第64話 燃えよ東都学園 3/5

「ディールナイト!」

「な――ディールガナー! 無事だったか!」


 なおは校舎から出て、校庭にいる翔虎しょうこと合流した。


「ねえ、これ、どうなってるの?」

「僕にもわからないよ……」


 二人は校庭に立ち、東都学園生徒たちと怪物との戦いの様子を見つめた。戦いは全校を股に掛け行われている。



 プールに浮かぶサブマリンユニットからウォータージェットカッターが射出され、飛行するイーヴィルを斬り裂いた。


「あーあ。私、プールから出られないんじゃん」


 ユニットの操縦席にいるのは、水泳部二年深水翠ふかみみどり。健康的なシュートヘアの女子生徒だった。


「いやいや、翠ちゃん、かっこいいって」

「そうそう、その戦闘服みたいなのも似合ってる」


 プールサイドに立つ水泳部の生徒らがはやすと、


「えへへ……そう?」


 翠はスクール水着のような鎧姿で頭を掻いた。


「翠! 右から来るよ!」

「オッケー!」


 翠はサブマリンユニットを回頭させ、飛来する数体のイーヴィルをカッターで斬り刻んだ。



「おおりゃぁー!」


 トゲが付いた鉄球が振り下ろされた。受け止めようとした怪物は両手と頭部を砕かれ全身を塵に変える。


「甘いな! 俺のハンマーを受け止められんのはゴッグだけだぜ」


 チェーンを引いてハンマーを回収した、サブカルチャー研究会一年の宍戸渉ししどわたるは鼻息を荒くした。


「宍戸、お前の体型こそ、ゴッグじゃねーか」


 右腕にドリルユニットを装着した生徒が言うと、


「なにおう! 木村卓きむらすぐる! ドリルなんて古臭い武器を持ったやつに言われたくないわ!」


 宍戸は叫んで、標準体型より少し肉の付いた体を揺らした。


「聞き捨てならんぞ宍戸。ドリルこそは、真のおとこの武器! 今の〈おとこ〉は、漢字の〈漢〉の字な」


 宍戸と対照的に不健康なやせ型の木村は、自分の右腕のドリルを誇らしげに天に掲げた。


「ほら! そこのゲテモノコンビ! 駄弁だべってんな!」


 右腕のシザーピンチで怪物の頭を挟み潰して、三つ編みおさげの女子生徒が眉を釣り上げた。


高梨たかなしマリ! そんな武器を付けたお前にゲテモノとか言われたくないわ!」

「そうだ、そうだ!」


 宍戸が指をさし、木村もドリルを振りながら同意した。


「何でお前は、いちいち人のことをフルネームで呼ぶんだ!」


 マリはジャンプしてカブトムシのような怪物を掴み取ると、そのままピンチで挟み潰す。


「木村卓! 俺らも負けてらんねーぞ!」

「そうだな!」

「よし、今度はターンエー型で行くぜ!」


 宍戸はチェーン部分を掴んで、ハンマーを引き摺りながら怪物に走っていく。


「ゲッタードリル!」


 木村も叫びながらドリルを怪物の胴体に突き刺した。



「テラ! ディールナイトを見つけた!」


 深井弘樹ふかいひろきは目の前の怪物を剣で斬り倒すと、校庭の向こうに立つ白と青の鎧の戦士を指さして、


「ちょっと、行ってくる!」

「おいこら! ヒロ!」


 サバイバルナイフを手に、怪物と戦っていた寺川巧てらかわたくみもそのあとを追った。


