第20話「奴隷」
「………あーあ…君のせいで槍の刃がベタベタだよ。君の礼儀(マナー)の悪さも大概だね。汚れちゃったよ。犬じゃないんだからこんなに涎つけんなよな。……君のきったねえ服で拭かせてもらうよ。丁度良かった、まさかこんなところに雑巾があるなんてな」
「少し面白かったよ。じゃあな」
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暗い。まだ意識はあるのか。この暗い世界はなんだ。死んだんじゃないのか。
…いや、意識だけが残っているのかもしれない。光も感じることもせず、風の音を拾うこともせず、感触を味わうこともせず、ただしいて言えば、鉄の匂いと鉄の味がする気がしているだけだ。
もう、何もない。本当に何もなくなった。さっきまでは世界の中にいた。だけど今はこの暗く寒い空間に独りぼっちだ。多分この空間は、外の世界と隔絶されている、俺だけの暗闇。
そして、あと少しだけ生きていることを許された俺への、死に向かうだけの残酷な時間だ。
でも後悔はしない。俺は諦めなかった。ていうかまだ諦めてない。動けるなら、動かせるなら、俺は喜び勇んで全身全霊でまた殺されにいってやる。ただ、もう自分の力では何も出来ないことを理解していた。選択肢は、ない。バッドエンドに直行のクソゲーだ。でもそんな最後でも、俺は後悔しない。してやらない。諦めてやらない。
だからどうか、続きを遊ばせてくれよ。コンテニューさせてくれよ。ゲームであってくれよ。これは現実でないと馬鹿にしてくれよ。もしそうなったら、またいくらでも遊んで、いくらでも死んでやるから。なあ神様(せいさくしゃ)。お願いだよ。
『…………ッ…!』
声が聞こえた気がした。凄く遠くで。懐かしい声…でもないな。割と最近聞いた。ていうかいつも聞いてるんじゃないかな。走馬灯みたいなものだろうか。それとも、あいつらが神様なんだろうか。
『………ッカ…!』
聞こえてるよ。話せないんだよ。話せたらちゃんと返事してやるから。
………耳もないのになんで聞こえてるんだよ。
『リ…ッ カ…!』
…あいつらはここには来れない筈だ。だからこれは、脳が生んでいる幻聴なんだろう。だとしても、いやだとしたら、俺はどうしたら良い。ここでの最善はなんだ?このまま何もせずに死んでいくことなのか。声が出ないからって、話すのを諦めるのか。俺にあるのは、【会話術(コミュニケーション)】だけだろうが…!
…………ここだ、俺はここにいる!もう、幻聴でもなんでもいい!可能性があるなら、ほんのわずかでも可能性が存在するなら!!…………………それに縋(すが)って汚らしく生きてやる!!!
『リッカ!!!』
…さっきまで真っ暗だった空間が、まるで星空の海の中に浮かんでるみたいだ。…そうか、星空じゃないのか。………お前達なんだな。
光が薄れていき、視界がぼんやりと戻っていく。俺の目に映るのは、さっきまでの地獄が嘘かのような青い空。雲ひとつないこの空を、可愛い友達の蛍達が飛んでいる。
「………ぅ…ぁ………」
『リッカ! マダ! ダメ!』
抱きつかれて口を塞がれる。ほんとにこいつらは何処でもいつも通りだな。
『マニ アッタ! ヒール シテル!』
口の中で声を出すな。…聴力も回復してきたらしい。血の匂いがする気がする。鼻の奥に血が溜まってるのだろうか。……俺は後でいい、お願いだから皆を先に助けてやってくれ。俺は2回も生きた。2度も死にたくはないが、他の奴らを死なせないで欲しい。
『アノコ タチハ ダイジョウ ブ!ミンナ ガンバッ テル!』
…そうか、それなら良かった。………あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。こうして妖精達がきてくれているっていうことは、もうあの怪物はいないのか…?
なんてそんな……そんな都合の良いことはなく、怪物は俺の顎の下のほうから、こっちに向かってきているらしい。つまりまだ、俺の視界がなくなった時から時間は経っていない。あいつが俺から離れた隙を見て回復してくれているのだろう。…そして、それに気付いたあいつが、街から出るのをやめ、こちらに近づいてきているんだ。
一歩一歩、自分の歩幅を数えているかのように。長い槍を何もない空間から取り出し、構える。先ほどのまでの魔力の比じゃない、まるで台風に押されているような圧力を感じる。ここにくるまでの時間もあまりない。このままだと、また同じ被害が繰り返される。…いや、こいつらまで死んでしまう。
「………にげ、ろ………っ!」
『ニゲ!ナイ!』
…なんでだ、なんで逃げないんだ!お前達はそんなことする必要ない!また逃げて……俺は殺されて、あいつがどこかへ行って、それで俺以外のまだ回復が間に合うやつらを回復してやるのが一番効率的だ。被害を広げる必要はない、早く逃げてくれ…!
