声を響かせるんだ!!」


「了解!!」


 彼が今も艦砲で焼き払い続けている奈落獣達の群れが随分減った事を確認し、今も周辺からの進軍を妨げ続けているイーグルに乗ったクリフ・リッケンバインにサウンドオンリーの秘匿回線を繋ぐ。


「まだ、やれそうか?」


『勿論!! 少なくとも、自分の役割は弁えているッ!! それよりもあの子は無事なのか!!』


「ああ、無事だとも。今、C群を壊滅させ、残ったD群の下へ向かっている」


『そうか……なら、いい』


「一つ聞くが、先程歌声が聞こえなかったか?」


『歌声? ああ、そう言えば勝手にBGMが流れていたような……身体も幾分か軽くなった気持ちになったが……』


(やはり、コンチェルト級の力は大きいか……クルーの士気も上がっている。あちらの援護を受けながら、奈落獣を排除。そして、次の攻勢に備えられれば、この場を固め切れる……問題はコロニー内部に内通者やもう相手側の諜報員が紛れ込んでいる場合だが)


 その時、ブリッジのメインモニターに多数の反応が出現した。


「艦長!! 遠方のデブリ群内から多数のAL及びアビス反応確認!! これは……アビス・ガーディアンにミーレス?! ラーフ以外じゃ、こんな反応になるはずが!?」


「仕掛けてきたか……エピオルニスの位置は!!」


「げ、現在、コロニー外壁に沿って移動中!! 敵速度から考えて、正面戦闘には間に合いません!!」


「分かった。エピオルニスはそのままC群の殲滅に向かわせる。善意の第三者に繋げ」


「は、はい!!」


『何だ? 今、外壁に向かっている最中だぞ』


「遠方のデブリ群からアビス・ガーディアン及びミーレスらしき反応が多数確認された。正面戦力が足りない。此方側へと回ってもらえないか?」


『数は?』


「少なくとも、我が方の二十倍以上」


『……随分と人間臭い手を使ってくる。混乱に乗じて複数地点への攻撃。更なる波状攻撃に戦力を投入。戦力を惜しみながらコロニーを落としたいというのが見え見えだな』


「同感だが、こちらも苦しい。純粋に戦力比で考えれば、奈落獣を相手にしている暇は無い。多少の被害が出ても戦力をコロニー正面へ集結させるべきだ」


『良いだろう。外壁の方にはこちらの最大戦力を投入した。部隊は正面に移動させる。今、こちらに向かって来ている馬鹿デカイのは一旦停止させて正面の方へ向かわせろ』


「どういう事だ?」


『こちらの送った戦力で奈落獣側の防衛は問題なくなる。フォートレス級を使うなら、こちらに考えがある』


「考え?」


『敵軍が攻め寄せてきた時、ヘルモードで敵陣中央に転移、戦線に大穴を開けるのに使う。相手が幾ら精強だろうと戦線を維持出来なくなれば、問題ない。相手が無人機を運用していたとしても、その指揮は人間が行なっているはずだ。完全自動の艦隊にしては攻め手がせこい。なら、付入る隙はあるだろう?』


「……いいだろう。では、転移のタイミングはこちらで計らせて貰うがいいか?」


『無論だ。全隊、コロニー外壁の防衛を放棄!! 正面に向かえ!! 腕が欠損した者は一時軍港で予備パーツに換装!! 補給後、ただちにフォーチュン所属戦艦の直衛に回れ!!』


