Scene32「火蓋剥がれ」


―――高級ホテル『スター・プラチナム』屋内レストラン。


 世の中は上手くゆかない事ばかりとは今の彼らの現状に違いなかった。


 七士御一行様は明日には出港だと其々に街へ繰り出す者、買い物に行く者、機体のメンテナンスをする者と様々に仕事がほぼ終った事にホッとしていたのだが、その日の夜には猛烈な勢いで輸送船に戻り、最高警戒レベルで待機となってしまった。


 と、言うのも、何やらコロニー外部にいるフォーチュンや政庁から緊急避難勧告が出されたと思ったら、すぐに全港の封鎖が言い渡されたからだ。


 それに伴って放送局が停止され、政庁とフォーチュンが折衝をしている云々とネットでは既に様々な情報が飛び交っている。


 どうやら大規模な戦闘がコロニー近辺であったらしく。


 それに付いての話し合いが持たれているという事なのだが、医療品や資源、自給するプラントの無い商品を積んだ船以外は外部から入港すら出来ないという有様となっていた。


 相当に重要な事件が起ったと見るべきだろう。


 一部、規制され切っていない回線でネットを見ていた層は動画サイトに出回ってすぐに消されたアーバスノット近辺と思われる宙域が巨大な光りに飲み込まれて、無数の“何か”が爆散する光景に大規模なテロが何かしらの戦略兵器で阻止されたのではないかと現実的な線を思い描き。


 基本的に妄想が捗る陰謀論者は地球を守る秘密組織や連邦の秘密部隊が攻めて来た宇宙人の大規模艦隊を秘密兵器を使って殲滅したのだと盛り上がった。


 ただ、この映像を見た地球圏全体でも極一部のリンケージ達には分かっていた。


 その巨大な光が信じられない程に広範囲を蓋い尽したビーム兵器の輝きであり、その中で爆発していたのは明らかに何らかの動力を積んだ兵器……その縮尺的に言えば、数十隻の艦船なのだろうと。


 当然のように戦艦がバンバン投入出来る組織や国は限られる。


 それをアーバスノットという何の変哲も無い工業コロニーの付近に展開させて破壊されたとなれば、大打撃どころの話ではない。


 その損失だけで大国の一年分の予算が軽く飛んでしまう。


 こう考えれば、現在の冷戦下でそういう被害を被って隠し通せる国なんてものはなく。


 地球上にあるほぼ全ての諜報機関が、その映像の中で破壊された艦船の群れが地球圏内のものではない、という結論に到達するのは然して難しい事ではなかった。


 その結論に数分で達した頭脳明晰なる元テロリスト。


 イゾルデ・フォン・グリューニングは宇宙を穢す俗物の次は虚空から侵略してくる異星人かと吐き捨て。


 同じ結論をすぐに出して黙っていた七士はやれやれと言いたげな様子で溜息を吐き。


 よく分からないという顔をしたアイラとソフィアとイゾルデの部下達は事態が分かっているらしい上司達に最低限の質問をして、宇宙人の侵略という世にも馬鹿げた話に笑い話だとも言えず。


 困惑するしか無かった。


 ただ、そんな様子のクルー達の中で帯剣する騎士少女。


 マグリット・ファリアだけが、厳しい目付きで映像を食い入るように見ていたが、少年以外に気付く者は無く。


 政庁の封鎖を無視して発進し、公権力を敵に回すわけにもいかない彼らは見事なまでに足止めを喰らっていた。


 本来ならば、輸送艦内部で待っているのが好ましかったのだが、アーバスノット内の治安維持部隊が軍港を捜索して使い始めた事で持ち込んでいたガーディアンが多いのを見咎められてしまった。


 何とか書面回答とファリアに対応させる事で難を逃れたが、詳しく調べられれば、まずいのは分かり切っている。


 共和国の公権力や軍、警察、司法に何ら力を持たない七士はイゾルデと部下を隠す為にしょうがなく自腹でコロニー内のホテル上層階を一つ貸切にして、依頼者である白衣の女に連絡を入れた。


