Scene03「勝算足らずば」


 コレッツィ・アイノエフと男は名乗った。


 ナヨッとした体型。


 学者風の白衣。


 冴えない中年男。


 眼鏡の奥が妙に見通せない依頼者。


 紹介は勿論、現在絶賛契約中である白衣のオバサン


完全平和パーフェクト・ピース】倉庫の事務所兼寝所兼食堂で研究者と名乗った男は少年と少女の組み合わせを少しだけ意外そうに見つめていた。


「それで今回の依頼は?」


「え、えぇ……これです」


 少年の前で画像データが幾つか端末に表示された。


 半ば地下に埋まるようにして見える寂れた構造物。


 山の中腹程にあるらしく。


 傾斜地の途中に入り口がぽっかりと開いている。


「発見した遺跡は第一次大戦時のものだとの話です。東亜連邦が現存していた頃の研究所なのではないかと。我々にしてみれば当時のガーディアン開発を知る事が出来る稀少な研究資料。とはいえ、やはり簡単な予備調査の段階でも危険はあると判断しました」


 提示された情報を七士がしばし見つめた。


「……分かりました。では、今回の輸送と護衛、諸々の費用を貰ったデータから試算します。しばし、待って下さい」


「あ、はい……」


 テーブル上の電卓がパチパチと弾かれ、端末内に請求用の事項と値段がズラリと連なっていく。


 だが、それに目を通す事もせず。


 コレッツィは少年に愛想笑いを浮かべていた。


「いや、それにしても幸いでした。資金提供をして下さっていたあの方から貴方達を紹介されていなければ、どうなっていた事か」


「それはどういう?」


 電卓を弾きながら少年が声だけで訊ねるとコレッツィがにこやかに続ける。


「実は当研究所の台所事情はカツカツでして。いやぁ、お恥しい話ですが、貴方の紹介が無ければ、今回の予備調査は頓挫するところだったんですよ」


「……人員の輸送と護衛。それと車両の燃料費でこれくらいになります」


 ザッと軽く見積もっって提示した額が端末に示され、コレッツィが目を見張った。


「ほ、本当にコレだけでいいんですか? いえ、疑っているわけじゃありませんが、他のところとの差に驚いてしまって」


「普通の請負に頼めば、この四倍は掛かるでしょうが、個人経営なもので」


「それにしても、だ、大丈夫ですか?」


「ご心配なく。安いには安いなりの訳があります」


「どのような?」


「ウチはガーディアンを扱ってません」


「という事はミーレスを?」


 少年が頷く。


「武装は汎用兵装。それも機体は大量に出回っているライトニング級のみ。後、個人経営なので保険の類は掛けていません。軍事請負が仕事をする時、今のご時勢だと保険代だけでガーディアン並みだったりしますから。リンケージならば、その値段も跳ね上がる」


「は、はぁ、そちらに問題が無いなら、構わないのですが」


「では、書類をお持ち帰り下さい。此処でサインしても構いませんが、契約内容は事前にお送りした通りですから、一考の余地があります」


「……此処で契約させて貰えませんか?」


「いいんですか?」


 少年の問いにコレッツィが頷く。


 彼はちゃんと契約内容を読んでいたし、それが実際どういう意味を持つのかも理解していた。


 しかし、これ以上の値段で請け負ってくれる者は一人もいないとも分かっていたのだ。


 事前に郵送された契約書には四つの条項のみが記されていた。


 一つ。


 依頼者は依頼期間内において事業者が行なった如何なる行為に対しても沈黙を保ち、契約終了後も守秘義務を負う事。


 二つ。


 依頼者は依頼内容の結果に関わらず如何なる場合も事業者を訴えない事。


 三つ。


 依頼者は依頼に付属する全ての情報を事業者に開示する事。


 四つ。


 依頼者は契約時、事前に燃料費、弾薬類の雑費以外全額の支払いを済ませる事。


 明らかに普通ではない。


 判定するなら限り無く黒。


 そんな内容である。


 しかし、彼に話を持って来るのは現在の契約主である白衣の女。


 その紹介が殆どだ。


 長年の付き合いがある彼女が七士のマネジメントをしているのだから、彼に来る依頼は全て黒い契約内容でもまったく構わない、あるいは契約内容が守れる人間と判断された顧客ばかりとなる。


「……これで如何でしょうか?」


 コレッツィのサインを契約書にしっかりと認めて。


 少年が頷いた。


「では、四日後に」


「はい。今日はありがとうございました」


 手を差し出されて。


 しかし、七士は緩々と首を振って、握手を拒絶し、そっと頭を下げた。


 そうして【完全平和】を謳う貸し倉庫の主は新しい仕事を請け負う事となった。


 何処かソワソワと顔には出さないが、軍事目的で貢献したそうな少女の隣で……。


 *


―――鳳市高校2‐1窓際最後列。


 テロ組織ディスティニーの市街地襲撃から一週間。


 もう街も平穏を取り戻し、市民にも落ち着きが戻ってきていた。


 そんな中、一週間もなんやかんやで休んでいた七士が登校してきたのは早めに日常へ戻る為であったが、同時にこの数日仕込んでいた相手の評価を下す為でもあった。


「アイラ・荒那・ナヴァグラハです。よろしくお願いします」


 ペコリと朝から噂の美少女モデル体型転校生(贋)が頭を下げる。


 言うまでも無く。


 彼の家に寝泊りしている厄介事。


 アイラ・ナヴァグラハだった。


『お、おぉおお~~~』


 男子のどよめき。


『ぅ……』


 女子のうめき。


 前者は大まかに言えば、肯定的な響きが篭りまくっている。


 レベル高ぇだの、足細っそいだの、顔小っさいだの、読者モデルも裸足で逃げ出すんじゃねだの。


 賞賛と絶賛を二乗したかのような騒ぎようだ。


 後者は言うまでも無く。


 その声と視線に篭る妬み、嫉み、僻み、ついでに女として何か特別な事をしているのならば、聞き出してやるとの仄暗い感情に満ち溢れている。


 此処で可愛いねぇとか。


 どんなメイクしてるのとか。


 そういう偏見に満ちていない意見が見えないのは一重にアイラの美貌が現実離れしているからだろう。


 その上、愛想が無い。


 笑顔というものを少年は彼女に教えていたが、感情があまり動かない少女は微妙に使いどころが分からないらしく、愛想笑いすら出来るようにはならなかった。


 ただ対人コミュニケーションに付いては自信満々な様子であらゆる本を読んでいるので大丈夫と本人から言われていた為、少年は敢えてツッコミを入れていない。


 きっと、そういうものは人間同士のやり取りで学んでいくものであろうというのが彼の持論だったからだ。


「アイラさんは荒那の親類筋に当るそうだ。だが、紛争地帯での生活が難しくなった事から、移民としてこちらの学校に転校してきたとか。事前にこちらの常識には疎いとの話を保護者の方から頂いている。もしも、困っていたらクラス委員を筆頭に助けてやってくれ。以上だ」