 一糸乱れぬ統率でザートの反応が二手に分かれて軍港とコロニー正面へと向かっていく。


「聞いていたな? アハト」


『うん。分かってる』


 エピオルニスの内部でアハトが頷いた。


「では、それまで休息していてくれ」


『りょーかい』


 機体が一斉に同じ向きへと集っていく最中。


 新たな反応が未だコロニー外壁へと攻勢を掛ける奈落獣の中へと突っ込んでいく。


「艦長!! 敵奈落獣群に向かっていく機体があります!!」


「これが連中の切札か。コロニー外壁の監視カメラ映像を出せ!!」


 すぐに繋がった映像がメインモニターに投影される。


 その映像が即座にCGで補正され、クルーの誰もが目を疑った。


 オペレーター達もまた報告よりも、その凄まじさに目を見張る。


 外壁に突撃していた敵奈落獣の反応がまるで最初からいなかったかのように反応を消失させていく。


 それはメインモニターの映像から一目瞭然だった。


 まるで碧い彗星。


 七つの尾と化した複数の刀剣を引き連れながらライトニング級と思われる機体が一直線に敵陣を貫き、乱舞する刀剣が通り抜け様に奈落獣を真っ二つにして消滅させていく。


 その緑炎の輝きにブリッジの誰もが背筋に冷たい汗を掻いた。


「て、敵残存数残り僅か!! あ、D群消滅しました!!」


(アレは……あんな戦力をノイエ・ヴォルフは持っているのか。既存の技術体系ではない……発掘された機体か?)


 信一郎が現在は味方として戦っている女の切札と目される機体の性能に瞳を細めた。


「軍港から入電!! 多数の民間人を保護!! コンチェルト級が到着したとの事です!!」


「ただちに通信機器をチェック!! コードを使って放送を開始する!! コンチェルト級には歌ったままコロニー正面への移動を行なって欲しいと伝達!!」


「了解!!」


 その合間にもギャラクシーの射程に入っていた奈落獣達がついに途絶えた。


 まだ、幾らか残ってはいるものの。


 機雷原を無理矢理に突破しようとして、自ら爆発の中で散っていく。


「敵残存数残り8体!!」


「打って出る!! 主砲充填!! 全速で敵側面に抜けるぞ!!」


「了解!! メインブースター一番二番点火!! エンジン出力95%!! 十五秒後に加速を開始します!!」


「イーグルに伝達。この場を放棄し、コロニー正面に移動せよ!!」


 動き出した艦はかなりの速度で加速を開始した。


 一瞬Gで内部の人と物が後方に流される。


 しかし、それも束の間。


 自動式の機雷原の中央を突破して、ギャラクシーが未だ突撃を掛けている奈落獣集団の側面へ躍り出た。


 予め設定しておいた敵味方識別IFFで機雷原の機能が一時的に無力化されたのである。


「旋回しつつ副砲撃て!! 主砲発射!!!」


 強い慣性に晒されながら、信一郎の指示通りに真空の海を二本の光と一本の光芒が凪いだ。


 爆発。


 奈落獣達が成す術もなく反撃すら出来ずに沈んでいく。


「これよりコロニー正面へ向かう!! 敵ミーレス集団との機動戦だ。レーダーでの警戒を厳に!! 些細な情報も見逃すな!!」


 再び加速を始めたギャラクシーが正面に向かう間にもその集結地点にはコロニー内の守備隊とザート部隊。


 そして、敵集団を殲滅した剛刃桜と軍港から直接外壁伝い現場へ向かっていたリングシャードが集まっていた。


 そうして、緊張の中で今まで集中していたブリッジクルーがようやく気付く。


 いつの間にか。


 通信越しに歌が聞こえていた。


「コンチェルト級、第三者に通信開け」


 それに応じて再びオペレーター達が音声通信を繋ぐ。


「こちらフォーチュン所属ギャラクシー級高機動戦艦。艦長神野信一郎。コンチェルト級のパイロット。聞こえるか?」


『は、はい!! こちらサンシャイン・プロ所属コンチェルト級リングシャードのパイロット。竜宮マナです!!』


「マナ君か。まずこちらの要請に応じてくれた事。また、戦闘中の歌に感謝する」


『そ、そんな、私は自分に出来る事をしたまでですから』


「これより敵ミーレスやガーディアンとの機動戦となる。君には艦の後方で歌ってもらいたい」


『は、はい。分かりました。でも、その、一つ聞いていいですか?』


「何でも答えられる範囲で良ければ、答えよう」


『……このコロニーを襲ってるのは一体、誰なんですか?』


「宇宙人というやつだ」


『う、宇宙人?!』


 さすがにマナの声が引っくり返りそうになった。


「唐突で信じられないかもしれないが、フォーチュンは前々からそのような存在が地球圏に侵略の手を伸ばしていた事は知っていた。それが本格的な攻勢に出ているらしい。増援の艦隊が到着するまで残り30分。それまでコロニーをこの戦力で防衛し切らねばならない。その為に力を貸してくれ」


