夏のある日 Ⅲ

 渡し守は、切符の破片を一枚一枚拾い始めました。


 ふたつの影は泣きはらした目で、そのようすをじっと見つめていました。


 渡し守は、すべての破片を拾うと、ふっと息を吹きかけました。

 すると、切符は、折じわひとつない真新しい2枚の切符に戻りました。


 それを見ると、即座に大きな影は、渡し守の手から2枚の切符をひったくり、またビリビリに破いてしまいました。


 渡し守は、静かに、ふたつの影にたずねました。

「きみたちは、虹の橋に行きたくないのかい?」


 ふたつの影は、黙ったままで、もう首すら降りませんでした。


 渡し守は、また言いました。

「君たちは、もう地上にはいられないよ。地上には君たちの居場所は、どこにもないんだ。一度、虹の橋に渡れば、また地上に戻ってくることもできるけれど」


 それを聞いても、ふたつの影は、やはり何も答えませんでした。


「虹の橋に行くのが、怖いのかい?」


 渡し守の問いかけに、やっと、ふたつの影は小さくうなずきました。


 渡し守は、ふたりのかたわらにすわると、歌い始めました。




   ねこのひとみは 七変幻ななへんげ

   光も闇も 思いのままに


   ねこのひとみに 写るもの

   闇も光も ひとみのうちに


   ねこのいのちは九つひとつ

   生きては 消えて 

   消えては 生きて 

   闇も光も ひとつのうちに




 ふたつの影は始めこそ渡し守の唄をじっと聞いていましたが、途中から大きな方の影がシクシクと泣き出してしまいました。


「やめろよ! そんな唄!」

 小さな影は、渡し守に食ってかかりました。それから、大きな影を抱きしめて言いました。

「だいじょうぶ。心配しないで。いつまでも、いっしょだよ。きみの命とぼくの命。合わせれば十の命。それをふたりで分ければ、五つの命。だから、ぼくたちは、いつまでも、いっしょだよ」


 小さな影は猫、大きな影は犬で、ふたりは、地上ではいつもいっしょにいたのです。

 人間たちと、穏やかに暮らしていた間も。

 人間たちの身勝手な都合で、山の中に置き去りにされ捨てられたその後も。


 渡し守は、また歌い始めました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る