 さすがに今回の一件はいつもニヤニヤしているサンダル履きのマッドサイエンティストにも驚きだったようで。


 何の準備も無いと肩を竦められ、足止めが解除されるまで数日間のロス発生が確定。


 さて、これからどうしようかと昨夜の忙しさで目の回りにクマをこさえた少年は元テロリスト達を部屋に置き去りにしてソフィア、アイラ、ファリアの少女達を連れながらビュッフェ形式の店内に入っていた。


「何か取ってきます」


「あ、それなら私も」


「いえ、此処に座って待っていてくださ―――」


「ダメ、でしょうか?」


 アイラが食事を取って来ようとして、ソフィアが上目遣いに訊ね。


「二人で行って来て下さい」


「あ、はい」


 さっそく注目されたくないと少年はサックリGOサインを出した。


「あ、私もご一緒しても?」


「構いません」


 ファリアにいつもの如く。


 否、いつもよりも少し冷たい感じでアイラが頷いた。


 そのほんの些細な違い。


 それは少年にしか分からないものだったが、生憎と少年は窓の外を眺めている最中だ。


「では、こちらで選んで来ますので。お待ちを」


「ああ」


 そのまま三人が其々、アイラ「……」ソフィア「楽しみですね」ファリア「こういう時こそしっかりとした食事を取らねばなりません」と三者三様に色取り取りの豪華な朝食が盛られた一角へと歩いていく。


「さて、こっちも仕事を始めようか」


 少年が呟き。


 コンタクトに仕込まれていたレンズが窓際から見下ろせるアーバスノットの街中をズームしていく。


 政庁に向かう道路は警察が封鎖済み。


 軍港付近は半径2kmに渡って軍が封鎖していて、周囲には軍車両とその警備用ドローンしかいない。


 まだ混乱の最中にある事が分かる。


 通常の港の方ではどうやら港湾関係者と輸送船や業者達の間で揉め事が起っているらしくざわついている。


 何処を見ても市民達は互いにヒソヒソと噂し合っていて、雰囲気は悪いとは言えないが困惑に支配されつつある。


 これが生活に更なる支障が出てくると怒りに取って代わるのだろうが、それにはまだ時間が必要だろう事が長年の経験から少年には分かった。


「あ、昨日の!!」


「?」


 少年が横を向くと何やら少女が一人。


「確かコンチェルト級の?」


「はい!! 私、龍宮マナって言います。昨日はよく考えたら、皆さんにもお礼を言うべきでしたよね。遅くなりましたが、昨日は本当にありがとうございました」


「いや、大した事はしてません」


「でも、皆さんがいなかったらリングシャードを置いてこなきゃならなかったかもしれませんから、感謝だけはさせて下さい」


 そう言って頭を下げたマナが顔を上げるとニコリとした。


 前日、コンチェルト級から少女を回収した後。


 機体は七士達が乗ってきた輸送艦に搭載されていたのだ。


 もう搬出は終って、一般の港に戻されている。


「貴女もこのホテルに?」


「あ、いえ、本当はもっと安……質素な宿に止まってたんですが、ウチの社長が凄く褒めてくれて、良いところに止まりなさいって。あ、本当はマネージャーさんも一緒にって思ったんですけど、そこまでの予算は無かったらしくて一人で……」


