Scene34「惹かれる大地」


 その通信が入った時、既にケント・グラーケンはアーバスノットから月面裏の都市に向かう途中だった。


 乗り換えた小型輸送機によって稼いだ距離は然程では無かったが、もう後方のコロニーは目視する事も出来ない。


 前日の夕方頃、大規模な重力波を彼の愛機がコロニー側に検知してはいたが、上層部からの命令は月面に帰還せよというものだった以上、無視するわけにもいかない。


 再び同じ時間帯に観測された重力波は昨日のものよりも小さく。


 アーバスノット側から救難信号らしきものも出ていないという事もあって、彼が月面都市に向かう航路を変更する事は無かった。


『こち―――リオン―――聞こ―――こちらデュカリオン』


「?」


 輸送機のコックピット内に響く涼やかな声。


 しかし、彼はその名前に眉を顰め、あまりにも不謹慎な悪戯に眉間の皺をいつもよりも深くする。


「こちら輸送機Rq‐113」


『やった!!? 皆、応えが!! 応えが返ってきたわよ!!?』


 少しずつ鮮明になる声の後ろで何やら歓声が上がった。


『こちらデュカリオン!! Rq‐113応答して下さい!! わ、私達は生きています!! た、ただちに連邦の救出部隊の派遣を―――』


「こちらRq‐113。何かの悪戯ならその辺で止めておけ」


『な、何を言ってるの!?』


 通信先から本気で狼狽する声が帰ってきて、ケントが困惑しながら顎に手を当てて考え込む。


「コロニーデュカリオンは43年11月26日に崩壊したんだ。63年に通信が届いたとでも言うつもりか?」


『―――ろ、63年!!? あ、貴方のいるのは何時だと言うの!!?』


「63年9月7日だ」


『に、20年後の世界!? そんな馬鹿な!? いえ、でも、重力によって時空が捻じ曲がってるなら、この空間の特性次第では特殊相対性理論的に……』


 ブツブツと呟き始める相手にいい加減通信を切ろうとしたケントだったが、再び相手から話し掛けられ、手を止めた。


『い、今、この通信を受け取っている場所は何処なの?!』


「月面裏の宙域だ」


『私達のコロニーも月面裏に在った!! 何らかの理由で重力の異常が起き時空が歪んで、チャンネルが繋がったんだわ!? 私達は本当にデュカリオンにいるの!!? 信じて頂戴!! あのブラックホールに飲み込まれてから、まだ14時間しか経ってないのよ!!?』


「これが手の込んだ悪戯じゃないと証明出来るのか?」


『そ、それは……』


 そこでケントが気付く。


 重力制御装置を積んだグラビトロンⅡを愛機とする彼にはグラビトロンに関する一通りの知識がある。


 それらは機密に類するモノも多く。


 コロニー側に当事者が居れば、相手が本当にデュカリオンである証明になるかと。


 その中でも本家グラビトロンのパーツを運んだ彼はそのパーツの出自を受け渡しの搬出時にコンテナへ貼り付けられていた紙から知っていた。


 ならば、とケントは相手に質問を投げ掛けた。


「こちらの質問に答えられたら、信じてもいい。ちなみにそちらにはグラビトロンの関係者はいるか?」


『い、いるどころか!! 私達はグラビトロンの改装作業チームよ!!』


「……分かった。こちらもグラビトロンに関わる人間だ。では、当時のグラビトロンのメインユニット内に組み込まれていたブラックボックスの予備は当時何処に在った?」


 通信の後ろでザワザワと話していいのかと声が響いた。


『今は仕方ないでしょ。此処で死にたいの? とにかく信じてもらわないと始まらないんだから!! いいわ。答えましょう。月面都市、外惑星探査機構第二研究所の三番倉庫よ』


