第14話「第三者」
白い馬車の周り。結界で閉ざされたその空間。死獣(アンデット)の相手をしているのは赤髪の青年と青髪の少女。彼らは死獣(アンデット)をものともせず、雷と炎をを撒き散らしながらひたすらに排除を進めていた。連携なんて大それたものはない。それでも彼らは察していた。この騒動もいつも通り、彼が解決への道しるべを示してくれることを。だからこそ、2人は雑魚の殲滅だけに専念できた。彼らの使命は、思念のない死獣(アンデット)に邪魔をさせないこと。それを理解できないほど、彼らの関係は浅くはなかった。
そして白装束の大男は攻めあぐねていた。何故なら、正面の男は全く戦う気がないかのように頭に手をやり、ただ目を合わせてくるだけなのだ。そこにある程度の憤りを感じる表情の変化はあるが、敵意や殺意とは言い切れない。
「てめえ…こねえのか?やるのか、やらねえのか、はっきりしやがれ!」
「そんなこと言われても、そっちは人質を取っているんだ。むやみやたらに攻撃する気もないし、むしろ話し合いで解決したいと思ってるくらいだね」
黒髪の青年はため息をつきながら、でも決して目をそらさず向かい合っている。
「はっそんなにこの半亜人(デミ)が大事か?」
「大事じゃなければここまで来ないよ。大切な友達だ。…いや、家族だ。傷をつけずに済ませたい。何が目的なんだ?」
大男が大声を出して笑い始めた。それはまるで地震かのように。彼の一挙一動には強力な魔力が宿っている。これは圧力とも言い表すことができるだろう。それは黒髪の青年にとっては強い緊張を生むほどのプレッシャーの筈だった。それでも彼は姿勢を全く崩さない。いや、少しだけ圧巻されたのか口を開いていた。でもそれも変化というには微々たるものだろう。
「はっははっ!何が目的?この奴隷が目的だよ!それ以外にねえだろ!今この状況だぜ?ガキの癖に耄碌してんじゃねえよ!ガキが邪魔で戦えねえってんならそこらへんに置いておいてやらあ!てめえの他に勇者もいるんだ、ちょっとは楽しませてくれるんだろ?こいよ、おら!!!」
白装束の男が狐獣の半亜人(デミ)の娘を横に投げ捨てる。それと同時に持っていたサーベルを構え、大口を開けて戦闘開始の宣言をする。
「おら、パーティだかなんだか知らねえけどとっととおっぱじめんぞ!!!」
「……モン…」
瞬間、黒髪の青年は白装束の男に背を向けていた。両腕には半亜人(デミ)の少女を抱えている。
「…あ?」
大男には理解が出来なかった。一瞬、ではなく。まるで時間を感じなかった。
「交渉の余地があれば話を聞きだそうと思ったんだけどな。何も言う気がなさそうだからやめておくよ」
「てめえ…何をしやがった…」
大男の腹部は紅く濡れ始め、それはなんらかの理由で攻撃を受けたことを示しているのだが、男には全く覚えがない。人間より何倍も優れた身体能力を持つ魔族が、その斬撃を見抜くことができなかったのだ。
「お前と一緒で話す気はないぞ。でもそうだな、少し寝ててくれ」
大男は膝から崩れ落ちた。青年の使った武器に薬でも塗ってあったのだろう。抗えない眠気に襲われながらも、大男は両顎を上下させた。
「お…ま…え…な、は…」
「リッカ。もう二度と会いたくはないけどな」
「俺は…クラウズマン…決めた…てめえは…俺がや…る…」
「そういう台詞は三下っぽく聞こえるから、やめておいたほうがいいぞ」
そのまま大男は倒れ、意識を失った。
「リッカ、大丈夫か!」
「リッカ!こっちは終わったわよ!!」
「一面黒焦げじゃないか…だからえげつないって…終わったよ。こいつには眠ってもらった」
「…さすがだな。こいつはどうするんだ?」
「そうだな…うーん、このままにしておこう!死にはしないだろ!」
「何いってるのよ!こいつはココをさらったのよ!!また同じことが起きる可能性だってあるんだから!!!」
「それはそうなんだが…まあ今はアラハンに戻ることが先決だな。リティナ、杖の後ろにココを乗せてやってくれ」
「ココちゃんは大丈夫なのか?」
「ああ、怪我も何もない。安心してくれ」
「ちょっと!無視しないでよ!こいつどうするのよ!!」
「…リティナ、リッカの言うとおりにしよう。僕もそのほうがいいと思ってる」
