Scene18「祭りの前に」


―――数年前、地球軌道絶対防衛線廃棄コロニー“ハドラマウト”メインシャフト内。


「どういう事だ!? このコロニーは連邦への脅しであって、落ちるわけじゃないんだろう?! 何故、メインブースターが勝手に作動している!!?」


 宇宙に人が住まうようになって、住居は母なる大地たる地球ではなく。


 人が生み出した中で最大の人工物。


 居住型コロニーとなった。


 共和国にとって、それは母国であり、故郷と呼べるものだ。


 連邦からの独立。


 そして、参政権と通貨発行権を希求した宙の人々は己の絶滅か連邦の破壊かという選択肢を突き付けられた時、当然の如く最終手段を世界に突き付け返した。


 直径数十kmにも及ぶコロニーを使った地球への最終攻勢。


 質量弾として人類最大規模の人工物を降らせるというものである。


 これが決まれば、地球の連邦の首都と大陸は極大のダメージを受け、戦争は終結するものと考えられ、地球では断固として撃ち落して、“宇宙人”を撃滅せんとする強硬派と和平を結ぼうとする現実路線のハト派が分裂。


 連邦を二分する論難となっていた。


 共和国側もコロニー落しによる連邦の強硬派撃滅を目論むタカ派が政治の実権を握ってこそいたが、地球との泥沼の戦争になる事を危惧した内部の少数派が連邦のハト派と接触。


 最終決戦を目前として、両者は互いに振り子の如く内部でも外部でもパワーゲームを演じ、その全ての意思決定において何ら有効な回答を得られていなかった。


 共和国現政権はその間にも連邦が布陣する絶対防衛線の傍までコロニーを動かし、両軍とも一触即発。


 最後の開戦となるであろう一大攻勢に備えた現場の兵士達は多くが固唾を飲んで政治が最後の良心を働かせる事を願っていた。


 無論、その多くは相手を憎んでいただろうし、下手な和平路線なんて望んでもいなかったが、それでは誤魔化し切れない程に両軍は疲弊していたのも確かな事実だ。


 共和国は豊富な宇宙資源によって何とか戦線を維持していたが、自力が違う連邦側に押され始めており、奈落被害の残留によって、少しずつ体力を奪われ、天秤が音を立てて傾くまで幾許の猶予も無く。


 連邦側もまた長期化する戦乱とハイパーボレアやレムリア等といった異世界の侵略者や隣人との戦いで消耗、限界に近付いており、国民の不満から鑑みても厭戦感情の蔓延で継戦は不可能になり始めていた。


 故にこの大海戦で決着を付けられなければ、どちらも泥仕合で疲弊していくしか無く。


 最終的に連邦が勝利するにしても、その被害は天文学的な数字になる事がもう両者のスーパーコンピューターによって予測されていた。


 共和国にしてもコロニー落しは最後の手段であり、これが決まっても連邦を講和まで持ち込めなければ、地球の敵として討たれるか、地球を滅ぼすかの選択しか残らず。


 連邦にしてもコロニー落しを阻止出来なければ、新たなコロニー落しの誘発や暴動・クーデターで内部から崩壊しかねなかったのである。


 危うい均衡の上にある両者だったが、先んじたのは共和国。


 廃棄コロニー“ハドラマウト”の後方に設置されたメインブースターが点火された時、決戦の火蓋が切って落とされた。


 連邦側は核を皮切りに複数の新型ガーディアンを投入。


 共和国は直進するコロニーを阻止臨界点まで守れば、戦略的には勝利したも同然だと前面に防御主体のガーディアンを立てて、後方の第二陣に超高精度の狙撃能力を持った機体を置き、核ミサイルの雨を防ぐ。


