第64話 燃えよ東都学園 4/5

「こいつ、本当に大丈夫なんですかねぇ……」

「大丈夫ですよ。私たちの言うことを聞くように命令したって、会長が言ってたじゃないですか」


 生徒会に所属する二年の片桐耕作かたぎりこうさくと、一年の小日向菜々美こひなたななみは、自律式鳥型錬機れんきスワープジェミニの背中に乗っていた。菜々美は小型盾、片桐は盾を左腕に装着している。


「鳥さん、あっちあっち。あの群れをやって」


 菜々美がスワープジェミニの首元を叩いて指示すると、双頭の鳥は翼を羽ばたき、ハチ型の怪物の群れに向かう。


「行ってー!」


 菜々美が指をさすと、スワープジェミニの口内からロケット弾が発射され、ハチ型怪物の群れを吹き飛ばした。


「いやったー!」

「菜々美ちゃん! 立つと危ないよ! ――ほら!」


 片桐は菜々美をかばい、撃ち漏らしたハチ型怪物が放った針を盾で跳ね返した。


「うわ。ごめんね、片桐さん。ありがとう」

「いや、いいって、これくらい……」


 菜々美に礼とともに微笑まれると、片桐は真っ赤になって俯いた。その間にスワープジェミニのもう片方の首が向き、連射弾でハチ型怪物を撃ち落としていた。


「鳥さんも、ありがとう」


 菜々美は連射弾を放った首を撫でる。スワープジェミニはその口から勇ましい咆哮を上げた。


「こ、こいつ……鳥型ロボットのくせに生意気な……おわっ!」

「片桐さん、立ったままだと危ないよ」


 双頭の鳥が羽ばたいた揺れにより、片桐はバランスを崩して倒れた。



 リヴィジョナーは混戦に紛れて体育館を出たあと、校庭の隅でイーヴィルの召喚を続けていた。空中に空間を切り取るように空けられた穴は、屋上や校庭に空けていたものよりも大きく、中からは三メートルから五メートル程度の大きさのイーヴィルが出現し、投入され続けている。


「ここにいたのか」


 背後からの声に黒と金の鎧の戦士は振り向いた。白と青の鎧、ディールナイト翔虎しょうこ、白と赤の鎧、ディールガナーなおが立っていた。二人とも鎧は錬換れんかんしなおされており、傷ひとつ無い状態だった。


