第11話 レイミ来襲

「こがみーーー、ネタはあがってんのよ、出てきなさい!」


開発室の扉を蹴り開けて、私はそう叫んだ。

さぁ、お仕置きの時間ね。ちょっと楽しいわ。


「ひ、ひぃ平川女史!」


「い、いや。だ、だれかはやく古上君を連れてきて。私は逃げるから!」


「ちょ、おま、ずるいぞ。俺だって逃げたいわ」


「いーやー、解剖はいやー」


私が部屋に入った途端、蜘蛛の子を散らすように研究員たちが右往左往してる。阿鼻叫喚ね。

でも、なんかすごく失礼なこと言われてるわね。

まるで私が常識知らずなマッドサイエンティストみたいじゃないのよ。

まぁ、常識のあるマッドサイエンティストなんていないけどさ。


「一般人の解剖なんてしないわよ!」


私の一言になぜか場の空気が微妙になる。そこ、なに愛想笑いしてるのよ。解剖するわよ!


「お前らちょっと落ち着かんか!」


「あら、徳さんお久しぶり」


システム開発部部長、徳田実。通称「徳さん」。

私がまだ他の研究所で働いていた時に、この会社へ誘ってくれた人。

前の会社にくらべれば、この会社はほんと天国。なんたって好きな研究ができるからね。

そういう意味では、徳さんにはホント頭が上がらない。感謝感謝。


「おう、レイミちゃん。あまりうちの子らを驚かさんといてくださいよ。」


「別に驚かしたつもりは無いわ。私は古上の馬鹿に用事があってきただけよ」


「古上なら今、席外してるよ。なんでも3Dデザイナーと打ち合わせがあるとか言ってたな。

で、トト君、きみは誰を背負ってるんだい?

って、おいおい、トモりんじゃないか。どうした、具合でも悪いのか?だったら早く医療エリア行ったほうがいいんじゃないか」


「その医療エリアから来たのよ。それに智子は寝てるだけだから安心して」


「あ、そうかそうか。レイミちゃんがいるんだもんな。それなら大丈夫か」


「それがあまり大丈夫ってわけでもないのよ。だから早く古上を呼んで欲しいんだけどね」


「ふーん、あー、トモりんがらみか。ひょっとしてVRマシンがなんか問題あったか?」


「ちょっと徳さん。あなたなにか知ってるの?」


「いやなに、古上がトモりんにVRマシン貸したって言ってたからな。ふとそう思っただけだが、当たりか」


「ええ、VRマシンの影響でちょっと智子に問題出てるのよ」


「わかった。古上をすぐ呼ぶからちょっとだけ待ってろ」


「え、でも打ち合せでしょ。時間かかるんじゃないの?」


「あー、まぁ大丈夫だろ。即効性の招集コマンドってのがあってだな。それ使えば恐らく5分もかからんよ」


「なんだかよくわからないけど、それでお願いするわ」


「あいよ、ちょっと古上呼ぶから待っててくれ」


そういうと、徳さんは携帯を取り出し、アプリを起動する。


---

Welcome to TFC.


select menu.


・member call

・report location

・member bbs

---


「へ?」


チラッと横目で見てみたけどなにこれ?

なにかのアプリだとは思うけど、これで本当に来るの?