 まだ三十代の男性担任が七士の横に空いている席を指定するとHRを始めた。


 サラサラと音がしそうな髪。


 切れ長の瞳。


 その涼やかな様子は良くも悪くも男女の心を捉えたか。


 休み時間になるとワッとアイラの席にはクラスメイト達が殺到した。


 男子はお約束の質問のオンパレード。


 女子は微妙に近寄り難いらしく。


 何処か遠目にアイラのスペックに付いて議論をしている。


「アイラさん!! 良かったら、ウチの部活見てってよ!! 女子部もあるんだ!!」


「アイラさん!! やっぱり、もうカレシいるの?」


「アイラさん!! 荒那の親類って話だけど、あいつとどういう関係?!」


「アイラさん!! 七士と一緒に登校してきたって聞いたんだけど、今何処に住んでるの?!」


 背景モブの群れに群がれながらも、少女はまったく迷惑そうな顔一つせず。


 冷静に質問へ対処していく。


―――すいません。まだ普通の生活に精一杯で……。


―――カレシとはどういう職業の方ですか?


―――七士さ……んとは私の生活の面倒を見て頂いている関係です。


―――住む場所が決まるまでは七士さ……んのウチに居候を。


 所々、様付けしそうになりながらも何とか上手く誤魔化しているアイラの様子に襤褸は出なさそうだと少年は知らぬ存ぜぬを決め込んでスヤスヤと貴重な睡眠を取り始めた。


 この一週間、ゴタゴタしていたせいであまり寝ていなかったのだ。


 夜になれば、仕事が入る日もある。


 ディスティニーのテロ以降も場所を変えて、白衣の女のエージェントとしての任務はこなしている。


 アイラが一々付いてこようとする度に日常生活に必要な情報の学習を言い渡した為、彼女は軍事的にはまったく活躍する場を与えられていなかった。


 それが前日の契約で護衛と輸送。


 それなりに手間が掛かる任務を受けた為、いつもは起伏に乏しい顔が少しだけ活き活きしているようにも見える。


 一言で言えば、浮かれている。


 その微妙な空気を読み取る七士にしてみれば、今現在クラスメイト達に答えている彼女の頭の中はきっと護衛対象を守る為の配置や武器弾薬のチョイスの事で一杯だと分かった。


 ハイキングでもあるまいし。


 バナナはおやつに入りますかどころか。


 スタングレードは何個までですか。


 と今にも少年へ聞いてきそうなくらい雰囲気は浮付いている。


(……どうしたものか)


 あまり朝食を取らない七士は彼女が来て以来、毎朝食事している。


 新妻やメイドの極意を体現するアイラの行動は妙に完成度が高い反面、微妙な機微が分かっていなかったりするので、素直に喜ぶだけでは終わらせられない。


 最も顔を覆いたくなったのは洗濯であろうか。


 七士は基本的に一人身である為、衣服の洗浄はコインランドリーか倉庫に据え付けてある小さなドラム式の洗濯機を使う。


 その彼の日常の一コマが奪われた結果。


 彼の下着とアイラの下着は一緒に洗濯機に掛けられ、一緒に干され、一緒に畳まれてアイロンを掛けられる事となったのである。


 更なる問題が発覚したのは洗濯物の中にアイラのブラジャーが無かった事だ。


 事前に買い与えていたものは使われる事もなく彼の衣服と一緒にクローゼットへ仕舞われていた。


 思わず胸の下着はどうしたと聞いた少年に返った答えは凡そ日常からは程遠い単語に満ちていて。


 モデル体型少女曰く。


 クロスコンバットの邪魔になる下着は付けた事が無い。


 また、防弾ではない為、改造費を申請しようと思っていた云々。


 何とか日常に溶け込む都市迷彩としてブラジャーが必要だと説き伏せた彼は妙に彼女から尊敬の眼差しを受けてしまうという椿事ちんじを体験した。


 もしも、説得に失敗していれば、世にも珍しい男性垂涎の的。


 巨乳ノーブラJKという如何わしいフレーズが現実になっていただろう。


 きっと知られれば、余計な事を……と男子クラスメイト達から怨嗟を受けるに違いない。


 そこまでの長い道のりを遠い目で思い出しながら、少年の意識がゆっくりと喧騒の中で溶けていく。


 結局、うんともすんとも言わない七士の居眠りは教師達が諦め、放課後の鐘がなるまで継続された。


 *


―――0700時イヅモ特区立ち入り禁止区域上空。


『でね~。その地域一帯が何やらアビスの反応を出してるらしいのよ~~』


「はぁ、そうですか。チトセさん……」


『でもぉ~、っひっく、所有権自体は国じゃなくて今も個人にあるとか何とかで全然上が調査の話を相手に掛け合ってくれないのね? どうやら面倒な相手が持ってるらしいんだけど、伝手を頼ってこ~~何とか。何とか情報を仕入れてみたら、どっかの研究所が第一次大戦時の発掘予備調査するらしいじゃない。こりゃ、何かあるなぁ~っておねーさんは思うわけ!!』