「そう、ですか」


 何と言うか。


 微妙にコメントし難い。


 ある種、生きている世界が完全に違う人種同士の会話に見られる齟齬のようなものを感じて、七士はいつもよりも口が重くなるのを感じた。


 裏社会を歩いていると時折、眩しい人間というものがいる。


 そう、本当に太陽から愛された者は影の差す暇も無い程に笑顔なのだ。


 それはその場にいる誰にも無いものに違いなかった。


「あ、あの……歳も同年代くらいですから、もし良かったらタメ口で……仮にも命を助けて貰った相手に敬語を使わせるのは何だか気が引けるので」


「……いいのか?」


「はい♪ ドーンとタメ口でお願いします」


「じゃあ、そうさせてもら―――」


「七士様」


 ズイッと二人の間を分けるように一つの更が七士の前に置かれる。


 それは前菜。


 他にもスープやらメインになりそうなものまで複数皿を片腕に載せたアイラは次々に防壁でも張るように七士の前に皿を置いていく。


「あ、わ、私」


「龍宮マナ、さんですね」


「は、はい!!」


「今から朝食なので出来れば、お二人が来る前に―――」


 七士が僅かに片手を上げて遮り、再びマナに視線を合わせた。


「そっちは今から朝食を?」


「はい。凄く豪華で驚いちゃいました」


「今、他に二人いるので良ければ……一緒には?」


「え、いいんですか?」


 思わず驚いた様子になるアイラだったが、すぐに表情を戻した。


 感情を表に出すようでは三流。


 一流の仕事はいつでも静かに冷静にとそう戦場で教え込まれてきた賜物だ。


 それにしても何故、自らの主が部外者を食事に誘うのか分からず。


 混乱した脳裏はそれだけではなく少し……乱れていた。


「いきなりで驚かせても悪い。あちらにいる同席者に出来れば自己紹介して来て欲しい」


「分かりました!!」


「な、七士、様?」


「二人のところへ。事情を説明してきてくれ」


「分かり、ました……」


 微妙に歯切れも悪く。


 それでも何とか自分の心情は飲み込んで。


 アイラはを今も料理を選ぶのに夢中なソフィアとファリアの下へ連れていった。


「………」


 その後ろ姿を見送って。


 少年は再び外に視線を向ける。


 そのコンタクトには既に昨日の内からハッキングを仕掛けておいたコロニー外部の観測用システムの映像が繋がっている。


(この状況から言ってフォーチュンの艦が駐留するとすれば、まだ警戒しているはず……R‐221からT ‐442までの宙域をスキャニング……偽装粒子力場を感知するより、熱量の分布を調べた方が早いか。周辺のデブリの状況からルートを検索。更に粒子の残渣ならまだ拾えるはず……これで、どうだ?)


 様々な情報と検索、観測条件を加えて情報を精査し、何度か観測を行なった結果。


 少年はようやくフォーチュン側の戦艦がいるポイントを確認した。


 そして、ついでのようにその背後に牽引される偽装された巨大な何かの存在に付いても発見する。


(………これがあの映像で出た光芒の正体か。幾ら隠してもこれではな……がピラミッドの形状になるわけがないだろう……これをわざわざやるとは司令官が馬鹿なのか。不測の事態でも起きているのか。どちらにしても相手が黙って見過ごすとは思えないな……)


「あ、七士く~ん」


「っ」


 恐ろしく自分に似合わない君付けをされて、少年は背後を振り返った。


 其処にはもう仲良くなったらしきソフィアを横に微妙な顔をするアイラと少しテンションに付いていけなさそうな笑みのファリアを連れ立ってやってくるマナの姿がある。


(自己紹介して呼び捨てにしていいと言うべきだったな……)


 その朝、結局知り合いになったリンケージ・アイドルはソフィアの憧れの眼差しに答えるようにして会話を盛り上げ、七士とアイラとファリアはそれに当てられた様子で微妙な顔で食事を終えた。


