第17話「先代勇者達の終わり」

なんとか腐人(ゾンビ)と魔狼と戦わずに噴水広場までたどり着くことが出来た。俺達は噴水の中に入りまわりを見渡しながら、一息ついていた。一旦、休憩する時間が取れた。…黒幕がいないのは少し残念ではあったけど。


「リッカがいったとおりね…腐人(ゾンビ)も魔狼も、ちゃんとこっちが見えてるみたいなのに入ってこないわ」

「本当に周りにこようとしないな。こんなに堂々としているのに。リッカ、よく狂犬病なんて知ってたな」

「いつか旅に出ようと思っててな。伝染病とか怖いからそういう類の本も読み漁ってたんだよ。本屋さんのおかげかな」

「僕自身はそんな本薦めたことないんだけどね。君って人生何回目なんだい?」


おーいいとこついてくるな本屋さん。


【狂犬病】

狂犬病ウイルスを病原体とするウイルス性の人獣共通の感染症だ。水などを恐れるようになる特徴的な症状があるため、恐水病と呼ばれることもある。一般には感染した動物の咬み傷などから唾液と共にウイルスが伝染する場合が多く、傷口や目・唇など粘膜部を舐められた場合も危険性が高い。狂犬病ウイルスは人を含む全ての哺乳類に感染する。人への感染源のほとんどがイヌだ。


ココのお母さんは狐獣の亜人(ハーファ)。狐は確かイヌ科だ。ウイルスには感染しやすかったのだろう。感染速度は異常なんてものじゃないけどな。


「でもなんでわかったんだい、リッ君。この状況、狂犬病と断定するには難しいと思うんだけど」


少しネットで見たことがありまして。ゾンビ映画なんてありふれたもんですよ現代だと…なんていえるはずもないので、それ以外の答えに近い部分を説明する。


「狂犬病は恐水病とも言われて水を恐れるようになることが特徴ではあるんですけど、実際は感覚が過敏になっていているのが原因なので音や風にも弱いんです。正門が閉まったとき、あいつらはその場にうずくまってました。あと、風上に背を向けて徘徊してるようにも見えましたし。細かい定義で言うと狂犬病ではないかもしれませんけれど、感覚が過敏になっているなら、周り一面水で覆われてるここが一番安全だと思いました」


「リッカ君に噴水広場に行くって言われて私もその可能性に気づいたわ。一応薬関係で仕事してたからそこらへんの情報には強いつもりだったんだけど、まさか18もはなれた子に気づかされるとはね…お姉さん、少し自信なくしちゃうかも…」


「リッカの変態読書力が役に立つ日がくるとは思わなかったわ」

「リティナ、変態は抜かしておこうよ…」


リティナ、俺ちょっと頑張ったんだけど…?評価してくれないかな…?


「まあ何にせよ、少し余裕ができたね。さっきは疑って悪かったリッ君」

「僕も謝らせてもらうよ。ごめんねリー坊」

「大丈夫ですって。僕も流石に通ると思ってなかったから最初に花屋さんに提案したわけですし」

「リッカはずるがしこいなーあたしも裏でなんかされてんのかね…」


酒屋さんがジト目でこちらを見てくる。やめて。ていうか悪いことしてないはずなのになんでそんな目でこんな目に?


「…う…ん…」

「ココ!目を覚ましたのね!!大丈夫!!!」

「ここは…うわあ!ここ噴水の中!?なんでこんなところに!?」


おお、ナイスタイミングで起きてくれたなココ。もうちょっと早くてそんな感じで騒がれたら危なかったかも。



「…一体どういうこと…?」



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「そうだったんだ…白い人に襲われたことは覚えてるんだけど、そこから魔法で気絶させられたのか、記憶があやふやなんだよね…」

「仕方ないさ。そういう日もある」

「そんな日がそうそうあってたまるものかってのよ」

「リッカ、慰め方が適当だよ…」


ココと目が合う。なんか凄い見つめてくる。はずい。やめれ。


「リッカ君…リッカ君がボクのことを助けてくれたの…?」

「俺達3人だよ。ラークもリティナも、皆で助けにいった。…家族だからな」

「うわあ…凄く似合わないこと言ってる」

「リッカ、顔赤いよ」

「うっさいハゲ」

「リッカ、僕のことハゲって言わない約束だよね…?」


こわいよ腐人(ゾンビ)より数十倍怖いよラーク。目が据わってるよ…



「…リッ君、リティナちゃん、ラーク君、ココちゃん…おしゃべりはそこまでにしておこうか」

「リー坊…ココちゃんを奥へ。ココちゃん、出来れば、絶対に正面を向いちゃ駄目だよ」

「…アレクサンダー。生きてたのね…」

「…お前が原因だったのか…てめえ…」


水面の波紋がまるで生き物かのように複雑に絡み合う。4人の魔力が身体からあふれ出ているせいだろう。そうならざるを得ないほど、彼らは正面にいる怪物に対して恐怖を感じているように見えた。あれはこの噴水の水ではなく、冷や汗だろう。目を見開き前傾になり、何が起こっても対処できるよう構えたそれは、いつもの商店街の皆の姿からはかけ離れていた。