 両軍の激突地点と思われる空域にはまず核の花が咲き乱れ、全てのミサイルが撃墜された後には遠距離艦砲射撃と長距離攻撃の応酬による嵐が吹き荒れた。


 最後に次撃のインターバルに入る機体と艦隊を守るようにして発進したガーディアンが互いにぶつかり合い、大海戦の様相を呈していく。


「クソ!? 始まっちまった!? 上は何を考えてるんだ!!? これじゃあ、本当に連邦の首都へ落っこちちまうぞ!?」


「そうなれば、決着か泥沼か。どちらにしろ。此処から撤退した方がいいんじゃねぇのか? 隊長」


 高機動ザート・カスタム十五機からなるコロニー内の守備隊は聞かされていたのとは違う展開に慌てていた。


 上へお伺いを立てようにも、もう周辺はECMの影響下で通信は雑音が酷い。


 このまま内部を守っていれば、破壊されない限り、彼らもコロニーと一緒に消えてしまう。


 しかし、命令を受けていないのに持ち場を離れれば、軍法会議で銃殺は確実。


 どうするべきか迷うのも当然だった。


「全機、外部ハッチの近くで防衛任務に当たれ。ギリギリまで守った後、コロニーから離脱する」


「了解」


「了解だ!!」


「了解しました」


 次々にメインシャフト内から機体が飛び立ち、後部に幾つかあるメインハッチの周囲で哨戒行動に移った。


 序盤こそ連邦の勢いを削いだ共和国側だったが、連邦側の物量とコロニーを守りながら進むという陣形の為、周辺からの飽和射撃によるキルゾーンに突入する機体や艦が少しずつ脱落していく。


 次第に押され、一度目の補給が必要になる頃にはコロニー側へと戦線が押し込まれ、囲い込まれるようにしてコロニーの突入面には連邦の射撃が何度か直撃し、内部に被害が出始めていた。


 だが、それでも戦略的には共和国が優勢である事は火を見るより明らかで、連邦側にも焦りが生まれている。


 それは今まで包囲しながら殲滅していた共和国の敵陣に突撃部隊の前面攻勢が掛けられ、後背からメインブースターを狙う特殊部隊が熾烈な突破を試みている事からも丸分かりだった。


 コロニーは脆い構造物だ。


 主要な部位にダメージを負えば、すぐ人の住めない環境になる。


 でも、それは同時に人が住まなければ、幾ら破壊しても切りが無いという事でもある。


 廃棄コロニーは既に無人。


 更に空気も環境もありはしない。


 連邦の艦隊の一斉射ですら、まともに当らなければ、完全に崩壊させるのは不可能だ。


 その上、バラバラに崩壊させたとしても、その質量次第ではkm単位の破片が雨霰と世界中に降り注ぎかねない。


 コロニーの大雑把な破壊は最終手段。


 地上からの核ミサイルによる迎撃にも限度がある以上、出来れば、コロニーの軌道を変えるか。


 あるいは余裕を持ってコロニーを粉々になるまで破壊しなければならなかった。


「コロニーの破砕限度域を超えました!! これでもう連中はブースターを乗っ取るか、コロニーを分割して落すかの二択しかありません!!」


「これより、後方へと下がる。各自、付近のハッチより脱出しろ!!」


「了か―――」


 チュゴオオオオオオオン!!!!