 殆ど、やる事の無い彼ら七士ご一行様の事情を知って、前日輸送機のクルーを守った御褒美に急遽組まれた特設ライブに招待したマナの気持ちは素直なものに違いなく。


 敢えて断る必要も無い催しに四人が向かったのは夕方になってからの事だった。


 太陽の輝きを前にしては後ろめたい人間程、拒絶するのは難しい。


 そういう事なのかもしれなかった。


 *


 鳳市警ガーディアン犯罪対策室。


 この名に聞き覚えがあるイヅモの人間は多いだろう。


 彼らこそは治安維持の要。


 犯罪の抑止力。


 市民に愛されるべきタフガイ。


 又の名を鳳市の二十四時間眠れない刑事デカ


 此処数ヶ月の間に起った大規模テロや大規模奈落被害に対して敢然と立ち向かい。


 人々を避難させる時間を稼ぎ。


 正義の味方が万全の状態で敵の情報を手に戦えるのは全て彼らの功績とされる。


 それはまったくもって正しいモノの見方だ。


 だが、同時にそれは彼らが今までに無い被害を受け、ボロボロになりつつある事を示している。


 何せ。


 殉職率は高く無いが、怪我と大怪我は日常茶飯事に近く。


 勤務手当てや保険は万全だが、奈落や怪我の後遺症に悩むのは常識という……半ば、超人か努力根性忍耐の極まった正義漢くらいしかいない部署である。


 先日、アビス・ガーディアンに取り込まれ、何とか救出された者達もその一員だったわけだが、此処でついに対策室は人員の限界を迎えた。


 事件の片付けが一段落した後。


 倒れる者が急増。


 周辺地域からの派遣や新規の人員を応募する事となった。


 こうして今まで戦ってきた戦士達に一時の休憩を与えるという名目と戦力の維持を目的にして新規配備されたシビリアン・ミーレス部隊は現在の鳳市を守る守護者となったわけである。


 が、その新人達に任された仕事の量は半端ではなく。


 また、慣れない内から高難度の捜査を任された弊害で事件毎の人員の割り当てに不備が出た。


 そう、これはそんな不備から始まった話だ。


 最初は一本の電話から事件は始まった。


 鳳市警にテロリストに似た人間を見た、という垂れ込みがあったのだ。


 その相手をすぐ様に検索した市警本部はきっと間違いだろうと苦笑して、垂れ込みを無視した。


 いや、ご協力ありがとうございました、という名の蓋をした。


 何故なら、そのテロリストはもうテロリストの天敵たる連邦の組織に捕まって処刑されているとデータにあったからだ。


 しかし、その事実を書類へ記すのに不備があったのか。


 あるいは何処かで情報が錯綜したのか。


 テロリストが潜伏している可能性があるから、至急捜査せよという命令が下った。


 鳳市とテロリストは切っても切れない関係だ。


 とにかくそういう人員が入り込んでは悪さを企むので彼らがその塒を強襲するなんてのはお家芸の域にある。


 捜査だってお手の物。


 だから、現在テロリスト一人よりも重要度の高い捜査に人員を割いていたガーディアン対策室は一人の新米刑事に捜査を任せた。


 クリフ・リッケンバイン。


 イヅモに暮すローレンシア系の二世。


 生まれも育ちもイヅモであり、バリバリのイヅモっ子である彼。


 その細く端正な人形のように整った顔立ちと僅かウェーブの掛かった金髪。


 これが正義を志して警官になろうというのだから、彼の視界には望んだ男気溢れる同僚や先達よりも『きゃ~こっち向いて下さいクリフさ~ん(目がハート)』という女子の方が多かった。


 警官になってからも、それは変わらず。


 ようやく自らの望んだ最前線の部署に入った彼は初めて担当する事になる事件で単独テロリストを追えという無茶ぶりに喜び勇んで向かい合った。


 本来、テロリストを単独で追うのは熟練の刑事のみという内部の暗黙の了解は知っている者が誰も彼も病院、旅行中、単身赴任、交換留学中という有様だったので疑問を持つ者は無く。