そうさせた原因は、正門とは逆の、教会の方から現れた。大きな狐獣の亜人を右肩に抱えながら。



「…お母さん!!!!!!」



「リッ君、何かあったら後ろは任せた。俺達はこいつをなんとかする」

「リー坊!ココちゃんを抑えて!!僕たちがなんとかしてみせる!!!」

「…っ」

「…今度こそてめえをぶっ殺してやる…」



「おやおや?まだ勇者とそのお友達以外に腐人(ゾンビ)になってない奴がいたんだね。うーん…これはちょっと予想外だね…折角お土産も持ってきたのに演出力が下がっちゃいそうだよ」


まるで太陽の光をそのまま映し出しているかのような金の髪。まだ10歳頃にしか見えない人形のような身体。それに見合わない強靭な魔力。魔力の感知が苦手な俺でもわかるほどの、圧倒的な圧力。あれは本当に子供なのだろうか。子供ではなく、子供の姿をしているだけの化け物か何かなんではないだろうか。異物。この世界に存在してはいけないもののような感覚。まるでブラックホールだ。逆に黒く澄みきったその邪悪は、俺達の視線を独占し、拘束していた。


「…ていうかおいおい!先代勇者のパーティの面々じゃないか!勇者に逃がしてもらって7年間も音沙汰ないかと思ったらこんなところで油売ってたのかい?それじゃあ歴代最強といわれた彼も泣いてしまうよ。…あ、泣けないか、僕が殺したんだし」


押し殺した乾いた笑いの音が、耳に響く。その不快な音は、脳に恐怖を植えつけるのに十分すぎた。…俺の腕の中で必死にもがいていたココも、小刻みに震えながら水面を揺らしていた。


「貴様…!あいつは、シュワルツは、次の世代に託すために俺達を聖剣と共に逃がしてくれたんだ…!あいつを侮辱するな…!」


「【百剣士(サーカス)】イナミ。相変わらず熱いねえ。お前の独断で先代は死んだようなものなのによくそんな事が言えたもんだよ。逆に尊敬しちゃうね。あとそこの臭そうな奴は…【千丿知識(サルマガンディ)】のアーヴィだったっけ?昔は僕好みの美青年だったのにただのオジサンになっちゃったねえ。あとは…【不眠薬師(ブラックホワイト)】のタリカ、【酔剣(ドランカー)】のロゼ。何そのみみっちい小売業の服。肩書きが泣いてるよ?」


商店街の皆が元勇者パーティ…?…でもそれなら得心が行く。この街で、この特殊な状況下で、生き延びている応用力。ただの人達ではないと思っていたけれど…でもそれでも、あの悪魔に敵う気が、微塵もしない。まるで虎と鼠が相対しているかのような、絶対的な力の差。これから先に起こるのは戦いではなく、ただの食事だ。気づいたら虎の口に収まっていて、それはもうただの咀嚼であって、上下関係というのもおこがましく感じてしまう。


「ちょっと残念だけど、君達の役目は7年前に終わってるんだよ。賞味期限切れ。ほら人間ってすぐシワだらけになるだろ?お前達もそんなもんだよ。無理無理。全盛期に敵わなかったのに今敵うはずないじゃん。そんな儚い希望が叶うと思ってるの?今のお前らは自分で土掘って棺おけ入って神様に泣いて縋るくらいが、身分に適うちょうどいい行動じゃない?今度は強く産んでくださいってさ!はははッ!!」


何も言わず、それでも立ち向かうことをやめない彼らは、音すらも置き去りにして一斉に飛び掛った。気づいたのは水しぶきが俺の横を過ぎ去ってからだ。でもその気づけなかったコンマ何秒かの間に、悪魔の行動は終わっていた。



「【羊飼丿夢(トリパノソーマ)】。興冷めなだけなんだよお前ら。一生寝てな」

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