『リッカ、マリョク、ナガシテ!』
意味わかんねえよ!早く逃げろよ!今ならまだ間に合う!!お前らが、死ぬ必要はないんだよ!!!
『ハヤク!ナガシテ!!!』
『ハヤク!リッカ!!!』
『シンジャ ウヨ!!!』
『ワガママ シナイ デ!!!』
『スコシデ イイカラ!!!』
何人いるんだ………俺の周りに集まってきた妖精達が泣いている。こいつらも、泣くのか。泣くことができたのか。俺のために泣いてくれてるのか。
『ココニ!ハヤク!!ナガシテ!!!』
ここにって…どこにだよ…。…皆の左胸に何か汚れがあるな。俺の血か…?
そんなもんに魔力流してどうなるっていうんだ、何の意味が…
………おい、やめろ、やめてくれ、それだけは嫌だ、死んでも嫌だ、頼む、そんなお願いをしないでくれ、俺達は友達の筈だ、そんな関係じゃないんだ、それだけは、絶対に、嫌なんだ…!!!!!!
『ハヤク!!!!!』
だってそれは………
「【奴隷紋(スレイヴ)】じゃないか………!!!」
精霊達は描くのをやめてくれない。自らの左胸に紋章を描いていく。それは奴隷紋(スレイヴ)。
円は繋がりを、円の周りに連なる三角の模様は他方からの支配を、円の中心にある目の模様は強制力をそれぞれ表してる。左胸の下にある心臓さえも支配下に置き、命令の絶対遵守を強制する召喚術の一種だ。契約紋(プロミス)には命を操作する権限はない。なんで、なんでよりによって…
『ワタシ タチネ カミサマ 二 オネガイ シテタ!』
『リッカト ハナシ タイッテ!』
『ワタシ タチト ハナセ ナイノニ!』
『リッカ ズット ハナスン ダモン!』
「…………ぁ…?」
5歳の頃、母さんに連れて行かれて妖精の森に行った。本来は神聖な場所だから入ってはいけないその場所は、俺にとっては前世含めても初めての経験で、頭から一時も離れることがなかった。それからずっと妖精の森に通っていた。最初は何を言っているかわからなかった。でも話を聞いてくれるのが嬉しくて、ずっとくだらないことを話していた気がする。
本当に突然、ある日妖精達が話しかけてきた。これ以上ないっていうほどの感動だった。それからまたずっと妖精の森に通い続けた。感動は薄れただの話し相手になっていたけれど、それでも新しい友達が出来たのは嬉しかった。ラークとリティナにもそんな時に出会った。
…時間があれば…なんてもんじゃないな。毎日通った。だって、毎日毎日俺を見るたびに飛び回って迎えてくれるんだ。それが、たまらなく嬉しかった。………そうか、俺がこいつらと話せるのはおれ自身の能力でもなんでもなくて、あの時間召喚の力をくれた、クレイの力だったのか。
『キョウハネ カッテニ キチャッタ!』
『カミサマ 二 オコラレ チャウ ネ!』
『プロミス ワカン ナイ モン!』
『デミ ノコ コレ シテタ!』
『コレデ リンク ツナガル!』
『リッカ シンジャ ダメ!!!』
………でも、やめてくれ。大切な友達だろ、なんで俺にそんなもん見せつけるんだ、なんで俺にそんなことさせるんだ、奴隷なんていらない、お前達は友達だ。親友だ。仲間だ。家族だ。
『イツモ リッカ ソバニ イタ』
『リッカ ハ ヒドイコト シナイ デショ?』
『リッカ タッテ』
『シンジャ ダメ』
『ケイヤク シテ ?』
奴隷紋の契約内容は契約じゃないんだ。何故ならそれは契約などではなくて、主からの一方的な支配の言葉が刻まれているからだ。ココは場合は『街に尽くすこと』。それは生かされるための条件であり、契約などでは決してない。
『ケイヤク ノ ナイヨウ ハ』
『リッカ ガ "ミンナ" ヲ マモル コト!』
『リッカ ガ ソレヲ マモル カギリ』
『リッカハ ワタシタチ ノ………』
『『『『『 ゴシュ ジン サマ !』』』』』
…………はっ、約束が重過ぎるんだよチビ共。契約書の勉強をした方がいいぞ。なんでご主人様が奴隷の言うことを聞かなきゃならないんだよ、全く…………
「…なんなんだよお前は。さっき殺しただろうが…勝手に生き返ってんじゃねえよ」
気付いた時、そいつは目の前に居た。だけどもう、怖くない。
「………またそれかい…どういうトリックか教えてくれよリッカ君。そして、それからまた死んでくれよ」
怪物は後ろを向いたまま俺に話しかける。
………意思を強く持て。イメージしろ。絶対的な勝利を
「…アレクサンダー、行くぞ」
「…来いよリッカ君。また殺してやるよ」
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