夏のある日 Ⅳ
おつきさまは かける
おつきさまは みちる
かなしみも みちてはかけて
よろこびも かけてはみちて
おつきさまは みちる
おつきさまは かける
おひさまのひかりを うけて
今日も 明日も
渡し守は、知っていました。
置き去りにされた山の中で飢え苦しんでいた時も、このこたちは人間たちの身勝手さや裏切りを恨むことはありませんでした。心のどこにも恨む余裕は、ありませんでした。ただ、その場所で生きることだけに一生懸命で、いつか人間がまた迎えに来てくれることを信じ、ふたりは慣れない山の中で、ひたすら生きようとしたのです。
でも、恐れと不安と飢えで、すぐにその小さな望みも
切符が届くと、ふたりは寄り添うように船の出る船着き場へと向かいました。
ふたりが歩いていくうちに、
ふたりは、虹の橋の種子から咲いた希望の花を見て立ち止まり、心から安堵しました。
これから旅していく虹の橋のたもとの街には、こんなに美しい花がたくさん咲いているのだろうから、ぼくたちも楽しく暮らせるだろう、山に置き去りにされる前のようにきっと穏やかに暮らせるのだろうと。
ふたりが美しい希望の花をうっとりとながめていた時、一頭の犬が通りかかりました。
その犬が言いました。
「あら、最近、見かけないなって思っていたら、あなたたちも虹の橋に行くのね」
その犬は、ふたりが捨てられる前に知り合いだったビーグル犬でした。
「わたしも急に具合が悪くなって、入院したんだけど、虹の橋の切符が届いちゃったのよ。顔見知りがいると、心強いわ。虹の橋に着いたら、いっしょに、おうちのみんなの幸せを祈りましょうね!」
ふたりはそれを聞くと、
彼らが捨てられたことを知らないビーグルは、その顔を見て言いました。
「だって、あなたたちのおうちの人が『ペットというのは飼ってもらった恩を死んでからも忘れない、どんなことがあっても飼ってもらった人間の幸福を何より願っていると、霊能力者から聞いた』って、わたしのお葬式で何回も言っていたのよ。それで、わたしのおうちの人が余計に泣いちゃったの。『この子がいてくれただけで、幸せだった。私たちのことより、この子には虹の橋で幸せでいてほしい』って。わたしも、おうちの人に、わたしがいた時のように幸せでいてほしいから、祈りたいのよ」
犬と猫は、よけいに何も言えなくなりました。
ビーグルは、
「それに、『ペットというのは嫌なことはみんな忘れて、楽しかったことしか覚えていない』って、その霊能力者が言ったんですって。だから、ペットは虹の橋に行けるんだそうよ。虹の橋は、幸せだったペットが行く場所らしいから。高いお金を払って見てもらった霊能力者だから、絶対、確かだって、あなたたちのお家の人がそう言うの。霊能力者ってどんな人間なのか、わたし、見たことないし、よくわかんないんだけど……。だけど、確かに、わたし、地上のお家では楽しかった思い出しかないから、そうなのかもしれないわね。あら、もう船が出る時間! 早く、行かなきゃ。あなたたちの船の時間は、まだいいの?」
ビーグルは、一言も返事もしないふたりを不思議そうな顔で見ていましたが、「また、虹の橋でね。あなたたちのおうちの人の幸せもお祈りするから、私のおうちの人の幸せも願ってあげてね。先に行ってるからね」と言って、足早に船着き場に行ってしまいました。
ふたりは黙ったまま見送っていましたが、ビーグルの姿が見えなくなると、それまで大切に持っていた虹の橋行きの切符をビリビリと破ってしまいました。
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