第24話「女の話」

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気がつくと俺は自分のベッドで寝ていた。よく見慣れた天井だ。身体は…それなりに満足に動かすことができみたいだ。少し不自然さと痛みは感じるが、これくらいなら起き上がることができるだろう。アレクサンダーと戦った後、俺はココの膝枕の誘惑に負け寝入ってしまった。俺はあれからどのくらい寝ていたんだろうか。そろそろ皆に言ういい訳も考えないとな、と思い上体を起こした。



ガシャンッ


「…………リッカ…?」

「……お前人ん家で何やっているんだよ、リティナ」


左頬に激痛。え、そんなとこ怪我してたっけ?鈍い痛みが頬と脳を襲う。そして気付いた。なんか知らんが俺は叩かれたらしい。


「心配したんだから!3日も目を覚まさないで!!!」


両肩を揺さぶられる。やめて。俺3日寝てたんでしょ?それなりに身体のエネルギーも無くなってるんでしょう?死ぬよ?マジで?脅しじゃなくてマジでちょっときもち悪くなってきたかんね?ていうかなんで叩かれたの?


「なんとか言いなさいよ!」

「なんで叩かれたんだ!?」

「知らないわよ!!」

「知っておけよ!!!」


気付くとリティナの頭が俺の胸に触れていた。どうやら泣いているらしい。…やめてくれ、なんて声をかけたらいいかまったくわからん。くそう、前世の俺にそんな経験があれば…!


「痛いの痛いの…」

「…痛くて泣いてるんじゃないわよ!馬鹿!屑!妖精好きの変態!」


目を少し潤ませながらも顔を上げてくれた。良かった、一難過ぎ去ったようだ。でも見つめるのはやめてくれ。やめてくれ。やめろって。どんだけ見つめ合ってるんだよ。ていうか最後の言葉は撤回しろ。なんか危ない奴みたいだ。


「…私達が眠っている間に何が起こったか正直に話しなさい。今ならまだパンチ一発で許してあげるわ」

「…殴られる前提のことをした覚えがないんだが…」

「嘘。眠る前、リッカの服はあんなに切り刻まれてなかったわ」


…よく観察してらっしゃる。確かにそれはその通りだ。俺はこいつらが眠った後、あの槍撃の雨を潜っていた。服もボロボロだったんだろうな。あの時は気付かなかったけど。


「知らん」

「言いなさい!」

「知らないんだって。俺も胸を刺されて気がついたらココの膝の上から2つの山を見上げてたからな」


右頬に激痛。え、そんなとこ怪我してたっけ?鈍い痛みが再度頬と脳を襲う。そして気付いた。なんか知らんがまた俺は叩かれたらしい。顔が両側から締め付けられてるみたいだ…


「これはパンチ一発に含めないわよ!」

「…はい…でも何もしらないんです…許してください…」

「………ホントに?」


リティナが更に顔を近づけて俺を見つめてくる。近い、とても近い。…すまんなリティナ。本当のことを言う気はないんだ。お前たちは俺についてくるっていう選択肢を選ぶかもしれない。そんな危険な目に、お前達を合わせたくない。


