2つの世界

第8話 始まり

智子がサーバーの中に入る少し前、システム開発部にて。


「こーがみ君」


「あ、智子さん。どうしたんですか?こんなトコまで来るなんて珍しいですね」


今日は、あるものを借りににシステム開発部にやってきました。

ただ、ものがモノだけに簡単には借りれないかもしれません。交渉力が必要ですね。気分はネゴシエーターです。


「はい、これ差し入れ。今日は、古上君にお願いがあってきたんだ」


「お、お願い、ですか!?」


あ、警戒されたかな。まずは、フレンドリーに、フレンドリーに。


「うん、古上君しか頼れないんだー。お願いー」


「あ、差し入れありがとうございます!うれしいなー。あとで他のスタッフと一緒に食べます。」


あ、話題そらされた?あ、目線外された。あぁ、これは駄目かなー

でもでも、ネゴシエーターは諦めないのだ。直球勝負!。


「開発部で作ってるVRマシン貸して欲しいんだけど、、、ダメかな?」


「・・・」


あ、あれ?鼻抑えて顔伏せてる。まずいこと言っちゃったかなー。駄目っぽいなぁ

たしかVRマシンって開発部が総力上げて開発しているって聞いたことあるから、貸出できないかなー


「えっと、も、もちろんタダで貸してとは言わないわよ?お礼もちゃんとするし」


「お礼?!」


「う、うん。貸してもらうんだから、それくらいはするよ?」


「・・・」


「・・・」


「智子さん!」


「は、はい!」


び、びっくりした、いきなり大きな声だすもんだから、まだちょっと心臓がドキドキします。

一体どうしたんでしょう?


「ささいな事をお聞きしますが、このVRマシン、智子さんが使うんですか?」


「はい、貸していただければ私が使う予定ですよ」


「ぃよっし!あ、し、失礼しました。

えっとですね、このVRマシン本来持ち出し厳禁なんですけど、智子さんのたっての頼みですし、お貸しします!」


「え、本当ですか!ありがと「ただし」え?」


「ただし、お礼と言ってはなんですが、VRマシン使用後に生成される使用者データをください」


「使用者データですか?」


「はい、このVRマシンはまだ調整中ですのでいろいろな人のデータを取って調整しているんですよ。なので智子さんの

データも頂ければありがたいのですが、どうでしょう」


もっと大変な要求されるかと思いましたが、使用者のデータですか。結構仕事熱心なんですね。


「はい、いいですよ。お礼は本当にそれでいいんですか?」


「もちろん!あ、すみません。データを頂ければVRマシン使って頂いてオッケーです」


「ありがとうございます。じゃあVRマシンをお借りしてもいいですか」


「はい、ちょっと取ってきますね。すぐ戻るのでちょっと待っててください」



ーーー



うっひょーーー

なんてラッキーなんだ。今日は俺の人生最大の日かもしれない。

あの智子さんに上目遣いで「お願い」された上に、差し入れまで!

とりあえず、誰にも見つからないように差し入れを隠さねば!

そう。飢えたケダモノ共にこの聖なる果実(ケーキ)を奪われないようにせねば!


そして、そしてVRマシンを貸すお礼までいただけるとは、いただけるとは!(大事なことなので2回言いました)


そのお礼が智子さんのVRデータ。すなわち、使用者の素体データ!

これさえあれば、寸分たがわぬ智子ちゃんアバターが作れるってものですよ。

たしか、TFCメンバーの中で3DCG系の得意な奴いたな。

他人にデータを渡すのはシャクだが、あいつにも声かけるか。

あ、でもまずはTFC会長に承認もらわなくちゃな。メンバー規則には抵触してないし多分オッケーだろう。

というか、ノリノリでオッケーしてくれそうだけどな。


おっと、やばいやばい。智子さん待たせてるんだった。急いで渡そう。そうしよう。



ーーー



「という訳でVRマシン借りてきましたよ」


ここはシステム管理部内、サーバールームの隣の部屋、通称仮眠室。

元々仮眠室ではなくて、機材置き場だったらしいのですが、私が転属した時にはすでに簡易ベッドが置かれた仮眠室と化していました。

一応機材やらも積み上がっていますが、学校でよく見かける机と椅子がおいてあったりする所がカオスですね。

たしか、近所に廃校があったと思いますのでそこから持ってきたんでしょうね。

元機材置き場としてはわりと広い部屋なので、ベッドや机を持ち込んでも十分な広さがあります。だからトトさんはここで寝泊まりしてるんでしょうね。


「・・・トモりん、よく借りてこれたね」


そう、トトさんはこの仮眠室を生活拠点としているそうです。

うちに帰ったりしないんでしょうか?


