第22話「悪夢からの目覚め」
「…やられたよ、リッカ」
聖剣は既に最大限振りぬかれ、アレクサンダーの身体を上下に二等分した筈だった。確かに手応えがあった。肉を切る感覚というのも初めて知るものだが、剣先に抵抗を感じ、それはほんの少し速度を落としながらも奴の細胞を分断していった筈だ。だが
「…右腕だけかよ…やっぱり怪物だな、お前」
「…どちらが怪物かわからないよ。止まった時間を動けるかのような速度、僕の槍撃を全て凌ぐ反射神経、聖剣を召喚し、使いこなすだけの魔力」
アレクサンダーは後方、噴水の頂点に立ちながら俺を見下していた。先ほどまでのどこか不敵な雰囲気は消え、正々堂々真正面から俺を睨みつけていた。肘から下が無くなった右腕のことも気にせず、ただ真摯に俺を観察している。
「攻撃に関して言えば、僕は本気を出したんだ。それをこうもただの人間に受け流され、更に右腕まで失うとはね。…君の恐ろしいところは単純な強さじゃない。その恐ろしいまでの聡明さだ」
「照れるね」
「何故"左半身への攻撃が無効化される"とわかった?」
「…説明すれば案外納得のいく理由だけどな。右手で武器を持つのに右肩に人を背負っていた。俺が最初に切りかかったときもお前は人質を盾にすればいいものを、その逆左に向き直そうとしていた。俺が早く動けると知った後も、お前はこっちに左肩を向けて構えていた…俺の予想では右半身は魔法かなんかで守ってたんじゃないか?」
「…そうか、僕もまだまだだね」
「はは!おいおいアレクサンダー!全部見抜かれてるじゃねえか!」
…っ!気付かない間に近づかれていた。白装束髭面の大男、さっきココをさらって行った奴だ。俺のすぐ傍、背中との距離は伸ばせば腕が届くほどだ。…一転大ピンチかよ、ついてないな。
「…クラウズマン。何をしにきた。この街の中は僕の管轄だ」
「いや?帰りが遅かったから心配して見に来てやったんだぜ?なんてな!…よおリッカ?だったか?二度と会いたくねえのに二度も会っちまったなあ?」
「…会いたくはなかったけどお前が勝手に会いに来たんだろ?」
「はは!ちげえねえな!!!」
そういうと大男は強めに俺の肩に腕を乗せ、まるで友達と肩を組むかのように顔を寄せた。
「アレクサンダーにここまでやるたあ…てめえやっぱり面白れえな。どうだ、うちにこねえか?お前はまだまだ強くなれる。人間なんかの元に居たってしわくちゃになって腐って死んでいくだけだ」
「…俺はお前が殺るんじゃなかったのか?」
「あいつに殺されるくらいなら俺が貰ってやるよ。あいつ、こんなにキレやがったのは久しぶりだからな」
「勝手に話を進めるなクラウズマン。まだ殺さないさ。まだな」
風が舞った。気付いた時には俺の視界の大半が、アレクサンダーの身体を映し出していた。さっきまで薄れていた恐怖がまた色濃く俺を支配していく。こいつはやはり、手加減していた。手を抜いていたからこそ、俺は一撃を与えることが出来た。ただ、それだけに過ぎない。
「3年やる。人間は18から25辺りが全盛期と聞く。だから3年だ。3年間だけ待ってやる」
「…何をだ」
「覚醒しろ。強くなれ。魂を解放しろ。…お前の全力を無残に叩き潰し、僕が全てを奪ってやるよ」
「…そんなこと言われて誰がやるっていうんだよ」
「やるしかないんだよお前には。3年経っても僕の前に現れなかった時」
視界がひらけた。既にアレクサンダーはいなかった。
「全部ぶっ潰してやるよ」
アレクサンダーの魔力が消える。…既に遠くに行ったようだ。あの速さ。あの速度で動かれながら戦闘していたら俺はここに立っていられたのだろうか。そんな自信は、微塵もありはしない
「…………いつまで肩組んでるんだ、あんた」
「アレクサンダーがあぁ言った後だからな…俺はどうすりゃいいと思う?スカウトしたんだぜ?お前を」
「…俺に聞くなよそんなこと…自分で考えてくれ…」
なんだ、こいつは。ただの戦闘狂か。何にも考えてなさそうな顔しやがって。ていうかこいつの立場はなんだ。魔王の幹部と同等に話せるこいつ自体は何者なんだ。…殺気が全くないのが逆に理解できない。