「…っ!…わかったわよ。ほら、ココを乗せて。ちゃんと後で話を聞かせてもらうからね、リッカ!」
「へいへい…」
「返事は1回!」
「ほら2人とも、早く行くよ。リッカ、抱えていこうか?」
「ふざけるなよ貴様」
4人は大男に対して踵を返すと、そのまま街に向かって過ぎ去っていった。
「…気づいてやがったか…まあいい、誘導は終わった。…薬が効いて動けねえが、もうやることもねえしいいだろ。あとはお前の仕事だアレクサンダー…」
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「クラウズマンは上手くやってくれたみたいだねえ」
アラハンの中心に位置する噴水広場。そこで昼食をとる者がいるのは何も珍しいことではない。ただ、その少年の姿を除いては。
まるで太陽の光をそのまま映し出しているかのような、金の髪。短く目に首元で整えられたそれはそれだけで周りの女性の目を引いていた。いや、金の髪の者だけであればアラハンにも大勢いる。その中でも彼が特に目立っているのは、髪も含め全ての容姿が整いすぎているからであろう。実際、まだ10歳頃にしか見えない彼の外見は人形といっても言い過ぎではないほどで、逆に不自然すぎた。
左と右の目の色は異なり、幼さを残したその目はまっすぐ前、町の門を見つめている。その視線を上に傾け欠伸をしたかと思うと、先ほどまで天使のように愛くるしい表情だったそれは、黒く、邪悪に歪み始めた。
「そろそろかなあー…?」
「「「「「「「「「うわあああああああああああああ」」」」」」」」」
突如、町民が惑い始める。先ほど商店街のほうからの悲鳴に気をとられているためだ。皆不安そうに周りを見渡す。だがその騒ぎの元凶が、街の中心の美麗な少年であると誰が予想できるだろうか。
「始まった始まった。いやあ、こんないい天気の日だ。美味しいものも食べたくなるよねえ」
少年は立ち上がると、彼から左方向にある商店街のほうを見つめ、その異常をまるで当然と言うかのようににこやかに微笑んだ。
広場に何かが向かってくる。それは1つじゃない。2つでもない。数えられないほどの大群が押し寄せていた。そしてそれは人間なのだろうが、その挙動はひどく醜いものだった。腕に、足に、背中に、腰に、全く力が入っていないかのように、それでも蠢くそれはもう人間ではない。腐人(ゾンビ)。そう表すのがこの状況に一番適している。
「ラブリー!いいねいいね!お前らにはそんな姿がお似合いだよ!ちょっと魔族らしくなったんじゃない?でもまだこれだけじゃ足りないだろうからさ、もっと餌を増やしてあげるよ。ほら、楽しく共食いしてな?」
少年の足元が黒く染まる。影を操作する魔法を使い、召喚陣を描く。そしてそこから出てきたのは10匹の魔獣。魔狼と呼ばれる化け物だった。
「やっぱ召喚術は少し疲れるね。ま、コレを広めるにはしょうがないんだけど。ほらーもっと広めておいで。そうしないといまいち盛り上がらないからさ。…まあ盛り上がらなくてもそれはそれでいいんだけどね」
魔狼達が一斉に走り出す。魔狼達にも既に意識はない。【周りの獲物を食らうこと】。その想いしか脳には残っていない。魔の者だからではなく、その脳からの命令は何者かに操作されたものだ。この輝くような笑顔で街を見渡す少年によって。
「だってこれは、民族浄化だから」
「あ、自己紹介が遅れたね、腐人(ゾンビ)ども。僕の名前はアレクサンダー。やっと友達になれたかな?話せるんだったらアレクって呼んでくれてもいいよ。一応魔王国の幹部をやってるんだ」
広場に入ってきた腐人(ゾンビ)を踏みつけつつ、まるで王に謁見するかのような仕草で腹部に手を沿える。
「ほら、ちゃんとお前も返事してくれよ。礼儀って大事でしょ?」
何度も体重をかけられたそれは、もう人間というのも腐人(ゾンビ)というのも難しい。ただの肉片。血の塊。そしてその他の者にとっては格別の餌に見えるのだろう。
「まあいいや…さあ、食人祭(カーニバル)の始まりだ」
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