Scene19「曇り往くもの」


―――鳳市レムリアストリート路地裏。


 人である限り、生活様式というやつは何処も大そうな違いが無い。


 食事も取れば、排泄もしよう。


 祈りもすれば、頭を下げる事もある。


 それは例え世界が、次元が違っても同じ。


 レムリア大陸からの移民者や各地への出向者達にしてみても、殆どはそうだ。


 違いがあるとすれば、それは彼らがこの星で実態としては廃れている王制。


 それも騎士制度なんてものを維持している事だろう。


 人々の価値観もそれに即したものであり、今の戦場には失われて久しい精神論的な騎士道とやらが息衝いているというのだから、世界は広い。


 が、それはそれとして。


 やはり庶民レベルの感覚だと乖離するところはあるものの、それなりに通じ合う所もある。


 例えば、酒場で愚痴る中年管理職とかレムリア大陸の企業体に当るギルドの中堅は中身なんて扱う智識や技術が違うだけで殆ど一緒だ。


 上司が五月蝿い。


 部下がヘマをして責任を取らされた。


 やれ赤子が生まれた知り合いに何を送ればいいかとか。


 やれかみさんがオレの小遣いを減らしまくりだとか。


 グダグダグダグダ、話の種は尽きない。


 それに相対するのは大体が同僚か部下か。


 あるいは友人というのも相場が決まっている。


 鳳市にあるレムリア移民者達の集う酒場でも、然して変わらない。


 彼らに共通の真理があるとすれば、酔っ払いというのは性質が悪い、なんて笑えない宿業だろう。


「ぅ~~いっく」


 そんな性質の悪い酔っ払いの一人が紫色のローブを着て、酒瓶片手に商売道具らしき台の上に寝こけていた。


 その頬には掌に余るくらいの大きさの水晶玉がめり込んでいる。


 彼は占い師。


 占術師。


 占い屋さん。


 星読み。


 まぁ、大抵はそのように呼ばれる職業ギルドの一人だ。


 魔法というのは便利なもので、現在の科学でも難しい事が簡単に出来る。


 その最たるものが占い。


 情報ゼロから失せモノだの、未来だの、そういうものを見る技術だ。


 未来予測という分野は往々にしてレムリア大陸が現れるまで巨大なスパコンと現実を置き換える関数、現実の情報を元にして算出されるものであって、普通の人間が手を出すにはあまりにも難度が高い分野だった。


 それがレムリア大陸の出現とそれらの人的資源の交流の中で比較的安価に手段が流入してしまった。


 この為、今や為替相場から先物取引までレムリア系人材が金融や株、軍事に至るまで入り込んでいる。


 ある意味、相場が上がった。


 が、同時に相場が下がる下地もまた出来た。


 安価なレムリア式の占術が魔力をあまり持たない世界の人間にも受け入れ易かったのか。


 そういう技術の広がりによって、数年高止まりしていた占い師達の給料は此処最近になって駄々下がっている。


 それはつまり職を失いつつあるという事であったが、彼らもまた“当る占い”の本家である事を自称するだけの技量は未だ持ち合わせていて、賢い者は大陸から飛び出し、高度な占術を武器に未だ占いが普及し切っていない国々を渡り歩きながら、荒稼ぎしているという。


 そんな技量も度胸も無い職業占い師達はそれでも食っていく為に毎日毎日ギルドからのノルマを稼ぐサラリーマンとして仕事に勤しむか、この世界に来たばかりの頃の羽振りの良い時期の記憶に縋って愚痴るのが常だ。


 鳳市のレムリアストリートにもそんな職業占い師、死んだ魚の目をした末端が何人、何十人といる。


「おい。仕事を頼みたい」


「はぁ~~いっく?」


 ぽや~~んとした顔で髭面の占い師が顔を上げた時、其処にいたのは黒尽くめのスーツを来た男がざっと二人。


 バンと何かが数枚台へ叩き付けられて、顔写真が一枚差し出された。


「人探しを頼みたい。出来るな?」


「ぅ~~い。じゃ、コースはど―――」


「一番良いのを頼む。もしも、見つけられたなら、今此処に積んである金額の十倍払おう」


「よーござんしゅよ~~あは~~んじゃ、この子ね~~お~~かわい~~ね~~むすめさん?」


 未だ酔いの醒めない顔がにんまりと写真を見て。


 今まで頬にめり込んでいた水晶に手を触れさせる。


 それだけで僅か水晶に光が灯った。


「ん~~~こりゃ面白い運命だね~~あんたのとこのむすめさん。死ぬまでにこの世界を救うって出てるよ~~あ~~こりゃ、また酔ってるな~~ん~~おお、でも~~分岐してんね~~ん~~なんだこりゃ~~みどりいろのほのお~~はは~~よい過ぎだっておれ~~こりゃやばいのじゃ~~ん~~~と。お~今、繁華街でお洋服買ってるよ~~。ごがくゆうはきれ~~だね~~このみかも。おじさん♪」


