夏のある日 Ⅴ

 切符を破り捨てると、ふたりは、ひまわりのつぼみの下に泣き崩れました。


 犬も猫も、ふたりを捨てた人間たちを恨んだりはしていませんでしたが、かといって、悲しみが大きすぎて、その人間の幸せを願うことなど、到底できませんでした。

 第一、ふたりを捨てた人間の望む幸せが、どんなものなのか少しもわかりません。


 それでも、まだ、知り合いの犬のおうちの人の幸せなら、あの犬の懐かしそうな顔から察することができて、願うこともできそうでした。


 でも、自分たちをこんな目に合わせた人間の幸せとはどういうものなのかは、いくら考えても、わかりませんでした。


 もしかしたら、自分たちを捨てたことが、あの人間たちの幸せだったのかもしれない。そう思うと、怒りがむくむくと湧き上がってきて、犬と猫の悲しみは恨みつらみに変わって行きました。


 ふたりは、それが怖くてたまりませんでした。

 飼い主だった人間の幸せを願うことができないどころか、恨みさえ抱いた自分たちが虹の橋に行ったら、どうなってしまうのだろうと怖くなったのです。


 虹の橋は、地上で幸せだった動物たちが行くところ。

 そこで、飼い主の幸せを願うところ。

 だとしたら、飼い主だった人間の幸せを願うことができない自分たちが虹の橋に行ったら、どうなってしまうのだろう。

 もしかしたら、罰が当たって、捨てられた時のような悲しみや飢え、絶望の中に突き落とされるのだろうか……。

 あの時、味わった絶望と悲しみと苦しみを、ふたりは、もう二度と味わいたくはありませんでした。


 ふたりの涙が落ちると、ひまわりの希望のつぼみは見る間に枯れて、絶望のつぼみとなってしまったのです。

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