青年期『竜を喰った女』

第23話「漢の話」

あの悪夢のような1日からちょうど一ヶ月。街は次第に元の風景を取り戻しつつあった。


街の人は半数以上死んだ。ほとんどの原因は共食いだ。そして生き残った人達も、自分達が人を食らい殺していったという事実に耐えることが出来ず、精神を冒されていっていた。あれは悪い夢だった。皆が自分を守るために胸にそう言い聞かせる。狂犬病は、記憶がなくなるわけじゃない。意識がありながらも異常な行動をしてしまっていると聞いたことがある。その苦しみは想像しきれるものじゃない。


いつしかあの1日は、街の中からも外からも"アラハンの悪夢"と呼ばれることとなった。


王都からの支援も思った以上に早く届き、王国騎士団も参加して街の復興にあたってくれた。他の街からの支援や、奴隷の人達も沢山押し寄せ街は1週間ほどで元の姿を取り戻した。外見だけは。一ヶ月たった今でも、被害にあった人達の精神のケアは十分とは言えない。むしろあの事実からそんな簡単に立ち直れる人がいるのだろうか。そんな疑問を感じながらも俺は、この街を旅立つ準備をはじめる。


与えられた時間は3年。余裕はない。無駄にできない。身体が動くならすぐに動き出さないといけない。そんな焦燥感にかられる日々が続く1カ月だった。



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「リッカ、王都からの竜車が来たよ」

「ああ。…出発はいつごろになるんだ?」

「あと1時間ほどかな。リティナもココちゃんも来てないしね。商店街の人たちも後で来るってさ。…流石に町長が来るって言うのはお断りしたけど」

「ははっ…そうだな、ちゃんと挨拶しておかないとなー」


正門のすぐ手前。俺達は出発の準備をするため正門前の広場に集まっていた。確かに視線の先に竜車が見える。おー、でかいな!


ラークとリティナは時期を早めに王国騎士団に所属することになった。ラーク自身が志願したんだ。皆を守れる力が欲しい。誰にも負けない、悪に屈しないそんな強さが欲しい。そう言っていた。リティナもそれに着いていくらしい。彼女も何も出来なかったと思っているらしく、ラークと同じようなことを言っていた。


「そういえばリッカ、お母さんにはちゃんと伝えてあるんだよね?」

「…え、何が?」

「何がって…王都に行くことだよ」

「え、全然?」

「は?」

「母さんから手紙は来たな。大丈夫かって」

「それで?」

「大丈夫だ!って伝えたな」

「………本当にリッカは、絶対大物になるよ…」


俺達はとりあえずラーク達に着いて行くことにした。とりあえず王都に向かって異世界あるあるであるギルドに登録したいと思っている。この世界で強くなるにはやはり戦い続けるしかない。それには王都のギルドに登録して、正式に討伐依頼を受けながら稼いで行くのが一番だと思う。命の危険はあるが、そんなのは今か3年後かの違いだ。


とりあえず王都に向かい冒険者になり、その後世界を回りながら仲間を集める。3年後、あいつらに会うということは魔王と対峙するということだ。そのためには俺1人では心もとない。同じ目的をもった仲間がいる。…ただしラークやリティナは駄目だ。こいつらが駄目というより、王国騎士団に所属していたほうがスキルが上がると思うし、何より3年経つ前に魔王国と全面戦争になる可能性もある。ラークはこの国の勇者だ。だからこそ、俺個人の都合に振り回すことは出来ない。


「…リッカ、隠し事してないよね?」

「…何がだ?」

「最近のリッカはずっと思いつめている顔をしてるよ。…王都に行く目的は、本当にお母さんに顔を見せることが目的なのかい?」

「…………」

「すぐ帰ってくる予定なのに"ちゃんとした挨拶"が必要なのかい?」

「…言葉の綾だよ。忘れてくれそんなん」


ラークにはアラハンの悪夢で起きていた本当の事を話していない。俺が胸を刺された後、ココ達と一緒に眠りにつき気付いたら妖精達に傷を癒してもらっていた、ということになっている。つまり街の情報ではアレクサンダー…今回の事件の黒幕の目的はわからない、ということだ。…わざわざ言う必要はない。今のところあいつらの目は俺に向いている。ならそのまま突き通すだけだ。


「…リティナとココちゃんは女の子だ。言えないことの一つや二つしょうがない。でもリッカ、僕に隠し事はなしだ。親友、だろ」

「…親友でも言えないことの二つや三つあるさ」

「…………怒るよ、リッカ」

「…………あーもう、わかったよ!ていうかなんで1カ月間何も聞かなかったのに今聞くんだよ!」

「リッカは多分、僕と2人っきりじゃないと話してくれないと思ったからね。なんだかんだ、リッカはかっこつけしいだから」

「………説明しなくてもいいか?」

「とっとと言ってくれリッカ。一言一句聞き漏らさないから」


…いつの間にこいつはこんな立派な男になったんだろうな。つい最近まではまだ弟のように見ていた気がするのに。すぐに俺を追い越して進んでいきそうだ。…いや、そうだな。一緒に進もう。この不思議な異世界で、折角幼馴染になって、戦友であり、親友になったのだから。



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「…そうだったのか。リッカ、ごめん、本来であれば僕が君を守るべきなのに…」

「は?調子にのってるんじゃないぞラーク。お前なんてイチコロだっつーの。出会った時みたいにな」

「……ふ!そうだね。リッカには一生敵わないな…」


ラークは微笑んだかと思えばすぐ真面目な顔になり、俺を見つめた。


「…やっぱり僕は、王国騎士団に入るよ。…多分、僕はまだリッカの隣に立てるほど強くない。だからこそ、王国で一番の場所で最速で強くなって、君の隣に相応しい人間になる」

「…そうかそうか、お兄ちゃん嬉しいよ…」

「ちゃかすなよ…リッカ!」


ラークの拳が俺の胸を叩く。…俺はこいつらを、才能があって力がありながらも下に見ていたのかもしれない。


「1年くれ。強くなってくる」

「じゃあ俺は半年でもっと強くなるな!」

「…敵わないよ、全く…」


そう2人で笑いあいながら、背中を預けあう姿を想像して。強くなろう。そうさ、あんな雑魚共、俺達の敵じゃない。俺達が力を合わせれば、誰にだって勝てる。そんな気がした。









「そうそう、絶対言ってやろうと思って忘れてたけど、言い方はあれだけどさ」

「なんだ?」

「奴隷の女の子連れて旅にでるとか、どこかのお坊ちゃまみたいだよね」

「言うようになったじゃないか…ラーク…」

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