「世話になった。おい。三十九番の結果が出た。すぐに実働部隊へ連絡しろ」


「あ~~~い。まいどあり~~~」


 すぐに男達が立ち去る。


 しかし、それにも気にせず。


 男は薄らぼんやりと見える未来にまた自分は酔っているに違いないと二度寝を決め込む事にした。


 何故ならば。


「呑み込まれて消えるか~~戦って勝つか~~~あははは、女王陛下が本気~~~イヅモに戦争仕掛けるとか~~やっぱ、だめ~~~だね、こりゃ♪ あはは~~う~~いっく」


 水晶が割れる。


 これ以上何も覗くなと言うように薄らと緑色に揺らめくものが……煌めき零れた欠片の中に映し込まれ、消えていった。


 *


 ソフィア・ラーフ。


 ラーフ帝国皇帝の孫。


 奈落の権化を祖国とする少女。


 クリクリとした円らな瞳に少し幼い仕草。


 アイドル衣装を着ていれば、もれなくアイドル(泣く子も黙るラーフ帝国精鋭師団も骨抜き)であるところの彼女にとって、皇族として自ら旅に出るというのは正しく自殺行為に等しい。


 言うまでも無いだろう。


 彼女は世界中の“正義の味方”が憎むであろう悪の枢軸国家の首魁達。


 その最愛の愛娘にして孫娘なのである。


 一般市民はもとより、政治家、軍人、傭兵、諜報員にだって殺される可能性がある。


 警察にしても、文明化された世界にあってすら、奈落を用いる非道に国や故郷を破壊された者が混じっていれば、ナイフの一本でも胸に突き刺したくなるのが人情だ。


 それが如何に唯の八つ当たりであるか。


 それを知っていても止められまい。


 それ程に祖国が憎しみを育て、憎悪の対象として君臨している事を少女は今のところ……本当の意味で知らない。


 故の外出に対する忌避感の無さであり、行動だった。


 重いアイドル衣装を昨夜脱がされて涙目だった少女は朝から自分に合う服を買いに行くのを所望していた。


 本来ならば、絶対にそんな事を許可しないだろう七士がそれを許可したのは……本当に少女がソフィア・ラーフなのかが知りたかったからだ。


 彼とて、世界の敵を敵に回して無事で済むとは思っていない。


 しかし、事実として目の前に世界の運命を左右するかもしれない重要人物がいるのだから、疑いたくもなる。


 色々と近頃は忙しい身だ。


 更に厄介事も抱えている。


 本当に彼女が本物ならば、これからどうするべきか。


 悩むのも致し方ない。


 彼の勘は本物だと断定していたが、そうであるならば、それこそ事態が大きくなり過ぎる。


 外交問題のみならず。


 経済問題や政治問題にも発展する可能性があるのだ。


 連邦としても内部は一枚岩ではない。


 ソフィアを人質にラーフ帝国に何か要求を飲ませようとする勢力なら、片手の指では足りないくらいに七士は覚えがある。


 今、どんな組織がどれだけ彼女を救い、狙い、監視しているのか。


 あるいはしようとしているのか。


 それを知る為にも囮として魚を釣る方法は理に適っていた。


 依頼を正式に受けるかどうかも今日決めると前日に言い含めていた為、ソフィアは自分が餌にされている事なんて知りもしないだろう。


 さて、どんな大物が釣れるかと缶コーヒーを啜りながら、アイラとソフィアがいる場所の3km先のベンチで彼は眼鏡式の網膜投影装置で周辺の情報を監視していた。


(間違いないな……これはラーフの純正暗号通信。ついでに最高の防諜装置と……解析は不可能。ただ、通信量の過多から流れは読める……レムリアストリート……占い師に当って情報を確保。続いて私服の武装近衛が多数繁華街に集結ってところだろう……ただ、やはりイヅモとの外交を気にしてか。大規模な動員はされてないな。周辺の監視カメラと警察無線の傍受もやってる……さて、お手並み拝見といこう)