 二日酔いらしい。


 鳳市フォーチュンを牛耳る気の良い酔いどれお姉さん事。


 チトセ・ウィル・ナスカ。


 三十路寸前でありながら、未だ酒さえ入っていなければ二十代前半で通るだろう美貌は今日も変わらずほんのり頬が赤かった。


 その豊満な胸元とズレ掛かった軍帽。


 小脇に抱えた酒瓶がいつもと代わらぬダメ人間を演出している。


 第二次大戦時、これが難民を抱えた練習艦で最後まで生き残った豪傑であるというのだから、世の中はまったくもって不可思議に満ち満ちている。


 今や鳳市の平和を守る秘密組織の長に収まる酒豪は何処か不満そうに愚痴っていた。


 鉄宗慈くろがね・そうじ璃瑠りる・アイネート・ヘルツ。


 鳳市フォーチュンの中でも若手のホープである二人が今回の任務に駆り出された経緯がとりあえずスルメ片手の酔っ払いから語られる図はシュールだ。


 話を真面目に聞いている璃瑠の瞳は呆れて半眼になっているし、宗慈の顔はもう諦めを通り越して悟りの境地に達しているような感すらある。


『で、よ。貴方達二人に極秘潜入調査を行なってもらってるわけね? 一応、ステルス用の塗料は塗ってあるから、ガーディアン用のレーダーにも早々映らないでしょうけど、なるだけ慎重にね。言うまでも無いけど、大っぴらに動いているのがバレるとおねーさん肩身狭くなっちゃうのよ』


「分かりました。そこは重々気を付けます。で、その研究所ってのは一体何なんですか? 第一次大戦の研究って言うとロクなものが思い浮かびませんけど」


『あ~うん。第一次大戦時のガーディアン開発史を紐解いてるとか。そういうマイナーな史実発掘系の機関なんだけど、それがどうもキナ臭いのよねぇ』


「大戦の技術を発掘して横流ししてるとかですか?」


『ん~~そういうのとは違うの。何て言うか。パトロンの方が、ね』


「隠れ蓑にされてると?」


『あはは、そこまでは分からないけど、少なくとも怪しい資金の流れがあるのは確かよ。この数年、資金難で閉鎖の危機にあったマイナー系研究所が細々とではあるけど、活動を継続出来たんだもの。ま、何も無ければ別にいいのよ。何も無ければ、ね』


 明らかに何かあると確信するからこそ彼等を送り込んでいるチトセの笑みに宗慈はポリポリと頬を掻いた。


「分かりました。まずは偵察と監視を徹底します。ただ、オレの機体は特性上、偵察任務には向いてません。現地に着いたら、璃瑠に先行偵察させて、何かあるまでは後方待機でいきたいんですが、良いですか?」


『お~け~お~け~マジ、OKよ。うぷ……じゃ、後は任せたから。そろそろ無線封鎖するけど、何かあったら遠慮なく増援送れって言って頂戴。たぶん、付くのは一時間後くらいだろうけど』


「はぁ……分かりました。じゃ、後はこっちで何とかします」


『じゃ~ね~。あ、ね~誰かコンビニで肴買ってき―――』


 通信が途切れる。


 最後まで一言も発さなかった璃瑠が自分達の総指揮官の体たらくに何だか一言物申したそうな顔をしていたが、詮無い事だと諦めたのか。


 まるで通信なんてしていなかったかのように宗慈へ話し掛ける。


「任務は了解したわ。でも一つだけ」


「何だよ?」


 璃瑠が微妙に視線を細めた。


「貴方、重いわよ」


「なッ、し、仕方ねーだろ!? こっちはスーパー系なんだから!!」


 森林が続く一帯を低空飛行している彼等の機体の位置関係は明らかに積載量オーバーに見えるコスモダインを可変機構を作動させて空戦モードになったヴォイジャーXが運ぶという図だった。


 本来ならば不可能だろうユニオンがスーパーを運ぶという無茶振りはヴォイジャーXのブースター位置に増設された大きめの反重力ユニットによって辛うじて支えられている。


 本来ならレーダーに丸映りだろう巨大な反応を無理矢理塗料で誤魔化しているのだから、チトセがこの任務を如何に重要視しているのか分かろうものだ。


 無理をさせてでも監視しなければならないと彼女は考えていたに違いなかった。


「そろそろ当該空域に入るわ。コスモダインは降りたら、大人しく待ってて。何かあったら予定通り、こっちから連絡を入れるから」


「ああ、頼むぜ。璃瑠」


「え、ええ、当たり前よ。これは任務なのだから」


 鉄の巨体が下のヴォイジャーXに傷を付けないよう。


 そっと地面へと降り立つ。


 その超重量から幾分か土埃が起ったものの。


 それが誰かに悟られるような気配も無く。


 更に高度を下げたヴォイジャーXは機体を安定させると一気に加速した。


 それを見送る宗慈は本当に何も無ければいいと願わずにはいられなかった。


 仲間達が遠くにいて駆け付けるのに時間が掛かる任務は苦手の部類。


 その力を信じていても間に合わないかもしれないという焦燥がいつも彼の中にはある。


(無茶するなよ……璃瑠……)


