第21話「絆」
様子を見る。下手に動くのは得策じゃない。相手の出方を見る…のも格上の相手が勝負だと良い手段とも言えないかもしれないが、あっちも同じ考えのようだ。少し観察させてもらおう。
「…………」
「…………」
悟られないようにゆっくりと手を握り締める。五体の動きは問題ない。足もちゃんと動き、俺の身体を支えてくれている。妖精達のヒールの力。この回復力なら皆も大丈夫なはずだ。妖精の何人かはラーク達や商店街の皆、街の皆の回復にあたってくれている。
「(狂犬病と睡眠病のほうもいけるか?)」
『(ヒール キカナイ ケド ジョウカ デキル!)』
奴隷紋による僕(しもべ)との念話。これも奴隷紋(スレイヴ)による能力の一つだ。奴隷紋であることに納得はいっていないが、今はそんな悠長なことは言っていられない。むしろ、アレクサンダーに悟られずに妖精達と話せることは凄まじい優位性(アドバンテージ)だ。できる限り有効活用させてもらう。
「(よろしくな、皆)」
『(ウン!)』
…これが生物との縁(リンク)か。前に聖剣と繋がったことはあるけど、その時とは全く違う。話ができるって言うのもあるけど、表現しづらいが、自分は一人ではないとうっすらと感じている。この感覚はなんていったらいいんだろう。あえて言うなら、仲間、なんだろうか。
街の皆を回復をしている以外の妖精達は、縁を繋いで俺に魔力を供給してくれている。今までに感じたことのない魔力量。少し頭痛がするくらいだが、今はそれくらいが丁度いい。頭が回ってくれる。これなら薬物召喚をしなくても簡易加速(アクセル)が使える。
…だが、時間召喚(タイムサモン)はもう使えない。あれは1日3回しか使うことが出来ない。4回目を使おうとすると全身の力が抜け何も出来なくなってしまう。今の俺ならもしかしたら使うことができるかもしれないが、失敗した時のリスクが大きすぎる。こんな時に一か八かの勝負をするのは主人公補正がある漫画のヒーローか、大馬鹿者だけだ。一般人の俺は堅実に、確実に勝ち筋を見つけなければならない。
そして、アレクサンダーのあの余裕。左半身をこちらに向け、右手に持った槍を地面に平行に構えながら俺の動きに備えている。俺が時間召喚(タイムサモン)を使えるのを、時間を無視して行動できるのを知った上であいつは自分から攻めようとせずにこちらの行動を観察しているんだ。…また時間召喚(タイムサモン)をしてもそれに対応する自信があるんだろう。本当に、怪物だ。
だから時間召喚を使うのはなしだ。それで勝つことは考えるな。少し強くなった可能性があるからといって簡単に勝てると思ってはいけない。俺の全力中の全力と、相手の油断でなんとか追いすがるくらいの力量。もしくはそれでも全く敵わないくらいの差かもしれない。
今ここで決意しろ。成し遂げると覚悟を決めろ。あとはもう突き進めばいい。
「召喚(サモン)!」
両手に斧を召喚し、それと同時に怪物に向かって投げつける。投げた瞬間に脇目も振らずに全力でその軌跡をなぞっていく。強く踏み込みすぎたのか、石で舗装されている広場の地面が砕けたのがわかる。
「簡易加速(アクセル)!」
「……ふぅん」
腰を使って5メートルはあるであろう長槍を回転させ、弾き飛ばされる。斧は二つとも空高く舞い上がっていった。
「召喚(サモン)」
聖剣の契約紋と同じ原理。物体に対して契約紋(プロミス)を描けば、縁(リンク)が繋がっている限り手元に召喚することができる。弾き飛ばされた斧を再度両手に召喚し、強く握りしめ走り続ける。相手との距離、目測20メートル。
「…ははっ!さっきのとっておきは使わないみたいだね!君ならそうくるんじゃないかと思ったよ!僕もちょっと本気で行かせてもらうね…!!!おらよ!!!!」
雨。これは正面から降る雨だ。規則性なく降り注ぐその鉄の雨は俺の行く手を阻む壁にも見える。正直なところ、やばい。全く見えない。目で追うことができない。だがその一つ一つが殺傷能力を持っており、少しでも触れたら次の瞬間には蜂の巣になっていることだろう。
「…とっておきは一つじゃないぞ」
5年間という時間はあまりにも長い。その長い時間、人生をやり直している俺が無駄に過ごすと思うか?貰った力に甘んじてると思うか?普通はまず何ができるか試すだろう。そしてその能力のうまい使い方を考えるだろう。問題はその後だ。俺は使い勝手の悪いこの時間召喚を、少し退化させることに成功したんだ。時間召喚…Ver2.00とでも名づけておこう。
「隔絶時間(シャッター)!」
隔絶時間(シャッター)。時間を止めること。ただし、その時は俺も動くことができない。俺にできるのはただその止まった世界を眺めることだけだ。この力は特に使った後の頭痛などもくることはなく、少しの魔力消費で行える。
正面に見えるのは俺の顔を狙っている槍の刃。まだ槍が刺さる距離ではないから牽制だろう。だがこのまま進んだら確実に当たってしまう。奴が1回槍を突いてから引きまでの時間は正確にはわからないが、その間隔は掴めた。このタイミングだろう。奴が槍を引いて突き出すその瞬間に隔絶時間(シャッター)を発動させることが出来れば、後はドッヂボールと同じ要領だ。簡単に考えろ、そしてこなせ。こなせなければ死ぬだけだ。もう、時間が動く。
「……うおおおおおおおおお!!!!!」
ここからは瀕死圏内だ。さっきまで牽制だった槍が、俺の身体に当たる範囲。微塵も油断するな、あいつの槍の軌跡に集中しろ。避ける。避けれなければ斧で流す。ただそれだけだ!
