第15話「始まりの終わり」

「リッカ、そろそろ話しなさいよ。なんであの白い奴置いていったの」


もうすぐアラハンにつくというところでリティナが不自然に不機嫌に作っている顔をこちらに向けてくる。家まで待てない駄々っ子か。まあ待つ必要は特にないんだけどな。とりあえず息も絶え絶えなので今は勘弁して欲しい。家に着くまで待ちなさい、と言いたいところだけどそうもいかないだろう。ちょっと怒ってるみたいだし。


「竜車っ!…はあっ!中っ!覗いたか!?」

「竜車の中?戦ってるときにチラッとみたけど何もなかったわよ」

「何も無いことが問題なんだ。そういうことだろリッカ」

「ザッツラーク!流石だな!」

「なんだよそれ…」

「ちょっと!また仲間はずれにして!!ちゃんと説明しなさい!!」


こっちだって全力で走りながら喋ってるから辛いんだよ!お前らと違って魔力がない俺は体力=スタミナなわけだ。身体から電気が出てよくわからん推進力になるわけでもないし、宙に浮くことで足を回す必要がない状態にもなれないわけだ。俺のほうが圧倒的に一般的なはずだ、わかってくれ…!


「というわけでラーク、頼んだ」

「どういうわけだよリッカ…でも走るの、きつそうだね。…リティナ、アラハンから最寄の町まで何日掛かる?」


リティナは杖に乗り浮遊しながら手に顎を乗せると、空を見て少し考え始めた。うーん…とかそんな声がする。考えるまでもないだろ!お前何回隣町にアクセサリー買いに行ってるんだよ!最近少しあほの子と化してきてないか…?


「2日くらいかしら?それがどうしたのよ」

「2日間、あの男はどうやって過ごすつもりだったと思う?食料もない、水もない。その他旅に必要な基本的なものさえ、あの竜車にはなかったんだ」


少し言いたいこと気づいたようだ。少し目線を逸らすと一瞬俺のほうを見る。何?乗せてくれるの?その杖は3ケツもいけるの?先生に怒られない?


「な、なるほどね!でもそんなの後で転移魔法使うつもりだったかもしれないじゃない!」

「…もしそうだったら御者も走竜も揃えて、尚且つ町から出て約1.5キロ程度も走る意味が無いんだ。転移魔法を解析…出来る人がアラハンにいるかはわからないけど、転移先を解析されたくないなら町を出てすぐに使用すればいいだけだからね」

「た、確かに…」


「そこでじゃあ、あの白装束の目的はなんだって話だよね。もう気づいてるだろうけど、多分それは僕達の陽動だと思う。ココちゃんが目的だったとしたら戦闘中のあの行動はおかしい。…言葉に出すのは嫌だけど、奴隷っていうそれなりのお金になる商品を投げ飛ばすなんてことはしない筈だ。つまり、少し考えづらいことではあるんだけど…」

「…勇者と魔法使いをアラハンから離れさせることが目的だったってこと?」


リティナは自分の思っていることが正解かどうか確かめるように、少し節目がちになりながら聞いた。いや、節目なのはそういうことじゃないか。自分達が原因でココを危ない目に合わせたと感じてしまっているのだろう。


「…あと偉大な召喚士!になるであろう俺も!含めてだな!仲間はずれ良くない!」

「まーたなんか言ってるわよこのエセ召喚士…」

「それはないんじゃないか?黒幕が誰かはわからないけど、リッカなんて眼中にないだろう」


悪気はない。ただ馬鹿真面目で正直なだけ。それがラークの唯一の欠点だクソ野郎…リティナの気が少しまぎれたのならそれはそれで結果オーライだけどな。


「ははっそうですかい…」

「リッカの"あれ"が使えるようになったのは写身の後だからね。それを目的としている者がいるとは思えない」

「ま、そうなんだけどな」


今のところ、この世界で"あれ"を使えるのは俺だけだろう。しかもあれは前世で見た漫画とかなら破格の能力だ。それが召喚術で使用可能になるというならそれ目当てに俺を襲う奴も出てくるかもしれない。…まあ、俺にしか使うことができないらしいから俺をさらってもなんの意味もないんだけどな。


「そうよ!さっきはあの大男のことで忘れてたけど大丈夫なの!?リッカ、"あれ"使ったんでしょ!」

「あー大丈夫大丈夫!一瞬だし!今のところ!影響なし!」

「あまり無理するなよリッカ」

「おう!心配かけて悪いな!」


2人にはあれのリスクは"この世のものとは思えないほどの頭痛と腹痛と喉と間接の痛みが10分程度続く"と言ってある。これは本当であり、嘘だ。実際はそれ+もう一つだけリスクがある。今回は時間が短かったせいか身に何か起こった実感はないけど、やっぱり注意しないとだな。…ココにばれるととんでもなく怒ってくるし。


「なんか嘘ついてる顔してるわよ、リッカ!」


く、鋭い。でも嘘ではないからスルーしよう。


「嘘じゃないって!おし、アラハンに到着だな!…あー疲れた…」


肩で息をし、空を仰ぎ呼吸を整えながら、アラハンの正門を潜った。もう走る元気はない…が、白装束の大男の目的が誘導だったとすると、何かしらの事件が起きている可能性も考慮しなければならない。少しまた、気を引き締めないとな…そんなのは絶対表情に出してやらんが。


「街の皆がこんなに正門周辺にくるのは珍しいな。やっぱり何かあったのか…?」

「…違うわよラーク。ちゃんと見なさい。既にもう、とんでもない何かが起こってるみたいよ」

「…あー…こう来るか。きついな。大丈夫かお前ら」

「ええ。今は解決する方法を考えましょう」


人が人を食らう地獄絵図。俺達はこの現実を逆に見つめ直すことでなんとか理性を保っていた。感情移入なんてしていたらそれこそ精神が壊れてしまう。俺も表面上少し茶化してはいるが、正直、目を開けていたくない。映画で見たような光景をまともに目にする機会がやってきて、今俺は喜ぶべきなのか?転生して世界を救う。そんなありがちで安易な考えはここでは通じない。だってここは、本や画面の中ではなく、実際起こりえている現実なのだから。



15年を過ごした俺達の故郷。俺達の街。始まりの街アラハンは、世界の終わりという言葉を言い表すかのように、凄惨な風景にまみれていた。



「………くそ、なんでこんなことに…俺のせいなのか…」

「やめろラーク。その考えの行き着く先は後悔しかない。あと俺達が原因じゃない、黒幕が居る筈だ」


目の前の腐人(ゾンビ)の共食いを見つめる。…あの男性と男の子は見たことがある。2人は親子だったはずだ。それが今ではお互いを貪り、食し、なめ合い、苦しみ、もがき、あられもない姿になりながら地獄の1シーンを演出していた。まだこれが、現実だと受け入れられない。受け入れたら、心が折れてしまう。


「黒幕を探すぞ。俺だけじゃ多分、何もできない。手伝ってくれ」

「勿論。皆で、アラハンを元に戻そう」

「…明日はココと料理の練習だもの。なんとしてでも、解決してやるわ」


リティナは自分の肩に頭を預けているココを優しく撫でながら、…いつも元気なあいつに似合わない顔ををしてそう言った。

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