 コスモダインはそっと身を屈め。


 次なる躍動に備えて静かに待機し始めた。


 *


 コレッツィを小回りの利く小規模なトレーラーに乗せて山岳部の中腹、遺跡の内部まで送り届けた七士は小さな違和感を感じて薄暗い廃墟の中で顔を上げた。


 その横ではコレッツィと他数人の白衣の研究者達が専用の機材を抱えて大きな合金製の扉と思しき場所を熱心に観測している。


 彼等から数m離れた位置にはアイラが直立不動の置物と化していた。


 その腰のホルスターにはオートマチックの拳銃が一つ。


 だが、その中身がゴム弾である事は研究者達も知らない。


 彼が今回の依頼にアイラが付いて来る時の条件として持ち出したのが実弾の不所持だった。


 どうしてだと聞いてくるアイラに都市部での死亡者を出す任務は長期の潜入時はあまり受けるべきではない。


 そして、それが必要な場合なら事が露見しても言い訳出来る装備を使うのが常套手段だと当たり障りの無い事言葉で説得したのである。


 これに納得した彼女は実弾こそ持っていないが、サバイバルナイフを体中に数本、予備弾倉四つ、スタングレネード三個という装備に身を固めている。


 それは七士にしても同様だった。


 実弾を持ってきていないわけでは無かったが、対人戦を想定した場合なら、鉛弾が必ずしも必要なわけでも無い。


 仄暗い場所で商売をしている関係上、あまり死人を出すような事は避けるべきという判断もあったが、それ以上に日常に銃弾を持ち込むのは彼の流儀に反した。


 本当に撃つ時は相手が自分を殺しに来る時のみ。


 無闇に殺さなければ、余計な恨みを買って追われる事も少ない。


 これは七士にとっての処世術に近いかもしれなかった。


「主任!! 開きました!!」


 白衣の男の一人がそう言うと確かにガチンと音がして、ゆっくり外側へと扉が開いていく。


「先導をお願いします。対人防衛機構が生き残っていないとも限らないので」


「了解」


 少年が目配せするとアイラが研究者達の前に立って暗い扉の内部をバイザーに備え付けられた観測機器で精査した。


「……電源は生きていないようです。対人センサーの反応はありますが、どれもこれも破損しているようです」


「後ろに付く。前衛は任せた」


「了解しました!」


 アイラは七士が背後に付いた瞬間、歩き出す。


 拳銃を手にして少しずつ前へ。


 安全だと分かった通路を通って研究者達が二人を追って奥へ進んで行くとやがてだだっ広い倉庫らしき場所へと行き当たった。


 内部はペンライト程度ではまるで照らし出す事が出来ず。


 後ろから機材を抱えてやってきた研究者達の大型ライトが照らし出して初めて、その本当の姿が現われる。


「これは!!? や、やりましたね!! 主任!! 大発見!! 大発見ですよコレは!!?」


「あ、ああ!! ああ!!? これで我々の学説が正しかったと学会にも証明出来る!! 研究所も救われたぞ!!?」


 コレッツィを筆頭に興奮する研究者達の前に映し出されたのは無数の機体群。


 軽く数百機はあるだろうガーディアンの群れだった。


 その数mという小さな躯体。


 僅かにイヅモ特有のディティールが含まれた姿。


 それは昔の武人が着た甲冑のようにも見える。


 その腰に下がった刀と独特の姿は正に第一次大戦時に量産された今もブラックマーケットに流通する機体。


 G6M5雷剛。


 いや、その中には更に大型化しているものあり、後継機G7G2剛刃の姿もあった。


「………」


 少年が瞳を細め、アイラは周辺の探索を続けて内部がどうなっているのかを詳しくマッピングしていく。


 そのデータがバイザー越しに反映され、七士の瞳には倉庫の全体像が浮かび上がった。


「私達が探していたのは東亜連邦が実は第一次大戦終結直前、旅団規模の大軍団を編制していた、という事を証明してくれる物品だったんです!! これで我々の説は正しいと証明される。やはり、東亜連邦はあの当時、まだ戦うだけの余力を残していた。それがアビス兵器による混乱で戦線に部隊を投入する前に世界が崩壊してしまったんでしょう。うぅ……皆もご苦労だった!! 我々の研究にもこれで一躍光が当るはずだ!!」


 コレッツィの言葉に研究者達が涙ぐむ。


「主任!! 奥の方から“ALTIMA”とは違いますが、大きな金属反応があります」


「観測班は此処でデータを収集。お願いします」


 更に奥へ進もうとコレッツィが申し出る。


 七士が頷いた。


 途中、周辺を入念に調べていたアイラが倉庫内の埃を被ったガーディアン達を僅か沈黙して見つめていたが、すぐ二人の元へ戻った。


 そのまま三人はコレッツィを最後尾にして遺跡の奥へと入り込んでいく。


 バイザーで共有される倉庫内の設備は錆びてこそいたが、未だに原型を留めていた。


 最も奥の突き当たり。


 其処に辿り着いた時、コレッツィが思わず息を呑み込む。


 まるで神を祀る壇のような。


 あるいは棺桶のような。


 巨大な円筒形の物体が周囲に機体を配置されて鎮座していたのだ。


「これは……まさか、東亜連邦はライトニング級以外にも……だ、大発見になるかもしれないぞ!? す、済みません!! この物体を調べて貰えませんか!? たぶん、この中にはガーディアンがあるはずです!!」


 アイラと七士が巨大な鋼の箱の表面をペンライトで照らし、バイザーの暗視装置を使って調べていく。


(……銘が彫ってあるな……E……G……Z……何の略だ?)


 コレッツィが興奮気味に錆気味の表面に触れて子供のような笑顔を浮かべては写真を撮っていた時だった。


 ゴゥン。


 そんな音が倉庫内に響き渡る。


「七士様。倉庫外からの衝撃のようです」


「分かった。所員達の避難を優先。機材は置いていかせろ。車両を確保した後、後退。こちらは場合によってはミーレスを出す!!」


 こういう遺跡にありがちな防衛機構が作動したとするなら、戦いはガーディアン戦と相場が決まっている。


 依頼者達の安全と退路を確保する為、二人がコレッツィと研究員達に指示を出して倉庫内から退避を始めた。


 *


『こちらヴォイジャーX!! コスモダイン!! ただちに現場へ急行を!! アビスゲート確認!! 繰り返します!! アビスゲート確認!!』


 璃瑠が目的地と思われる遺跡付近を目視で観察していた時。


 山間部の稜線付近の上空に大きな黒い歪を見つけたのは完全に偶然だった。


 というのも、アビスゲートの反応がヴォイジャーXの観測機器に殆ど引っ掛からなかったからだ。


 それが一体どうしてなのか。


 まるで状況は把握出来ない。


 しかし、遺跡と思しき場所の周囲に止まるトレーラーが見えていた事から、発掘チームがやらかした可能性が高いと判断した彼女は躊躇無くコスモダインへと救援要請を送った。


『こちらコスモダイン!! くっそ!? だから、チトセさんの勘は当てに成り過ぎるんだ!!? 今、行く!!』


『救援要請は出したわ。すぐにとはいかないだろうけど、援軍は来るはずよ!!』


『ああ、じゃあ、増援連中が来る前にオレ達が仕事を失くしてやろう!! やるぞコスモダイン!!』


 遠方でバーニアを吹かしながら高速で移動する土埃を確認し、璃瑠がアビスゲートと遺跡の中間地点で滞空し、出方を伺う。


(このゲート……今開いたもののようには感じない……まさか、何らの方法で封印されていた?)