 もしも、現在展開されている私服の部隊が最大戦力と武器武装情報機器を使い始めたのなら、少年にどうこう出来る話では無くなる。


 しかし、此処はイヅモでソフィアはお忍びで彼女を確保するのに大規模な装備や武装を使う事は不可能だ。


 さすがのラーフ帝国も全方位喧嘩外交を展開する中ですら“ディスティニーは自分達と関係ない”と白々しい嘘を付く。


 それは連邦に対して完全な強気に出られないという事だ。


 もしも、ソフィアの為にイヅモで大規模な軍事行動を起こせば、それが第三次世界大戦の幕開けにも成りかねない。


 ラーフは現在四面楚歌。


 友好的な連中は犯罪組織かテロ組織。


 その連中とて、共和国、連邦、レムリア、場合によってはハイパーボレアすら敵に回りかねない大戦を前にしては大っぴらに支援なんてしない。


 如何にラーフが強大な防衛力を持っているとはいえ。


 世界が本気で消耗戦の覚悟を決めて戦いを始めれば……負ける。


 その時、ラーフの基礎である【奈落技術アビテク】の性質的に滅ぼすか滅ぼされるか。


 完全なる殲滅戦になる可能性が高い。


 そうなれば、エルジア大陸の人間は全滅。


 被害は惑星規模にもなるかもしれない。


 現在ですら“ラーフ帝国人”は迫害の対象だ。


 連邦、共和国、双方において深刻な人権侵害があるとされる。


 そして、それを容認する世論的な後押しが確かに存在する。


 一部では“ラーフ、人に在らず”なんて政治勢力が台頭している国もあり、事実として政党を持っている。


 そういう輩からすれば、帝国のイヅモでの大規模軍事行動。


 それも一方的な要人保護の為の殺戮行為なんてものは恰好のネタだろう。


 ラーフもまた一枚岩では無い以上、ソフィアを探している彼らが本気で装備を整えてイヅモ国内で事を起こす事は殆ど在り得ない事態だった。


『状況S。行動開始』


 少年が呟いたのと同時。


 繁華街のブティック。


 つい先日民族衣装を買い求めた店内でソフィアがこれから着る服の会計を済ませたアイラは了解とすら呟かずにイソイソこれからのプランを脳裏で反芻する。


「あ、アイラさん。こっちはどうですか?」


「悪いですが、そろそろ時間です。買い物はこれくらいにして帰りましょう」


「あ、はい。分かりました」


 自分の立場が分かっていなさそうな少女が微笑む。


 実際、分かっていないだろう。


 分かっていて、そういう態度なら、明らかに性悪である。


 無論、純真無垢を絵に書いたようなソフィアにはそんな様子もない。


 が、買ったばかりの荷物を自分で持ちもせずにニコニコしているのを見て。


 やはり、上流階級の人間なのだろうとアイラは従者のように紙袋を両手に下げた。


 *


 市街地でラーフの神経的な作戦が進行している頃。


 そんな事は露知らず。


 少女が一人。


 フォーチュン鳳支部の格納庫にいた。


 葦定弓拿。


 発掘された格闘戦を主とするスーパー級。


 ルナカイザーの操縦者。


 古代の遺跡から甦った機体は未だ僅かながらも意思すら持っているらしく。


 現代の科学では解明出来ない技術の塊であり、調整や整備には偉く手間の掛かる代物だ。


 そんな相棒の為に彼女が整備中の格納庫に足を運ぶのは通例となっていた。


 メカマン達の頭領である東江タカオなどは嬢ちゃんと彼女を呼び習わしていて、機体の調査や調整の時には必ず呼び付ける。


 少しでも生還確率を上げる為の涙ぐましい努力に応えるべく。


 ユミナもまた新人ながらも訓練には熱心でよくロドニーに扱かれていた。


 本日は既にルナカイザーの調整は終了しており、後は寮に帰るだけなのだが、不意に彼女は自分の相棒である機体から薄らと流れてきた感情。


 人間の言葉に言い直せば、そのようなものに僅か首を傾げていた。


 彼女がルナと呼ぶ相棒が格納庫の奥を気にしているのだ。


 其処には少なくとも肯定的なニュアンスは無い。


 そちらの方へと視線をやって、歩き始めようとした時だった。


「おい。そっちの方は立ち入り禁止だぞ」


「え? あ、ご、ごめんなさい。タカオさん」


「どうした? 何か気になるのか?」


 その言葉に視線を泳がせて、ユミナがそっと呟く。


 ルナが何か気にしている、と。


「ルナカイザーが?」


「はい。何だか、こう……敵を警戒してるような感じで……」


「敵?」