 四苦八苦しながらも彼は教科書や教練内容通りに捜査を展開。


 ついに!!!のである。


 まったく、ナンセンスな話であったが、少し警察のデーターベースを漁れば出てくる情報を調べもせず。


 上から下りてきた目撃情報と推定された名前と顔写真だけで彼はその相手を見つけ出したのだ。


 その手腕は天才的と言っていいだろう。


 が、其処からが彼の艱難辛苦の旅の始まりだった。


 まず、テロリストの家屋を探し出して観察していた彼だったが、其処にトレーラーが運ばれてくる。


 このトレーラーが何やら塒からガーディアンを運び出す。


 それを慌てて追跡したら空港の輸送艦に搬入される。


 この時点で彼は上司に相談するべきだった。


 しかし、下手にテロリストがいると空港側に知らせたら、どうなるか分からない。


 と、言うのもガーディアンが入っているとシビリアン・ミーレス乗りなら分かっているだろう搬入者が何も言わず。


 また、軍艦の横に堂々とテロリストの艦が泊められているとなれば、其処には恐ろしい推論が導き出される。


 つまり、空港関係者や軍関係者にシンパが潜り込んでいる可能性である。


 下手に上司へ連絡を入れれば、そのままトップまで話が行くかもしれず。


 軍や空港関係者がテロ関係者となれば、避難すら危うい。


 其処に奈落獣の群隊が攻めて来た。


 これは奴らの陰謀!!


 そう思ったのも束の間。


 そのテロリストの輸送艦から出てきた機体が軍や空港を守る為に戦い始めた。


 一体、どうなっているんだ。


 と、思ったのは自然の話だろう。


 だが、それで今テロがバレるのを防ぐ為に戦っているのだと解釈した彼はその混乱に乗じて輸送艦に侵入する事とした。


 テロリスト一味を一網打尽にする。


 その信念故の無謀な突入作戦だった。


 しかし、奈落獣が排除された後。


 戻ってきた彼に待っていたのは出るに出られない状況。


 内部では当たり前のように自動小銃を下げた兵隊がうろついていたのだ。


 しかも、武装の管理は徹底されており、その錬度も高度なもので隙が無い。


 ダクト内部で身を潜めていた彼が襲い掛かれば、たぶん一人は倒せるが、殺すのが目的ではなく捕縛が目的だった刑事一人が持てる武装は拳銃一つと捕縛用の武装が一式のみ。


 一発でも被弾すれば、その時点で死ぬ確率が跳ね上がる。


 彼は映画に出てくる戦場帰りの男ではないし、一人で中隊規模の人間を爆殺する超兵士でも無い。


 と、言う事でレーションを齧りながら、マスドライバー・レールで打上げられたのだ。


 こうして隙を伺い、それが無いと知って我慢強く身を潜め、時折トイレで用を足して水を調達していたら、何やら輸送艦が停止している。


 これはチャンスだと隙を見て艦から逃げ出せば、コロニー。


 一度も行った事の無かった宇宙。


 その只中で彼はテロリストとその部下。


 そして、その人質あるいは騙されていると思わしき学生くらいの少年少女達を発見した。


 何が起こっているのか。


 神ならぬ彼には分からなかったが、やる事は一つ。


 軍か警察に助けを求め―――というところで彼の思考は再び止まった。


 何故か?


 それは純粋な理由だ。


 テロリストが堂々と入港している港。


 それが軍港だったのである。


 軍港という事は軍の許可がいるという事で軍人がテロリストの仲間かもしれないという事だ。


 しかも、追っている相手はあのノイエ・ヴォルフの大幹部。


 イゾルデ・フォン・グリューニング。


 明らかに共和国側の軍港を使えるわけがない。


 それを使えるという事は共和国軍内部のシンパがいる可能性が高く。


 軍港を取り仕切る程の相手ならば、大物に違いなく。


 巨悪の可能性が極めて高い。


 こう思考すれば、後はどうなるか分かるだろう。


 コロニーは言わば一種の密室。


 小さな事件一つ揉消すなんて簡単に違いないと思えれば、警察も軍も信用出来ない。


 これはイヅモの鳳市警に直接連絡を!!


