第16話「狂犬と狂人」

背後からの爆発音のような響きと共に、地面が激しく揺れる。足を取られそうになりながらも振り向いてみると、正門が硬く閉ざされてしまっていた。先ほどまであの両開きの、身長の3倍はあるかという扉が、今は誰も逃がしはしない、とでも言うかのように。


「おあつらえ向きだな」

「縁起でもない、の間違いだろ」

「これで退路も断たれたってわけね…流石に悲しさ通り越して怒りが沸いてきたわ…!」


ここで恐怖を感じられる台詞がでないお前らは本当に強いよ。その強さに、頼もしさに、今はあやからせてもらおう。


「ちょっと待ってて」


リティナの杖が地面と平行を保ちながら上空へと浮かんでいった。空からの脱出を試しているんだろう。だがそれも失敗みたいだ。ある高さになったところからそれ以上上にいけなくなっているらしい。特にその結界みたいな何かに触れたらダメージ、ということはなさそうだけれど。苦虫を潰した様な、という感じの顔のリティナが勢いをころしながら戻ってくる。


「…全然駄目ね。魔法で作った強力な守りよ。攻撃力がない分、防御に特化して構築してあるわ。ワタシでも少し難しい」

「僕が切ってみようか?」

「やめとけ。逃げ遅れた人達を助けるのが先決だし、その人達をうまく逃がすには正門をなんとかするしかない。…めちゃくちゃ効率が悪いが街の周りを囲っている壁を壊すという手もあるけど、それもどうせ上手く妨害されるんだろうな」


まずは逃げ遅れた人達を集める。その後その集団で行動し解決策を模索する。もしくは二手にわかれて黒幕をぶっ飛ばすってところだな。黒幕が街の中にいない可能性も考えると、やはり救助が先決だ。


「なら商店街のほうにいきましょう。ざっと街を見回したけど、あそこにしかまともな人は残ってなさそうね。いつもの皆よ」

「はっ!流石にしぶといなあの人達は!」


少し不謹慎かもしれないが、思わず笑いがこみ上がる。でも確かに、あの人達は色々上手くやりそうだ。俺達よりも状況解決に向けて進んでいるかもしれない。いち早く合流したほうがいいだろう。


「皆も正門に向かっていたわ。…多分、正門から外に出ようと思っているのね」

「まずいな…ここにきても街から離れて物資がない分、ジリ貧になるだけだね」

「…まあでも、最終的にそういう方向になるよな。俺が最初からアラハンに居たとしてもそうすると思う。一刻も早く合流して別の対策を練ろうか」


俺達は腐人(ゾンビ)に見つからないよう気をつけながら、商店街に向け進み始めた。



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「リッカ!ラーク!リティナ!てめえら無事なのか!」

「ば…酒屋さん!皆も無事だったんですね!」

「お前こんな時にいい度胸だなリッカ…お前から刺してやろうか…?」


商店街に向かう手前、住宅街の中心部ほどで商店街の皆と合流することが出来た。武器屋、本屋、花屋、酒屋…ジェイさんはいないみたいだ。…いやな考察が頭をよぎる。


「まあまあ。リッ君、そっちの面倒事は解決したみたいだね。ココちゃんは大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫です。心配かけてすみません」


武器屋さんの右手に持っている剣からは血が滴っていた。…でもそれはしょうがない。倒さなければ、自分が殺されてしまうのだから。そこは言及してはいけないところだろう。


「リッ君、少し怖い顔をしてるな。大丈夫、これでも腕はいい方だ。…殺しはしてない。最低限、身を守るために使ってる。まだ助ける方法があるかもしれないからね」


武器屋さんは悲しそうにそう告げた。彼自身も辛いのだろう。辛くないはずはない。同じ街の住人達から牙を向けられ、そして理性を持つ彼らはそれをいなし、攻撃しなければならないのだから。


「ココは気を失っているだけよ。武器屋さん、本屋さん、花屋さん、酒屋さん…他の皆は…?」

「リティナ、それは今、聞いちゃ駄目だよ」

「いやいいんだよラーク君。状況を知ることは大事だ。ここにはそれほど奴(ゾンビ)らもいないみたいだしね」


本屋さんは魔法書から…索敵魔法?を展開しつつ、周囲の警戒をしている。この人魔法使いだったのか。見た目によらないな…いつも身なりも気にせず本しか読んでないからニー…じゃないか、本屋を開いてる時点で仕事してるな。


「リー坊は考えはすぐ顔にでるねえ…」

「ばれてた」

「君達は緊張感がないんだから…リティナちゃん、急に当たりが騒がしくなったと思ったらこいつらがきてね。私の知り合いも、商店街の仲間もほぼ全員腐人(ゾンビ)になったわ…噛まれると伝染してしまうみたい。商店街から直接住宅街を抜けて正門から外に出ようと思ってたんだけど…君達がそっちから来たってことは何か問題があるのかしら…?」