 直感的にそう感じた彼女が遺跡をチラリと見やる。


 もしも、そうであれば、ゲートを封鎖していた何かに異変があったと考えるべきで。


 調査している所員達が一体何をしているのかが気になった。


(今はいい……とにかくこのゲートから出てくるアビス獣を片付けないと)


 そう彼女が気を引き締めた時。


 ドシュンとゲート内部から突然、触手のようなものが伸びた。


「?!」


 咄嗟に回避したものの。


 突如として行なわれたアンブッシュ攻撃が機体後方のバーニアを一部掠めた。


 ゴガガガガガッ。


 ギリギリで避けたはずが、コスモダインを運ぶ為のユニットを詰んでいた為、避け切れなかったのだ。


 機体が側面から安定を失って落下し、山肌を削って木々を薙ぎ倒す。


「ぅ……増設ユニットパージ。機体ダメージを算出……」


 すぐに体勢を立て直してAL粒子の出力を上げたヴォイジャーXが背部ユニットを捨てて立ち上がる。


(バーニア出力が45%ダウン。他にも関節部に若干の負荷が掛かってる。これじゃ、変形は当分無理)


 ズルリ。


 彼女の眼前で稜線の上のゲートが拡大し始めた。


「何?! こ、こんな?!」


 璃瑠が動揺したのも無理は無い。


 アビスゲートは本来、開き切っていなければ、膨大な力を出力しない。


 だが、急激に拡大した稜線上の裂け目は一瞬で100m以上まで拡大すると機体表層を撫でる程度とはいえ。


 爆風を放ったのだ。


 後ろにある遺跡を意識して、AL粒子の盾が展開される。


 そして、後部カメラが遺跡から出てきた人影を複数捉えた。


『こちらフォーチュン!! 一般人は速やかにこの地域から退避してください!! アビス獣の出現を確認しています!!』


 その声に驚いた様子でトレーラーに乗り込んだ所員達が山肌をまるで落下するようなスピードで下っていく。


 それを見届けて、彼女は自分を攻撃して来た触手の主が裂け目から這い出るのを目撃した。


 ズ、ズズ、ズゥン。


 静かな落着。


 しかし、その目標が100mに達する巨躯だと知れば、相手がどれだけの能力を秘めているのか分かろうものだろう。


『到着したぜ!! こいつが?! デケぇ!? それにこの惨状!? ゲートが開き切ってるのか?!』


 コスモダインがようやく中腹まで駆け上がってくるとヴォイジャーXの横に並んだ。


『分からないわ。本来開き切っているなら、私達のガーディアンだってただじゃ済まないはずだもの。でも、爆風はこの一帯を破壊し尽すようなものじゃなかった。完全に例外イレギュラーよ!!』


『なら、こいつを倒しちまえば、何とかなるかもな』


『倒すって、こんな大物二人で倒せるわけが?!』


『倒せるか。倒せねぇかは問題じゃねぇ!? やるかやらないかだ!!』


『―――貴方は本当に向こう見ずだわ。でも、そうね。私達はフォーチュン……アビスを狩る者だものね』


『行くぜ!! 相棒!!』


『ええ!!』


 二人の機体が同時に飛んだ。


 全体的に茶褐色の装甲版にも見えるフラクタルな鱗を持った蜥蜴。


 鈍重な図体は素早そうには思えない。


 しかし、問題はその大きさと恐ろしく厚そうな肉体の幅だろう。


 どれだけの攻撃を叩き込めば相手を破壊出来るのか。


 少なくとも四足獣のような形態ではあったが、生物というには相手が大き過ぎた。


『ロケットパァアアアアアアアアンチ!!!!』


『ミサイル発射!!』


 コスモダインの肘から先が火を噴いた。


 加速した拳が真正面から相手の装甲を捉え、凹んだ部分にヴォイジャーXの全身に詰まれたミサイルポッドから小型中型のミサイルが数発ぶち当たり、大爆発を起こす。


 その爆風に煽られた両腕を取り戻したコスモダインが未だ冷めやらぬ攻撃箇所の赤熱した装甲へと突撃を掛け、跳んだ。


『貫けぇえええええええええ!!!』


 大物に対処する時、最も重要なのは相手の防御力を上回る攻撃を連続で叩き込む事だ。


 直上まで上昇したコスモダインの全重量が落下速度とバーニアの出力を加算して、僅かに歪みを残している装甲の一部へと爪先から炸裂した。


 ドッゴォオオオオオオオオオ!!!


 激音。


 100mの巨体がその一撃の圧力に負けて膝を付いた。


 足の半ばまで埋まった状態でトドメの一撃とばかりにコスモダインの胸部エンブレムが紅に耀く。


『クライシィスゥウウウウウ!! バッァアアアアアアアアアアアアン!!!』


 ビュルゥオオオオオオオオオオオ。


 全力照射された熱量が一部崩壊した装甲内部へと突き刺さり、そのまま周囲を赤熱化させていく。


『離脱!! 今だ!!』


『全弾発射ッッ!!!!』


 装甲の亀裂の内部から吹き上がる触手の群れに絡め取られるより先にコスモダインが離脱し、其処へミサイルが雨霰と降り注いだ。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ。


 連鎖する爆発に赤熱し、今にも崩れ落ちそうになっていた装甲が破砕され、内部を露出させてそこも容赦なく爆風が抉っていく。


 グォオオオオオオオオオオオオオン。


 断末魔か。


 アビス獣の雄叫びが周囲の焼け爛れた木々の間を渡る。


『やったか?』


『まだよ!? 高エネルギー反応?! 避けて!!』


『?!』


 その警告に咄嗟の回避運動マニューバーでコスモダインが距離を取った途端だった。


 爆発に抉られ、今にも崩壊寸前と思えた四足のアビス獣の肉体内部から強烈な光が吹き上がって乱舞した。


 遥か上空を流れていた雲がその耀きに断ち割れて消し飛び。


 山岳部の一部が瞬間的に削れて土砂崩れを起こす。


『い、今のは何だ?! あいつ!? 体内から攻撃して来たぞ!?』


『いえ、違うわ!? あいつの攻撃じゃない!! もう一つのアビス獣反応を確認!! 鉱物科の寄生タイプよ!?』


『最初から二体だったってのか?!』


 距離を取った二人のカメラ映像には巨体内部に存在する大規模な針山の如き硬質の砲門とそれを守るように吹き上がる触手の群れが映っていた。


『どうやら、巨体の殆どはあの鉱物科が占めているみたい。これは寄生しているというより支配している?』


『どっちだって構やしねぇ!! あいつの弱点は!?』


『解析してみたけど、巨獣科のアビス獣はどうやら内部構造がスカスカみたい。でも、その分、早くて軽い。たぶん、大重量を運ぶキャリアー能力に特化してるんだわ。内部にいる砲台タイプは凄いエネルギー値を示してる。だけど、単体での移動方法は無さそう。これは……まず足を潰して、移動を阻止。その上でどうにかしてあのハリネズミみたいな火砲と触手を掻い潜って致命傷を与えるしかないと思う』