「割と簡単に借りてこれましたよ」


しかし、トトさんって最初抱いていた印象とは全然違いました。


「・・・そっかー」


どっぷり重度のキモオタさんかと思ったんですが、ただ単にコミュニケーションが苦手なだけのようです。

たまに挙動がおかしいですが、人間慣れるものですね、すっかり気にならなくなりました。


「それでどうします?今からVRマシン使うんですか?」


最近ではトトさんと一緒に行動するのが楽しいですね。

今日も面白そうなことをしてたので、ついつい絡んじゃいました。



ーーー



事の起こりは、トトさんが何やらぶつぶつ言っているのを聞いたことですね。


「・・・遠見さんも・・・TFC・・・結構セキュリティ・・・うーん・・・」


「トトさん、どうしたんですか?」


「・・・あ、トモりん」


「ぶつぶつ言って怪しい人みたいでしたよ?」


「・・・それ、いつもだから」


「それもそうですね!」


自覚はあるんですね。まぁ世の中理解してても直せないことってありますしね。


「ところで、なにかあったんですか?」


「・・・うん、挙動が・・・おかしい」


「トトさんの挙動がおかしいのもいつものことですよ?」


「・・・遠見さん」


「え、遠見さん?遠見さんがそうなんですか?」


遠見さんといえば、優しいけどいつも私を子供扱いする管理部の先輩ですね。

たしか、サーバーの管理全般をしてるんでしたっけ。

いつもアメをくれるんですが、あの人はアメを常備しているんでしょうか。まるで関西のおばちゃんですね。

まぁ、美味しいアメなので遠慮なく頂いているんですが・・・


そんな遠見さんの挙動がおかしい?恋愛関係でしょうか?


「・・・スパイ行為をしてるかも」


違いました。スパイ行為だそうです。


って、えっ?


「スパイ行為!?」


「・・・トモりん、声が大きい」


「あ、ごめんなさい」


スパイ行為ですか。そういえば、うちの会社って割と大手のIT企業なので産業スパイがいてもおかしくないですけど。


「でも、あの遠見さんがスパイ・・・ですか。あまり現実味はないですねぇ」


「・・・まだ確証は・・・ない」


「あ、確証はないんですね。ということは、それを調べるんですね!」


「・・・うん、まぁ、そう」


「なんだかワクワクしますね!じゃぁ私は遠見さんの身辺調査をすればいいですか?」


「・・・え?」


「え?」


「・・・なんで?」


「えっと、最近遠見さんが接触した人を調べるんんじゃないんですか?」


「・・・彼、家に帰ってないよ?」


「ど、どういうことですか?」


「・・・えっと、チャット」


「チャット?」


「・・・チャットで」


あぁ、話すのが難しいからチャットで会話したいってことですか。

トトさんんはすでに自分のノートPCを持ちだして、スタンバイしてますね。

私も白衣のポケットから携帯端末を取り出して、チャットアプリを起動します。


まぁ、いつものことながら、目の前にいる人とチャットで会話するというのは変な気分ですね。



ーーー



智子>で、遠見さんが家に帰ってないってどういうことですか?


トト>ほら、今結構移設案件増えてるでしょ。そのおかげで彼休みなしで働いてるわけ。

トト>で、会社に泊まり込みして作業してるって言うことだよ。

トト>いやー、社畜の鏡だね!


智子>社畜って。。。

智子>あ、でもいつ見ても身奇麗にされてますよ?


トト>まぁうちの会社って割と大手だからね。入浴施設も宿泊施設もあるしさ。それ使ってるんじゃない?


智子>宿泊施設があるのに、なんでトトさんはこの部屋に寝泊まりしてるんでしょうね。。。


トト>居心地がいいから?