 そう最短ルートで思考した彼が未だに生き残っている公園の公衆電話へと近付いた時。


 コロニーに非常警戒警報が発令された。


 これは何事かと思ったものの。


 とにかく通信を、と。


 通貨を入れたら、まったく反応が無く。


 そうだ。


 共和国は独自の通貨ナンダッタと思い出しても後の祭り。


 小型端末は持っていたものの。


 それはイヅモ国内限定で万能性が高い機種であって、国際通信は想定しておらず。


 ネットに繋がる無線通信のハブがある一帯を探してウロウロしていたら、軍や警察がコロニー内を走り回り始めた。


 結局、彼はこうして再び潜伏を余儀無くされたのである。


 そして、夜を公園の茂みの中で過ごした彼は空腹に襲われつつも、執念の一言で耐え凌いだ。


 とっくの昔にレーションは食べ切ってしまっており、朝になったら空腹で半分フラフラ。


 公園の噴水の水で誤魔化したが、時既に遅く。


 ドサリと眩暈のままに彼はベンチ横の芝生に倒れ込んでしまっていた。


「うぅ、ボクがこんなところで倒れるわけには……テロリストを捕まえないと……」


「どうしたの? おにーさん」


「?」


 ベンチの横で上を見上げれば、其処には学生服らしい姿の少し幼い少女が一人、小首を傾げている。


 すぐ様に助けを呼ぶ手伝いを……と思考したものの。


 小さな少女がもしも自分のせいで事件に巻き込まれてしまったら、どう償っていいのかと彼の正義の心は呵責と責任の間で揺れ動く。


「……何でもないんだ。ただ、少しいいかな?」


「ん?」


 出来るだけ安心させるように平静な顔で彼はゆっくりと震える上半身を起こした。


「とても、本当にとても心苦しいんだが、今持ち合わせが無くて……出来れば、コインを数枚貸して欲しい。領収書さえ書いてくれれば、しっかりと返す。無論!! 利子も付ける!! 正義の為なんだ!! どうか、お願いだ」


「おにーさん……」


 少女が真面目な顔になった後、コクリと頷いた。


「うん。いいよ。おうちが無いと色々大変だもんね」


「え、いや、ボクは別にホームレ―――」


 思わず少女に自分はお家の無い人ではないと抗弁しようとしたが、少女は温かい笑みでそっと唇の前に人差し指を立てた。


「いいから、いいから、えっと……硬貨は無いけど、カードならあるよ? それでいい?」


「う、も、勿論だ。済まない……気を使わせてしまって。これでは警官失格だな」


「警官? 近頃のおうちの無い人って大変なんだ……」


 何だか憐れみの視線でカードを差し出してくる少女に物凄く違うと言いたかったクリフだったが、今はとにかく連絡だとフラフラしつつも気力で立ち上がり、近くの公衆電話にカードを翳して、番号を入力した。