『ミサイルの残弾は?』


『予備弾倉を二つ持ってきたから、まだ戦えるけど、長期戦になれば、こっちが不利よ』


『なら、オレが突撃する。璃瑠、お前はコスモダインに直撃する攻撃だけをミサイルで落としてくれ』


『……分かったわ』


 宗慈が如何に危険な事をしようとしているのか理解して。


 それでも今はそれしかないと璃瑠は通信越しに頷いた。


『行くぞ!!』


 コスモダインが攻撃の薄い背後の左脚部へと突撃を掛ける。


 すると、ウネウネと周囲を漂っていた触手が敏感に反応して吹き伸びた。


 しかし、手はず通りミサイルが装甲にぶち当たるものだけを吹き飛ばしていく。


 凡そ十五秒の突撃。


 巨躯を支える足の下まで到着したコスモダインが再び胸部のエンブレムを耀かせる。


『クライシスゥウウ!! バァアアアアアアン!!!』


 先程の最大出力よりは幾分か威力が弱いものの。


 後三つの足を破壊する為のエネルギー残量を計算した宗慈が零距離から熱線を放った。


 急激に熱膨張で膨れ上がった後ろ足が爆発する。


『次ぃ!!』


 その勢いのままに突撃し続けるコスモダイン。


 自分も攻撃してくる触手を掻い潜りながら、ヴォイジャーXの援護は続けられた。


 その結果。


 五分後には全ての足を破壊する事に二人は成功する。


『やったぞ?! これで後は背中のハリネズミ野郎だけだ!!』


 その一瞬の気の緩みを突かれたか。


 バギィイイイッと一本の触手がコスモダインの左肩を打ち据え、吹き飛ばした。


『ぐぁあああああああああああ?!』


 細く見えても威力は絶大だった。


 山肌を削って鋼の巨躯が木々を薙ぎ倒し、岩壁にぶつかってようやく止まる。


『宗慈!!』


『ク、ソ……ああ、見えてパワーが有りやがる。絶対にお前は食らうなよ!! ぐッ、っう』


 機体の体勢が立て直されるも、コスモダインの関節が大きなダメージを受けた事が璃瑠にも分かっていた。


(あの機体の状況じゃ、あいつの攻撃を掻い潜って致命傷なんて与えられない!? どうすればいいの!!? それにもう残弾が少ないのに?!)


 状況は悪化しつつある。


 市街地方面への進軍は留められたが、それにしても未だ敵の攻撃力は健在。


 機体の損傷具合から言っても、一度体勢を立て直す為に後退する事も視野に入れねばならない状況だった。


『援護、してくれ……まだクライシスバーンのエネルギーは残ってる……っ、零距離からの一撃ならさすがに低威力でも相手の砲撃のエネルギーを巻き込んで破壊出来るはずだ』


『で、でも!? そんな機体の状況じゃ!! 此処は一端引きましょう!! 増援が来れば、彼等と一緒に―――』


『それはもう考えた。だが、ダメだ』


『どうしてよ!?』


『あの最初の砲撃の威力を見ただろ? あれがもしも曲射出来る類のものだった場合、近くの市街地まで届き得る。今、砲撃が止んでるのはオレ達の妨害を警戒してるからのはずだ……』