智子>はぁぁぁ


トト>僕のことはいいの!それより遠見さんのことだよ。

トト>調べた限りでは、自分のパソコンを使ってどこか外部に情報を流してるっぽいんだよね。


智子>え、でもうちの会社、結構セキュリティ高いですよね?


トト>彼の作業担当忘れたの?システム管理のサーバーの調整やってるんだよ。自分でセキュリティに穴あけるぐらいあっという間だよ。


智子>あー、そうですねー。


トト>まぁ、僕が調べれたのはその程度。あまり突っ込んで調べるとバレちゃうからね。


智子>ばれるんですか?


トト>鯖管なめたらダメだよー


智子>鯖缶ですか?あれは良いものですね。


トト>鯖缶じゃなくて鯖管!w サーバー管理者ね。彼らのお陰で僕らは安全に仕事ができるんだから、バカにしちゃいけないよ。


智子>バカにはしてませんけど、すごいですか?


トト>そりゃすごいさ。世の中の悪意をすべて食い止めているのが彼ら!って言っても過言ではないね!


智子>はぁ、それはすごいですね。で、そのすごい人の事を調べなきゃいけないんですよね。


トト>そうそう。だからこっちもそれなりの対応が必要なんだよ。


智子>そうなんですか。で、何をするんです。


トト>まず、他の部署から開発中のシステム借りてアカウント偽装してからサーバーにログイン、その後ターゲットの

ディレクトリを調査した後ログアウト。

トト>ログに偽装アカウントの行動情報は残っちゃうけど、そこは、開発中のシステムってことで有耶無耶にさせちゃおうとw


智子>はぁ、でもそんな簡単にできるんですか?


トト>行けるんじゃないかな。いまシステム開発部の方でVRマシン作ってるからさ。あれを借りてこようと思ってるんだ。


智子>VRマシン、ですか。それってあれですよね。仮想空間で実際にはないものが見えたりできるっていう。


トト>そそ。結構できてるみたいでさ、サーバーの中にダイブして、自分のアバターを使ってサーバーをコントロールできるっぽいよ。


智子>へー、楽しそうですね。じゃぁ私が借りてきましょうか?


トト>そうだなー、僕が行くよりはトモりんが行くほうが貸してくれそうだしな。うん。お願いするよ。


智子>じゃぁ、私が借りてくるってことで私が仮想空間に行ってもいいですよね?


トト>えー、VRマシンちょっと楽しみだったのになー。でもまぁ借りてくれるんだったらいいか。


智子>やったー! じゃぁ、早速借りてきますね!


トト>はぁ、了解。僕はVRマシンでダイブ中にVRマシンをモニタリングできるように僕のPCを調整しとくよ。



ーーー



と、まぁ、そんなこんなでVRマシンを借りてきたわけですが、このVRマシン、さすが試作機というだけあって色々サイバーです。

カバーなんて当然ついてませんし、なんか色々ピカピカ点滅してますし、ホントーにコレを頭にかぶるの?って言いたくなるくらい

物騒な外見をしてます。


でも、一度やるって行ったからには今更イヤとは言えませんね。

内心ちょっと怖いですが、結構ワクワクもしてますしね。


っと、そろそろ準備ができたようです。


「・・・かぶって」


「じゃ、じゃぁVRマシンかぶりますよ。ホントーに大丈夫ですよね」


「・・・たぶん」


「た、たぶんってなんですか」


「・・・がんばって」


「はぁぁ。じゃあ行ってきますね」


あきらめてVRマシンをかぶる私の横でトトさんがノートPCをカチャカチャさせてます。たぶん何か調整しているのでしょう。

モニタリングもしてくれてるようなので、なにかあったらすぐに矯正ログアウトしてくれるそうですし、きっと大丈夫ですね。


あ、なんか意識が遠くなってきました。

あっという間に仮想空間に切り替わると思ったのに違うんですね。

ちょっと・・・ふあん・・・で・・・・す。


「・・・よし」


「・・・トモりんのアバター完成」


「・・・あれ?」


「・・・なんか変?」


「・・・んー、大丈夫、かな」




そして、私の不思議な体験は始まったのです。

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