 外部ハッチの一部が外側から一斉に吹き飛ばされた。


 巻き込まれたザートは三機。


 即死であった事だけが幸いかと防衛部隊が機動を始める。


「各自!! ハッチから離れろ!! 続いて制圧射撃が来るぞ!! 散開!! 包囲陣形E‐5を敷け!!」


 彼らがザート達が指示に従ってハッチ周辺を囲み、やってくるはずの敵部隊を待ち受ける。


 が、緊張した彼らの前には何も現れず。


 彼らがいる後方より遥か先。


 20km以上離れたハッチが再び吹き飛び、内部へと連邦の主力である強襲用カバリエ。


 G-7/Block20。


 トワイライトが突入してくる。


「やられた!? 各自!! ただちにW‐42地点へ急行せよ!!」


 無骨なこれぞ軍用機と言わしめた機体は全身が宇宙に溶け込む漆黒に染められていた。


 機体各部に備えられたスラスターと重装甲。


 連邦の方より共和国の方が一枚上手であると言われるガーディアン開発においても、連邦の傑作に数えられるトワイライトは戦線を突破する為の機動力と打撃力に優れた機体だ。


 その防御力を持って、狙撃や遠距離攻撃を耐え抜き、部隊が一つの鏃となって戦線を突破し、共和国の防衛線を瓦解させてきたのは周知の事実。


 そんなものが内部に入り込んできた時点でもう共和国の防衛ラインが総崩れになりつつあるのは部隊の誰にも理解出来た。


「く、隊長!! カメラからの映像を確認したところ。連中、何かを運び込んでます!!」


「まずいぞ?! もしも、核やコロニーを破壊出来る代物であれば、何としても止めねば!?」


「で、ですが、もうコレを粉々にしたところで落ちるのは確定していますよ!!?」


「馬鹿か!! コレが連邦に半端な打撃を与えるだけの代物になれば、我々は講和への道すら開けんのだ!! 泥沼となれば、地球か宇宙、どちらかが消えるまで戦わなければならなくなるぞ!!」


「わ、分かりました!!?」


 動揺する部下達を立て直させながら、守備隊の隊長は周辺から集まってくる機影と共にメインシャフトへ取り付こうとしている部隊に一斉射撃を掛けた。


 もう空気も無い閑散とした街並み。


 その上空でAL粒子が飛び交い。


 漆黒のトワイライトが十機。


 ガーディアン三機掛かりで運ぶ鋼色の箱をメインシャフトへと押し上げていく。


 最初の射撃は外れた。


 が、それで少しでも足を止められればとの思惑は叶わず。


 運搬と牽引する三機以外の七機が高速でザート十二機に突進してくる。


 その手にあるのは共通のビーム・ライフル以外、其々に違う得物だ。


 ショットガン、バズーカ、メタルランス、パイルバンカー。


 特殊部隊という奴は基本的に装備は統一されているものだ。


 その上で何か持っている輩はエース級。


 だが、その統一感の欠片も無い片手の武装を見る限り、守備隊の隊長には正規軍と思えなかった。


「こいつら傭兵か?!」


 そう、彼がザートの内部で呟いた瞬間。


 チューン!!!


 彼の僚機が後方からの狙撃で爆散した。


「くッ?! 後ろから!! 全機円陣を組め!! 連中は何処かにまだ機体を隠している可能性もある!! 集まってきたところを加護で一網打尽にするぞ!!」


『了解!!!』


 そうして一分を待たずして彼らは七機のトワイライトと会敵した。


 狙撃手を気にしながら、重量級の機体と戦う。


 それはもはや自殺行為だ。


 乱戦になれば分からないが、相手が密集陣形と突撃を得意とする機体である以上、同じだけの質量が無ければ、接近戦で競り負ける。


 死を覚悟した守備隊が加護を発動させようとした時だった。


「【アカラナータ】!!!」


 ALの本流が突撃してきたトワイライトの後ろから襲い掛かり、空間歪曲による崩壊に巻き込んで反撃する隙も与えず無防備な機体を屑鉄へと変えていく。


「大丈夫か!! 守備隊はまだ健在だな!! これより、私の指揮下に入れ!! このコロニーを脱出する!!」


 見れば、高機動ザートが数機。


 トワイライトが入ってきたハッチの爆破地点から姿を現していた。


「あの機体達はシャフトに何か仕掛けようとしています!! まだ、三機残っていて!!?」


「む? そうか。だが、此処で貴官らを死なせるわけには行かない。今作戦は現時点を持って第四段階に移行した。作戦は成功だ!!」


「どういう事ですか?! 第四段階?! 作戦は第三段階までのはず!?」


「一部の将官にしか知らされていないが、この宙域での作戦は全て囮なのだ。連邦の目をこの宙域に向けさせる為のな。現在、もう一つのコロニーが連邦の主要AL産出地帯に向けて発進している。もう、連中は間に合わない。よくやった」