『?!』


 言われて見れば、その通りだった。


 璃瑠はいつの間にか冷静さを欠いていた自分に気付いて唇を噛む。


『来るぞ!! 構えろ!!』


 コスモダインとヴォイジャーXに触手の波とでも言うべき波濤の如き攻撃が襲い掛かった。


『く、ご丁寧に退路まで断ちに来てやがる!? オレの事はいい!! 危なくなったらミサイルを使え!!』


『でも?!』


 ドゴォオオオオッ。


『ぐあぁあああぁあ?!!?』


『宗慈!!?』


 コスモダインがその巨躯のあちこちに触手の殴打を喰らい、まるで糸の切れた人形の如く吹き飛んでいく。


『チッ!? 見透かされてるな?! トドメの一撃を此処で使えって誘ってんのかよ!?』


 璃瑠が全天モニターの端に浮かぶ宗慈の額から血が流れているのを見て、青褪めた。


『大丈夫なの!? 重症なら撤退して!!』


『此処をお前一人で支え切れるわけないだろ!? 踏ん張るのはオレだ!! お前こそ後ろに下がれ!! ヴォイジャーXの装甲じゃ、二度も受け切れねぇ!!』


 未だ増援は見えない。


 通信も入らない。


 敵の圧倒的な姿に拳を握るしか現状出来る事は無かった。


 攻撃を避け続ける事も関節部を中破したコスモダインでは後何秒出来るか。


 ヴォイジャーXも触手の物量に圧されていた。


 例え、回避し続けられたとしても、攻撃手段が無ければやがてはジリ貧になるのが見えている。


 二人の間に掛かる沈黙を他所に彼等を囲むよう触手達が展開されていく。


「え?」


 コックピット内で璃瑠は観測機器の一つが捕らえた音に何処からだと顔を上げた。


 駆動音。


 それはローラーによる高速機動を行なう機体の音色だ。


『まさか、増援!? こんなに早く!!』


 歓喜の色を宿した彼女がカメラの映像がズームされた先からやってくるものを見て、僅か困惑した。


『増援じゃ、無い?』


 少なくともフォーチュンにいる機体ならば、幾らか見覚えがあるはずだ。


 しかし、璃瑠の瞳に映ったのはガーディアンですら無かった。


『ミーレスだと!? 何処の馬鹿だ!!? グレイハウンドの劣化版じゃ、一撃当たれば死ぬぞ!?』


 オープンチャンネルで事実を告げた宗慈に返る言葉は僅かな苦笑のみ。


 突如として現われた敵機にアビス獣はまるで興味も無いかの如く。


 一本触手を吹き伸ばした。


 それも地面の下から。


 すぐ地下からの一撃を察した璃瑠が声を上げようとしたが、全ては遅く。


 瞬間的なクイックターン。


 突撃を続けながら左に一回転しつつ真下から吹き伸びる触手をミーレスが避けた。


『『?!!?』』


 市街地戦の為に開発された全長数mしかないライトニング級の綽名は基本的に良くも悪くも体を現している。


 小回りの利く火薬庫。


 あるいは火薬庫と呼んで棺桶。


 大火力を持ち運ぶ小型機は異様な程に防御力が低く、場合によっては携行火器にすら撃破されかねない装甲の薄さを誇る。


 実際、第二次大戦では対物ライフルの弾丸一発で内部の人間を射殺された事すらある為、その生存率の悪さは折り紙付きだ。


 そんなガーディアンであるライトニング級。


 その更に劣化版であるミーレスならば、実際にはマグナム程度の口径でも場所によっては貫通する可能性がある。


 機動する為の最低限の設備と相手を殺し切る大火力火器、全てを運ぶローラーが破損した時が寿命。


 これでアビス獣に突撃を掛けるとしたら、そいつは真正の馬鹿か。


 あるいは完全な死にたがりの狂人だろう。


 が、そんな理屈を超えた機動が彼等の前で展開されていく。


 次々に真下から吹き上がる触手がまるで最初から場所が分かっているかのように佳麗なターンに次ぐターンで回避された。


 真横に吹き伸びた触手は枝分かれして全天を覆ったが、ミサイルの一発で開けられた孔を高速ですり抜けるという荒業で突破。


 更に四方八方背後から上下から襲ってくる触手の群れの大半はその触手自体に打ち込まれたワイヤーによる三次元機動によって避けられた。


 さすがに焦ったか。


 今までコスモダインとヴォイジャーXを遠巻きに包囲していた触手達も引いていき。


 残り数十mと迫った脅威に向けられた。


 砲口の幾つかかがビキビキと割れて変形し、真横に作り変えられて、散弾状のエネルギー弾を射出する。


 それはグレイハウンド・ミーレスを追っていた触手達すらも巻き込んで穴を開けたが、狙われた機体は一瞬で地表から生えた触手にワイヤーを打ち込み、その上をローラーダッシュで駆け上がっていた。


 無数の触手がワイヤーを切り離して空中で無防備な敵へと殺到する。


 だが、その殺到する触手の一本の上に曲芸並みのバランス感覚でローラーが乗った。


 高速移動出来たとしても触手と弾幕の密度は機体を削る。


 それが普通に考えれば、ミーレスの最後になったはずだ。


 しかし、弾幕の一部が両手に持たれていたロケットランチャーの一撃で相殺され、その開いた穴にミーレスは突撃していく。


 この時点で距離20m。


 勝負あったかと思われたが、アビス獣は狡猾に穴が開けられる事を予め想定していたのか。


 穴の先に二段目の触手の群れを用意していた。


 攻撃したとしても触手に防がれる。


 しかし、逃げようとしたところで全ての退路は塞がれている。


 故に諦めろと言わんばかりの刺突。


 ドシュッ。


『なッ?!』


 コスモダインの中で思わず宗慈は目を剥いた。


 ミーレスの両腕がまるで彼の機体が行なうように両腕を切り離して前方に加速したのだ。


 その手には未だ残弾の残るロケットランチャーが持たれている。


 無論、それが再び機体へと接合する事は無いだろう。


 それでも、そのような状況にあっても、速度は緩まなかった。


 直撃。


 爆風。


 再び出来上がった穴の中を自分の攻撃による熱量で装甲表面を溶かされながら、ミーレスは突破する。


 そうして零距離となった時。


 両肩にマウントされていたミサイルポッドが全弾発射され、全ての弾体が一番大きな砲塔の根元に殺到した。


 チュゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――!!!!!


 炸裂時、砲に集められていた高エネルギーが暴発し、触手が根元から弾け跳んでいく。


 それを見届けず。


 ミーレスは両腕の無いバランスが極度に取り辛いだろう状態にあっても速度を一切落とさずに次々破裂する触手を掻い潜って安全圏まで離脱する。


 機体が止まったのは更なる大爆発がアビス獣の中央を吹き飛ばした時。


 だが、さすがに全ての力を使い切ったのか。


 機体の各部から煙が上がって、全身が倒れ込む。


 胸元が炸裂式のボルトで強制的に開くと内部から操縦者が転がり出て、一目散に機体から離れた。


 爆発。


 正に全ての機能を極限まで磨耗させたグレイハウンド・ミーレスが寿命を全うして炎に包まれていく。


『………』


 逃げ出した時の機敏さとは裏腹にゆっくり地面から起き上がった操縦者がヘルメットも取らずに空を見上げると腰に刺してあったトランシーバーを弄り、二人に話し掛けてきた。


『気を付けろ。まだ、終わってない』


『?!!』


『見て!! アビスゲートが!!?』


 彼等が見たのは山の稜線上にある巨大な亀裂の中から大きな腕が、亀裂そのものの直径程もあるだろう腕が、ヌゥッと迫り出すところだった。


『おいおい?! まさか、km級のやつが現われるってのか?! この機体状況じゃ?!! くッ!?』


『―――宗慈!! 増援からの連絡が入ったわ!! 今、現在六機がこっちに向かってきてる!!』


 彼等が逃げ出すよりも先に巨椀が真横へ大地を浚うように振られた。


 その恐ろしく長い腕は確実に1kmを超えている。


 咄嗟に操縦者を助けようとしたコスモダインは走ったが、後ろから迫る壁としか言いようの無い脅威に追い付かれ、間一髪ヴォイジャーXに背後から抱き抱えられて飛び上がった。


『璃瑠!!?』


『今、やらなかったら!! 貴方の機体バラバラになってたのよ!?』


『く、そぉおおおおおおおおおおお!!!?』


 彼等の前で土砂と土埃が舞い上がり、その最中へ操縦者は消えた。


 *


 ………自分の死というものがもしもあるならば、それはたぶん薄汚い戦場の泥に塗れてか。


 あるいは何処とも知れぬ真空に放り込まれた末のものだと彼は随分前から思っていた。


 よくある話だ。


 ベテランと呼ばれるようになった人間が一瞬で運命の女神から見放されるなんて事は。


 彼は一兵士として自分が高度な技能を獲得している事は疑わないが、死神の鎌に捕らえられている事も疑っていない。


 いつでも死ぬ可能性は考慮していた。


 それが老衰だとか病気だとか日常的に負った怪我の末のものならば、それはとても喜ばしい結末とすら思っていた。


 だが、やはりこうなったかと。


 年甲斐も無く張り切り過ぎた自分の末路を嗤う。


 本来なら心残りなんて在りはしない。


 あるはずもない。


 散々殺したし、散々戦った。


 人生の蛇足を愉しんでいたのだから、唐突に時間切れを宣告されても別に構いはしなかった。


 そのはず……だった。


 けれど、浮かぶのは……少女の顔で。


(ふ、今更に未練か。人間儘為らないな……)


