最終話 青春はネバーエンド 4/6

 二〇一七年三月十八日。

 翔虎しょうこくん最後の錬換れんかんにより、私の体が消え去った、その瞬間だった。私は真っ暗な場所に浮かんでいた。リヴィジョナーがイーヴィルを送り込むために空けていた穴。その向こうに私の意識は飛ばされた。私は〈ここ〉から、翔虎くんがリヴィジョナーにとどめを刺し、グリムリーパーを斬り刻む勇姿をしっかりと見届けた。


 どうしてこんなことが起こったのか? 人はみな、死ぬとここに来ることになっているのだろうか? いや、違う。ここには私以外、何者がいる様子もない。恐らく、私の意識が人造人間アンドロイドのメモリに宿ったという特殊なものであること。すぐ近くにリヴィジョナーの手により、ここに通じる空間が空けられ続けていたこと。それらの要素が重なり、さらにおそるべき確率の奇跡が起きたことで、私の意識は消滅せずに、ここに留まることができたのだろう。

 やつの言った通りだった。ここには空間も時間もない。物理的な空間から切り離され、時間という流れもない場所だった。ここにいるうち、私は気付いた。ここからは、あらゆる場所を見ることができる。空間がないためだ。望むところに一瞬で行くことが可能だ。そして、もうひとつ。私はある可能性を考えた。時間の概念もないということは、ここからは、あらゆる場所の〈過去〉も〈未来〉も見ることができるのではないか?

 私のこの考えは当たっていた。この地球、いや、宇宙のどこへでも私は行き、あらゆる時間を見ることができた。

 このことを知った私は、真っ先に、あの日を見に行くことにした。時間は西暦二〇一六年四月二日。場所は東都学園高等学校。私と翔虎くん、なおくんが初めて出会った、あの日。そして私は、見聞きしたことを〈ここ〉からずっと語っていた。『錬換武装ディールナイト』という物語として。

 それに先だって私は、「プロローグ」という形で私がかつて訪れた〈遺跡〉でのことを冒頭に記した。当時新人研究員だった神崎雷道かんざきらいどうは、まめに日誌をつけていた。その日誌の文面が、そっくり〈遺跡〉で起きた事件を物語るに相応しいものだったため、私はその文面を拝借して、私、叢雲亮次が実際に見聞きしたことを、私自身の一人称で語ることで補足とした。


 この『錬換武装ディールナイト』は、すべて私が〈ここ〉から見たことを記した物語だ。よって、登場人物たちの心理描写をしたことは一度もない。いつか、翔虎くんが矢川やがわくんと部室で話していたことがあった。「小説の登場人物の心理を表現できるものがいるとすれば、それは神様だけだ」というような内容だったと記憶している。私は神様ではないから、登場人物たちが悲しんでいても、怒っていても、胸の内が本当にどうであるかは、わからない。「何々と思ったことだろう」と、私の推測を述べるに留めておくしかなかった。ただひとりの人物を除いては。その人物とは、言うまでもない、叢雲亮次。私自身のことだ。


 私は、そのとき叢雲亮次がどんなことを思っていたか、どんな心境でいたのか。当然知っている。それに偽りはない。時折私は、叢雲亮次についてだけは心理や考えていることなどを描写していた。それが最も顕著だったのは、やはり、夏に北海道に墓参りに行ったときだった。あのとき私は、伯父、叢雲業蔵ごうぞうが私に与えた自分の青春時代の記憶の、恐らく残滓のようなものだったのだろう、ハマナスの咲く丘に、祖父の想い人だった白石祥子しらいししょうこの幻影を見てしまい、そのことまでもはっきりと描写してしまった。本来は伯父の記憶なのだが、いささか面映ゆい思いをすることになった。

 翔虎くんと矢川くんの会話についての続きをすると、この『錬換武装ディールナイト』は、三人称のような体裁を取ってはいたが、実際は私、叢雲亮次の視点からによる一人称の作品だったということだ。これを読んでいる〈あなた〉に対して語りかけるという形の、二人称と言うこともできるかな。


 私の経験したことは時間遡上ではないため、当然、過去の事柄に影響を与えることなどできない。映画を観ているようなものなのだからね。過去をやりなおすことなんて、できるわけがない。

 ただ、私は二度だけ、思わず叫んでしまったことがある。一度目は、この物語が始まる直前のこと。レンタカーに乗って走っている私自身を見たとき。ストレイヤーの反応を追ってハンドルを握る私は、ある十字路で信号待ちの停車をしていた。車がいるのは直進車線。私は「おや?」と思った。その十字路を右折すると、道路は東都学園に至る。このまま直進しては、枝道のない一本道に入り、東都学園に辿り着くことはできなくなってしまうのだ。私は〈ここ〉から車内の時計を見た。私と翔虎くん、直くんが出会い、翔虎くんが初めて変身する時間まで十分もなかった。