「おーい! ディールナイトー!」

「……え? ヒロか?」


 鎧姿で右手に剣を提げた弘樹が駆け寄ってきた。


「あの武器は、スペードシックス。ヒロが使ってくれていたのか……」


 翔虎はマスクの下で笑みを浮かべた。


「ディールナイト、大丈夫ですか?」

「う、うん、大丈夫。ありがとう」


 弘樹の勢いに気圧されるように、翔虎は一歩引いた。弘樹はかかとを付けて直立する姿勢になると、


「あ、あの、ですね……俺、ずっと前から、初めて助けてもらったときから一目惚れでした! 付き合っ――」

「ごめんなさい!」


 電光石火の早さで翔虎は断りを入れた。瞬間、弘樹はその場に膝を突いて項垂うなだれた。


「ははは、元気出せ、ヒロ」


 寺川は弘樹の肩に手を置いて、「すみませんね」とディールガナーを見る。直は微笑み、ゴーグル越しに寺川と目を合わせた。



 小型リボルバー銃を構えた生徒の背後に、怪物が跳びかかった。


長谷川はせがわ! 後ろだ!」

「えっ?」


 声を掛けられた一年新聞部の長谷川ひろしは、振り向いて銃を向け引き金を引いたが、カチリと撃鉄の倒れる音が鳴っただけだった。


「う、うわぁー!」

「長谷川ー!」


 声を掛けた生徒、新聞部二年宗田司そうだつかさは、手にした斧を振りかぶって投擲する体勢を見せたが、すぐに目の前を怪物に塞がれ、それを打ち倒すために斧を振るわざるを得なくなった。

 長谷川に跳びかかった怪物は、滞空中に一瞬で塵と消えた。長谷川は「?」という表情になる。

 怪物を塵に変えたのは屋上階段室上からの狙撃だった。女子生徒が膝立ちの姿勢でスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込んでいた。


「ふう……」


 息をついて吹奏楽部一年の森野幸もりのさちは、スコープから目を離した。足をタップして換えのライフル弾を数発錬換してキャッチ。弾切れとなったライフルへの装弾作業を開始しながら、懐からおにぎりを取り出してもぐもぐと食べ始めた。が、


「ぶふぉっ!」


 校舎の壁沿いに急上昇してきたトンボのような怪物が突然眼前に現れて、幸はご飯粒を吹き出した。幸はおにぎりを咥えたまま急いで給弾を終えたが、ライフルを向けるよりも怪物の牙が幸の喉を切り裂くほうが早いかに見えた。が、銃声とともに怪物は幸の目の前に塵と消える。


「さっちー、間一髪ー!」


 怪物を撃ち抜いた当人の声が空中から聞こえた。


「おお! ゆーのん!」


 幸は同級生の野呂悠乃のろゆうのに手を振った。悠乃は、ローターユニットを装着した立花麗たちばなうららに腰を掴まれて飛行している。麗の反対側の左手には、同じように拳銃、大型リボルバー銃を持った女子生徒が掴まれていた。


「ゆーのん!」


 幸は懐からおにぎりを三つ取り出して、悠乃に向かって投げる。


「おお! さっちーのおにぎり!」


 悠乃は片手で三つのおにぎりを器用に受け取った。「はい、ひろみっち」と悠乃はおにぎりをひとつ、麗の左手に掴まれている女子生徒に渡す。ひろみ、と呼ばれた生徒は、おにぎりを受け取って食べながら、