「…ああ。少しだけ補足すると、俺が死ぬ寸前くらいに妖精達がきたんだ。そこで妖精達が俺と契約してくれて、街の皆を回復してくれたんだ」


知らない、という嘘に少しだけ真実を混ぜる。嘘つきの常套手段だ。


「…言ってたわね、お礼は妖精にとか。…妖精さん達が助けてくれたのね。…でもなんでリッカなんかと契約したんだろう?」

「傷が深かったからじゃないか?縁(リンク)が繋がると魔力が共有されるからな。その影響で自然治癒力も上がるらしいし」

「…理にかなってて逆に怪しいわ」

「…俺にどうしろと…?」

「…あの金髪の少年はどこへ行ったの?」

「残念ながら知らないな」


知らない。俺はあいつがあの後にどこへ向かったのかを。他の街に被害が及んでないことを祈るだけだ。


「………」

「………」

「………わかった、納得してあげるわ!」

「そりゃどうも…」

「ふぅ………ココ!そういうことらしいわよ!隠れてないでこっちにくればいいじゃない!」

「あうっ!」


部屋のドアの方向を見ると、可愛らしく真っ白な尻尾な、左右に揺れていた尻尾が急にピンっと真っ直ぐになった。…あれは隠れていると言えるのだろうか。


「お、おはようリッカ君…リティナちゃんも」

「ワタシは一瞬看病を替わってただけだから。後でちゃんと、ココにも説明しなさいよね!」

「…ああ、わかったよ」

「じゃあねココ、後は任せるわ!…会員0番なんだから看病頑張んなさいよね!」


そういうとリティナはドカドカと部屋を出て行った。台風一過、というやつだろうか。幼い頃の天真爛漫な感じというよりは、快刀乱麻って感じに成長していくな。その答えが合ってるかどうかは別として。



「………おはよう、リッカ君」

「………ああ、おはよう」


なんだ…なんか気まずいぞ。何だこの空気。何も悪いことしてないのになんとなく話しづらい。ココも何も話さないし。…どうする、どう切り出す。というより何を切り出せばいいんだ…


「…リッカ君。さっきの話は本当?」

「あ、ああ。本当だよ。俺も何が何やら。ココ達は何か知らないのか?」

「…うん、何にも。ボクは特に、白い人に襲われて気も失っちゃった後だからね。眠ってばっかりで、本当に何にも。…気付いたら皆が倒れてたよ」

「…………そうか」


ココは罪悪感に苛まれているのだろう。自分がさらわれ陽動のきっかけになってしまい、そんな中で自分は気絶して記憶がない。そして少し起きて、眠らされて、気付いたら皆が倒れていた。自分が原因かもしれないのには何もわからない。それは不安で、申し訳なくて、辛いはずだ。


「………リッカ君は、嘘、下手だよね」

「………なにがだ?」

「リッカ君は多分、もし本当に何もわからなかったとしたら、必死に情報を聞き出して答えを見つけようとすると思うんだ」

「…っ!」


…確かにそうかもしれない。もし俺がさっき行ったとおりに、胸を刺された後に回復しているところを放置され、置きたら黒幕は居なくなっていて事件は収束している、なんて状況があったとしたら。俺はその状況に対する答えに行かないまでも、そこに向かう道筋を探そうとする筈だ。


「リッカ君、いつもどおり過ぎるよ。こんなことがあったのに。いつもだったら俺がもっとこうしていれば、とか。あの時の行動を考えると、とか。わからないことに対して全力で立ち向かうこと、ボク、知ってるから」

「………よく見てるな」


「…見るよ、好きだもん。ボクは、リッカ君のことが、好きだよ」


ココが俺の隣の、ベッドの空いたところに腰掛ける。そして俺を見つめてくる。…5年前を思い出す。その時も、ココはこんな目をしていた。


「ボクはリッカ君のことが大好きだよ。だから、リッカ君に起こったことは全部知りたい。リッカ君がボクに、ボク達に何をしてくれたのか、ちゃんと知って、恩返しがしたい」


「…恩返しが目的でやったことじゃない」


「…そうだよね。でも、何かやったんだよね?」


「…………はあ、わかったよ。一度しか言わない。よく聞けよ、ココ」


「…!うん!わかるまで何度も聞くね!」


「…まあいいや」


思わず笑ってしまった。だって、こんな風に嬉しそうに笑ってくれるから。



俺は少し掻い摘みながら話した。でも最初から、ちゃんと隠すことなく説明した。

朝起きて召喚術の練習を行ったこと。武器屋さんで商店街の皆と話したこと。ココのお母さんとジェイが傷だらけで店に入ってきたこと。ラークとリティナで追ったこと。時間召喚を使ったこと。そのまま急いでアラハンに戻ったこと、街が腐人(ゾンビ)で溢れていたこと。商店街の皆と合流したこと。噴水広場に向かったこと。