『……唐突でまだちょっと飲み込めてませんけど。分かりました……全力で謳わせてもらいます!!』


「君の勇気に感謝する。三分後に敵集団と接敵するまで息を整えておいてくれ。謳い出しは開戦と同時にお願いする」


『はい!! 神野艦長さん!!』


 通信が途切れる。


 その間にも到着した艦が減速を開始し、複数のザートが周辺に展開していく。


『こちら善意の第三者。聞こえるか?』


「聞こえている」


『開戦前に一つ約束して欲しい事がある』


 思わずブリッジ・クルーが艦長席を見やる


「……出来る事と出来ない事がある」


『構わん。些細な話だ。敵集団との戦闘で被弾し、爆発の恐れが無い機体をそちらで受け入れて欲しい。それと受け入れ先の監視カメラの映像を切っておいてくれると助かる』


「……分かった。いいだろう」


『感謝する。では、もう一つ。こちらは忠告だ』


「忠告?」


『あのライトニング級のデータはこの通信機記録と共に消去しておく事をお勧めする』


 ブリッジのメインモニターの端には先程、数百体もの奈落獣を消滅させたライトニング級。


 剛刃桜の姿がハッキリと映っていた。


「どういう事だ?」


『好奇心は身を滅ぼす。一つだけ教えておくと、アレは我々の戦力では無い』


「……分かった」


 信一郎が今は即席でも信頼関係を築いておくべきだと通信先に重く頷いた。


「敵集団との会敵まで残り30秒!!」


「主砲充填!! バルカンファランクスの照準をランダムに設定!! 敵は速いぞ!! 面で制圧する!! 全ミサイル発射体勢!! 連中の鼻面にお見舞いしてやれ!!」


『会敵まで残り10秒……5、4、3、2』


「今だ!! ミサイル発射!!」


 ギャラクシーを中心に鶴翼陣を敷いていたミーレス部隊、ザート部隊が同時に全天を覆うようにビームとミサイルを正射した。


 キュゴァアアアアアアアアアアアアアアアアア―――。


 爆発の華が咲き乱れると同時にアップテンポの曲が周辺とコロニー内に響き始めた。


 それはスピーカーだけではなく。


 他者の脳裏に直接響く歌声。


 ギャラクシーの後方でAL粒子をまるで翼のように広げて。


 リングシャードがに声を届け始める。


 爆発の壁の中から半壊したミーレスを盾にして複数の機体が突き抜けてくる。


 しかし、それを待っていたギャラクシーの全砲門が咆哮した。


「主砲発射!! これより敵陣を食い破る!! 突撃!!!!」


『な?!』


 思わずイゾルデが開かれたままの通信先で絶句していた。


 定石ならば、艦を軸にして防衛するべきなのだ。


 そして、それを分かっていたかのようにミーレス部隊はまずギャラクシーを潰そうとしている。


 それを守るザートが面食らった様子で周辺の敵に攻撃を開始した。


『何を考えている?!』


「やると言ったら止めるだろう?」


 思わぬ回答にイゾルデが部下達も見た事の無いような顔の歪め方をした。


『―――』


 加速する戦艦の表層をミーレスのミサイルとビームの雨が撫ぜていく。


 しかし、その威力がAL粒子力場を突破するより先に敵陣の中央へと突き進むギャラクシーはまるで敵の分厚い層に突き刺さる楔のような状態となった。


 陣はM字を描いている。


 こうなれば、艦が落ちるのも時間の問題。


 そう、思われた。


 だが……。


「今だ!! 艦直上にエピオルニスを!!」


『そういう事か!? ヘルモードをッッ!!!』


『了解!! あの大きいのを飛ばしますッ!!! ヘルモード!!!』


 ザート達の前で敵のビーム兵器を巨大な肩の力場で受け止めていたテスタメントの中でファリアが叫ぶ。


 その途端、爆発の華が咲き乱れる宙域のど真ん中に巨大な構造物。


 エピオルニスが転移した。


 その威圧感に本来無人であるはずのミーレスの連携が僅かに鈍る。


「全周囲ミサイル発射ぁああああああああああああああ!!!!」