「………」


『ちょっと、答えたわよ!! どうなの!!?』


「何故、知っている……本当に20年前の亡霊だとでも言うのか?」


 思わずケントが驚きに渋い顔となった。


 その脳裏には複数の疑問が飛び交っている。


『亡霊って酷いわね!? まだ生きてるのよ!? それでどうなの!? 信じるに足りたの!?』


「……分かった。信じよう……そのパーツを運ばされていたんだからな」


『運ばされていた? あ、貴方二十年後の外惑星探査機構職員なの!?』


「いいや、連邦内に発足した超技術解析や研究を行う部門の者だ。そして、グラビトロン級のパイロットでもある」


『グラビトロン級?』


「そうだ。二十年前のコロニー崩壊で連邦は技術の発展での人類消滅級の事態を回避する為、重力制御技術の研究規制に乗り出した。だが、近年様々な侵略者が地球圏全体に現れた事により、その方針は破棄された。そして、重力制御能力を持つガーディアンを総称してグラビトロン級とこちらの時代では言うようになっている」


『そうなんだ……まさか、そのグラビトロン級ってのがチャンネルを維持してるんじゃ……ぜ、絶対に貴方の愛機を故障させたりしないでよ!? この通信が途切れたら、次に繋がる保障は無いんだから!!』


「ああ、分かった。それでどうすればいい?」


『わ、私達のいるデュカリオンはブラックホールに飲み込まれた瞬間、ええと何て表現したらいいかな……次元断層? とにかく特殊な領域内部に入り込んだみたいなの。そこは重力の値がいい加減な領域みたいでコロニーの外壁は殆ど崩壊したけれど、メインシャフト付近の空気と領域は安定してて、内部に今……五万人近くの人達が避難してるわ』


「五万?!」


『ええ、そうよ。これでも半分の人達は救えなかったわ。でも、まだ彼らも私達も生きてる。この領域から脱出する為に貴方には協力して欲しいの』


「分かった。だが、どうする? 周辺にコロニーがあるわけでもない以上、救出と言われても……」


『解析結果だけを言うとこの領域は五次元よりも上の次元と密接に関わってて、十一次元の領域にも近い場所、なんじゃないかって推測されてる。これはアビスゲート内部にも近いものだわ。だから、それを閉じたり、開いたりする事は出来るはずなの。そちら側からこちら側と繋がっている領域を推定して、このチャネルが繋げたまま次元の壁を破れれば、アビスのように此方側からコロニーが引っ張り出せるかもしれないわ!!』


「次元の壁……空間を破壊しろと言うのか?」


『そうよ!! 此方側の計算では重力異常がある場所に局所的な空間破砕を加えれば、時空連続体の修復力でチャンネルが繋がった領域と一時的に空間が結合して安定化するはず』


「どれ程の出力がいるのか見当も付かない話だな」


『推定60億ゼタジュール在れば、理論上は大規模な空間崩壊を引起せるはずなの!!』


「60億……さすがに此方側にそんな用意は―――」


『どうかしたの?』


「何とかなるか……いや、この状況なら……」


『どうにかなるの!?』


「その出力で空間を破壊出来る武装を持ってるガーディアンを知っている。今から連絡を取る。そちら側とこちら側の領域が繋がる場所を特定出来ているか?」


『それはそちら側の観測結果がいるわ』


「了解した」


 ケントがルミナス本局に連絡を取ろうとした時だった。


 急激な重力異常が月面裏の宙域を襲い。


 その酔うような感覚に彼は何が起ったのかを察して愛機の下へと走っていく。


 グラビトロンⅡ。


 カバリエサイズでありながら、複雑な重力制御をサイキックの力で可能としたソレの通信機器に外部端末からチャンネルを繋いで開いたコックピットに彼が地面を蹴り付けて跳躍し乗り込む。


