最終話 青春はネバーエンド 2/6

「さあ、翔虎しょうこくん……」


 亮次りょうじは促したが、翔虎にタッチパネルのドラムを回そうという動きは見られなかった。その両手で亮次の体に触れて、潤む目で歯を食いしばっている。亮次を挟んだ向こうでは、なおが亮次の左手を包み込むように握り、やはり目に涙を溜めている。


「翔虎くんのお株を奪うが、私が作戦を立てた。いいか……」


 亮次は喋りだしたが、翔虎と直のすすり泣きの声に言葉を止めた。亮次は右手を伸ばし、翔虎の、直の頬にそっと触れた。


「亮次さん、もし、亮次さんの体を錬換れんかんしてしまったら……亮次さんはどうなるんですか?」


 直の問いかけに亮次は、微笑みを浮かべてから、


「人間でいうところの、死ぬ、という結果になるだろうな……本当は、『大丈夫、何ともないから』と言って安心させたいところだけれど、二人に嘘はつきたくないしね」

「どうしてなんですか……」


 絞り出すような翔虎の声に、亮次は、


「私の体のことかい? これはね、話せば長くなるんだが――」

「違います」


 翔虎は一度目を拭ってから、


「どうして、亮次さんが死ななきゃならないんですか……こんな、こんなところで……」


 そこまで翔虎が言うと、今度は直が涙を拭った。


「私のために泣いてくれるんだね。二人とも」

「当たり前じゃないですか!」


 声を詰まらせながら、翔虎は叫ぶ。直も強く首を縦に振った。


「嬉しいよ。翔虎くん、直くん……私はね、人が誰かと別れるとき、そこには、いい別れと悪い別れがあると思うんだよ。『別れたくない。もっと会っていたいし、また会いたい』って思うのが、いい別れ。その反対に、『もう二度と会いたくない』って思うのが、悪い別れさ。私たちの別れは断然、いい別れだ。そうだろ」


 翔虎と直の顔を順に見て、亮次は微笑む。二人は泣き顔のまま、笑みを返しはしなかった。


「さあ、翔虎くん――」

「嫌です!」


 翔虎は首を横に振って、


「そんなこと、できません! 亮次さんを犠牲にして……助かるだなんて……」

「翔虎くん……見ろ」


 亮次は、沈黙したまま三人を監視する死神グリムリーパーの股越しに指をさした。その先にはリヴィジョナーが立っている。黒と金の鎧姿の敵は三人に背を向けてコンソールを操作し続けており、モニター画面から目を離さない。多画面に分割されたモニターには、変わらず世界各国の主要都市の様子が映っている。モニターのひとつに見慣れた町並みがあった。翔虎たちの住む町。


「あいつは、この町も含めた世界各国にあの怪物の大群を送り込もうとしている。止めなければ。それができるのは、翔虎くん、君だけだ。ディールナイトだけなんだよ。わかるだろう。そのためには、エースの力が絶対に必要だ」


 亮次の言葉を無視するように、翔虎は無反応のまま落涙を続けている。


「……嫌です」


 翔虎はようやく口を開いた。


「僕、亮次さんを犠牲にしてまで世界を守ろうとは思いません」

「翔虎くん……」


 亮次は直の顔を見て、


「直くん、翔虎くんのことを説得してくれよ」


 しかし、直も亮次の左手を握ったまま、黙って亮次の顔を見つめているだけだった。亮次は、ため息をついて笑みを浮かべると、


「今の言葉、本心じゃないんだろ、翔虎くん。直くんだって頭がいいから、今すべきことをわかってくれているはずだね。……でも、そう言ってもらえて本当に嬉しい。ありがとう。私は、この町で翔虎くんと直くんに会えて、一緒に戦えて、本当に幸せに思っている。……翔虎くん、世界を救ってくれ。それが、ヒーローの魂だろ」


