Scene33「謳う乙女のプレリュード」


 夕方になり、その公園には本来いるはずも無い程の人混みが集まってきていた。


 公園は元々サンシャインプロが契約した大手健康食品の会社が食品の試食会をしていたところだ。


 前日は駆け出しアイドルの着包みでお茶を濁しつつ、看板代わりにコンチェルト級ガーディアンであるリングシャードが使われていたわけだが、本日は本来の目的の為にステージ後ろで控えていた。


 公園の中央。


 巨大な特設ステージが広がっている。


 字面は立派だが簡易のものである。


 本来はリングシャードに搭載されていたパーツの一つ。


 ステージ・モジュールを取り寄せた資材で補強した代物でしかない。


 ガーディアン用という事で頑丈さは折り紙付きではある。


 しかし、人間が踊る為の床のコーティングだの飾り付けとライトアップだの工事は山のようにあった。


 それを全てこなしたサンシャインプロのマネージャーと突如として舞い込んだ施工を請け負った建設業者の手腕は神業と言っていいだろう。


 しっかりとしたマネジメントスタッフがいるからこその芸当。


 一日前には見る影も無かった駆け出しアイドルは現在ガーディアン内で専用のスーツを着て待機中。


 夕暮れ時の和やかな風が吹く最中。


 土建用のミーレスは撤収しつつある。


 公園の周囲にある立ち見オンリーの会場はほぼ満員。


 政庁がコロニーを半ば封鎖した影響で娯楽に餓えていた近場の人間はこんな状況でライブをする物好きアイドルを見に来ており、他は駆け出しリンケージ・アイドルのお手柄記事に吊られてやってきたらしい。


 前日の輸送機を逃がして自分だけで奈落獣と戦った勇敢さがコロニー内の記者の耳に入って、簡易ではあるが報道されたのだ。


 コロニーの封鎖という暗い話題ばかりだっただから、本来ならば、然して大きな事ではない情報も際立って見える。


 対比された明るい話の大本を見に来たのはコロニー住民達の不安の裏返しなのかもしれなかった。


(大丈夫。一杯訓練してきたし、歌も踊りもやってきた……少し予定は狂っちゃったかもだけど、私のファンだって人がいる。駆け出しの私に憧れちゃうなんて、そんな風に言ってくれる子が……コロニーが封鎖されてみんな心配なんだよね……それを少しでも癒してあげられたら、私も自分がきっと今より好きになれる気がする……)