「…それも、また反則技みたいにみえるね!!!」
時間を止める、避ける、止める、受け流す、止める、叩く、止める、弾く、止める、弾く、弾く、止める、弾く、叩く、止める、受け流す、受ける、止める、弾く、弾く
槍の弾丸が次第に速度を増す。一歩が長い。一歩進むために俺はいくつ弾丸を落としているんだ。右目のすぐ傍を銀色が通り過ぎる。あとこれを何回繰り返せば俺は奴に辿り付ける。いや、そんなことは考えるな、今はただの機械と化せ…!
「…ああ!やってられっかそんなもん!!!」
左肩を狙った一撃を右手の斧で最小限受け流す。左手の斧を捨て、そのまま、その弾丸を掴み取る。瞬間、槍を戻す力によって俺の身体は怪物の一歩手前まで引き寄せられる。体制を整えてる暇はない。このまま、斧で叩ききってやる…!!!
「くらえっ!!!!!!」
「不死空間(ファランクス)」
右手の斧が奴の左肩に刺さる寸前で止まる。
「不死空間(ファランクス)がある限り、僕がダメージを食らうことはないよ。残念だったね、リッカ君。つかの間の希望、楽しんでくれた?ここからはまた絶望の始まりだぜ?」
奴の左手が俺の右手を捕む。右手に持った槍は刃の近くを握られており、それをそのまま俺に突き刺すことは予想するまでもないことだ。
「…わかってるんだよ、そんなもん」
「…は?なにがわかってるって言うんだよてめえ…粋がるのも大概にしろよ…?」
「…お前の能力は"左半身無敵"だってことだよ」
「…っ!」
縁(リンク)を辿る。ついさっきまでの俺にはわからなかったが、今の俺には感じ取ることができる。あの時の絆を、繋がりを。精霊の森で妖精王に会った時…違う。写身で何も才能がなかった時…違う。その前、胡散臭くて古臭い教会の裏、ココと地下を探索して見つけた先代勇者の遺産。今は俺の友達を支えてくれている世界最強の剣。
あの時、俺は確かに繋がっていた。召喚することができた。あの時の俺には触れた後10メートルが限界だったが、妖精達との契約で魔力量が向上している今なら、ついさっきまで見ていたあいつを見つけられる筈だ。
…そして見つけた。噴水の水の中。主人の手から離れたそれは、独り寂しく水面下にたゆたっている。錆びちまう前に俺が助けてやるよ。ラーク、ちょっと借りるな。
「召喚(サモン)!!!」
瞳のような真紅の宝石。現れる漆黒の刀身。古い布で覆われた柄を握り、自分にある限りの魔力を込める。伝説の剣は持ち主の魔力の波長を顕現させるという。先代勇者は激しい水流、切ることの出来ないものはないと言われた水の力。ラークはけたたましい雷の本流、攻撃力で今のあいつに敵う奴は中々いないだろう。なら俺が使うと、聖剣はどんな顔を見せてくれるんだろうな。
「応えてくれ、聖剣(プロビデンス)!!!」
「…貴様っ!!!」
左手を強く握り締める。この左手はあいつの脚を死んでも握っていたのだろうか。いや、俺がほとんど殺された状態の時、あいつはもう俺の傍に居なかった。なら、もう絶対に、この左手の力は抜かない。奴に一撃与えるまでは!!!
………全てを浄化するかのように青く燃える炎が、目の前の災厄を焦がし始めようとしていた。
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