「おっと、ごめんな。これは関係者以外に見せちゃいけないんだ。すまんね」


徳さんはそう言うと、さっと携帯を隠してしまった。ちぇっ、けち。

でも、ちょっと興味があったので疑問を投げかけようと口を開いた瞬間、扉の向こうから全力でかけてくる人物が目に入った。


「おーーーーーーまたせ、しーーましたぁーーー」


あ、バカがほんとうに来た。


「智子さんはどこですか!っと、トトてめー何で智子さん背負ってるんだよ。俺と変われよ!」


「ねぇ、ちょっと」


「うるさいな、今すげー大事な話してんだよ。ちょっと待ってろよ」


「こっちも用事があるんだけどなー」


「だから、ちょっと待てって言ってるだろ」


「おい! そこのバカ」


「誰がバカだって、 え? あ。 ひっ、ひ 平川 さ ん?」


「ちょっとあんたに聞きたいことがあるのよね。だからね。こっちにおいで?」


「あ、は、はい。何でしょう。何でも答えます。」


「だからこっちにおいでって。なんで逃げ腰になるのよ」


今にも逃げようとするバカの襟首をひっつかんで引き戻す。


「ひ、ひぃー。何でも答えますから脳に直接聞くとかはやめてくださいお願いします」


「ふーん、まぁ私も鬼じゃないから、できればそうしてあげたいわね。だから私の機嫌を損ねるようなことはしないでね」


「あ、は、は、はい。全力でそうします!」


「聞き分けが良くて助かるわ。じゃぁ質問するからそこのミーティングルーム使えるようにしてくれるかしら。

あと人払いもよろしくね」


こうして、古上のバカと徳さんに智子の現状とVRシステムの不具合、対応策などを相談するためにミーティングルームに移動。

VRマシンはここに来る前にちゃんとトトに取りに行かせたから(その間は私が智子を抱っこしていた)手元にあるし、これでやっと原因も調べることが出来そうね。



ーーー



「で? なんで利用者の記憶まで消えちゃうのか、教えてくれるかしら」


徳さんとバカに今までの経緯を説明して、理解してもらってから私はバカのほうを見て質問した。

なんで私が説明しているのかというと、当然のことながらトトに説明させたらいつまでたっても先に進まないからだ。


「うーん、今までのテストで利用者の記憶が消えるとかの不具合は出てないんですけどねー」


「そうだなぁ、可能性としては利用者すなわちトモりんだが、が、なんらかのイレギュラーな操作をしたことによる影響。は、考えられるかも知れないな」


バカと徳さんが意見を出し合ってる横で、トトがなにか言いたそうにしているわね。


「トト、なにか気になることでもあるの?」


「・・・う、うん」


「じゃあ、説明してくれるかしら。なんだったらチャットで話してもいいわよ」


「・・・じゃ、チャットで」


「はぁ、チャットでいいとは言ったけど、ちょっとは現実のコミュニケーションにも慣れるようにしなさいよ」


「・・・う、うん」


しかたがないので、ミーティングルームに据え付けのノートPCを起動して、テキストエディタを開かせた。


「ほら、このエディタに智子がVRマシン借りてから幼児化した所まで、順を追って書いていって。私達はその文章をあっちのプロジェクターで写して見るから」


このミーティングルームにあるノートPCは、表示内容をプロジェクターを通して壁にかけてあるスクリーンに表示させることが出来る。

元々、プレゼン用に設定されているのだけど、こんなことに使われるなんて誰も思わないわね。。。


トトが、カタカタと喋るよりも早い速度で文章を入力しているのを、プロジェクターを通してスクリーンで確認する面々。

この場合の喋る速度というのは、一般的な人がしゃべる速度より速いということで、正直日常会話でコレができていれば何も不自由しないのにと思ってしまう。

ほんと、能力の無駄遣いだわ。


文章が長すぎるので詳細は端折るけど、ようは智子がVRマシンでサーバーにログインした時に既に記憶が半年ほど消失してること、ログアウト前に自分自身のコピーを作ることで、VRマシンが不調になったことなどがわかった。


「ははぁー、なるほどねぇ。トモりんも面白いことするねぇ」


「徳さん、面白いじゃないですよ。あー、なんでそんなことに気が付かなかったんだろう。

自分自身の複製なんて試作機のキャパ超えちゃいますよ。よくVRマシンがフリーズしなかったもんだよ。」


「でも、アバターの複製も生成先はサーバーであって、VRマシンは生成処理を行うだけだよな。」


「そうです。でも通常はサーバーの1エリアをVR環境用に用意してその中で動作させるんですけど、トトが勝手にサーバー全体をエリアに割り当てたもんだから、VRマシンのスペックがカツカツだったんっすよ」