 私は、あの日については、翔虎くんと出会う前までの記憶がほとんどない。あの出会いが、あまりに衝撃的だったためだ(ぶり返すが、翔虎くんが男の子だとは露ほども思わなかったのだ!)。私がこの交差点で信号待ちをしていたということも、まったく記憶になかった。だが、私は確実にここを右折したはずだ。でなければ、時間までに東都学園に行けるわけが、翔虎くんと出会えるわけがない。あそこに私が立ち会わなければ、翔虎くんと直くんは、学校に出現したストレイヤーの手にかかって……。そうなれば、この物語が始まることもなく、その帰結として私がこうして〈ここ〉にいることもないはずだからだ。

 もうすぐ信号が変わる。私が見る私は、ウインカーを出すこともなく、涼しい顔でハンドルを握っている。私は、私が見る私は、ここで必ず右折するはずだ。わかりきっていることだ。しかし、思わず私は叫んでいた。「右折しろ!」と。

 運転席の叢雲亮次は信号が青に変わった刹那、突然ウインカーを出して交差点を右折した。後続車両がなかったのは幸いだった。私は冷や汗を拭った(意識のみのため、気持ちとして)。

 私の声が聞こえたはずはない。そんなことはあり得ないのだ。『あのとき私が右折を選択したのは、〈ここ〉で私が叫んだ結果である』などということはあるはずがない。が、東都学園に向かって走るレンタカーを見て、私は安堵の息を漏らさずにはいられなかった。


 二度目は、あの卒業式の戦いの日。重傷を負った神崎理事長のそばに付き添う私に対してだった。私はあの日、翔虎くんと直くんについてリヴィジョナーの船に乗り込まねばならない。そうでなければ、あの船内で翔虎くんは、ディールナイトエースになるための錬換材料を得ることができない。だというのに、当の私は一向に腰を上げる様子もなく、神崎のことを心配してばかりいる(それ自体は決して悪いことではないけれど)。このときの記憶はある。私は「何かに急かされたように」突然外に出る気になり、会長さんに抱えられて跳び上がる寸前の翔虎くんと直くんに追いつくことができたのだ。まさか……そんなことはあるわけはないんだ。わかっている。でも、私は叫ばざるを得なかった。「ここではない! お前は翔虎くん、直くんとともに、空に浮かんでいる船に乗り込まなければならないんだ!」その直後、叢雲亮次は神崎理事長の手を離して立ち上がったのだ。


 翔虎くんと直くんの戦いのすべてを語り終え、私の役目は終わった。私はこれから、〈ここ〉にいられることの特権を生かして、宇宙のすべてを見に行くつもりだ。まずは宇宙のはじまりを目撃する。そのあとは宇宙の隅々を周り、宇宙の果てを目にする。そして、最後に見ると決めているのは、宇宙の終わり。

 私は、私個人としてそれらを見に行くのではない。私は過去から未来に至るまでの、地球人すべての代表なのだ。宇宙全体から見れば、あまりに小さい人間という存在。しかし、その小さな人間のひとりでも、宇宙のすべてを目撃するということは意義のあることに違いない。無限の宇宙に対する、ちっぽけな人間の、ある意味勝利とも言えることかもしれない。

 私たちは、地球人は間違ってなどいない。我々が生まれたことが、あり得ないほどの確率の上に成り立つ奇跡のような出来事であるなら、そんな奇跡が間違いであるはずはない。地球人はこの先、より良い未来を築き、この宇宙がある限り、いや、もしかしたら宇宙がなくなってしまったとしても、永遠に歴史を刻んでいってくれるはずだと信じている。科学の力は有限かもしれないが、人の想いは無限だ。人の想いが科学に宿るとき、科学もまた無限の力を得るのだと、私は信じる。

 大層なご託を並べてしまったが、実際、私の個人的な興味が先立っていることに言い訳の余地はない。宇宙の始まり、そしてその果て、その終わり。これを見たくないという人間がいるだろうか。これに好奇心をかき立てられない人間がいるだろうか。今から胸が高鳴って仕方がない。実体のない意識だけの存在なのに、胸が高鳴るという表現はおかしいけれどね。


 青春は終わる。神崎理事長の言葉に間違いはない。誰しも青春と呼ばれる季節を終えるときがくる。しかし、その想いまでも終わってしまうことはないのだと、私は考える。どんな境遇の中にいても、胸ときめかせる心、何かに夢中になれる情熱、それがある限り。


 私は根っからの理系人間だったため、語彙も乏しく、こういった文学的な語りについては多くの不備があったことと思う。私のつたない語りに、ここまで付き合ってくれて本当にありがとう。

 最後に、この物語の主要な登場人物たちの、ほんの近い未来を語って、この長かった物語の幕を引くことにしよう。これから語るより先の未来を私は知らないし、知るつもりもない。未来は見えないからこそ未来なのだからね。

 それでは、私は旅立つことにする。

 さようなら。これを読んでくれている君の未来が輝かしいものであり、その胸にはいつまでも青春という炎が燃えていることを信じている。

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