 自分よりも沢山訓練して練習して、歌も踊りも上手くて、それでも売れない、届かないというアイドルになりたい女の子は沢山いる。


 そう知っているからこそ、自信なんて言葉を彼女は飲み込んだ。


 それはきっと自分が遣り遂げた後にこそ付いて来るものだと。


『三十秒後にお願いします』


「はい!!」


 コックピットの中で頷いた彼女はそのまま大きく息を吸って吐きながらメインモニターに映る人々の顔をジッと見つめた。


 そうして、開演の鐘が鳴らされると同時。


 リングシャードの回りで幾つもライトが乱舞して、操縦席が外側へと開放された。


 其処から予定通りに飛び出し、彼女とリンクするリングシャードの手が着地場所を造った。


 その上にステップを踏むように着地して、彼女は笑顔で人々に手を振った。


「皆さん。こんにちわ~」


 こうして少女の戦場が幕を開けた。


 *


―――アーバスノット近辺宙域ギャラクシー級高機動戦艦内メディカルセンター。


「……ん」


 薄らと目を開けた少女は、アハトは昨日から見る事となった白い天井に自分が何処にいるのかを悟った。


「気付いたんですね」


「あ……おうちが無い人」


「それは、いや……今はそういう事にしておきましょう」


 とにかく無事に目覚めて良かったとクリフ・リッケンバインは胸を撫で下ろした。


 アハトが起き上がろうとするのを見て、慌てた青年が少し休んでいるようにと止める。


 それにプクッと頬を膨らませた少女だったが、何処か済まなそうな、申し訳なさそうな相手の顔にしょうがないと諦めて大人しく枕に頭を戻した。


 白いカーテンで遮られた寝台の周辺の様子は伺えないが、クリフ以外に人気は無い。


「どうだった? 役に立った?」


「ええ、此処の艦長と話をさせて貰いました。こちらに協力してくれると」


「そう、良かった……」


 薄らと笑んだ少女にクリフは僅かに黙り込んで、その顔を凝視する。


「?」


「どうして、そういう状態で外に?」


「マナがいないかなぁって……」


「マナ?」


「うん。龍宮マナって言う女の子がアイドルしてるの。それで調べたら、昨日まで公園でお仕事してたって……だから、もう一度会えたらいいなって……」


「……それにしても、自分の身体の具合が悪いなら、誰かに連れて行ってもらう事も出来たのでは?」


「それは……ダメだって言われるの分かってたから……」


 そこまで少女の身体は悪い状態なのかと顔を歪ませたクリフだったが、少女はそれを見て首を横に振った。


「そんな顔しなくても……」


「いえ、ボクは……」


 自分の顔がそんなに沈んでいたのかと。


 何とか取り繕おうとした青年であるが、少女は苦笑する。


「心配してくれてありがとう。でも、身体が弱いわけじゃないから。元々の寿命は短いけど、普通に暮す分には問題無いし」


「じゅみょ―――」


 少女の口から出るには重い言葉にクリフが思わず絶句した。


「ただ、あたしのガーディアンが特別―――」


「そこまでにしておくといい」


「?!」


 思わず振り返ったクリフの目にはカーテンを開けてやってくる若過ぎる艦長の姿が映った。


「クリフ・リッケンバイン巡査。貴官の話は既に共和国側へ通報した。今後の捜査はあちら側で受け持つそうだ」


「な?! 協力するという話だったはずです!?」


「貴官にも分かると思うが、君には此処での捜査権が無い」


「そ、それは!!?」


 信一郎がクリフの苦渋の表情にも冷静な対応をした。


地球圏警察機構TCPO所属でも無いイヅモ市警の君が共和国側で捜査するとなれば、それは明らかな越権行為だ」


「―――ですが、共和国側にシンパがいる可能性が否定出来ないんですよ!?」


「だとしても、だ。法を曲げていいという事にはならない。また、今のコロニーは封鎖されている。今朝話した通り、大規模な襲撃がアーバスノットに行なわれた。この状態であれば、時間は掛かっても相手は見つけ出せるだろう」


「しかし!!」


 言い募ろうとするクリフに信一郎が瞳を細める。


「君は現在、不法入国者だ。正規のパスポートも所持していない。ついでに言えば、フォーチュン預かりという事で一時的に身柄をこちらで引き受けている状態でもある。こう考えれば、今はコロニー内の警察に任せるのが最善だと思えないか? 少なからず、君は正義を成した。だが、どんな犯罪者も自分で捕まえる事が全てではないだろう?」


「………」


「おうちが無い人を苛めないで。かんちょー」


 半眼になったアハトが信一郎が溜息を吐いた。


 ただでさえ、少女の問題行動で頭が痛いのにこれでは自分が悪役だと。


 とりあえず、次の話題に移ろうとした時。


 部屋の内部にブリッジからの音声が響いた。


『艦長!! 再び重力異常現象が発生しました!! 前回艦隊が出現したパターンと酷似していますが、規模は十分の一です!! この宙域に何かがワープアウトしてきます!!!』


「「!?」」


 思わず顔を上げた青年と少女だったが、その横で信一郎は襟元のマイクのスイッチを入れて、即座に決断を下した。


「第一種戦闘配置!! 本艦はこれより迎撃体制を取る!! 全兵装スタンバイ!! ワープアウトする敵に対し、出端を挫く!! 全砲門開け!! レーザーファランクス起動!! ピンポイントバリア展開準備!! 迎撃ミサイルシステムを周辺に散開させている無人偵察機ネットワークに接続。相手は前回の経験から艦載機を先に発進させてくる可能性もある。対ガーディアン戦闘用意!! コロニー側に部隊の派遣を進言。打ち合わせ通り、此方側との共同戦線を張らせる!!」