 国際電話だ。


 残高が幾らあるか分かったものではないし、地球とは通信のラグを考えても迅速に内容を伝えなければと限界に達しつつありながら、脳裏で簡潔に情報が詰められていく。


 プルルルルル。


 コール一回で繋がった先に彼が捲くし立てようとした時。


 ブツッと通信が切り替わる音がして、何やら音声案内が彼の耳に響く。


『現在、アーバスノット政庁による情報通信規制が敷かれており、コロニー外との連絡をご希望の方は政庁の用意した専用回線が敷かれた最寄の警察署の方へ―――』


「ま、まずい……」


 通信を切って、クリフが絶望的な心情となった。


 もしかしたら、自分の事が発覚して、コロニーに情報統制が敷かれたのではないかと思い始めたのだ。


 巨悪ならそれが可能かもしれない、という妄想はさすがに行き過ぎであったが、空腹極まっている人間にはそれに気付く余裕というものが無い。


「どうかしたの? おにーさん」


 横の少女にクリフが視線を向ける。


「す、済まないんだが、通信がどうやら出来ないようで。何か知らないかい?」


「え? おにーさん昨日の事知らないの? あ……ごめん。知らないよね。端末持ってなかったら受信出来ないだろうし」


「た、端末なら持ってるぞ。な、何かあったのか?」


「昨日、色々外で戦闘があったとか。事故があったとか。調査してるって報道してるよ?」


 思わずまだ充電が残されている小型端末でコロニー用の周波数に合せて受信設定し、チューニングすると確かに政庁の広報が複数のチャンネルで流れていた。


「それよりおにーさん顔色悪いよ? 何も食べてないんだったら、何か食べないとダメだよ。行こう」


「え、あ、ちょ」


 少女に引っ張られて、引き戻すだけの力も無く。


 風に揺られる木の葉のようにフラフラしながらクリフは公園の傍に出ていた移動組み立て式店舗の前まで連れて来られた。


 それはサンドイッチ等のパン系軽食も出す氷菓とクレープの混合フードチェーンらしく。


 朝らしい小麦の香りに満ちていた。


「あ、サンドイッチ四つにバニラ一つ。それからアイスコーヒーLサイズを一つ下さい。おにーさん。カードカード」


「は、はい」


 思わず返事をしてカードを店主に差し出した彼はそれから一分で出てきたサンドイッチとアイスコーヒーを受け取って、傍らの少女を見た。


 小さなバニラのジェラートを受け取って。


 コーンをクルクル回している姿は天使のように微笑ましいが、何処か人を惹き付ける強引さも見えて、少しだけ驚いたのである。


「あっちのベンチで食べよう?」


「あ、ああ、ありがとう。必ず全部終ったら、この仮は返すよ」


「あはは、だからカードはあげたんだって。だから、いいんだよ。返さなくても」


「いや、しかし、ボクは―――」


「行こ」


 そのまま公園内に見えるベンチに二人で腰掛け、少女がジェラートを食み出す。


 それにゴクリと唾を飲み込んでクリフはサンドイッチを一心不乱に咀嚼し始めた。


 如何に作り物の朝とはいえ。


 それでも清々しい風が吹く公園内部は緑に溢れている。


 そこで食事をするというのは彼の仕事の深刻な事態を差し引いても決して悪いものではない。


 一つ目を物凄い勢いで食べ、二つ目をあっと言う間に平らげ、三つ目を無理矢理珈琲で流し込み、四つ目を取り出す頃になってようやくクリフは人心地付いていた。


「ふぅ~~~」


「スゴイ。おにーさんよっぽどお腹空いてたんだ」


 少女がその食いっぷりに目を丸くする。


「ハッ?! 思わずはしたない食べ方を」


「あはは、気にしなくていいのに」


「いや、こういうのは普段からの心掛けが……いや、それは後にしよう。それよりも本当にありがとう。君のおかげでようやく冷静に物事が考えられるようになってきた」


「うん。良かった……それでおにーさんはこれからどうするの?」


「どうするの、か……外と連絡が取りたいんだが、この状況じゃ無理そうだ。まずは何処か身の安全を図れる場所が必要なんだが、どうにも……」


「ミノアンゼン? 誰かに追われてるの?」


「え、あ、いや、これは、その、比喩と言うか……」


 思わず本音が出てしまったクリフが誤魔化そうとしたが、少女はジッと見つめて……ニッコリと笑う。


「おにーさんはフォーチュンとかに連絡が取れたりしたら、嬉しい人?」


「え、それはそうだが、取れるのかい?」


「うん。あ、ちょっと待ってて」


 少女が小型端末を懐から取り出してポチポチとボタンを押す。


 そして、繋がった通信先の相手と何やら話していたが、はいっとクリフに端末を渡した。


 恐る恐る彼が端末に耳を当てると声が訊ねる。


『君が誰かは知らないが、一先ず礼を言おう』


「え、いや、自分は助けて貰った方であって―――」


『いや、それは後で聞く。それより聞いて欲しい。あまり時間が無いから簡潔に話そう。君の横にいる子をすぐ様に民間港まで連れて来て欲しい。居なくなったと聞いて心配していたが、これなら時間内に戻ってこれるだろう』