「ゆーのん、凄いね-、あんな距離で飛んでる敵に当てられるなんて。初めて銃を撃ったとは思えないよー」

「え? えへへ、まぐれまぐれ。もぐもぐ」


 悠乃の同級生、相田あいだひろみに銃の腕を賞賛された悠乃はラップを取っておにぎりを頬張った。


「お嬢さん方、わたくしたちは貴重な航空戦力なのですから、おしゃべりはそれくらいにして、戦いに集中して下さいな」

「はいはい。うらっち、次期生徒会長ともなると、違うねー」

「うふふ。わたくしをご指名下さるなんて、霧島きりしま会長はやはり見る目があるということですわね。権力を手にしましたわ」


 麗は、にこりと微笑んだ。


「生徒会長、頼りにしてますよ」


 ひろみに言われると、麗は、


「いい響きですわ。ひろみさん、もう一度言ってくださいな」

「よ! 生徒会長! 日本一!」

「うーん……最高ですわ」

「うらっちは両手が塞がってるから……はい」


 悠乃はラップをはがしたおにぎりを麗の口元に持っていく。「いただきますわ」と麗はおにぎりにかぶりつく。


「うひゃひゃ。うらっち、指舐めないでよ、くすぐったい」

「ゆーのんさん、お米の一粒一粒には神様が宿っていらっしゃるのですよ。残してはいけません」


 麗は悠乃の指に残ったご飯粒まで残らず舐めとった。


「ゆーのん、麗先輩、遊んでる場合じゃないですよ」

「はっ! そうでしたわ」


 ひろみに言われ、麗は真面目な顔に戻ると、


「ひろみさん、左にいる敵の群れをやりますわ」

「了解、会長」


 ひろみが返事をすると麗は、またにやりとした。


「ひろみっち、銃は両手で構えて、ゆっくりと呼吸を整えてね……」


 悠乃がひろみに銃の撃ち方をレクチャーしていた。



かえで! そっちに来てるよ!」


 サッカー部マネージャー佐伯香奈さえきかなは手にした短剣で怪物を斬り倒すと、大友おおとも楓に敵の襲来を知らせた。


「うわぁぁん! 私、やだー!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「だってー! ――きゃー!」


 楓は右腕を振った。唸りを上げるチェーンソーが、トカゲのような怪物の右腕を斬り飛ばした。


「いやー! 来ないでー!」


 楓がそのまま滅茶苦茶に腕を振ると、怪物は五体をバラバラにされて塵と消えた。


「その調子よ、楓」

「私、もっとかわいい武器がよかったー! こんなのやだー!」

「それ、かっこいいって。スプラッター映画に出てくる怪人みたいで」

「褒めてないー! ねえ、香奈、武器交換して」

「ダメに決まってるでしょ!」


 香奈は短剣を薙ぎ払って怪物を塵に変えながら返した。


「うわぁー……いっぱい来るー……」

「楓、あっちの人数が足りてないみたい。ここ任せてもいいよね」

「えー……あ、香奈ー!」


 香奈は他のチームの助っ人に走って行った。楓に数体の怪物が迫る。


「あー! やめてー! 来ないでー! いやー! うわぁぁん……!」


 絶叫しながら楓が右腕を振るたび、怪物はチェーンソーで斬り刻まれ、塵に変わっていった。



「あっちにでかいのがいるぞ!」


 地中に埋まっていたケーブルを切断した、ゾウムシのような巨大イーヴィルが姿を現した。近接武器では対処のしようがないため、銃器を持つ生徒らが中心になって攻撃を加えるが、


「なかなかかてえ外殻だな……」


 秋葉あきばは汗を拭った。彼の対物ライフルを持ってしても、なかなか有効なダメージは与えられない。


「どいてどいてー!」


 一台のバイクが走り込んできた。運転しているのは、二年の林吾郎はやしごろう。その後ろには二人の女子生徒が跨っていた。バイクが横滑りに停止すると、女子生徒二人は飛び降りて、


ゆい、一発かましてやれ。その、いかにもビッチっぽい武器で」

「誰がビッチだ」


 二年の北見杏奈きたみあんな戸村唯とむらゆいだった。唯はロケットランチャーを肩に担ぎ、腰鎧から姿勢安定用のストッパー脚を出して地面に刺し、腰を落とす。


「行くよ! ファイア!」


 唯はロケット弾を一気に撃ち放った。四発のロケット弾は全弾巨大イーヴィルに命中し、外殻を砕いて炎に包み全身を塵へと変えさせた。


「いよっしゃ! 見たか! ……あれ?」


 唯の周囲にいた生徒たちは、至近距離で四発も放たれたロケット弾の爆風を受けて一様に倒れていた。バイクも横倒しになり、投げ出された林も地面に突っ伏している。


「だ、大丈夫ですか? 秋葉先輩」


 唯は、近くに倒れていた林を無視して秋葉に駆け寄る。


「お、おう……お嬢ちゃん、なかなかやるじゃねーか……」


 倒れたまま秋葉は親指を立て、にやりと笑った。


「くっそ……おいこら唯!」


 杏奈は立ち上がって抗議をする。


「あはは、ごめーん」


 ロケット弾を補充しながら唯は平謝りした。


「もう……おいみんな! 寝てる場合じゃないぞ!」


 杏奈は叫んだ。周囲に怪物の群れが迫りつつある。両腕に装着されたパワーガントレットの具合を確かめるように、手を二、三回わきわきと握って拳を打ち合わせると、杏奈は真っ先に怪物の群れに飛び込んでいく。


