第64話 燃えよ東都学園 5/5

 翔虎しょうこを先頭に、間に亮次りょうじを挟み、なおが後方を警戒しながら三人は廊下を進んでいた。エースの有効時間はとうに切れ、直はビキニアーマーに戻っている。

 一度曲がった廊下の先に両開きのドアが見えた。三人はドアに近づいたが、平たいドアには手を掛ける部分もなく、開閉するスイッチのようなものもどこにも見当たらない。


錬換れんかんで破るか」

「でも、翔虎、もう使える武装はディールナイトエースだけだよ」

「そうだった。こんなところで使えないな。よし、体当たりで破る。二人は下がっててくれ」


 翔虎はドアから離れ、直と亮次は一緒に廊下の壁際に近づく。


「直、破った途端、何か出てきたら、亮次さんのこと頼むぞ」

「わかった」

「よし、行くぞ」


 翔虎は助走を付けてドアに体当たりした。翔虎は弾き飛ばされたが、ドアは合わせ目を中心に陥没し、亀裂も走った。


「もう一発!」


 二度目の体当たりでドアは破られた。翔虎はその勢いのまま向こう側になだれ込み、直と亮次も続いた。

 ドアの向こうは、直径十メートル程度、天井までの高さは五メートル程の広い部屋だった。ドアと反対側の壁際に黒と金の鎧のリヴィジョナーが立っている。


「ディールナイト、ディールガナー、こんなところにまで」


 リヴィジョナーが振り向いた。立ち上がった翔虎は指をさし、


「お前、どこに行く? 何をするつもりなんだ!」

「あの、怪物が出てきた穴の中に行く気なの?」


 直も続けて訊いた。


「あの空間は、生成したイーヴィルなどのユニットを送り込むための通り道、異次元のような場所です。我々のような生身の存在が通れる場所ではないのです。いえ、〈場所〉という言い方も相応しくはないですね。あそこには、空間も時間もありません」

「何だかわけがわからないが、お前が逃げ出すつもりじゃないってことがわかって安心したよ。ここで倒す」


 翔虎はタッチパネルに指を乗せ、ドラムを〈スペード〉と〈A〉に合わせた。


「ええ、逃げるつもりはありません。計画の見直しをするだけですから」

「ここで終わりだよ」


 翔虎は屈み込み、光を放ち始めたてのひらで床を叩いた。しかし、


「……何?」


 タッチパネルには〈Error〉と表示されていた。


「まさか、ここも?」


 立ち上がった翔虎は円形の室内を見回す。後ろでは直と亮次も同じく周囲を見回していた。


「そうです。この船はすべて有機物質でできています。ここまでするのは過剰な対応かと思っていたのですが、功を奏したようですね」

「くそ!」


 翔虎は床を蹴ってリヴィジョナーに飛び付き、その胸に光る掌を打ち当てた。が、


「当然、私の体もです」


 タッチパネルにはやはり、〈Error〉が表示された。


「お前、屋上のコンクリートから作られたくせに……」

「原子構造をいじることくらい、わけはありません。あなた方の技術を応用したまでです」


 リヴィジョナーが右腕を振り、翔虎は吹き飛ばされた。


「翔虎!」

「翔虎くん!」


 直と亮次が駆け寄る。助けを借りて起き上がった翔虎は、


「くそ……それなら、徒手空拳で倒すまでだ」

「あなた方は、これの相手をしていて下さい」


 リヴィジョナーが言うと、天井の一部が開き、何かが床に落ちてきた。全高二メートルを超える巨人。人型のロボットだった。禍々まがまがしい、目にするものに恐怖を与える外見をしており、頭部は人の髑髏どくろを思わせる。