 次々に的確な指示を飛ばしながら、一通りの命令を終えた信一郎がそのまま部屋を後にしようとして、思わずクリフがその肩を止めた。


「一体、何と戦うって言うんです!? 神野艦長!!? 貴方達は襲撃してきたテロリストと戦っていたんじゃなかったのか?!」


「……テロリストが宇宙人と言い忘れていました」


 シレッと信一郎が真実を告げる。


「な?!! う、宇宙人!?」


 その荒唐無稽な言葉に思わずクリフが目を見開く。


「昨日、アーバスノットを襲ったのは未知の技術で空間跳躍してくる艦隊でした。我々はそれを押し留める為この宙域にいた」


「そんな……」


「かんちょー。あたしも出る」


「いけるのか?」


「うん……マナのいるコロニーを破壊させたりしない」


「……分かった。艦長命令だ。アハトアハト……君には我が艦とコロニーの盾になってもらう。支援は任せろ」


「任務、了解」


「な?! こんな子供に戦わせるつもりですか!?」


 クリフが思わず信一郎に掴み掛かろうとした。


「やめて。おうちの無い人」


「君はッ?! 戦うってガーディアンでか!? どうしてだ!?」


 思わず叫んだクリフに寝台からゆっくりと立ち上がったアハトが告げる。


「それがあたしの生まれてきた意味だから」


「意味……?!」


「あたし、とある素体からクローニングされたガーディアン専用の消耗品なんだ。でも……今はこう生まれてきて良かったって思ってる」


「―――」


 あまりにも、あまりにも、純粋な……幸せそうな笑みだった。


「だって、こうやって生まれてきたから、あたしはマナを守れる。マナの曲を聴いて笑顔になる人達を守れる。勿論、おうちの無い人も、ね」


 留めようとした手を擦り抜けて、少女は羽の生えた天使のようにカーテンの隙間から自らの役目を果たすべく、走り出していった。


 残された大人達がその後ろ姿に何も言えなくなり。


 それでもクリフは信一郎に歯を軋ませて続ける。


「まだ、ほんの子供じゃないか。子供にあんな事を言わせて……彼女が死んだら、ボクはフォーチュンという組織を一生軽蔑する」


「―――同感だ。だが、それは安全な艦内シェルターで言っていい言葉じゃない。クリフ・リッケンバイン」


「?!!」


「君にコレを託そう」


 信一郎がポケットから白銀の小さな鍵を取り出してクリフの前に差し出す。


「本来は地球圏警察機構TCPOに届ける為に本艦に積載されていたものだが、今は緊急時だ。一機でも戦力が欲しい。MMM‐PS4。公称イーグル……ミリオンメタル社が製造した採算度外視の世界初警察専用ミーレスだ」


 クリフが鍵を躊躇無くもぎ取った。


「ボクは戦う。だが、それは君達フォーチュンの為じゃない。無辜の人々と懸命に戦おうとする彼女のような子を死なせない為だ!!」


「ああ、それでいい。格納庫は此処から左の通路を100m程行った先にある階段の下だ」


 成年の背中が走り出していく。


 それを見送って、彼は逆方向。


 ブリッジがある船首の方角へと歩き出した。


 *


 虚空にワープアウトしてくるのが戦艦であるというならば、事は容易かったかもしれない。


 しかし、第二次攻撃艦隊が先行させたのは奈落獣だった。


 一個体が恐ろしく強い群れ。


 宙域に溢れ出した千を越える大軍勢は初撃必殺を狙ったアハトの範囲攻撃に耐え切って見せた。


 無論、それでも無傷というわけにはいかない。


 小型の物は殆ど脱落しており、残っているのは数十mはあるだろう大型のものばかりだ。


 広く、薄く群を展開させた奈落獣達が咆哮を上げながら複数に分かれ、正面戦力であるギャラクシーと彼女の愛機、型式番号CS-5、機体名エピオルニスの巨体を避けるように迂回して侵攻を開始すれば、信一郎やアハトが敵は高度な戦術を解する知能があると判断するのも当然だっただろう。


 群れの密度が下がった事を逆手に取って遠距離武装で各個撃破を狙うギャラクシーとピラミッド型強襲形態を取るエピオルニスが二手に分かれたのも戦力の集中という意味では愚策でも、戦術的には正しかったはずだ。


 しかし、神野信一郎が見誤ったのは敵の手練手管が完全に嫌らしいものであった事か。


 本来、ギャラクシーに合流し、その指揮の下で戦うはずだったコロニーのミーレス・ガーディアン部隊は内部で起こっている破壊活動、異星人の仕業と思われる無人ミーレス部隊を前にして出撃を阻まれていた。


