3

 ウィルダムは大きな扉の前に立っていた。今はローブでなく貴族のような服装をしてる。

 一度深呼吸をして、目の前の扉を軽くノックした。中から入室を許可する声が帰ってくる。

「失礼します」

 そう言って、ウィルダムは静かに部屋へ入った。

「あれ? ウルド?」

 ウィルダムの姿を見た途端、中にいた人物は不思議そうに言った。それは当然の反応なのだが、ウィルダムもその声の主の意外さに驚いた。

「兄上?」

 そこにいたのは、ウィルダムの五つ年上の兄。

「何故ここに?」

 ここというのは、この部屋の事である。この部屋はウィルダムの父親の執務室なのだ。

「ん? 別に、ただの留守番だよ」

「留守番って……」

 至って気軽に答えた兄に、ウィルダムは呆れて呟いた。しかし、いつもこの調子の兄には何を言っても無駄だと分かっていた。

「それにしても、どうしたんだい。学院はまだ休みじゃないだろう?」

 兄のその問いに、ウィルダムはここへ来た理由を思い出した。

「父上は?」

 兄の問いには答えずに、ウィルダムは別の質問をする。

「街の視察。もうすぐ戻っていらっしゃるはずだよ」

 壁に掛けられた時計をみて兄は答えた。そのとき、タイミング良く、扉の外にいくつかの足音が聞こえてきた。ほどなくして、扉がゆっくりと開けられた。

「ルーク、待たせたな」

 入ってきたのは外出用のマントを羽織ったままの壮年の男。

「お帰りなさいませ、父上。調査の報告を持って参りました」

 兄、ルークは、立ち上がって言う。その言葉にうなずいた男は、ふと、扉の影にいたウィルダムに気がついた。

「おや、ウルドではないか。学院はどうしたのだ?」

 ウィルダムは少しためらったが、意を決して言った。

「……父上に是非ともご報告したい事がありまして、急ぎ戻って参りました」

 そのウィルダムの様子が、男には解せないものだったが、うなずくだけで返事に変えた。そして、男は近くに控えていた年配の男に目配せをした。

「承知致しました、陛下。私は、控えの間におりますゆえ、何かございましたらお呼び下さい」

 そう言ってその男は隣りの部屋へ向かう。

「すまぬな」

 陛下と呼ばれた男、すなわちこの国の国王、ディモアス・ルーイッツ・ライトは言った。そう、この部屋は、国王の執務室であった。

 父が国王である二人は、つまり、王子という事になる。

 第一王子、シャルア・ルーク・ライト。

 そして、第二王子、アネヌス・ウルド・ライト。

 つまり、ウィルダムというのは学院に入学する時に使った偽名だったのだ。

「それで、ウルドの用件は?」

「信じていただけるかどうか分かりませんが、私これから語る事はすべて私の見た事実です」

 そう前置きをしてから、ウルドは学院で起った事のすべてを話した。はじめ、国内に魔王の手下が入った事に驚いていた国王とルークだったが、ウルドがキルリアについて話だすと、二人の顔色が変わった。

 無理もないだろう。最も信頼のおけるはずの国王直属の術者が、敵国に通じていたのだから。

 ウルドが話終わると、二人とも深く考え込むように黙った。

ウルドは二人が考え終わるのを、じっと待つしかなかったが、やがて、国王の方がウルドに尋ねた。

「その少女は本当にライトリアだったのか?」

「はい。私の記憶が間違ってなければ、ですが」

 何かを含んだ言い方に、国王は視線だけで先を促す。ウルドは躊躇しながらも続けた。

「……資料は残ってないのです。すべて書き替えられておりました」

「ライトリアの資格者名簿や、学院の院生名簿も?」

 解せない様子でルークが問う。その問いは、もっともと言えた。なぜならば、それらの重要書類には封魔の印が押され、いかなる魔術の干渉をも退けるとされているからだ。しかし、それすらも、強大な魔力によって破られていた。

 ウルドがそう答えると、国王は、困ったように言った。

「確証もなしに国の兵力は出せん。しかし、調べてみる必要はあるようだな」

「ライトリアを何人か調査に出しましょうか?」

 ルークが国王に問う。

「ああ。だが、敵国内には入れんだろうな」

「そのことで、私の方からも報告が」

 ルークはそう言って、ウルドの方をちらりとみた。国王は、その意味を把握し、ウルドに言った。

「ウルド、報告ご苦労だった。何らかの対処をしようとは思う。お前は部屋で休みなさい」

 ウルドも心得て、素直に一礼し、扉に向かった。ここから先は、国王とその後継者のみが知っていればいいことなのだ。

 第二王子である自分がでしゃばることではない、とウルドは素直に思っていた。しかし、何かを思い出したのか、国王は扉に向かったウルドを呼び止めた。

「そうだ、ウルド。その少女の名を聞いてなかったな」

 言われて、ウルドも、少女としか話してなかったことを思い出した。

「あ、失礼しました。彼女の名はキルリア。キルリア・ファクト」

 ウルドがそういった瞬間、国王は息を飲んだ。その表情は驚きに染まっている。

「……キルリア・ファクトだと?」

 信じられない事のように国王がつぶやいた。ルークも同じように驚き、固まっていた。

「えっと……、父上? 兄上?」

 ウルドは何がなんだか分からず、驚きで動きを止めてしまった二人に呼び掛けた。二人は、はっと気付き、顔を見合わせた。たがいに何かを確かめたようにしていたが、やがて国王は、ウルドに出て行くよう言った。

 ウルドは、二人の間で交わされたものが何か知りたかったが、国王の口調に深刻な響きを感じとり、素直にしたがって部屋を出た。

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