 km単位もある装甲の幾つもの面から同時に針鼠の如くミサイルの弾頭が顔を出し、今正に自分へと襲い掛からんとしていたミーレス部隊の全てをロックオンして解き放たれた。


 その瞬間、敵の目がエピオルニスに向いている事を確信した信一郎が指示を出す。


「再加速!! 艦首ビームラム起動!! 四秒後に背後から左右の敵へ連装榴弾砲を食らわせてやれ!! 撃て!!!」


 更に敵陣の奥へと突き進むギャラクシーの艦首が巨大な光を帯びて、運悪く正面にいたミーレスを粉々に砕き散らして加速した。


 直後。


 チュゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――。


 エピオルニス周辺の敵が纏めて爆発の連鎖に巻き込まれ、真空の海の一角が全て物騒な花束と化した。


 しかし、それだけでは終らない。


 完全に中央を突破されたミーレス部隊が立て直すよりも先に陣を完全に分断する形で先行したギャラクシーの榴弾砲が連射され、背後から部隊を粉々に砕き散らしていく。


 同時に最後のミサイルが左右にばら撒かれ、ミーレス部隊の大半が背後の母艦と分断された形となった。


 ギャラクシーはしかし敵に挟撃や追撃する暇も与えず。


 主砲をデブリ群に向けて撃ち放った。


 それに機敏な反応を示したミーレス部隊の残存機が背後から無防備な艦を攻撃しようとしたものの。


 中央に陣取るエピオルニスがそれを許さなかった。


 まるで時空を鳴動させるように巨体が変形し、人型となって宙域の敵をその腕で凪いでいく。


 AL粒子力場に掠った壊れ掛けの機体は爆散し、何とか攻撃に移った敵機も背後を振り返った途端にコロニー守備隊とザートの猛撃に合い爆発。


 攻撃に成功した機体の一撃は殆ど掠りもせずに何も無い虚空を貫くに留まった。


 戦局は決した。


 陣を二分したギャラクシー。


 統率を欠いた無人ミーレス部隊。


 中央で猛威を奮うエピオルニス。


 そして、明らかに別格である五機のガーディアン。


 七士の剛刃桜。


 イゾルデのザート。


 ファリアのテスタメント。


 クリフのイーグル。


 そして、今もガーディアンとミーレスの内部に、コロニー全体に歌を届け続けるマナのリングシャード。


 全ての要素が複雑に絡み合った時。


 それは加護よりも奇跡的な戦果をそらに現出させる。


「敵戦力86%撃滅!! 残存部隊が撤退していきます!!」


 ブリッジに歓声が上がる。


「浮かれるな!! 敵を刈り取れ!! エピオルニスに支援を要請!! 各機と連携して撤退する機体を出来る限り叩け!! ただし!! 我が艦よりも前に出る事は固く禁ずる!! 此処からが正念場だぞ!!」


 次々に戦場を離脱し、相手の照準を絞らせないよう四方八方に散っていくミーレス。


 その動きは無人なだけあって、極めて速い。


 だが、年季の入ったイゾルデ大隊の射撃能力は一級品。


 また、他のコロニー防衛隊のミーレスにしても複数機の攻撃を集めて、地道に相手を撃墜していく。


 やがて、ギャラクシーに追い付いたイゾルデのザートが電波の乱れを嫌って接触回線を開いた。


『こちら善意の第三者。どうやら我々の勝利のようだ』


「ああ、これは我々の勝利だ……貴官らの援護に感謝する」


『……ふ、いいものだな。共に戦場を駆けた者に労われるのは……本来なら数人は死ぬのを覚悟していたが、どうやら無事らしい。損害は然程でも無い。艦隊も間に合った……我々はこれでお暇させて貰う』


 イゾルデの言う通り、コロニー後方には30隻程の大艦隊が見えていた。


「そうか……いつかまた会おう。出来るなら、また味方で、な?」


『ああ、そう願いたいものだ。貴艦の幸運を祈る。全機現宙域より撤退!!』


 剛刃桜とテスタメント、ザート達がイゾルデを先頭にして集い。


 コロニー内部へと戻っていく。


 それを見送ったリングシャードの内部でマナは軍港まで導いてくれた少年の事を思う。


(七士君、ソフィーさん、ファリアさん、アイラさん、みんなまた会えるよね……)