「状況どうなってる!!」


「第五、第六、第二十七、第十四、これらの区画でミーレスが暴れています。これをコロニー側の部隊が押さえていますが、どうやら劣勢です!!」


 信一郎がブリッジ内部で声を張り上げ、各所からの情報を統合して状況を推測する。


「四群に分かれた奈落獣部隊の内のD群とC群が間も無くコロニー外壁に取り付きます!!」


 多勢に無勢。


 明らかに戦力の足りない状況に信一郎が歯噛みする。


 如何に彼が鬼才と呼ばれる男であろうと。


 無から有を産み出す事は出来ない。


 条件が最悪に近い以上、手持ちのカードを要所に全て投入する事でしか、彼は事態を動かせなかった。


 それにしてもカードはエピオルニスとギャラクシーの二枚と直援に回っているクリフの乗ったイーグルが一機のみ。


 彼らは善戦している。


 確かにそう言えるだろう。


 シビリアン・ミーレスとはいえ。


 スペックはガーディアンと然程変わらないイーグルの煙幕や周辺にあるデブリ群を使った巧みな進軍妨害によって敵は遅滞を余儀無くされ、迂回しようとする道には既に信一郎が仕掛けていた機雷原が待ち構えている。


 これによって圧倒的な数を相手に立ち回り、討ち漏らした敵のみを遠距離の艦砲で焼き払っているのだ。


 だが、それにしても突破されるのは時間の問題だった。


「クッ、増援はまだか!!?」


「月面より急行しているフォーチュン第一艦隊の到着は二時間後です!!」


「共和国側からの通信では周辺コロニーでも大規模な重力変動を確認中との事で!! 軍を動かせない状態にあると!!?」


(昨日の今日でコロニー側に全面攻撃とは……進軍速度が早過ぎる。こちらは未だ敵の正体すらまともに判明していないというのに……)


 信一郎が次々に入ってくるコロニー内の部隊の撃破という情報に顔を厳しくした。


 前日から政庁と掛け合っていたおかげで民間人の避難は既に終わりつつある。


 しかし、それにしてもコロニー全体が破壊されてしまえば、意味など無い。


 かと言って軍港や民間港から今船を逃げ出させれば、奈落獣の餌食になりかねない。


(考えろ。信一郎……貴様は軍学校を主席で卒業したのだろう……こんな時、冷静な貴様はどうやって行動する? 何でも使え……何をしても守り抜くんだ……何でも? ッ!!!)


 ある閃きが信一郎の脳裏に駆け抜ける。


「ただちにコロニー全域に通信を繋げ!! 放送局に打診し、音声だけでもいい。コロニー内部の全ての施設に声を届けるんだ!!!」


「は、はい!! ただちに取り掛かります。こちらフォーチュン所属ギャラクシー!!」


 通信士達が必死に状況を整えていく。


 その間にも奈落獣がコロニー外壁に取り付き―――爆発した。


「何だ!? あの光は!! ただちに報告せよ!!」


「は、はいッ!? こ、これは?!! D群及びC群がす、凄い勢いで反応を消失させています?!! AL反応を感知!! この推進ノイズは……複数のザートです!! しかも、これは第二次大戦期の最終盤に投下されたモデルだったはず?!!」


「まさかッ?! メインモニターに回せ!!」


 彼がコロニーの左右に展開していた奈落獣達が光の筋に貫かれていく光景に幸運を掴んだという実感を得た。


 ザートが数機ずつD群とC群の前に立ちはだかり、一糸乱れぬ統率で敵を水際で撃ち続けていた。


「やはりか!? あの練度……イゾルデ大隊ッ!!!」


『イゾルデ?!』


 ザワザワとクルー達がそのメインモニター内のザートを見やる。


 その名も高き宇宙移民独立主義の急先鋒。


 テロ組織ノイエ・ヴォルフの大幹部にして処刑されたはずの女。


 彼女が擁した大隊の名は第二次大戦で広く知れ渡っている。


『こちら善意の第三者。フォーチュン所属艦に告げる』


「オープンチャンネルです!!」


「構わん。こちらに繋げ」


「はい……発信地を特定……双方向通信繋がりました。発信者の現在地はコ、コロニー内の無人ミーレス部隊直上?!!」


 オペレーターの声が引き攣った直後。


 ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!!!