 翔虎は目を閉じて首を横に振り続ける。もう一度ため息を吐いた亮次は、


「いいか。私の作戦はこうだ……」


 自らが立案した作戦内容を二人に伝えた。


「……わかったね」


 亮次は二人の目を見る。その瞳の奥に、決意を、魂を見て取った亮次は、


「最後に、もう一度お礼を言わせてもらうよ、翔虎くん、直くん……本当に、ありがとう」


 翔虎の左手を掴んで、持ち上げた。そのてのひらが光を放っている。亮次は作戦を話して聞かせている間に、空いた右手で翔虎のタッチパネルを操作していた。


「――亮次さん」


 翔虎と直は呆然とした表情で、その動きを目で追う。亮次は自分の露出した胸、金属の体の一部を見せるその胸に、翔虎の掌を叩き付けた。最期のその瞬間まで、亮次は笑顔を絶やさなかった。


 いざ、そのときとなったら、翔虎と直に迷いはなかった。フルアーマーのディールナイトエースに変身した翔虎は立ち上がり、右のエースセイバーを振り出して握った。

 同時にグリムリーパーも動いていた。唸り声と拳を上げて戦闘態勢を取る。翔虎は右腕を突き出し、エースセイバーの柄に光の刀身を作り出す。黒い死神まで、その刀身は届かない。が、翔虎がグリップのダイヤルを回すと、光の刀身はさらに伸び、グリムリーパーの腹部に突き刺さった。


「何です?」


 異変を感じ取ったのか、リヴィジョナーはコンソールから手を離して振り向いた。リヴィジョナーから見えるグリムリーパーの背中に、ひと筋の光が浮かび上がる。腹部を貫いたエースセイバーの切っ先だった。死神の胴体を刺し貫いても、光の剣はまだ伸びる。

 リヴィジョナーは横に重心をずらして、自らに迫る光の剣から逃れようとしたが、その動きは止められた。翔虎が変身すると同時に、グリムリーパーの股の下をくぐり抜けた直が突進してきたためだった。直は強烈なタックルで黒と金の鎧をコンソールに釘付けにした。


「何を――」


 それが最後の言葉だった。エースセイバーの切っ先は、リヴィジョナーの頭部の中心に突き刺さり、モニターに串刺しにした。黒と金の鎧は塵に変り、コンソールと床に散らばる。

 腹部を貫かれた程度ではグリムリーパーの動きは止まらず、翔虎に襲いかかったが、先に亮次が言ったようにディールナイトエースの敵ではなかった。振るう攻撃はことごとくかわされ、二刀流のエースセイバーが舞い、死神は五体をバラバラにされて主人と同じように塵に姿を変えた。


 リヴィジョナーは光の剣に刺し貫かれる直前、学校の屋上でしたように、新たな体を生み出してそちらに意識を移すことも可能だったのかもしれない。しかし、結果それは不可能に終わった。この船丸ごとが、錬換不可能な有機物質で構成されていたためだ。自分の腰にタックルを仕掛けてきたディールガナーの鎧までもが。

 轟音とともに船が揺れた。


「……翔虎」

「……直」


 立ち上がった直は、膝を突いて項垂うなだれている翔虎に歩み寄る。二人は見つめ合ったが、その姿をしっかりと確認することはできなかっただろう。二人とも、目にいっぱいの涙を溜めて、頬に溢れさせていた。

 翔虎と直は同時に手を伸ばす。その指先が触れあう直前、足下が崩れ落ちた。リヴィジョナーの船だった塵が舞う中、二人はようやく互いの手を握った。翔虎のタッチパネルのカウントが〈0〉になり、エースアーマーも塵に変わっていく。

 翔虎は直の左手を、直は翔虎の右手を、しっかりと握りしめたまま、やわらかな陽光がさす空を降下していく。はるか眼下に東都学園の校舎が見える。手を握り合って地上に引かれていく二人を、四枚の翼を羽ばたかせて飛んできたりんが抱きとめた。凛の胸の中で、翔虎と直はまぶたを閉じていた。千切れた涙が、青い空に消えた。

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