「ディールナイト、ディールガナー」


 リヴィジョナーは呟き、


「あれはいったい、どういうことなのです。あれらは、あなたたち二人が使う武装でしょう。どんな細工をしたというのです」

「奇跡でも起きたんじゃないか?」

「あなたを、怪物どもをやっつけたいっていう、みんなの願いが通じたのよ」


 翔虎と直は言った。


「そのような、胡乱うろんな理由で……」


 リヴィジョナーは穴に向けていた両腕を下げ、左右の前腕鎧を剣と盾に変えた。それによりイーヴィルの投入は一時中断される。


「あなた方は武装を生徒たちに使わせているのでしょう。丸腰で私と戦うつもりなのですか」

「残念ね、私たちにはまだとっておきの武装があるのよ」

「直、エースは使うな。こいつ、まだ何か切り札を隠しているかもしれない。ここぞというときまで温存しよう」


 翔虎に言われ、直はタッチパネルに持っていった指を止めた。


「わかった。でも、どうやってあいつと戦うの?」


 直の言葉に、翔虎は拳を握り、


「これで十分だろ」

「……そうね」


 翔虎と直は、ゴーグルの越しにリヴィジョナーと睨み合った。


「待って」


 二人の背後から声が掛かった。


「会長……」


 振り向いた翔虎が口にする。マスクを開き素顔を晒したゾディアーク、霧島凛きりしまりんが立っていた。


「あなたには、私もお礼をしないとね」


 凛は両腰から二本の剣を抜くと、翔虎と直に手渡し、自分は背中に背負った三つ叉の槍を手にした。


「……道を誤った未発達の知的存在ほど、やっかいなものはありません。結局、感情に任せて力を振るってしまう」


 リヴィジョナーは両腕を上げて戦闘態勢をとった。



 体育館の隅では、|神崎への応急手当が続けられていた。


「外の……様子は……どうなった……」


 振り絞るような声で神崎は訊く。亮次りょうじは、その手をしっかりと握って、


「ディールナイト、ディールガナーと一緒に、生徒たちも戦っています。みんなを守るために、この学園を守るために」

「そうか……」


 神崎の青い顔に、うっすらと笑みが広がった。


「いい子ばかりだろう……みんな……わ、私の……かわいい生徒たちなんだ……」


 亮次は強く頷いた。

 ひとりの生徒が駆け寄ってきた。木下は立ち上がり、


「どうだ?」

「まだ駄目です。とても学校を抜けて病院に行けるような状態では……怪物も、大きな個体が出てきていますし……」

「そうか……」


 二人は小声での会話をやめて沈黙した。

 亮次は神崎の手を離して立ち上がった。


「どうしました?」


 新田が声を掛ける。亮次は神崎と新田を見て、


「行かないと……」

「行くって、どこへ?」

「……行かなければならない気がするんです」


 亮次は体育館の出入り口に向かい走った。



 直の剣は盾で受け止められた。が、正面から翔虎が斬りかかる。防御しようとしたリヴィジョナーの剣の動きを読んで、刀筋の軌道を変えた翔虎は胸鎧に刀身を叩き込んだ。


「ぬっ」


 リヴィジョナーは身を引いて二人から距離を取る。

 凛は、戦いの隙を見て召喚された三メートル級のイーヴィルと戦っていた。

 カミキリムシのような鋭い顎を持つ怪物の腹部に三つ叉の槍が突き刺さる。そのまま横に払って槍を振り切ると、イーヴィルは塵と化して消える。凛は翔虎と直のもとに行き、三人でリヴィジョナーを取り囲んだ。


「終わりね」

「観念しなさい」


 凛が槍の穂先を、直が剣の切っ先を向ける。


「怪物どもを消して、このままどこかに消えて、もう人間に一切手出ししないと誓えるなら、見逃してやる」


 最後に翔虎が指をさした。


「個ではなく、全体として考えて下さい。一時いっときの感情ではなく、対局を見据えた判断をして下さい――」

「もう聞き飽きたよ」


 翔虎も剣を向けた。


「……計画の見直しが必要ですね」


 リヴィジョナーは両腕を下げ、膝を曲げて屈み込んだ。


「! 何かしてくる?」


 三人は一歩下がる。リヴィジョナーは膝を伸ばして地面を蹴り、真上に跳躍した。十数メートル跳び上がったリヴィジョナーが右手を上げると、その先に水平に丸い穴が空いた。今までとは段違いに大きな穴だった。そこから何かがせり出てくる。


「何、あれ?」

「怪物、ではないみたいだけど、大きいわね」


 直と凛は、巨大な穴と、そこから出てくる物体を見上げた。


「あれは……」


 翔虎は、ごくりと唾を飲み込んで、


「乗り物……? 宇宙船みたいな?」


 穴から出てきたのは、全長三十メートルを超える、翔虎の言葉通り乗り物とおぼしき物体だった。楕円形をしており、所々突起がある。窓のようなものは一切見られない。リヴィジョナーはその物体の下面に空いた穴の縁に手を掛け、中に入り込んだ。穴はすぐに閉じられる。


 当然、校庭からもその飛行物体は目撃された。秋葉あきばゆいを始め、射撃武器を持つ生徒は一斉に攻撃を開始する。が、銃弾、ロケット弾は飛行物体に到達する直前に、見えない障壁のようなものに阻まれた。


「バリアが張られてるのか!」


 翔虎はその様子を見て叫んだ。


「翔虎、今こそエースを使うときだよ!」

「そうだな。直、頼む」

「オーケー」


 直はタッチパネルを操作し、錬換可能可能状態の二つだけの装備のうち、〈ダイヤ〉と〈A〉にドラムを合わせて〈Go〉ボタンを押した。輝くてのひらで地面を叩き、直はフルアーマーのディールナイトエースに変身した。


「一気にフルチャージでいくから」


 直は二丁のエースブラスターを飛行物体に向け、引き金を引き絞る。星形に配された残弾を知らせるランプが点滅していく。五つすべてが点滅すると直は引き金から指を離した。二本の極太のビームが放たれる。