 軍港までの道程は決して平坦では無かった。


 途中、民間人を守っていたリングシャードは本隊から逸れたらしき複数の無人ライトニング・ミーレスに襲われた。彼女と民間人を救ったのは少年。


 緑色の炎を纏い。


 刃しか持たないライトニングが攻撃を防いでくれたのだ。


 ガーディアン相手だと攻撃が苦手なコンチェルト級は無防備に等しい。


 それを分かっていたからか。


 一発たりとも攻撃を背後に通さず。


 少年が召び出し、乗り込んだライトニングは全て爆発もさせずに敵を斬り伏せてくれた。


 軍港にようやく着いた時。


 今まで傍にいた人達が戦うガーディアン乗りだと知って驚いたマナだったが、何分緊急の事で礼を言う事も出来なかった。


 だから、と。


 彼女は全周波帯で声を発した。


『コロニーを守ってくれた全ての人達に感謝を』


 コロニー内部にも響いた声。


 それでシェルターに避難していた民間人の誰もがようやく戦闘が一旦終わったのだと知り、安堵の表情を浮かべていく。


『マナ。大丈夫?』


『え?!』


 全周波帯の通信を切った直後に飛び込んできた通信に思わずマナが驚く。


 突然の通信相手はもう会う事も無いと思っていた少女。


 初めて自分のファンだとハッキリ言ってくれた天使のような女の子。


『アハトちゃん?』


『うん。そうだよ』


『え、あれ? この通信先って……え、えぇええ!!? も、もも、もしかして?! その大きいのに乗ってるのって……』


『うん。あたしだよ』


『そ、そうだったんだ。アハトちゃんもフォーチュンの人なの?』


『えっと、フォーチュンに協力してる組織の所属なんだ』


『そっか。だから、最初に出会った日にリングシャードの傍にいてって……』


『……マナが無事で良かった……っく』


『ど、どうしたの?! 何処か痛いの?! まさか、何処か怪我してるんじゃ!?』


 顔を歪めて何かを堪えたアハトの様子にマナが慌てる。


『ううん。違うんだ。この子に乗るには結構体力が必要で……少し疲れちゃったみたい』


『そ、そうなの?! じゃあ、早く降りないと。でも、その機体じゃ、あの艦長さんの船に入れないし、どうしよう?!』


 右往左往するマナにクスクスとアハトが笑みを零す。


『そんなに慌てなくても大丈夫だから。でも、もし良かったら一つお願い聞いてくれない?』


『いいよ!! そんなの幾らだって聞いちゃうから!! だから、横になって休んでないと!!』


『うん……ありがとう。じゃあ、その……謳ってくれない?』


『え?』


『マナの歌を聴けたら、少しは楽になると思うから……だから……』


『う、うん!! 歌うから!! 何か聞きたい曲があるなら、教えて!! その、有名な曲なら一通り歌えるし』


 そのマナの言葉に緩々とアハトが首を横に振る。


『あたしはマナの曲が聴きたいな。マナの曲なら何だって嬉しいから……』


『分かった……じゃあ、本当はダメだけど、今日だけアハトちゃんの為だけにミニコンサートを開いちゃいます!! だから、聞いてて……』


『うん……マナ、ダイスキ……』


 ゆっくりと目を閉じた少女に聞かせるよう。


 マナが自らのまだ殆ど無いナンバーを歌い出す。


 その会話を聞きながら、艦長席で信一郎が同じものを聞いていたクリフに訊ねる。


「会話に入っていかなくていいのか?」


『……ボクは犯罪の次に無粋な人間が嫌いですから』


「……なら、しばし聞き惚れよう。我らを勝利に導いた歌姫の友人への思いに……」


 再び、コロニー内部、戦っていた全ての人々の耳に微弱ながらも声が届き始める。


 全てが一段落したコロニーから封鎖を突破して月面裏の方面へ逃げ出した船が一隻存在したが、戦闘の余波と大量の敵残骸でレーダーの感度は下がっており。


 ギャラクシーのブリッジ・クルー以外に気付いた者はいなかった。


 そうして、第一次アーバスノット沖会戦と後に名付けられる第五帝国との戦闘は地球側の勝利で終る事となる。


 しかし、侵略者達との戦いは月面裏宙域では未だ続いていた。


 オリハルコンとグラビトロン。


 ルミナスが誇る二機の最新鋭機。


 彼らが立ち向かうのは約三千の奈落獣。


 加速する争いを止める者は無く。


 また、新たなる戦いの幕が開く。

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