 連装マシンキャノンが弾を吐き出す音、鋼が恐ろしく拉げて爆発する音がブリッジへ響いた。


「我々はこれよりコロニー内の掃討とコロニー外の防衛を始める。死にたくなければ、妨害だけはしない事だ」


「こちらフォーチュン所属ギャラクシー級高機動戦艦、艦長神野信一郎。我が方はに如何なる攻撃も加える意図は無い。現在、コロニー外に進軍してきた奈落獣の軍団は四つに分かれている。二つはもう少しで片付くだろう。それまで残りの二つの相手をよろしくお願いする。また、第二陣、第三陣が控えている可能性もある。こちらの作戦は逐一送らせてもらうが、貴官らは独自に判断するといい」


「……話の分かる奴のようだ。では、こちらからも一つ要望を伝えよう」


「何?」


 テロリストの権化とも言える相手。


 それが要望を出すというのだ。


 正しく何を要求されるか分かったものではないとブリッジクルー達が息を飲んだ。


「現在、コロニー内でコンチェルト級ガーディアンが孤立した避難民を連れてシェルターに向かっている」


「それは本当か?!」


「嘘を言う理由は無い。コロニー内の部隊の幾つかでこれら民間人の護衛を行い、コンチェルト級の歌を宙域全てに流す準備を」


「確かにコンチェルト級なら……だが、この状況で可能なのか?」


「これほどの奈落を押さえられるとすれば、それはDIVAしかないだろう。前の大戦で一度見た事がある。奈落獣達の行軍速度を遅らせる事すら出来たはずだ。やれるかどうかは分からないが、賭けてみる価値はある」


「分かった。ただちに政庁側へ通達。コンチェルト級の歌をコロニー内と宙域全てにオープンチャンネルで流す用意だ!!」


「了解しました」


 通信があっさりと切れて、信一郎は相手が極めて合理的な思考を有する存在だと強く認識した。


 ただのテロリストと侮れるものではない。


 少なからず。


 コロニーという彼らを育んだ大地を守る為ならば、共闘は可能だろうと。


 彼らが準備を進める中。


 着々と事態が好転する報告が続く。


 コロニー内の無人ミーレス部隊の半数が撃破され、また奈落獣A群の掃討を追えたエピオルニスが全速力でザート達が戦うC群へ向かっていると。


 だが、それを再び絶望で塗り潰すように艦橋には新たな重力変動が観測され始めていた。


 *


 見た事も無い無人ミーレスによるコロニー内での破壊活動の最中。


 ライブ会場に集っていた人々を連れて、龍宮マナは何とか人々を避難誘導し、爆発音と閃光と煙が充満し始める市街地を抜けて郊外のシェルター付近に辿り着いていた。


「皆さん。落ち着いて下さい。走らないで全員助かる為に冷静な行動を心掛けましょう。もし、何かあったら私のリングシャードが盾になります。ですから、騒がず静かに行きましょう」