「GRBO。戦闘出力まで上昇開始」


 彼の声に従った音声認識プログラムがすぐ機体出力を最適な状態まで上げていく。


 コックピットが閉じたと同時に輸送機の外部観測機器からの情報が全天型モニターに映し出された。


 空間のひずみに星の光りがグニャグニャと歪んでいる。


「これがお前達の領域と繋がる重力異常か?」


 彼が通信先に映像データをリアルタイムで送る。


「え!? 何コレ!? ち、違うわよ!? わ、私達と繋がっているはずの領域に起きる重力異常はこんな広範囲に起きるはずないもの」


「何?」


 ピピピ。


 コックピット内部のレーダー計器にケントがルミナス所属の敵味方識別IFFを複数確認して驚く。


 すると、新たなチャンネルが開放されて、彼の前に薄い褐色の髪の毛を靡かせた翡翠色の瞳の優男が映し出された。


 その全身は金色の鎧のようなものに覆われており、明らかに風貌からして常人とは見えない。


『ケント。ご苦労様だった』


「リーフィス・タルテソス?! どうしてこんなところに……しかも、ガオーライガーにUM:ライナーにUM:トレイン、UM:シャトルまで?! 一体、どういう事だ!!」


 彼が困惑する様子にリーフィスと呼ばれた何処か中性的な青年が厳しい顔をした。


『どうやら、オレが案じていた通りの事になっているらしい。今さっき、香取総裁から出撃命令が出た。来るぞ……第五帝国が』


「馬鹿な?! まだ、当分先の話では無かったのか?! まさか、この重力異常は……!?」


『ああ、そうだ。連中の使う超空間航法の先触れだ!! 今現在、地球圏全域で通信障害が頻発してる。前哨戦を始める前の下準備だ。最も初めに敵が現れたと思われるアーバスノットに連邦とフォーチュンの艦隊が急行してる。こちらは共和国とルミナスの共同迎撃体制を取る事になった』


「共和国側に相手の情報を与えたのか? 第五帝国の情報は連邦でもトップシークレット……それに普通に信じられる情報では……」


『いや、どうやら共和国側も独自の情報網があるらしい。パルテアに続いて新たな太陽系外からの侵略者が来る事は事前に察知していたそうだ。こちらの提案に乗ってくれたらしい』


「それならば、いい。だが、これから本格的な戦闘状態となるのか……マズイな」


『?』


 ケントが今まであった事を掻い摘んで端的にリーフィスに伝えた。


『……二十年前に崩壊したコロニーが次元断層の先に……これを司令達は?』


「今、報告しようとしていたところだ」


『分かった。情報は今から送るとして、つまりオレのオリハルコンで空間を破壊して、内部からコロニーを引き出せばいいんだな?』


「いや、だが、今の状況では第五帝国の攻撃に晒される可能性も……」


『ちょっとー!! 他人の運命をあんまり悲観した様子で話さないでよ!? それに第五帝国とかルミナスとか共和国とか何の話してるのかサッパリなんだけど!!』


 通信先の女性からの抗議にケントが溜息を吐いた。


「話せば長くなる。とにかく、今太陽系外からの侵略者が襲ってくるらしい。このままコロニーを次元断層内部から引き上げれば、コロニーも敵の攻撃の標的になる可能性がある。よって、しばらく待っていてもら―――」


『だ、ダメなのよ!? このチャンネルを維持するのに重力制御装置をフル稼働して凄いエネルギーを使ってるの!! もう一時間持たないかもしれない!! そうなったら、こちらとそちらの結節点が消えて、漂流するか。下手したら、この不安定な空間の中で……』


「なッ!? そういうのは早く言え!!?」


『だって、聞かれなかったから!!』


「どうする?! このままでは……」


『ケント。心配するな。必ずこちらは遣り遂げる。つまり、敵を倒して、コロニーを守り切ればいいんだろ?』


 強い笑みで応えたリーフィスにケントがそんな簡単なものかと言い募ろうとしたが、その少し困った様子ながらも絶対に守りきってみせるという決意の瞳に何も言えなくなった。


「……分かった。共和国側の増援が来るまで俺がお前を護衛する。後ろを心配せずやれ」


『そう言うと思ってたさ。この惑星の歴戦の勇士ってのは伊達じゃないんだな』


「勝手に言ってろ……」


 ケントが僅かに唇の端を歪める。


『じゃあ、作戦を立てよう。まずもう相手のワープアウトまでの猶予は無いと見ていい。だが、此方側もそう猶予があるわけじゃない。まずは二人で雑魚の掃討を行なって、数を減らす。その上で相手の隙を付いて観測データから割り出した地点にエネルギーを集中。内部からコロニーを引っ張り出す。これを共和国側の戦力が来るまで防衛しつつ後退。これでどうだ?』


