第19話「Last Supper」
…ふざけんなよ本当に、この野郎!タイミングは完璧だった。ココには悪いが、ココの母親を右肩に背負った状態で、反撃がしづらいところを狙ったんだ。なのになんだこの結果は!
やっぱり俺には無理だったのか!力が違いすぎるのか!もう何も出来ず死ぬしかないのかよ!?
「この怪物が…!【簡易加速(アクセル)】!」
「…あと4秒だよ」
俺は斧で切りかかったまま、まだ着地していない。斧を召喚石(ボックス)に戻しココの母親の身体を掴む。限界の力で引っ張りつつ、怪物の背中を思いっきり蹴ってやった。奴がこっちに身体を向けたせいで左のわき腹周辺になってしまったが、なんとか体制を建て直し、後ろに思いっきり飛びのく
ココの母親を奪い、尚且つ距離をとることが出来た。この怪物が右手でココの母親を抑えていたら無理だっただろうが。今はそんな一瞬の運の良さは意味がない。100回くらい連続で奇跡が起こって生き残れる選択肢が出てくることを、そんな薄い望みを抱かずにいられない。
「…器用だね。あと3秒だ」
怪物の青い右目が俺を睨みつける。怖い。いや、そんな言葉で言い表せない何かが、俺の身体から冷や汗を出させる。見ていたら、精神がやられる。俺はそこから眼を背け左足で地面に着地し、身体を右に捻る。ココの母親が地面に触れそうになるが、気にしていられない。
既に魔力は大幅に減っており、時間召喚(タイムサモン)は使えない。簡易加速(アクセル)だけに魔力を集中させ、走ることのみに専念する。
「…ココ!こっちだ!!!」
「…リッカ君!?」
噴水管理棟からココの声が聞こえる。頼む、早く出てきてくれ。俺は多分、右手に抱える女性を渡した瞬間に息絶える。…でも、この使命だけは完遂してみせる。
「…あと2秒」
走る。そこに思考はもう要らない。単純に走る。人間の持つ全ての能力を使って、俺は前に進むだけの機械と化す。何も考えるな、後ろも振り向くな、声に惑わされるな、少しでも別のことを考えた瞬間、俺は死ぬ。
「あと1秒」
「…っ!すまんココ、受け取れ!!!」
今まで足に注いでいた全てを右腕に集中させる。右手に持っていたものを思いっきり投げ捨てる。もう既に、ここは地獄だ。あの怪物のテリトリーだ。俺が持っているだけで一緒に殺されてしまう。だから、お願いだからココ、後は頼んだ…!
「リッカ君!」
抜群のタイミングでココが出てきた。リティナも一緒だ。まだ周囲を見渡し現状を確認しようとしてるが俺がやったことには気付いてるみたいだ。柄にもなく大声張った甲斐はあったな。リティナもさっき放り投げた時に頭が冷えたんだろうか。…奇跡2回目。あと99回起きてくれよ、頼むぜ神様。俺はもうだめだ。
「…リッカ君!時間召喚(タイムサモン)を使ったの!?…リッカ君!?」
「…リッカ!また無茶したわね!!」
「…………なんとか、お前達だけでも逃げろ…」
もう足の力は抜いている。投げることに全ての力を注いでいたからだ。足はほとんど身体を支えているだけだった。走ったままの状態からまともに止まりもせずにそのまま無茶なことをした。そのまま地面に倒れこむのが普通だと思うし、実際そうならなければ何か他の理由があるんだろう。
俺はその理由を見つけた。俺の左胸から生えている、この銀色の金属塊。薄く赤い液体で塗りたくられたそれを見つめて俺は、自分のこの世界での役割が終わったことを悟ってしまった。
「…0秒。さっきの技…?は何度も使えないみたいだね」
なけなしの力で顎を上げる。馬鹿、何してんだ。とっとと逃げやがれ。…ココのお母さんはちゃんとリティナが魔法で受け止めてくれたみたいだな、それだけ本当に、良かった。
「…一体どうやったんだいリッカ君?君の行動は早さとかそんなものじゃなかった」
何かできる事はあるか…ない。俺にはもう何もできない。しようと思っても、心に体が追いつかない。段々とぼやける視界に、こちらに向かってくる2人が見える。違う、それは違うんだ、わかってくれ、そうしちゃ駄目なんだ。