「〈死神グリムリーパー〉と名付けました。イーヴィルに続いて投入する予定の戦力です。この星用にカスタマイズした試作品が一体だけ完成していました。イーヴィルもそうしたのですが、いかにも〈人間の敵〉を思わせる見た目でしょう。この宇宙に生まれる知的存在は、その技術、文化は違えど皆一様に、嫌悪感や恐怖を抱くデザインというものはある程度共通していますね。このグリムリーパーは、あまり大量投入せず、イーヴィルの上位存在として強敵感を演出しようと考えているのです。地球人の抵抗程度によりますが、最大で百メートルクラスのものまで投入する考えがあります。当然、このグリムリーパーも有機物質で作られていますから」


「亮次さん、下がって」


 翔虎と直は亮次をドアまで下がらせ、数メートルの距離を置いてグリムリーパーに対した。

 不気味な起動音を鳴らしながら死神が動いた。床を滑るように移動し、一瞬で距離を詰めると、翔虎の胸に蹴りを当てる。


「ぐわっ!」


 凄まじい勢いで蹴り飛ばされた翔虎は壁にめり込んだ。


「翔虎――あっ!」


 直も拳を受け、翔虎とは九十度反対方向の壁に激突する。


「翔虎くん! 直くん!」


 ドアの敷居で亮次は叫んだ。


「大丈夫ですよ……亮次さん」


 壁の亀裂から這い出た翔虎が答えた。鎧の胸には放射状に亀裂が走っていた。直も起き上がる。やはり鎧の胸部分が損傷していた。

 グリムリーパーは直をターゲットにした。


「直!」


 翔虎が走る。直は腕を上げて死神の拳の連打を防御し続けている。翔虎が敵の背中に蹴りを入れた。グリムリーパーは動きを止めて上半身を捻り、裏拳で翔虎を殴り飛ばす。


「翔虎!」


 パンチを回避した直はグリムリーパーの股を抜けて、床を転がっていく翔虎を追った。拳を壁に突き刺した漆黒の死神は、拳を抜くと直を追う。

 未だ倒れている翔虎の前に直が立ち、迫る敵にカウンターで蹴りを繰り出す。が、その蹴りは右手でキャッチされてしまった。グリムリーパーは腕を振り上げて離す。直は天井に叩き付けられた。


「直!」


 立ち上がった翔虎は敵の腹部を殴るが、死神は微動だにしない。逆に翔虎はヘルメットを横に殴られ、ドア付近の壁に激突した。


「翔虎くん!」


 亮次が駆け寄る。


「亮次さん……危ないから、離れてて……」


 翔虎は頭を振って膝立ちになった。ヘルメットには亀裂が走り、ゴーグルも割れ、翔虎の片目が見えていた。

 天井にめり込んでいた直は、ようやく床に落下した。


「錬換武装がないと……エースにならないと、勝てない……」


 翔虎の呟きを、亮次は神妙な表情で聞いていた。

 リヴィジョナーは戦いから目を離し、大型画面のついた壁に向いて手元のコンソールを操作している。


「お前……何をしてるんだ……」


 その画面を見て亮次が訊いた。画面は何分割かされ、ニューヨーク、パリ、ロンドン、モスクワなど、世界の主要都市の映像が映し出されていた。パリ、ニューヨークなどは夜であることから、リアルタイム映像であるらしい。


「日本以外に、世界同時にイーヴィルを送り込むための準備です」

「何だって!」


 亮次が叫び、翔虎、直も顔を向けた。


「各都市の住宅街を狙います。世界各国で同時に起こる突然の大虐殺。性急すぎる気もしますが、致し方ないでしょう。ここで思わぬ反撃に遭ってしまいましたからね」

「そんなこと……させるものか」


 翔虎は震える脚で立ち上がる。


「翔虎!」


 直も立ち上がって叫ぶ。


「翔虎、私の鎧で!」

「――そうか! ディールガナーの鎧を使って」


 翔虎は直の考えを察し、タッチパネルのドラムを回しながら直のもとに走った。リヴィジョナーもまた、コンソールを操作する手を止めて床を蹴り、翔虎よりも早く直の背後に立った。直は振り向いて防御態勢をとったが、リヴィジョナーは攻撃を加えるでなく、水平に伸ばした手で防御する直の前腕鎧に触れた。