「言いたい事は山程あるが、今はソレしか無いか。とにかくまずはワープアウト直後の敵を叩く」


『ああ、行くぜッ。相棒!!』


「ああ、やるぞ。GRBO出力75%まで上昇。各武装のリミッターオフ。重力場形成開始」


 輸送機のハッチが開放され、グラビトロンⅡが飛び出した。


 その横に四つの影が併走する。


 一つは太陽系外縁部などに今も投入され続けるスペースシャトル。


 一つは宇宙を進んでいるのが明らかに不自然な白い高速列車。


 一つは無骨な黒い車体を太陽風に輝かせる機関車。


 最後の一つは機会の獣マシンザウルスに分類されるだろう獅子型の四足ロボット。


 先頭を往くガオーライガーと呼ばれたマシンの口内。


 輝くALの光に包まれた領域でリーフィスが叫んだ。


『トランスユニゾンッッ!!』


 彼の黄金の鎧を身に纏った身体が輝く粒子に変換され、巨大な獅子の内部に一体化していく。


 それと同時に機体がAL粒子の纏って人型へ変形を開始した。


 獅子の顔が胸に。


 両手両足が変形し、関節部を人型へと変え、頭部が内部から迫り出す。


『ガオーカイザー!!』


 変形とほぼ同時。


 宙域の空間の至る場所から巨大な何かがワープアウトしてくる。


 その大半が腕や頭をもがくように押し出して無理矢理に通常の空間に押し入ろうとしていた。


「奈落反応を多数確認!! リーフィス!!」


『第五帝国……見せてやるぜ。この地球の人達が心血を注いで直してくれた……オリハルコンの力をッッ!! プライマルユニゾンッッ!!!』


 虚空に響く叫びが上がった時。


 戦いが始まった。


 *


 巨大な力と力のぶつかり合いに宇宙が熱を発し始めた頃。


 地球圏でもまた小さいながらも異常が起きていた。


「う、ぐぅ……な、何だ……“何なんだお前は!?!”」


 二十代程の青年が何も無い虚空に向けて苦悶を上げて倒れ臥す。


 周囲は閑静な住宅街。


 しかも、そろそろ寝静まろうという時間帯に灯りの類は殆ど点いていなかった。


 浅い吐息を吐き出して昏倒する彼の下に駆け足で寄って来る者が一人。


「遅かったわね……これで四人目……やはり、スターゲイザーに覚醒するか。それに近いリンケージばかり……」


 女の声がブツブツと呟いて、使い捨ての小型端末から救急車を呼んで、その現場から去っていく。


 革靴の音はサイレンとは入れ違いに近くの繁華街まで向かった。


 通りの入り口に辿り着くと、ネオンによって煌く街の片隅。


 闇の中から、背後へと声が掛かった。


「秋月ミナホさんね」


 振り返ったOL風のスーツに身を包んだミナホの後ろにいたのは褐色の肌にアメジスト色の瞳をした美人。


 煙管を片手に笑みを浮かべる白衣姿の女だった。


「まさか、ラーフ側から貴女のような大物が入国してくるなんて、驚きだわ。ドクター……ドクター・ナヴァグラハ」


「そう手間の掛かる話でもない。少し近衛に声を掛けて潜水艦で数時間揺られてきただけだ。それよりも貴女の求めている情報には私も興味がある。此方側の情報と交換と行きましょう?」


「……今は藁でも縋りたい気分なの。自分でも吐き気がするわ」


「結構。それが正しい反応よ。じゃあ、押さえてある近くのバーにでも」


 言われるがまま。


 ミナホはナヴァグラハと呼んだ女の後を付いていく。


 彼女は内心で情報提供者としてやってきた人間がラーフの要人である事に驚きを隠せなかったが、自分の求めていた情報の方向性が間違っていなかった事と決定的な情報が手に入る事を感じていた。


 ミナホが先導されて入ったのは人気の無いカウンター式のバーだったが、生憎とその内部にマスターらしき人影は誰も居なかった。


 カランと小鐘ベルを鳴らして座った二人の視線が重なる。


 店内に掛けられているのは気だるいジャズ。


 しかし、空気はこれ以上無い程に冷たく澄んでいた。


「まず、最初に確認しておくけれど、ラーフ側からの情報提供は貴女個人からのもの、という事かしら?」


 ミナホの言葉にナヴァグラハが頷く。


「そうよ。まぁ、師のデータベースを昔盗み見た時に面白そうだと思っていた情報を求める相手がいると知って、これは良いデータが手に入るかとやってきたのよ」


「……貴女はリンケージ・イグニスの事に付いてどれだけ知っているの?」


「ん~そうね。まず、それよりも貴女に問いたいわ。どうして、イグニスという無線誘導兵器はスターゲイザーやそれに類する強化された人間にしか使えないのか。知ってるかしら?」