ココはうなずきながら聞いてくれていた。


商店街の皆が眠ったこと。ラークが刺されたこと。そして、再び時間召喚を行い噴水管理棟に皆を避難させたこと。そのままアレクサンダーに切りかかったこと。攻撃が弾かれココのお母さんを連れ逃げたこと。心臓を刺されたこと。妖精と奴隷契約したこと。


「…そこ。もう一度ちゃんと言って。リッカ君」

「え、ここ?特には…あいつらが助けてくれて、自分達に奴隷紋(スレイヴ)描いて、そこに魔力流して」

「リッカ君、奴隷制度嫌いだよね?」

「…はい」


なんだ、怖いぞ。急に怖いぞ。目が見開いてるぞ。


「…続けて」

「えっと…ご主人様って言われて」

「は?」

「え?」

「…………」

「…………」

「…続けて?」

「…で、アレクサンダーの攻撃掻い潜って左手チョンパして逃げられて、気絶したってところかな…」

「…………ふうん」


ココは腕を組みながら、横目に俺を見ながら、少し考えるように指で上を叩いてる。え、なんだろうこれ。


「リッカ君、ボクと奴隷契約して」

「え、やだ」

「…なんで?妖精さん達とは奴隷契約できるのに、許婚のボクとはできないんだ…?」

「え、許婚…?」

「…忘れたの…?」


……………あ。


「5年も前の話だろうが!」

「リッカ君は5年経つと許婚の約束も忘れるんだー…ふぅーん」


教会の洞窟の地下、確かにそんなことを言っていた気がする。気がするが…


「あれはほら、あの場の勢いというかなんというか!」

「リッカ君は勢いで10歳の女の子と許婚の約束するんだー…ふーん」

「ていうかほら、ココ町奴隷の契約してるから二重契約なんて無理だろ?」

「町奴隷って町から出ることができないの知ってるよね?」

「ああ、だって町から出ることができたら奴隷の縛りの意味が…」


……………ない。ないんだ。意味がないんだ。街から出ることができたら、奴隷契約の意味がないんだ。町奴隷は町そのものと契約している。だからアラハンから出ようとすると強制力が働いて転移するはずなんだ!なんでそれに気付かなかった!俺も頭に血が昇っていたのか…!?


「…契約が解除されてるのか!?なら無理に契約なんて!」

「…ううん。今のボクの状態はね、奴隷紋(スレイヴ)が描かれているのに誰も主じゃないから、誰でもボクの主になれちゃう状況なんだ」

「な…」

「このままだとボク、誰か知らない人の奴隷にされちゃうかも…」

「んな…」

「リッカ君、ボクのご主人様に、なってくれるよね…?」

「いや待て、決断を急ぐな。これは好機だ!なんとかして奴隷紋(スレイヴ)を消せば晴れて自由の身に」

「リッカ君が契約してくれなかったらラーク君の奴隷になる」

「ココ、契約しよう」


はめられた、俺ははめられたんだ!あの白いおっさん!これが目的ってわけじゃないんだろうけど!人質にするための手段の一つなんだろうけど!憎めない奴?一生恨んでやるさ!あんたは俺の仇敵決定だ!


「リッカ君、手を貸して?」

「あ、ああ…」


奴隷紋(スレイヴ)の位置。それは心臓の上。つまりは左胸、だ。


「…触って?」

「まて、なんで少しはだける必要がある!服の上からでいいだろ!」

「許婚なんだから気にしちゃだめだよ」

「気にしますー凄く気にしますー清いお付き合いが好きなんですー!」


「もう…」




唇が触れた。突然だった。俺も焦っていて、反応できなかった。…いや、これはいい訳か。



左手に魔力を流す。俺のほんのわずかな魔力は奴隷紋(スレイヴ)に流れていき、奴隷契約が完了したと認めなくてはいけない声が、頭の中に響いた。





「(これからも、よろしくね。リッカ君。ボクの、ご主人様)」

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