「な、何――あっ!」


 リヴィジョナーの掌から青白い波が発せられ、直の全身を包んだ。


「直!」


 翔虎はドラムを回す指を止めてリヴィジョナーに突っ込んだが、突きだした拳を躱され、前腕部鎧を掴み取られた。


「ぐっ!」


 翔虎の体にも青白い波が浴びせられる。翔虎が膝を突くと、リヴィジョナーはもとのようにコンソールに戻った。


「な、何をしたんだ……」

「それよりも、翔虎!」

「あ、ああ」


 翔虎は改めてドラムを回し、〈スペード〉と〈A〉に合わせて錬換を発動、輝く掌を直の背中に当てた。しかし、


「……何?」


 翔虎のタッチパネルには、またしても〈Error〉と表示された。


「材料が足りないのか?」


 翔虎は亮次を見た。亮次は首を横に振って、


「いや、ディールガナーの鎧ならば、エースアーマーを作り出すくらいの質量は取れるはずだ」

「じゃあ、どうして?」

「あなた方の鎧の原子構成をいじらせてもらいました」


 モニターに顔を向けたまま、リヴィジョナーが言った。


「何? まさか……」


 亮次が呟く。


「ええ、そうです。その二人の鎧の材質を有機構成に組み替えました。私がこの体にしたようにね。もう、その鎧を使って〈レンカン〉を行うことはできません」

「な、何だって……」

「じゃあ、もう、翔虎は……」


 翔虎は、だらりと両腕を下げ、直は、がくりと肩を落とした。


「あなた方もそこで、これから世界中で起きる大虐殺を一緒に目撃しましょう。地球人が新しい段階に進むためのスタートです」

「くそ!」

「やめなさい!」


 翔虎と直はリヴィジョナーに跳びかかったが、間に立ちふさがった死神の拳を受けて二人とも弾き飛ばされた。


「翔虎くん! 直くん」


 壁に激突して倒れた翔虎と直に亮次が駆け寄った。


「亮次さん……危ないから、下がってて……」


 翔虎は立ち上がったが、膝が震えており立っているだけで精一杯という様子。直は未だ床に倒れたままだった。

 グリムリーパーが右拳を鋭い剣状に変化させ、突きだした。切っ先が中腰になっている翔虎の顔面を狙う。

 真横にいた亮次が体をぶつけて翔虎を横に押し飛ばした。突き出される剣の向かう先にあるものは、翔虎の頭から亮次の胸に変わった。

 亮次に回避する時間は与えられなかった。亮次の胸の中心に死神の剣が突き刺さり、背中へと突き抜けた。


「亮次……さん?」


 翔虎は呆然とその情景を瞳に映し、起き上がり掛けていた直は動きを止めた。



 怪物の数が大幅に減ったことで、神崎かんざきは車に乗せられて病院に向かった。新田にったと数名の教師が付き添いに付く。校門横の道路を走る際、神崎は薄目で校庭を、怪物と戦う生徒たちの姿を目にしていた。変わらず苦しそうな息を吐き続けていたが、その表情には僅かに笑みが浮かんでいた。