 命中と同時に、轟音とともに飛行物体は揺れた。周囲に貼られていたバリアは真っ赤になって消え失せたように見える。機体本体にも傷が穿たれていた。

 ここぞとばかりに生徒たちが射撃を再開する。やはりバリアはエースブラスターのビームにより破壊されていた。銃弾、ロケット弾は飛行物体に命中し、穴が穿たれた。


「チャンスだ! ……会長」


 翔虎は凛を向いて、


「僕をあの飛行物体まで運んで下さい」

「何ですって?」

「あの中で、決着をつける」

「翔虎、私も行く」

「直」


 翔虎は、自分ひとりで行く、とは言わなかった。


「よし、行こう」


 ふたりは頷き合った。凛は纏っていた外装を解除して、四枚の翼を持つ飛行型外装に装備を換えた。


「行くわよ、二人とも」


 凛は両腕に翔虎と直を抱え、翼を羽ばたかせた、そのとき、


「待ってくれ!」


 背後から亮次が走ってきて声を掛けた。


「亮次さん? どうして?」

「私も連れていってくれ」

「な、何言ってるんですか!」

「頼む」


 翔虎と直は顔を見合わせた。


「危険です」


 二人を抱えたままの凛が言った。亮次は頷いたが、


「あの中で、何かしら技術的な操作が必要になる可能性もあるだろ。私も行かせてくれ」

「どうするの、尾野辺おのべくん」


 凛は翔虎を見る。翔虎は上空を見上げた。飛行物体は徐々に高度を上げ、射程の短い銃器ではすでに届かない高さにまで上がっている。


「わかりました。亮次さん、頼みます」

「そうこなくちゃな」

「亮次さんは会長に抱えてもらって下さい。僕は会長の背中に掴まります」


 凛は右腕に直、左腕に亮次を抱え、背中には翔虎がしがみついた。


「行くわよ」


 改めて凛は翼を羽ばたき上昇する。


「まだ出てくるわ」


 直が呟いた。飛行物体の横の空間に穴が空き、中から怪物が出現した。


「で、でかい……」


 出現した怪物は、穴の大きさに比例した巨大さだった。全長二十メートルを超える、トカゲに翼が生えたような異様な形状をしていた。


「まるで、ドラゴンだ」


 翔虎はその怪物の外見を伝説の魔物に例えた。ドラゴンの翼が巻き起こした風圧で、凛は飛行体勢を崩される。


「しまったっ!」

「翔虎!」

「翔虎くん!」


 凛の背中から翔虎が引き剥がされた。凛は翼とノズルを駆使して翔虎の救出に向かうが、その行く手をドラゴンに塞がれた。

 翔虎は回転しながら宙を舞っていた。


「このままじゃ……」

「ディールナイト!」


 地表方向から声がした。背中に翼を持った影が近づいてくる。


「……矢川やがわ先輩!」


 ウイングユニットを装着した矢川しゅんはディールナイトをキャッチした。


「危ないところだったね」

「矢川先輩! 僕をあの飛行物体まで連れて行って下さい!」

「え? よし、わかった」


 矢川は翔虎を抱いたまま飛行物体に向かって飛んだ。


「会長、亮次さん、翔虎は無事です! 矢川先輩が助けてくれた!」


 直は、ドラゴンを挟んだ向こう側に飛行する矢川と、彼が翔虎を抱きかかえている姿を目にした。


「よし、このまま上昇するわよ」


 凛はドラゴンの牙をかわして飛んだ。

 矢川と凛は飛行物体に空いた穴に到達した。翔虎、直、亮次の三人は穴から飛行物体の中に入る。


「会長と矢川先輩は戻って下さい。あのドラゴンを倒すには、お二人の力がないと」

「わかったわ」

「気をつけて」


 凛と矢川は地上に戻る。穴が空いた先は廊下のような通路だった。翔虎はその先に目をやり、


「行こう」


 三人は頷き合って廊下を走った。



「ねえ、霧島さん」

「なあに、矢川くん」

「ディールナイトの正体、会長は知ってるんですか?」

「え? し、知らないわよ。どうして?」

「ディールナイト、俺を『先輩』って呼んで、自分のことを『僕』って言ったんですよ」

「そ、そうなの? 随分と慌ててたんじゃないかしら?」


 それを聞いた矢川は、何も訊かず微笑んだ。



「大きいのが来るぞ! 大型火器を持つものは優先的に攻撃目標としろ!」


 上空から飛来するドラゴンを見上げて、烏丸からすまが指示を出した。秋葉、唯、くるみ、寧々ねねに加え、友里ゆりも体育館の警護は他の生徒に任せて、ガトリングガンを提げて屋上に出た。


「すまん、遅くなった!」


 最後に階段室から屋上に上がってきたのは、三年女子の仲間香なかまかおりだった。香は他のメンバーの横に立ち、屋上床からマシンガンを錬換れんかんすると、三脚で床に固定してドラゴンに対して射撃を開始した。


「おい、仲間、お前なら俺みたいに銃を持って撃てるんじゃねーか?」


 対物ライフルを抱えた秋葉が声を掛ける。香はレスリング部所属の屈強な女子生徒だった。


「お前みたいな化物と一緒にするな!」

「おめーに言われたくねえよ!」

「何だと!」

「こら! 喧嘩してる場合か!」


 友里にたしなめられ、二人はターゲットに顔を戻した。


 地上では近接武器を持つ生徒たちが残った怪物の掃討にかかっていた。


「ほわっちゃぁー!」


 三年の映画研究会武藤一也むとうかずやが奇怪な雄叫びとともに、トンファーを怪物に叩き付け、動きが止まったところを、二年バスケ部の大倉新助おおくらしんすけが小型オートマチック銃で撃ち抜いた。


「武藤先輩、そんなわけのわからない武器、よく上手く扱えますね」

「何言ってんだ岸田、トンファーは男子の当然のたしなみだろ」

「絶対に違います……」


 岸田は弾倉を引き出し、換えの弾丸を装填しながら答えた。

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