「…まあ俺も帰るか。あいつがあんだけやる気を出してんだ、一発驚かされた俺は大人しく手を引いてやるよ。じゃあなリッカ、3年後、楽しみにしてるぜ!」
「…二度と会いたくないって言ったはずなんだけどな」
「二度あるこたあ三度あるんだよ!精精頑張るこったな!あ、もし勝てねえと思ったら俺のとこに来てもいいんだぜ?」
子供のような無邪気な顔をして離れていく。なんだこいつは。
「…ココを投げ捨てたお前についていく気はないよ」
「あ?あんなん演出だろうが。頭打って死ぬわけでもねえ。俺が手加減してることにも気付いてたんだろ?」
「そんな動きにくそうな格好で剣を持たれたら誰だってそう思うと思うけどな。なんだ全身白装束って。剣士なら剣士らしくしろよ」
「俺にも色々あんだよ!まあいい、強くなれよ小僧。あんな奴に殺されるな。俺が殺してやる。じゃあな、"妖精の召喚士"」
大男は背中を向け歩き出す。敵ながら、何故か憎めない奴だ。だが、魔王の仲間であることに変わりはない。切りつけた筈の切り傷ももうありはしない。あんな化け物共を相手にしないといけないかと思うと、この2回目の人生も中々うまくいかないものだな、と思いながら。
「あとは任せた、すまん、少し…寝る…」
『……リッカ!?』
少し悪いとは思うが、俺達の会話を気にしながらも街の皆を回復し続けてくれた妖精達に後を任せ、俺の意識は白く染まっていった。
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「…………リッカ君!!!」
「…ああ、ココ、無事だったのか。…良かった」
空は赤く染まりつつあった。これはあれだな、膝枕ってやつだろう。前世では一度も経験がなかったけどこれは病みつきになりそうだな。ちっとも動くことができない。…いや、身体が限界を迎えていたんだろう。薬漬けになって頭痛にも悩まされながら、身体を限界まで酷使した。使ったことのない新品の車で、流し運転もせずに最高速度で走り続けたんだ、そりゃあこうもなるわ…
「………また無茶、したんだね」
「…またってなんだよ」
「…1年前。街に魔獣が入ってきた時。リッカ君、逃げ遅れたボクを血だらけになりながら助けてくれたよね」
「…ばーか。んな昔のこと、覚えてないって」
ココが覆いかぶさる。一面闇に覆われ、すすり泣く声だけが聞こえた。
「………ありがとね、リッカ君」
「………おう」
「………いつまでもイチャイチャしてるんじゃないわよ!早く隣町に連絡して救助を頼まなきゃいけないんだから!」
「…リティナ、空気。空気読もう。僕でもわかる。今は駄目なタイミングだ…」
「…いやあー見せつけてくれるねリッ君!」
「リー坊、これはもうそういう時なんじゃないかな?」
「どういう時なのよ本屋。リッカ君たちはまだ15歳だよ?」
「………よくやった、リッカ。あたし達は何も見てねえし何もわからねえ。だけどお前が命を懸けて頑張ってくれたことは、なんとなくわかる」
ココの拘束から解放された。周りには皆が、俺達2人を囲むように立っている。…なんだお前ら、綺麗な格好じゃないか。…まあラーク以外眠らされてただけだからな。元気は元気か。ココのお母さんは武器屋さんが抱えている。多分、助かったのだろう。…他の街の人は、どのくらい助かったのだろうか。周りに既に妖精達はおらず、それはわからない。
「リッカ!」
「リッカ」
「リッ君」
「リー坊」
「リッカ君」
「リッカっ!」
「「「「「「……ありがとう」」」」」」
「…………礼は…妖精達に…」
あ、駄目だ…少し安心したらまた眠くなってきた。これは駄目だ、今は少しでも早くアラハンを…
俺の視界はココの手のひらによって、また暗闇に支配された。
「…おやすみ、リッカ君」
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