「おらおらー!」


 杏奈の拳を受けて、怪物が次々に宙に舞い塵と化していった。



 中村正則なかむらまさのりは、怪物相手にバトルハンマーを振るっていた。


「くそっ、この、でかいの……」


 中村の前には、今までよりも一回り大きな、四メートルに届く全高を持つトカゲのような怪物が立ちはだかっている。


「中村」

「助太刀するぞ」

「何? お、お前らは……」


 中村の左右から二人の男子生徒が現れた。鎧姿の左腕には、コンソールのようなものが装着されている。二人はそれぞれ、一体の人型ドローンを随伴していた。


「写真部のダブル部長。左左京ひだりさきょう右京うきょう兄弟!」

「いかにも」

「行こう、兄さん」


 垂れた前髪で右目を隠した兄の左京と、兄と逆に左目を隠した右京は一卵性双生児。並んで同時に撮影した写真がステレオグラムになるという変な特技を持った兄弟だ。

 兄弟は同時にコンソールを操作した。躍り出た二体のディールドローンも、ほぼ寸分の狂いもない、左右対称シンメトリーに蹴り、突きを繰り出し、ダンスのような華麗な動きで巨大怪物を追い込んでいく。


「おお! さすがに息がぴったりだ!」


 中村の賞賛の声を受けて、左兄弟は同時に「ふっ」と笑みを漏らす。振られた鋭いかぎ爪をしゃがんでかわした二体のドローンは、同時に下段蹴りで怪物の足首を払った。


「もらった!」


 背中を地面に打ち付けた怪物に跳びかかった中村は、その胸にハンマーを叩き付けた。ハンマーは怪物の胸を貫いて地面を叩き、怪物の全身は塵に変わった。



押忍オス! 東学応援団長剛田豪ごうだごう、行きます!」


 リーゼントの髪型に鉢巻を巻いた大柄な男子生徒が、円錐形の武器ランスを構えて腰を落とした。


「剛田団長にエール!」


 その後ろに並んだ十名近くの男子生徒のひとりが叫んだ。東学応援団のメンバーたち。いつの間に引っ張り出してきたのか応援旗も掲げられていた。


「おおりゃぁー!」


 雄たけびを上げながら剛田が突進すると、ランスの先端に貫かれた怪物が次々に塵と消えていく。後ろに並ぶ生徒たちは「ソイヤ! ソイヤ!」と叫びに乗せて正拳突きを繰り出している。


「非戦闘員は体育館に戻って下さいよ!」


 応援団に襲い掛かる怪物をハルバードで撃退しつつ、一年陸上部根岸雅治ねぎしまさはるが叫んだ。


「団長最後の晴れ舞台だ! 大目に見てやってくれい!」


 同じ応援団の二年篠原栄太しのはらえいたは、タワーシールドで仲間を守りながら言った。



 ホバリングするハチのような怪物が、尾の先端に伸びている針を射出した。その針は、サブマシンガンを構えた生徒の背中に向かって飛ぶ。その間に小柄な男子生徒、正木晃まさきあきらが割って入った。正木は左腕に装着されたユニットから伸びるグリップを、やはり左手で握っている。正樹はグリップ先端に付いているボタンを親指で押した。正木の周囲に半透明のバリアが張られ、飛来した針を弾き飛ばす。

 正樹がバリアを解除した直後、サブマシンガンを持った生徒が振り向いて引き金を引き、ハチの怪物を塵に変えた。


「正木、サンキュー」

青木あおき部長、危ないところでした」


 サブマシンガンを持った美術部部長青木おさむと正木は片手を上げあった。


「なんだか……」


 と正木は、


「怪物、だんだんと大きいやつが出てくるようになってきてませんか?」

「ああ、俺も感じていた」


 青木とともに周囲を見回した。今、青木が倒した怪物も全長が三メートルに達する大きさだった。

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