 暗闇にある彼が苦笑気味に拳を握った時だった。


 光が閉じた世界に差し込む。


 上を見上げれば、其処には未だ彼の命令を忠実に守り続けているアイラの姿があった。


 その顔に浮かぶのはどうしてか。


 焦燥。


 帰らなければ、いつまででも待機していそうな、見捨てられた子犬のように佇む姿が印象的だった。


 その映像に手を伸ばそうとした彼の前に耀きが溢れる。


 何処からか汲み出された熱量。


 波動が世界を包み込んでいく。


「………倒せ、だと?」


 語り掛けてくるのは気配だ。


 それが一体何なのか。


 彼は知らない。


 ただ、光の先から現われた映像に彼は“ああ”と思う事しか出来なかった。


 鋼の棺桶。


 40m弱にもなるだろうソレが内部からAL粒子にも似た燐光を吹き上げ、彼を呼んでいた。


「力はくれてやるという事か」


 肯定。


 しかし、それは語らない。


 示すのみだ。


「いいだろう。ならば、これは契約だ。だが、一つ覚えておけ」


 世界を包む気配。


 それに男は、今は七士と名乗る少年は、鋭い眼光を投げ掛ける。


「傭兵が戦うのは何も金と命の為だけじゃない。戦い続ける為に、己の誇りを守る為に、存在の証明をこそ、オレは望む……貴様の銘を教えろ!!」


―――EGZ《エクストラ・ガーディアン・ゼロ》。


「ならば、往くぞ!!!」


 少年が、男が、彼が、脳裏に流れ込んできたソレの、開発者達が名付けた真名を叫ぶ。


「ゴォオオオオオオオオオオオジンオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 AL粒子、ではない。


 緑炎が螺旋を描いて天に吹き上がった。


 *


『こ、今度は何!? こ、高エネルギー反応を遺跡から感知!! また何か来るわ!!』


 巨椀の攻撃を何とか凌ぎ切ったコスモダインとヴォイジャーXが地面に着陸し、距離を取ろうとしていた時だった。


 山岳部の中腹にある遺跡が吹き荒れる緑炎を放射して、巨大な天に聳える塔となる。


『み、見て!? 何かいる!!?』


『な、何だありゃぁ?!』


 二人の視線の先。


 緑炎の塔の上に腕を組んで片足の爪先のみで不動を貫くのはどう見ても数mしかないライトニング級の機体だった。


 だが、驚くのはその背後だ。


 七つの刃。


 恐ろしく研ぎ澄まされた光沢を放つ色も形も用途も違うだろう機体の数倍の全長を持つつるぎが孔雀の羽の如く煌めき、緑炎を照り返している。


『あのライトニング級?! 遠距離武装を積んでねぇのか!?』


 鈍い無骨な鋼の色を宿した機体は何処か嘗て極東を中心にしていた東亜連邦の剛刃や雷剛にも似ている。


 東方風の甲冑をモチーフにしているのは同じだが、その表面に装備らしい装備も見えない機体は余分なものが無い、まるで人体そのものを模したような洗練された細さとバランスによって成り立っていた。


『下がれ。此処からはオレの仕事だ』


 オープンチャンネルの通信に驚いた二人の前で機体が跳ぶ。


 その跳躍力は一瞬にして数百mもの巨椀の上を取った。


『剛刃桜!!! 大刹断颪だいせつだんおろし!!!』


 七本の内の一番左端から片刃で肉厚な包丁の如き剣が独りでに動き、その両手へ納まる。


『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』


 吼えた機体の背部のバーニアが緑炎を吹いて下方に加速した。


 その狙いは巨椀の根元だ。


 一瞬、恐ろしい加速に剛刃桜の姿が掻き消える。


 後に残ったのはそのモノアイの紅の耀きのみ。


 僅かな沈黙が周囲に降り、次の刹那。


 ゴッと風が吹き抜けたかと思えば、巨椀の根元が綺麗に輪切りとなっていた。


『払え!! 禰宜丸ねぎまる!!!』


 背後の右端から刃の無い諸刃状の一振りが持ち代えられ、アビスゲートに向かって投げ放たれる。


『嘘だろ!?』


 開き切ったようにも思えた裂け目が、投擲された剣に穿たれて、ギチギチと悲鳴のような音を上げ、閉じていく。


『来い!!! 不動ふゆるぎ!! 愛染あいぜん!! 降三世ごうさんせ!!』


 中央の三つの刃。


 其々順に片刃の大刀、諸刃の小刀、薄く撓る儀礼剣が、機体前方に浮遊する。


『これで終わりだ!!』


 大刀と儀礼剣が両手に持たれ、小刀が角の如く頭部甲冑に装着された。


御阿毘羅吽欠蘇婆訶あびらうんけんそわか!!!』


 大地の下から緑炎が湧き出し、亀裂から吹き上げて、轟々と跳ね回る巨椀の周囲を封鎖していく。


『悪法此処に断たれ、善法此処に発たん!!』


 たった数mの機体が一歩前に進んだ。


 それだけの事で緑炎の結界内部に異変が起きる。


 大地が捲れ上がり、地殻に押し潰されるように巨椀が沈み込んでいく。


繚乱舞踏刃りょうらんぶとうじんッッッッ!!!!』


 コスモダインとヴォイジャーXに見えたのは踏込んだ瞬間のみ。


 剛刃桜の姿が緑炎に紛れて陰影を刻む度、巨椀が裂かれ。


 その速度はやがて嵐の如く竜巻となって塵に還るアビス獣を巻き上げ、緑炎の壁へべていく。


 やがて、対象の質量が消滅した時。


 その中央には緑炎を機体の各部から吹き上げる阿修羅の如き剛刃桜だけが立っていた。


『厄災よ……永久に眠れ……』


 あまりの事に呆然とする宗慈と璃瑠の前で炎はまるで幻のように消え去っていく。


『『………ッ』』


 その後、完全に停止したライトニング級と背後の七つの宝剣は回収され、フォーチュンへと移送。


 そこで名前の無い少年はとある再会を果たす事となる。


「………」


 だが、それはまた別の話。


「………」


 今はただ全身の脱力感に苛まれて。


 清々しさを感じつつ。


 少年は眠る事とした。


 待機しているだろう少女を早めに迎えに行かなければと思いながら………。

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