 その女の声にようやく守備隊の隊長は聞き覚えがある事に気付き、彼女の下へと集結する。


「貴女は……ティラネウスの……」


「今はとにかく、この宙域から離れる事が全てだ。これで連邦の核の大半が消費された。ローレンシアにも甚大な被害が出る。さすがの俗物達も継戦能力が尽きるだろう」


 女の声に従い守備隊の生き残りが狙撃に気を配りながら、ハッチ跡から後退していく。


 二十m近い分厚い壁を抜けて彼らが真空に出る頃には明らかに共和国の陣がコロニーの左右へと割れて、後退していた。


「そろそろ、阻止限界点を突破する。その前にこの宙域からの退路を確保するぞ。原隊に戻してやりたいが、今は無理だ。付き合ってもらおう」


「分かりました。高名な貴女にならば、この命預けましょう」


「では、行こうか。連邦軍も既に限界。コロニーを完全に破壊出来るだけの艦もあるまい」


 指定された退路を確保する為にポイントへと向かう傍ら、彼は遠ざかっていくコロニーが蒼い星に向かう様子を何処か悲しく思う自分に驚いていた。


 そもそも、廃棄コロニー“ハドラマウト”は共和国にとっては連邦に爆破されたものという落とすには十分な大義名分がある。


 無論、連邦は共和国側の陰謀だと譲らなかったが、宇宙移民ならば、自らの住む大地であるコロニーを破壊しよう等とは夢にも思わない。


 それを為すのは当然のように圧政を敷く連邦側だとの思考があった。


 しかし、現在の状況はどうか。


 もう人が住めないとはいえ。


 そのコロニーを破壊の為に用いる共和国も連邦のようにコロニーを蔑ろにしてはいないか。


 そんな思いが彼の脳裏には渦巻いていた。


「どうかしたのか?」


 様子がおかしい事に気付いた女の声が訊ねる。


 それに彼は見られてもいないのに首を横に振って答えた。


「いえ、これで戦争も終わるのかと思うと……何と言えばいいのか。今までの事が押し寄せてきて……」


「気が早いな。まだ、我々は勝っていない。勝利が確定するまでその思いは取っておけ」


「はい」


「大隊長!!!? 見て下さい!? コロニーが!!!」


「何だ? どうしたと言う―――馬鹿な?! 何だアレは!!?」


 もはや落ちる事は確定したかと思われたコロニー。


 その先でALの粒子が爆発的な勢いで吹き上がり続けていた。


「通信が入りました!! どうやら、連邦軍と我が軍の一部のガーディアンがコロニーの先端に取り付いています!!」


「愚かなッッ!!? 例え、加護を使ったとて限界があるだろう!! 無防備に取り付いた相手を討たずに助けるだと!!? どの部隊だ!! すぐに引き返して―――」


「大隊長?!! HQより入電!! ただちに本隊をポイントIR‐3324に向かわせろとの事です!! 詳細を送ります!!」


「どうなっている!? まさか、嗅ぎ付けられたのか?!!」


「どうしたんですか!?」


 彼が尋ねると女が送られてきた暗号通信に歯噛みする。


「クソッ!! 沈黙だと!! 百五十機のミーレスが無線封鎖していたこの半日でやられたと言うのか!!? 有り得ん!!!? あの監視網を大隊規模の軍が潜り抜けるなど不可能だ?!!」


「まさか、本命のコロニーの方が?」


「―――現在、コロニーは何者かに占拠され、予定航路を外れて地球から離れて月に向かっているらしい。それも!! よりにもよって月のハト派の都市に向かう航路を!!」


 彼と数十機の機体が本命のコロニーに向かう間にも目まぐるしく事態は動いていった。


 電撃的な青年将校団によるクーデター。


 連邦と即座に結ばれた和平。


 月面道上に向かったコロニーがハト派に制圧され、クーデター政権に武装解除を求められる共和国軍の多くがそれに同意する等。


 今までの価値観が引っくり返るような大事件が続いて、いつの間にか。


 彼も彼女も武装解除に応じない強硬派。


 いや、テロリストなんて呼ばれるようにすらなっていった。


 どうして、何を、間違えたというのか。


 彼も彼女も模範的な軍人。


 共和国という祖国を守ろうとしただけなのだ。


 それが何故か今はその祖国からすら追われる立場となってしまっている。


(良い夢は見れそうにありません。隊長)