「なるほどねー、で、ぎりぎり保ってたのが、複製処理でオーバーフローしたってわけかー。いやーなるほどねー

で、幼児化の原因が自分自身の複製って線で見るとして、ログイン時の半年の記憶喪失はどう考える?」


「んー、トトの話だとトトのノートPC中継してサーバーに繋いだんだよなー。ネットワーク機器の相性とかっすかねー」


「あぁ、そういやサーバー内には、自分のアバターを生成する際に記憶の一部も一緒に複製させるんだったか。」


「そうっす、サーバー内での行動はすべてその複製に蓄積させることで脳とVRマシンの間の通信処理を軽減させてるんっすよ」


「じゃぁ、サーバー内に複製されるべき記憶が複製失敗したために、アバターとしてのトモりんから半年の記憶がきえた、というわけか」


「ういっす、そのパターンが可能性として一番高いっすね。なので、この場合の記憶喪失はあくまでアバターが持ってる記憶がなかっただけで、この段階では本人の記憶が消えたわけじゃないっす」


「なるほどな、じゃぁやっぱり問題は自分自身のコピーを作ったとこによる影響か」


「そうっすねー、とりあえずVRマシン解析して原因特定するしかないっすかね」


「んじゃお前、もう一個VRマシン持ってきて繋いでみろ。そうすりゃトモりんのデータが存在してるか調べられるだろ」


「あー、監視用のVRマシンすか、たしかにそれで調べられるっすね。で、だれがそれ被るんすか?」


徳さんとバカの話を聞いてると、どうやら問題の原因がある程度特定できたようね。

で、なになに?VRマシンで仮想世界に入って調べるの?私はイヤよ。ってかバカが行くべきよね。


「じゃ、古上あんた行きなさ「ぼくが行く!」 え?」


あら、トトが張り切ってるわ。結構責任感じてるのかしら。


「じゃあ、トトに行ってもらいましょうか。徳さんそれでもいい?」


「あぁ、うちは問題ないぞ。こっちはこっちでその間トトが使うVRマシンの調整と監視をしとくわ」


「徳さんありがとう。じゃぁお願いするわ。

それと、調べる方のVRマシンは、智子が被っておく必要はないの?」


「あぁ、調べるだけだからな。とりあえずは必要ないよ。」


「わかったわ。じゃあ早速準備に入ってもらっていい?

私はちょっと別用があるから席を外すけど、何かあったら直ぐに連絡ちょうだい」


「あいよ、で、行き先はシステム管理部か?」


「そうよ、一応智子はシステム管理部所属だからね。報告しとかなくっちゃ。」


「トモりんはどうするんだ?置いてくのか?」


「まっさか!男ばっかりのとこに置いていけるわけ無いでしょ。

ほら、智子起きて、出かけるわよ」


「ん、んーー。朝ー?なーにー。おでかけー?」


「そうよ、だからほら、シャンとして」


「んー、はーい。パパはー?」


「「「パパ?!」」」


智子がトトの方に向かってそう言った途端、皆が固まった。私だって固まるわ。。。


「ちょっと、パパってあんた。。。」


「うわー、智子さんが!俺の天使が!トトてめー殺す!」


「パパかー、私にも言ってほしいなぁ」


「・・・あうあうあう」


トトが困るのは別にどうでもいいけど、このままほっといたら収集がつかなくなりそうね。


「智子、パパは今からお仕事なんだって。だから私とお出かけしようね」


「うーん、わかったー。パパーお仕事頑張ってねー」


とりあえず智子をうまく丸め込んで、さっさとミーティングルームを後にした。

トト、幸運を祈るわ。まぁ、どうでもいいけど。


「・・・あうあうあうあうー」

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