「それは……彼らの脳波が増幅すれば、戦場で必要とされる電波強度を遥かに超える強さで使えるから、でしょう……専門的な事は分からないけれど」


「ほぼ正解よ。無線誘導兵器なんてものを使おうとすれば、相手の電波妨害を掻い潜って使用するしかない。でも、それだけの強度の電波はすぐに解析されてしまう。だけど、スターゲイザーなんかの新人類が発する脳波は電磁波としての性質上、少し特殊なのよ。これがスターゲイザー以外のリンケージにイグニス系の武装が使えない理由。でも、同時にそれはスターゲイザーの解析が進めば、妨害出来てしまうかもしれないという事。でも、オーバーロード級が開発された第一次大戦期から技術はそれなりに進展してきたのにイグニスが無力化されたり、兵器として旧くなっているという事実は無い。さて、それはどうして?」


「……分からないわね」


「それはそうよ。スターゲイザー単体の解析は全世界規模で進んでいるけれど、スターゲイザーの発する脳波。この場合は感応能力には外部要因が大きく関わっていて、個人を幾ら測定しても然程意味が無い、という事だけが分かってるからよ」


「どういう事?」


「つまり、スターゲイザーの能力は個人の資質にかなり左右されるとはいえ、外部からの干渉によって成り立っていると考えられるの」


「外部からの干渉? 別のスターゲイザーって事かしら?」


「いいえ、それよりも分母が大きいわね」


「……心の壁に干渉する能力……他の人類からの干渉とか?」


「ベターな答えをありがとう。でも、それよりも大きいわ」


「降参よ。昔からクイズの類は苦手なの」


 ミナホが溜息を吐いた。


 インテリや研究者という輩は何よりも自分の知識をひけらかす事に快感を感じる性質をしていると知っているからこそ、大げさなポーズとしての溜息であったが、それは半分本音でもあった。


 これだから、学者は……という思いは頭でっかちになりがちな研究者を知る者なら、大半が持っている感情だろう。


「今分かっている最先端のスターゲイザー解析の結果だけを言えば、彼らは惑星規模のネットワークにアクセスするキーを持ってるんじゃないかって話よ」


「ネットワーク?」


「そう、これを惑星意思とか。人類の普遍的意思総体とか。無意識の海とか。そういう無機物である惑星を有機的に理解するガイア理論的思考で捉える人間もいるわね」


「ちょ、ちょっと待って。つまり、貴女はスターゲイザー達がそういう超自然的な惑星の意思や人類意思みたいなものにアクセスする存在だって言うの?」


「ん~どうなのかしらね。個人的には惑星意思というよりはネットワーク化された複合的な無機有機の見えない波長の塊みたいなものを想定しているのよ。これらは地球の地磁気とかALとか大気とか、とにかくそう言った情報を伝伝播する媒質の複合体でもある。だから、スターゲイザーはそういう存在が出している波紋の複合体に小さな波紋を投げ掛けられる存在なんじゃないかと近頃考えてるわ」


「それで今回提供してくれる情報と今の話がどう関係あるのかしら?」


 ナヴァグラハが苦笑する。


「リンケージ・イグニス。その原理的な部分にこれらの話が関わってるとしたら、貴女どう思う?」


「それは超常現象とか。オカルトとか。魔法みた―――?!」


「そうよ。たぶん、このシステムにはかなり魔術的な部分が含まれてる。それはこの世界に本来存在しなかった魔法という技術体系が第一次大戦期にも存在していたという話に繋がるわ」


「ちょっと待って!? 魔法? レムリアが来たのは数年前の話なのよ!?」


「そうね。でも、どうしてレムリアの魔法が私達の世界で通用するのか考えたことは無い? だって、法則や原理が違ってたら、そういう技術に類するものって普遍的に運用出来ないのよ。例えば、熱量が存在しなかったら、物質のスピンに関する値が少しでも違っていたら、智識なんて無用の長物よ。法則が違えば、技術もまた成り立たない。けど、現在の科学と魔法は両立されている。つまり、この世界には魔法が成立する為の文法、法則が存在する。そう、たぶん第一次大戦の時もそうだったのよ」