 イヅモ出身とはいえ。


 田舎には然して奈落獣やテロリストは仕掛けてくる事も無い。


 そういう意味では治安の良い場所で育ったマナがこの手の避難に手馴れているとは言えない。


 しかし、自分の為に集まってくれたファンの誰も死なせたくないとの想いだけは人一倍に強かった。


 今も世界中で多発する奈落被害の実態は学校で習う以上にネット上ではありふれている。


 小型奈落獣に親族や家族や恋人、友人を殺された、喰われたというのは先進国でなければ、ガーディアンも満足に国土全域に配置出来ない国ではよくある事、らしい。


 そういった場所へと慰問に向かい。


 歌の力で奈落を浄化するのはコンチェルト級に乗る者の使命だ。


 だから、マナはそういったマニュアルや避難の仕方に付いては必要以上に専門的な書物を漁っては学んでいる。


 毎日が勉強とレッスン漬け。


 それでも笑顔を絶やさないからこそ、彼女を支える人々もまた頑張ってくれる。


 既に別のシェルターに避難していたマネージャーからの通信ではマネジメントスタッフに被害は無く。


 また、無人ミーレス部隊はどこからかやってきたザート部隊によって撃破されているという。


 何かしらの電子ジャマーが使用されたのか。


 すぐに連絡は途切れたが、彼女は不安を押し切って今も共に歩く客達の殿として周囲の警戒を行ないつつ、シェルターへと向かっていた。


『シェルターが見えたぞ!!』


『ああ、助かったのね!? シェルターよ!!』


『い、急げ!! 満員になっちまうぞ!!!』


「あ、皆さん!?」


 今までマナに従ってきた客達もさすがに不安は押し殺せなかったか。


 我先にとシェルターの入り口に向かって走り出した。


 その矢先、パンパンと拳銃での発砲に誰もが頭を下げて地面に這い蹲る。


「七士君?!」


 見れば、今まで彼女を手伝い。


 アドバイスしながら進んできた七士達とアイラが拳銃を上空に向けて発砲していた。


 その後ろでファリアとソフィアが思わず固まっている。


「な、何してるの!?」


 七士が溜息を吐いて、シェルターの方に拳銃を思い切り投げた。


 その途端、バリバリと音がして弾け跳んだ拳銃が焦げて地面へと散らばった。


『ひぇえぇえええ?!!?』


 その光景を見て、後一歩踏込んだら同じようになっていただろう数人の客達が後ろに下がる。


「不可視の電磁障壁だ。しかも、後付された形跡がある。何者かの破壊工作あるいはこの襲撃を行なっている者の仕掛けかもしれない」


「そんな?!!」


 思わずマナが周囲のマップを確認する。


 この付近で民間人が入れるシェルターは其処だけだった。


 他のは一杯か。


 あるいは襲撃地点に近い為に使えない。


 となれば、客達が行くべき場所は何処にも無かった。


「此処からなら軍港が近い。シェルターこそ無いが、軍艦は民間人の保護も行なってくれるはずだ」


「わ、分かりました。皆さん!! このシェルターはダメそうです。でも、近くの軍港なら軍艦で保護してくれるかもしれません!! そちらの方に行きましょう」


 客達の顔に絶望が広がる。


 其処まで歩いてくるのも極度の不安に押し潰されそうだったのだ。


 そうして辿り着いた場所が実はもう敵の手に落ちていたと知れば、次の目的地まで歩く気力を出せる者は少数に違いなかった。


『クソッ、クソッ!? もうダメだ!? お終いだぁああ!!?』


『何でッ!! 何もしてないッ!! 何もしてないじゃない私達ッ!!? うぅ……』


 客の半数が歩く事も儘ならずに地面で喚き始める。


 それを見て少年がとりあえず予備の拳銃で脅して連れて行くかどうか考え始めると。


 不意に声が周囲に響く。


「『まだ歩けるよ。君の傍まで行こう~』」


 顔を上げた客達がコックピットを開放して静かに歌い出した少女に思わず反感を抱いた。


 こんな時に歌ってどうにかなるわけないと。


 そういった怒りに駆られた数人の内の一人が道端に落ちていた石を拾って、少女目掛けて投げ付けた。


『元はと言えば、あんたが悪いのよ!! あんたがあんな場所でライブをしようとなんてしたから!! あんたがライブをしなければ、私達は巻き込まれなかったかもしれないのに!!?』


「な?!」


 ファリアがその身勝手な言い分に思わず反論の声を上げようとしたが、少年の手がそれを制した。


「(何故、止めるのです!!)」


「(人間はこういう生き物だ。そして、それが幾ら事実とは異なっていても、不幸は誰かのせいにしたいと願いもする。それが正しいかどうかは関係無い。だが、正しさだけを押し付けても、何も解決しない。それが分かっているから、あの新米アイドルは歌ってるんじゃないのか?)」