「明確には違うんですけど、似ている感じなのは確かで……」


「そうか。敵、敵か……いいだろう。お前さんからも意見は聞こうと思ってたんだ」


「?」


「付いて来い」


「あ、はい」


 ユミナはタカオに連れられて奥にある一角へと歩き出した。


 すぐに見えてきた最奥。


 その壁際にはハンガーがあり、中には一機のライトニング級。


 剛刃桜が鎮座していた。


「これは……この間のライトニング級……」


「そういや、一緒に戦ったんだったな」


「はい。危ないところを助けて貰って」


「……何か気付く事は無いか?」


 タカオが振り返って訊ねる。


「何か?」


「ああ、フィーリングでいいんだが」


 ユミナが機体を見上げて、僅か沈黙した。


「……何だか、悲しい感じがします」


「悲しい?」


「上手くは言えないんですけど、何となく……」


「そうか。悲しい、か……どういう事だ……いや、パイロットの思考じゃねぇとは思うが―――」


 タカオが顎に手を当てて視線を俯け、ブツブツと独り言を漏らし始める。


 その様子を横目に何か引き込まれるようなものを感じ、ユミナがそっと近付いて、手を表面装甲に触れさせた時。


 ブゥゥン。


 僅かに剛刃桜のモノアイへ光が灯る。


「!?」


 ユミナは自分が触っているモノから目が離せなくなった。


 頭部の装甲の奥。


 何かが彼女を惹き付け―――。


「其処までだ。ユミナ」


 バチンと静電気が弾けたような音と共にユミナが後ろに尻餅を付いた。


「嬢ちゃんどうした!?」


 タカオが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫だ。心配ない」


「アーテリアか。今、どうなった!?」


 いつの間にか。


 アーテリアが二人の横に浮遊していた。


「ア、アーテリアさん?」


 ユミナが驚きに目を見張る。


「不用意だな。タカオ」


「っ、済まねぇ。ヤバかったか?」


 タカオが手を差し伸べてユミナを立ち上がらせる。


「いや、危険な感じでは無かったが、何かされそうに見えてな」


「そうか……借りが出来ちまったな」


 タカオが反省したように頭を掻いた。


「あの、どういう事ですか?」


 ユミナが訊ねて、二人が顔を見合わせ、緩々と首を横に振った。


「それが私も知りたいんだ」


「そうだな。こいつが一体何なのか。そして、こいつが何の為に造られたのか。そいつをオレ達も知りたいんだ」


 二人の言葉にユミナが再び剛刃桜を見つめる。


「……今、その……触ってた時に少しだけ、伝わって来たんですけど」


「「!!」」


 二人が驚いた顔となる。


「何だか、沢山いました」


「沢山? いたとは、何がだ?」


 アーテリアの問いにユミナが首を横に振った。


「分かりません。ただ、複数だった、とだけ」


「複数……まさか、この機体……」


 考え込んだ騎士は二人にあまり近付かない方がいいと言い置いて、すぐにその場を去って行った。


 残された二人はその背中を見つめ、そのまま剛刃桜の下を離れる。


「お嬢ちゃん。悪かったな」


「いえ、あの機体に触れたのは私の勝手でしたから。こちらこそ済みませんでした」


「……一応、帰りに検査してもらえるよう医務室に言っておく。面倒だとは思うが、念の為に行ってくれ」


「はい。分かりました……その、一ついいですか?」


「ん。何だ? やっぱ、何処か具合が悪りぃのか?」


「いえ、違うんです。その……さっき、驚いてて言い忘れてたんですけど」


「何か分かった事があるのか?」


「……悲しい、じゃなくて……悲しくなる、違うかな。悲しくなりそう? 何だか、そんな感じでした」


「悲しくなる、なりそう……つまり、これからって事か?」


 コクンとユミナが頷く。


「分かった。気に留めておくぜ。ありがとうよ。だが、これからはオレがいない時にあっちへ近付くなよ? いいな?」


「はい……」


 二人が遠ざかっていく。


 その背中をもう光も無いモノアイはただ真っ直ぐに見ていた。


 置物のように。


 あるいは単なる抜け殻のように。


 ついにタカオもアーテリアも気付かなかった。


 天井のライトに照らされたユミナの影が僅か蠢いていた事を……。

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