「リンケージ・イグニスのシステムには魔法が使われているって言うの?」


「十中八九。レムリアみたいな洗練されたものかどうかは分からないけれど。そういうものが存在していて、それを技術的にも知識的にも当時のイヅモ軍部の研究者達は理解していた可能性がかなり高いわ。それを魔法とは呼んでいなくてもね」


 ナヴァグラハが肩を竦めた。


「……これが貴女の持ってきた情報?」


「いいえ、これは推論よ。リンケージ・イグニスのシステム的な面での話。私が持ってきたのはリンケージ・イグニスのシステムに乗っ取られた人間を元に戻す方法よ」


「―――」


 ミナホが顔には出さなかったが、内心で驚き渋い顔をした。


「こちらでもリンケージの意識不明事件は情報に上がってきているわ。貴女がどういう経緯で事件を調べているのかは知らないけれど、これを解決するだけなら、方法が無いわけじゃないわ」


「本当に!?」


 思わずミナホが声を上げた。


「スターゲイザーのような敏感なリンケージから次々に意識を失っているけれど、その傾向は肥大化しつつある。やがてはイヅモ全域のリンケージがシステムの管理下に置かれるかも知れない。これがフォーチュン上層部や貴女が危惧する事よね? では、リンケージやスターゲイザーの管理をこちらから行なえば、どうかしら?」


「それはつまり?」


「よくアーディティヤなんかが使ってるASアーティフィシャル・スターゲイザーの事を知っている?」


「人工のスターゲイザーでしょ?」


「そう、それで合ってるわ。アレはとにかく管理用の薬物だの人工物だのを使って能力を維持してるの。だから、それなりに技術は信頼性が高い。この意味分かるわよね?」


「リンケージ達をASの技術で強化管理しろと?」


「ちなみに人工物故に自然のスターゲイザーとは違って、強化されたASは脳波こそ強いけれど、他者との共感能力や親和性が低い。つまり、自然的なものとはかなり相性が悪い。少なからずイヅモ内でASが倒れたって報告は無いわ」


「リンケージ達を玩具にしろって言うの!?」


「薬物療法にインプラントによる一時的な治療よ。後で軽い後遺症は残るかもしれないけれど、見知らぬシステムに組み込まれて何させられるか分からない生きた操り人形にされるよりはマシでしょう?」


「………」


 さすがのミナホも沈黙した。


 これはイヅモ全体のリンケージ達の運命に関わる重要な事なのだ。


 それを一元的に治療法が見付かったから、はいそうですかと頷くわけにもいかない。


「ま、こちらの情報はこんなところね。それで何だけど、貴女の追ってる当時の軍部に協力した研究者のリストと居場所……渡してくれないかしら?」


「……リストだけならいいわ。今の話が本当かどうか確かめられたなら、現時点で居場所が分かってる相手の情報だけ渡してもいい」


「よろしい。交渉成立ね」


 ミナホが小型の鍵の形をしたデータストレージを渡して、立ち上がった。


「あら? もう行くのかしら? 今日は貸切だから、一杯ぐらいなら奢るわよ」


「遠慮するわ」


 ミナホが店内から出て行くとカウンターの奥から二人程普通のサラリーマン風の男達が出てくる。


「始末しなくてよろしいので?」


「ああいうのに喧嘩を売ってもいい事なんて1つも無いわ。それより研究の足しになる情報を仕入れた方が建設的ね。あの子は上手くやっているようだし、その内データの回収へ行かないとね」


「「………」」


 薄らと笑みながら、小型端末を取り出したドクターに護衛達はコレが皇帝陛下にも認められる最高位の科学者かと何も言わず視線を逸らした。


 少なからず。


 目の前にいる女の笑みには人の情熱のようなものは見て取れても、人間らしさは欠片も無かったからだ。


「さぁ、私の最高傑作の為に踊って頂戴。伝説のエージェントさん……ふふ」


 夜はゆっくりと更けていった。

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