「……どういう事、でしょうか?」


 自分と然程歳は離れていないだろう男の声は自分よりも深く響く強者の色を宿していて。


 思わず彼は軍人かと警戒していた。


『ああ、済まない。こういう話し方は軍人だった頃の癖で。ただ、今は早めにこちらの指示を受け入れてくれるとありがたい。彼女は―――』


 ガタンッとベンチに何かが倒れる音。


 そのまま……横を振り向いた彼の目には今まで笑っていたのが嘘のような顔色の蒼い少女が映った。


「―――方角の指示を願いますッッ!!」


 サンドイッチを放り出し、立ち上がったクリフの目にはただ全てを投げ出しても少女の命を助けるという決意だけがあった。


『……分かった。もう位置は把握している。その公園の左の大通りから10km先に港がある。現在、こちらの人員を向かわせているが、その地点まで行こうとすると到着は三十分後だ。そちらの方角へ向かってくれるか?』


「病院には行かなくていいんですね?!」


『病院でどうこう出来る症状ではないらしい。その子の身体は特別で、同じように特別な処置を施さなければ、諸々の問題が出るという話だ』


「了解しましたッ」


 クリフが端末の音声を腰ポケットに入れていたヘッドセットの端子で接続し、少女を抱えて言われた通りの方角へと走り出した。


 まだ朝も早いという事もあって、タクシーの類は道路には見当たらない。


 しかも、車両そのものが見当たらなかった。


(これでは助けを求める事も出来ないかッ?! クソ!!)


 走り出す身体にはまだ十分に活力が廻っていない。


 しかし、躊躇無くアクセル全開でクリフは自分の身体をトップギアで使い出す。


 猛然と無言で走る彼の耳には冷静な男の声が響く。


『本来、彼女はまだ治療中のはずだったんだが、いつの間にか抜け出していて』


 クリフが上がり始める息を何とか宥めながら、まるで羽毛のようにも思える年頃にしては軽過ぎる体に唇を噛み締める。


 警官は何よりもまずは洞察力。


 そう教わり、そう訓練してきたはずの自分がどうして少女の異変を見逃したのか。


 不徳では済まないと彼は我が身の至らなさを恥じる。


『どうやら、好きなアイドルがそのコロニーにいるらしい。会いに行ったんじゃないかと話を聞いて、位置を何とか探し当てたんだ。簡易の治療用キットは此方側の人員に持たせてある。合流しさえすれば、深刻な事態にはならないと言っていた。こちら側の人員が今港に入った。後十数分の手続きでラウンジに付くそうだ』


 少女はグッタリとして動かない。


 浅い吐息は苦しそうというより、今にも途切れてしまいそうな程に儚い。


(ボクは何を見ていたッ!! テロリストばかりに気を取られてッ、傍らで苦しみを隠していたこの子の様子にすら気付かずにッ!? これで市民や国民、無辜の人々を守れるわけがないッ!! 未熟な己を恥じろッ!! クリフ・リッケンバインッッ!!!!)


 速度を上げながら、只管に彼は少女の為に走り続けた。


 その朝、奇妙な光景が市民に二つ目撃される事になる。


 一つは緊急事態なのか。


 少女を抱えた若者が凄い形相で道を疾走している光景。


 もう一つは少し風変わりなライトニング級がトラックに会場設営用設備と一緒に運ばれていていく光景。


 しかし、それらは誰にも気にされる事なく。


 また通報される事も無かった。


 夕暮れ時。


 何やら大型新人アイドルのトークショーがあると聞いて集まった市民を前にサンシャイン・プロ所属『龍宮マナ』の前倒しされた単独初ライブが開催される事となる。


 忍び寄る災禍は唐突に。


 コロニーの外と中で同時に発生し、彼らコロニーの民は知るのだ。


 既に戦争は始まっていたのだ、と。

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