「………まあいいか。もう死ぬんだし。ちゃんと5待ってあげたよ。僕は慈悲深いからさ」
視界から、太陽の光を照り返していた何かが消えた。既にそれが何かすらも思い出せない。ただ俺は、前に倒れていくだけだ。
「…正直、お前はよくやったよ。勇者でもない、才能もない、魔力量も人並み以下の屑だ。お前ら人間になんて興味ないけどさ…雑魚がここまで楯突けたこと、評価してやるよ。安らかに殺してやる。さっきも言ったが僕は案外慈悲深いんだぜ?」
「【羊飼丿夢(トリパノソーマ)】」
「この屑に免じてお前らも眠るように殺してやる。今度は勇者になって生まれてきてくれよ。屑でも役に立つ鉄屑程度にはなれってこと。溶けてなくなってまた新しい屑に生れるんだろうが、少しは期待しておいてやるよ」
とても気持ちのいい感覚の中にいる。言えば、1週間徹夜した後の布団の中みたいな、そんな感覚。全ての苦痛から解放されたようにも感じるそれは、俺の2回目の人生の中でも最も幸福を感じる時間だと言っていい。
もういいんじゃないか?やることはやったんだ。できる事も全てやったんだ。ならこの快楽に身を任せ、ゆっくりとまどろみに沈み、温かい風に包まれながら人生を終える。それはいけない事なのか?俺は全力で問題の解決にあたった。自分の実力以上のこともやってみせた。あそこでココのお母さんを助けられたのはファインプレーだろ?ならもう
全てを諦めていいんじゃないか
『絶対後悔したくない。私は全力だったから、後悔してない』
『最後の最後までやりつくしたよ。後悔なんてする筈ないじゃん。だから神様は僕にちょっと休めって言ってるんだと思う』
『立花君も本気で、全力でやってると思うよ』
『でも…なんでいつも』
『そんな悲しそうな顔をしてるの…?』
「………………まてよ」
視界の隅に動く何かを見つける。これはおそらく、あの怪物の足だ。
残る魔力を右奥歯に集中させ、薬物召喚(ドラッグ)で魔力回復薬を引き出す。まださっき食った薬物召喚(ドラッグ)の効果時間内のはずだ。何個も噛んで意味があるかはどうかわからないが、どうせもう死ぬ身だ。何が起きたって今後の人生に影響する事はない。
魔力を全て左腕に集中させる。まだ、ぎりぎり動かせる。振り絞れ、全てを。もう動くとは思っていない。だけど、もし動くなら、3回目の軌跡で動いてくれるなら、願いが叶うなら、あれを掴んでくれ。もう自分の意志で動いてるとは思えない腕に、ひたすらにそう命じる。
「最後は綺麗に終わろうぜリッカ。君は頑張った。柄にもなく褒めてやるよ。十分だろ。まどろみの奥深くに沈んでいけよ」
「…うっせえ…………てめえが………決めんな…」
「…そこまで行くと…うぜえな」
左手に何か新しい感触が生まれる。それが槍の刃だと気づいたのはすぐだった。でももう、痛みすら感じていない。もしかしたら、この眠気が痛覚を麻痺させているのかもしれない。だとしたら、好都合だ。
「所詮鉄屑もゴミなんだよ。まだマシなだけでな」
感覚のない右手にも違和感を感じる。どうせまた刺されたのだろう。気にすることじゃない。
「あの女共ももう寝てるぜ?あとは死ぬだけだ」
心の耳を塞ぐ。そんなことは関係ない。気にはなるが、どうでもいい。今この瞬間、俺がどうあるか。それだけの問題だ。左足が少し痺れた。
「………死ぬっつってんだろ!無意味なんだよお前のそれは!!」
無意味だろうさ。無価値だろうさ。少しだけ右足が動いた。
「………だせえよお前。ほんとだせえ」
視界が明るくなる。ああ、久しぶりの光だ。…蹴られでもして仰向けになったのか?
暖かい。それこそ、眠ってしまいそうだ。
「ほら屑。最後にちゃんと味わえよ」
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