 大型銃器と航空戦力の攻撃により、巨大イーヴィルは翼を失い地上に落下した。四本の脚で立ち、なおも攻撃を続ける。


「口から吐く炎に注意しろ!」


 戦いの指揮を執っている烏丸からすまの声に、生徒たちはドラゴンの正面に立たないように位置を変える。直後吐き出されたドラゴンの炎は、誰もいない校庭の地面を焼いた。


「こいつの鱗、硬いぞ!」


 弘樹ひろきが叫んだ。武器を突き立てるが、ドラゴンの鱗は剣を通さない。


「私がいく!」


 一年の女子サッカー部員、石田早苗いしださなえがグレートソードを構えて突撃する。


「あたしも!」


 三年卓球部の竹井愛たけいあいも右腕に装着したパイルバンカーをかざして走る。二人の上にドラゴンの前足が覆い被さった。


「危ないっ!」


 柔道部主将、岩城大作いわきだいさくがショベルアームでドラゴンの足を受け止めた。


「サンキュー、岩城!」


 愛はそのまま突撃した。撃ち出されたパイルバンカーの杭は硬いドラゴンの鱗を貫いた。


「早苗!」

「はいっ!」


 杭を抜いた愛が叫ぶと、穿たれた穴に早苗がグレートソードを突き刺す。二メートルほどもある大剣は根本まで埋まった。ドラゴンは咆哮を上げ、動きが止まる。それを機会に、烏丸を先頭にした近接武器部隊が斬り込んだ。同時に水野みずののバギーカーとはやしのバイクが走り、空中では矢川やがわうららりんが飛び回り、敵を攪乱かくらんする。


「ていっ!」


 陸上部二年池原修いけはらおさむが槍を投擲した。矢のように飛んだ槍が左目に突き刺さり、巨大なドラゴンは一瞬動きを止めた。その隙を突いて、斬り、突き、叩き、撃ち、生徒たちは一斉に攻撃を浴びせていく。ドラゴンは大きな咆哮を上げた。


「とどめだ!」


 烏丸が跳び上がった。抜き放たれた白刃が長い首の喉元を水平に斬り裂く。次の瞬間、ドラゴンの巨体は崩れ落ち、全身を塵に変えて校庭に広がった。生徒たちの間から上がったどきが、一体残らず怪物が駆逐された校庭に響いた。


尾野辺おのべくん、こっちは片付いたぞ」


 刀を鞘に収めた烏丸は上空を見上げた。垂直に上昇していった飛行物体は、遙か青空の向こうに小さく映っていた。



「亮次さん!」

「亮次さん!」


 翔虎と直は倒れた亮次の左右に屈み込んだ。グリムリーパーは右手を拳に戻し、様子を窺うように立っている。


「翔虎くん……直くん……」

「喋っちゃ駄目!」


 直が亮次の傷口を押さえながら叫ぶ。が、構わず亮次は、


「私が、ここに来たことは、やはり正解だったよ……」

「何言ってるんですか! 亮次さん!」


 翔虎は涙声で亮次に縋り付く。翔虎、直とも、ゴーグルとマスクを収納しており、涙が頬を伝っている。


「翔虎くん……」


 亮次は翔虎の顔を自分に引き寄せ、


「いいか、私の言うことを、よく聞くんだ……今、あいつは油断しきっている。もう二人に戦う力はないと、そう信じ込んでいる」

「正解ですよ……もう、僕たちには……どうすることも……」

「翔虎くんが、エースになってあいつを倒せ。ディールナイトエースにさえなれば、あのでくの坊も敵じゃないさ」


 翔虎は涙を拭って、


「そんなこと言われても……でも……」

「亮次さん」


 と直も涙声で、


「ここには、錬換できる材料がないんですよ……」

「いや、ある」

「え?」

「私だよ」


 翔虎と直は黙った。すすり泣きの声だけが響く。


「二人とも、おかしいと思わなかったのかい。私の傷口からは、一滴の血も流れていないじゃないか……」


 言われて直は、ゆっくりと亮次の傷口から手を離した。服が破れ、素肌に傷口が覗いているが、確かに出血はまったくない。


「ど、どういうことなんですか……」

「亮次さん……」


 二人の視線は、出血のない傷口から互いの顔に移り、亮次の目に戻ってきた。


「いいか、よく見て、聞いてくれ、二人とも……」


 亮次は自分の服と、その下の肌を一緒に強く握り、一気に引き剥がした。翔虎は「えっ」と声を漏らし、直は両手で口元を覆った。亮次の胸には、人工皮膚の下に隠されていた金属製の体が覗いていた。


「翔虎くん、直くん、私は……人造人間アンドロイドなんだ……」


――2017年3月18日

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