 そろそろ目が覚める。


 そして、彼の冴えない現実が始まった。


 *


「目覚めたかい?」


 コポコポとお茶が入れられる音。


 薄らを目を開けた彼とその他大隊の隊員達は―――自分達の手足が完全に拘束されている事を悟った。


「ふむ。時間ピッタリにご起床とは案外、統率が取れてるのかもしれないねぇ。テロリストにしては」


 口すら塞がれている。


 まるで棺桶のような分厚い黒塗りの箱に治められた彼らは湾曲した壁に並べられた置物と化していた。


 全員の視線が一点に集まる。


 声の主は小さな壁際の診察台の上で入れたての珈琲を啜っていた。


 何処にでもいそうな中年太りのオバサン。


 バンダナを巻いて白衣を着る女。


 その机の上にはズラリとレントゲン写真が並べられており、それが一体誰の者なのか。


 彼らにはすぐ分かった。


「じゃあ、お前さんらの現状から教えておこうかい」


 女が何やらリモコンを操作すると天井からプロジェクターが迫り出し、机の横の代壁に映像を映し出す。


「ティラネウス大隊。ノイエ・ヴォルフの主戦力とも目されていたあんた達は負けた。完膚なきまでに負けて、自分達の一番の敵って奴に捕まっちまった。其処で記憶が途切れてるだろうから、その先を教えよう」


 リモコンのボタンが押されると流されていたザートの記録映像が別のものを映し出す。


(イゾルデ隊長……)


 彼を筆頭にして、複数の隊員達がその光景へ釘付けとなっていた。


「アーディティヤの完全隔離型独居房のメインカメラ映像だ。ま、二日前のだけどね」


(ッ)


 男達は目の前で白い拘束帯でグルグル巻きにされて、口と鼻以外見えない状態で下半身に排泄用の管を繋がれているイゾルデの姿に僅か涙を浮かべた。


 自分達が不甲斐ないせいでこんな事になったのだと。


 歯を軋ませない者は無かった。


「さて、あたしはまどろっこしいのは嫌いなんでね。単刀直入に言おう。お前さんらを傭兵として雇いたい」


 パチンと女が指を弾くと口に噛まされていた自殺防止用の轡が外れた。


「どういう、事だ」


 口を最初に利いた彼に女がニヤリと笑う。


「あんたがこの中じゃ一番偉いのかい?」


「……そうだ」


「ふむ。あんたらの身体を見たが、酷いもんだ。よく今まで生きてたねぇ。ボロボロじゃないのさ。共和国の主戦派があの計画をやっていた事は耳に入ってたけど、人的資源の無駄遣いだよ」


 肩を竦めた女に男が厳しい視線を向ける。


「お前はあの計画を知っているのか?」


「元々はね。ありゃ、大暗黒期前のリンケージが現れた頃に考案されたものなのさ。当時は医療も今より格段に進んでたし、学問のレベルも二段階、三段階は上だったらしい。ま、ALに関する技術だけは今の方が進んでるかもしれないが、まぁまぁ現在からしてみれば、超技術ってのがあったのさ。それで計画はそれなりに進んでたとか何とか。もう百年以上前の話だよ。その頃の計画が奈落で世界が滅び掛けた後もあちこちに散逸して、ひっそり色々な場所で継続されてたらしい。あたしはそういう計画の当事者達の子孫って事になるかね」


「……傭兵として雇うとはどういう事だ?」


「意味のままさ。大仕事の前に手先となる人間が欲しくて」


「イゾルデ隊長の安否を聞きたい。まだ、存命なのか?」


「勿論さ。あんたらみたいな連中を使うには丁度良い餌だからね。アーディティヤのお偉いさんに掛け合って、私刑リンチ、おっと睨まないでおくれよ。同じ女として私刑に会わないよう最低限の身の安全を確保してやったのはこっちだってのに」