「花屋さん、ありがとう。正門は閉まっちゃって開きそうにないわ。空から出られないかも試したけど難しそう。その時に皆を見つけて、とりあえず合流しようってなったの」


聞くところ不自然なところはない。リティナとラークも花屋さんの話に納得しているようだ。だけど俺は知っている。この騒ぎが起きる商店街で起きた事件のことを。白装束の大男に襲われたジェイさん、何か薬のようなものを吹きかけられ苦しそうにしていたココのお母さん


「…ココは今気を失ってる。その前提で、最初のところをちゃんと話してくれないですか花屋さん」

「…リッカ君…」


花屋さんは明らかに動揺し、目を泳がせている。武器屋さんも本屋さんも同じだ。唯一、表情が変わらないのは酒屋さん。何かを決意したように息を吐き出した。


「リッカ、あたしから話す。こいつらは優しいけど少しまどろっこしい。今この状態だ、少しでも情報は共有した方がいい。そうだろ、武器屋、本屋、花屋」


「「「…」」」


「無言は肯定ととるからな。…リッカ、お前は本当に賢い。でもそれは自分を滅ぼす結果に繋がることもある。それは良く覚えておけよ」

「生きのびる事ができたら、そんな別の生き方も考えてみるよ」

「あたしが戦い方を教えたんだ、死ぬわけないだろ!…まあいい」


酒屋さんはその短いブロンドの前髪に手を当てつつ、伏し目がちに本当のことを話してくれた。


「きっかけはココの母親。ココの母ちゃんがジェイに噛みついたんだ。…あの白い男の変な薬のせいだろうね。ココの母ちゃん自体はあたし達が武器を構えたからか、すぐに商店街に駈け出して行ったよ。ジェイもね。そこからはもう凄惨なもんさ。噛んで噛まれ、噛まれて噛んで。この嘘みたいな状況は瞬く間に街全体に広がっていったよ。今2人はどこにいるかわからない。見つけられても助けられるかはわからない。だからこうして正門に向かっていたっつー感じだ」


「そんな…ココのお母さんが…」


隣で眠っているココを見つめるリティナ。どういう感情か自分でもわからないんだろう。俺も、この感情をどう言い表したらいいのかわからない。しいて言えば、その方向性を今回の黒幕に向けることで『怒り』の一点に集約することができそうだ、というところだろうか。


「酒屋さん、ありがとう。状況はつかめた。情報も掴んだ。それで、これからどうするかだけど…」

「…リッ君は、少し怖いな。なんでそんなに冷静にいられるんだ…?」

「…リー坊が必死で抑えてるのがわからないのかい?」

「リッカ、僕たちは何をすればいい?」


ありがとうラーク、話を俺の方に向けてくれて。そう、俺たちが今すべきことはココのお母さんの心配をすることでも、仲間に対して不信感を抱く事でもない。ただ単純に、次どうするかを決めるだけだ。


「花屋さん」

「…何、リッカ君。…さっきは隠してごめんね」

「それは大丈夫だよ花屋さん。俺たちの事を想ってのことでしょ。…正直、俺が同じ立場だったら同じことをしていたかもしれないし。難しいよね。まあ、それはそれとして、俺は一旦噴水広場に向かうのがいいと思ってるんだけど、どう思う?」


武器屋さんと本屋さん、酒屋さんにリティナにラーク、全員が一斉に俺の方を見つめる。


「…正気かリッ君。ここまできたのに、街の中心部に戻ると、そういうことか?」

「…正直、僕も同意見だ。他のところに逃げて体制を整える方がいいと思う。この状況で街の中心は危険すぎるよリー坊」

「リッカ、てめえ、一体何を考えてるんだ…?」


少なくとも酒屋さんは俺の言ったことの真意を聞こうとしてるみたいだ。ラークとリティナは何も言わない。ここであえて意見を挟むより、動向を見守ろうとしてくれているのだろう。


「…なるほどね…確かにそうかも。皆、噴水広場に向かいましょう。そこで一度時間をとって作戦会議。これが今の方針よ」


花屋さんは少し考え込んでいたが、決心したようだ。…多分、これで間違っていないはず。黒幕がそこにいる可能性もないわけではないのだけど。むしろ、可能性は高い。だからこそ行く価値がある。


「………わかったよ、オーケー花屋。何か考えがあるんだな」

「………まあ少し怖いけど、それに従う以外の案が出てこないからね」


武器屋さんと本屋さんは少し呆れながらも、街の中心部に戻る案に頷いてくれた。


「リッカ、どういうことだ?できれば、僕たちにもわかるように説明してほしい」

「ワタシもよ。案には賛成だけどなんでかは聞かせて?」



「…ああ。簡単に言うとな、これは狂犬病の一種なんじゃないかって思ってる」

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