「(そんな、だからって、あんな!?)」


「(マナさん……)」


 上に立つものとして、ソフィアがそのアイドルとして立つ少女の姿に胸元を握り締める。


 次々に石を投げる人々が増えていく。


 罵声もだ。


 この人殺し。


 お前なんかアイドル辞めろ。


 死ね。


 死んで詫びてよ。


 そんな身勝手な声にも屈せず。


 パイロットスーツにぶつかる礫や額に当った石ころで流血し、片目が塞がれても、マナは謳い続けた。


「『君が例え消えていても進むべき場所があるから~』」


 しっかりと客を見据えて。


 自分に出来る事をと願った少女の歌声がしっかりと爆発や閃光が断続的に響くコロニーの中に染み渡っていく。


 激しかった投石もその真っ直ぐな、真っ直ぐ過ぎる瞳の前に治まっていった。


「『夢破れても~明日が無くても~今~孤独じゃないと~私は知ってる~』」


 数分。


 時間にすれば、そんな短い間に少女は確かな声と態度で客達の心を掴んでいた。


 握られたマイクに訥々と言葉が乗る。


「皆さん。私のライブに来て巻き込まれたというのは本当にその通りだと思います。でも、今はどうか心を沈めて歩き出して下さい。私は皆さんの誰にも死んで欲しくありません。皆さんはこんな駆け出しアイドルである私のファーストライブに来て下さった初めてのお客様です。だから、私は皆さんの事この身を賭してお守りします。それが私のアイドルとして、リンケージとして、人としての願いだからです。お怒りの方が言っていた事はご最もだと思います。でも、此処で足を止めてしまったら、誰も守れない……私は皆さんに誰一人欠ける事無く私のライブから帰って、家族や友人と過ごして欲しい。だから、どうか……私に皆さんのお力を貸して下さい」


 頭を下げた少女を前にして今まで罵声を浴びせ、投石していた人々が顔を俯けて震えていた。


「おねーちゃん頑張れ~!!」


 沈黙の中から母親に連れられていた小さな女の子がそう声を上げる。


 それに罰が悪そうな大人達が一人ずつ攻めた者達から謝罪を始めた。


 そして、頑張れとありがとうと言葉が続く。


 その光景を見て、ファリアが留めていた七士の後ろで複雑そうにしながらも笑みを浮かべた。


「どうやら、私の出番は無いようです……」


「人間は愚かだ。だが、それだけでも無いと知ればこそ、幸せの代償を誰もが払い続けている。それが無ければ、世界が回るわけもない。コンチェルト級はALによって世界を奏でる者だ。昔から戦場にはそういう人間が少なからずいた。彼らはシステムの一つも無く。ただ奇跡のように誰かと誰かを繋げていた。奈落を浄化出来る、事象を変容させられる、そんな力を手に入れても本質は今も変わらない」


「荒那さん。貴方は……」


「喋り過ぎたな。、そろそろ出発しよう。先導するのを手伝ってくれ」


「分かりました」


 ファリアが自分はフォーチュンだと声を張り上げて、自分達が軍港まで先導すると言い始めた。


 それに安堵の空気が流れるとリングシャードが殿に付いて再び客達が出発する。


 だが、皮肉な事に彼らは未だ残存するコロニー内の無人ミーレスの一団の一つに目を付けられてしまっていた。


 それと言うのもマナが謳った声が微弱ながらもコロニー内やコロニー近辺で戦う人間達の耳に時空を超えて、としか形容出来ないような届き方をしていたからだ。


 ミーレスやガーディアン内部でその歌を聞いた者達がいた。


 多くはそれを幻聴の類だと思ったが、その内の一人は確かにそれが新人で、駆け出しで、アイドルで、リンケージで、可愛い女の子で、何よりも人に希望を与えてくれる存在。


 龍宮マナの声だと確かに確信していた。


「マナの声だ……マナも頑張ってる……あたしも頑張らないとっ」


 命を吸う悪魔の機体。


 しかし、彼女の最も信頼するべき相棒。


 襲撃情報を事前に入手した秘密組織テラネシアによって改修された拠点防衛用超巨大強襲フォートレス。


 エピオルニスが操縦者の意思に呼応してAL粒子を吹き上げ、感応性を増大させていく。


 アハト。


 そう呼ばれる少女は再び射程に収めたコロニー外壁で迎撃される敵集団に猛然と超巨大イグニスを襲い掛からせた。


「行くよッ!!! イグニスハリケェエエエエエエエエエエエエエエエエエンッッッ!!!!」


 竜巻の如く群れのいる宙域を旋回するイグニスがビームの嵐を奈落獣達に浴びせ掛ける。


 その一本一本の光りの筋が一つも外れる事無く漆黒の中で爆光を花開かせ、敵軍をボロボロにしていく。


 其処へ今まで防戦に徹していた満身創痍のザート達が追い討ちを掛け、残っていたミサイルやマシンガン、ビームを惜しげもなく浴びせた。


 吹き荒れる嵐の中で奈落が弾け飛び。


 残ったのは静寂。


 それとほぼ同時に敵集団を殲滅していたギャラクシー級の反抗が始まった。


 しかし、コロニーの内外で勝利を収めつつある彼らの戦いはまだこれから。


 新たにワープアウトしてきた艦隊はコロニーから離れたデブリ群内へと駐留し、次々に艦載機であるミーレスを発進させていく。


 彼らの夜は終る気配も見せず。


 熱く激しく燃え盛っていった。

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