「安全なんだな?」


「無論。今はお客さんとして、此処の地下施設に搬入させてもらったよ」


「此処にいるのか?!!」


「ああ、二日前の映像だって言ったろ? 折衝やら何やらゴタゴタしてて、映像を撮り忘れたんだよ。ま、あんたらが言うなら映像を撮ってきてもいいが、何分此処にはあたし一人で、今は人がいない」


 不用意に自分の手の内を晒す女に警戒心を解かず。


 彼が更に尋ねる。


「我々が傭兵として下に付けば、あの方はどうなる?」


「ふむ。無罪放免は無理だね。それはアーディティヤとの契約でも、そうなってる。ま、せいぜいが延々とあたしの下で死ぬまでこき使われるくらいだ。悪い話じゃないだろう?」


「―――お前も我々をこのような身体にした連中と同じだ……」


「言い掛かりはよしとくれ。これでも人道主義くらいは弁えてる。博愛だって目じゃないよ? そもそも、テロリストとして無辜の国民を爆殺したり、軍事拠点にテロを仕掛けて、民間人を巻き込むあんた達の言えた事じゃない」


 その反論に誰もが口を噤んだ。


 どう言い訳しようと彼らはテロリストだ。


 現共和国の閣僚や地球に媚を売る人間、軍の関係者に対してテロを仕掛けていたのは紛れもない事実だった。


 そして、それは確かに民間人にも被害を出す事があった。


「まぁ、人殺しをしろとは言われなくなるんだから、それで良しとしたらどうだい? テロリストどころか。あたしの下で働いたら、人類を救ったって大声で言って構わないんだからさ」


「何だと?」


 女がポチリとリモコンを押すと新しい画像が映し出される。


 それには幾つかの数式と薬品の化学式と文章が載っていた。


「さぁて、此処から交渉といこうかい。あたしがあんたらに傭兵として働く変わりに保障出来るのは次の五つだ。一つ。あんたらとあの女、全員の治療―――」


「ちょ、ちょっと待て!? 治療だと!? 我々を治療出来るというのか?!」


 女が遮られて呆れた視線を彼に向ける。


「そりゃそうだ。これから末永くあんたらには働いて貰わなきゃならない。そうでなきゃアーディティヤからの依頼を受けた意味が無い。あんたらの値段は少なくともあんたらのガーディアンが百機在ったって足りゃしないんだからね」


「本当に直せるのか?! 現代の科学では不可能だと我々を見た医者は誰もが匙を投げたんだぞ!?」


 女がクツクツと嗤う。


「舐め過ぎだよ。あたしはコレでも先祖代々マッドサイエンティストの家系でね。その伝手でそれなりの智識と技術と機器は手に入るんだ」


 パチンと再び指が弾かれると男達の拘束が解けた。


 ドッと倒れた男達が圧迫感から解放されて、今まで自分達の身体を蝕んでいた疼痛や鈍痛が無い事に気付く。


「どうだい? 身体の痛みも消えただろう。元々の寿命までは延ばせないが、かなり肉体の状態は改善したはずだよ。ま、薬を飲み続ければの話だけどね」


「くっ」


 ゆっくりと強張る体で立ち上がる男達を前にしても、女は平然とした様子で続ける。


「治療は定期的にしないとすぐに身体へ異常が出る。機械で言えば、メンテナンスもせずに錆びた部品に油を挿した状態だ。そのままならまた朽ちていくし、本格的な治療を始めるとなれば、かなりの時間が掛かる。それも死ぬまで薬は飲まなきゃならない。無論、加護なんぞ使えば、言うまでもない事になる」


 珈琲を啜り終えて。


 女が白い小瓶を机の上に出した。


 その中には黒い錠剤が詰まっている。


「どうして、我々を解放した?」


「どうして? お前さんらの答えが分かり切ってるからだよ。それとあんたらの崇拝するあの女にも同じ処置を施しておいた。今は隣の部屋でグッスリ寝てるよ」


「―――地下にいるんじゃなかったのか?」


「あんたらが本当にテロリストに染まり切ってるなら、心臓に小型の爆薬くらい入れとくさ。だが、仮にも共和国の為に戦ったんだろう? 人の為に戦う奴は人の為なら裏切るし、人の為なら殺すかもしれないが、人の為に救うし、人の為に身を粉にして働く事も出来る。ただのテロリストには出来ない事だよ」


 白い長袖とズボン。


 着せられたものには何の仕掛けもない事を確認して。


 彼が仲間達と顔を見合わせる。


「二つ目。あの女とお前さん達の罪の保留」


「保留、だと?」


「ああ、公式には言えない事だがね。連邦のアーディティヤと言えば、宇宙移民者の敵だ。だが、その敵さんがお前さんらを処刑したと公的な記録に載せてくれたなら、誰も疑いやしないだろう?」


「まさか―――」


「お前さんらはもうこの世にはいないって事さ。無論、何か問題を起こせば、あっちの暗殺部隊が処分しに来るから、気を付けるんだね。ちなみに新しい身元はこちらで用意させて貰った。しばらくはイヅモに来た戦時難民という体で此処に住み込んでもらう」


「……了解した」


 もう、男達には女を力付くで制そうという気も無くなっていた。


 少なくとも、彼らの前にいるのは敵では無いと理解したからだ。


「じゃあ、三つ目だ。現共和国内の独立運動への資金供与」


「それは、可能なのか? 我々は仮にもテロリストだぞ」


「誰が、テロリストに資金供与なんぞするかい。あたしがするのは現在の共和国の野党とその外郭団体への政治資金の供与だよ。つまり、あんたらに近い思想を持ってる連中に強くなってもらおうってな話だ。ま、あんたらみたいな不健全な奴らとは違って、今の野党はそれなりに清廉らしいからね。長い目で見れば、こっちの方があんた達の目的にとっては+だよ。テロに奔るとか、愚の愚だって歳食ったら分かるようになるさね」


 自分よりも年嵩の男達もいるところでその発言である。


 しかし、誰も女に馬鹿にされたとは思わなかった。


 そんなのは彼らにして見れば、自明のことだったのだから。


 しかし、それしか主張する方法が無かったのも確かな事であって、ある意味……女の言ったことは彼らがしなければならない事だった。


「どんどん行こう。四つ目は衣食住だ。さっきも言ったが、此処に住み込んでもらう。誰か一人でも逃げれば、アーディティヤに通報するからね。ま、其処はシビアに行こう」


「分かった……」


「最後の五つ目は言うまでも無いね? あの女の身柄の安全だよ。あんたらと違って、あっちには脳へ安全装置を積ませてもらった。ま、簡単に言えば、間違いを起こした時にはあの女の命で支払ってもらうってな事だ。どうして自分達じゃないのかとか聞かないでおくれよ? あんたらが一番よく分かってるだろう。ああいう手合いは自分の命が掛かってないとブレーキが掛けられない。あの女自身の為でもあるのさ。命令違反くらいじゃ問題にならないけど、またテロに手を染めたり、情報を隠匿したり、そういう事が無いようにとの“配慮”だと思っとくれ」


「……分かった。今は貴女の手に我々の運命を委ねよう」


「じゃあ、ついでに今日初めての命令を下そうかい。三十分したら隣室に来ておくれ。それまでは来るんじゃないよ。あっちでも説明しなきゃらない。ま、あんたらみたいな聞き分けの良さは期待出来ないだろうけどね」


 女が立ち上がるとイソイソ何の躊躇も無く背を向けて部屋を去っていく。


 そうして、数分後。


 隣室から見知った怒声が聞こえてくるに辺り、男達はホッと安堵した。


 まだ、彼女は生きている。


 自分達の隊長は生きている。


 それだけでまだ彼らには希望が残っているのだと。


 やがて、声が聞こえなくなって三十分後。


 隣室に赴いた彼らが見たのはワナワナと震えた自分達の女神と溜息を吐いた白衣の女の疲れた顔だった。


 そうして、彼らはその日からイヅモの言葉を片言で話す戦時難民労働者として、その身柄を研究所に置く事となったのである。


 近所の奥さん達に世間話のネタとされる秀逸な逸材として、テロリスト達は街に溶け込む“モブ”という役割を与えられたのだった

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