第12話「前兆」
ひとしきり自己陶酔を終えた後、俺は商店街の武器屋さんに来ていた。もう15歳になるというのに俺のことをリッ君とか呼んでくるムサイお兄さんの店だ。女の子にもそんな呼ばれ方されたことないのに酷いものである。」
「リッ君、全部聞こえてるよ。むさいんじゃない、俺は熱いだけさ!!!」
「そういうとこがムサいんですって…」
「やあリー坊。今日は買出しかい?」
「あ、はい、どうも。本屋さんもいたんですね」
相変わらず髪の毛ボサボサのカビ臭い本屋さんもそこにいた。武器屋さんとカウンター越しに話してるみたいだ。ちゃんと仕事しろよお前ら。本屋さんにいたっては店番サボってるだけだろあれ。
因みに俺は子供の頃からの癖で、商店街の人達のことを店名+さん付けで呼んでいる。ちゃんと名前も覚えているのだが、今からちゃんとした名前で呼ぶのは少し照れくさい。…ああ、皆も同じなのか。
「今日は何のようだいリッ君。また宝石かい?今度はピアスとかどうだい。またかっこいいの作ってあげるよ!」
「耳から斧出すとかちょっとシュールすぎるんで大丈夫です。今日は斧を買おうかなと」
「また斧かい…?一体いくつ買うんだ君は…斧に何か別の意図に使ってるとかじゃないよね…たとえばほら、リッ君もそういう歳だし…」
どういう歳で斧をどういうことに使うと思っているのだろうかこの脳筋馬鹿は。もしかしたら彼はそういう黒歴史を刻んできたのかもしれないが。主に下半身に。黒くなっていく歴史を。
「まあリー坊の考えていることは僕達には想像がつかないものなんだよきっと。召喚石(ボックス)に宝石使うとかも考えもしなかったからね。…もっとも、召喚術にそんなにお金をつぎ込む人がいなかっただけかもしれないんだけれど…はは…」
俺にはわかった。この人多分俺のことを召喚術馬鹿っていってるんだと思う。悪意がないのはわかるけどこの野郎…俺の完璧な営業スマイルをお見舞いしてやるぜ…
「はは…は…いや、ごめんごめん。悪気はないんだ。そういえばリー坊、新しい本も入ったよ。やっぱり召喚術の本はあんまりなかったんだけど、やっと見つけたよ。海の向こうの国の本なんだけどね。たまたま安くて手に入ったんだ。【唯一の軍】っていう本なんだけど、買っていくかい?」
「あ、どうも。この間買った縁(リンク)についての本も読み終わったんでちょうど良かったです」
「相変わらず化け物じみた速度だね…ただの馬鹿じゃないよ、君は…」
こいつ、ついに口に出しやがったな…速度が早いんじゃなくて早く読む方法を知っているだけだ。この世界には恐らくまだ速読術なんてないだろう。物語でもない、感情移入の必要もない書籍を読むだけなんだ、重要な場所と単語さえ抑えればなんてことはない。そう、試験前の絶望的な追い込みと一緒さ…
「確かにな!ただの馬鹿ならリッ君のファンクラブなんて出来ないさ!」
「それもそうだね。あーリー坊ももうそんな年かー青春だねえ…」
「…ん?俺のファンクラブ?」
なんだそれ、初耳だぞ。とうとう俺にもハーレム展開が来るのか!
「あ、そうか、これ秘密か…いけないいけない!リティナちゃんに怒られちゃうな!忘れてくれリッ君!」
「え?リティナ?なんでリティナ?」
「武器屋、もう隠せないだろこれは。リー坊実はね、君のファンクラブはリティナちゃんが作ったんだ」
「え…?は…?なぜゆえ…?」
リティナが俺のファクラブ?いやいやいや。だってリティナはラークのファンクラブに入ってるんだよ?創始者じゃないはずだけどそれは確かな筈だ。おい、思いっきりニヤニヤしながらこっちを見るのをやめろ。俺はお前らより年上なんだぞ。
「…まあ確かにもういいか!いずればれることだしな。ほら!」
「そうそう。早いか遅いかの違いだよ。ほら」
そういうと2人は胸ポケットから、黒塗りの高級そうな木板を取りだす。それぞれ板に"会員番号006""会員番号007"と書かれていた。どっちが何番とか正直どうでもいいので割愛する。
「リティナちゃんは勿論、創始者だから1番だ!」
「いやいや、本当にもう意味がわからんのだけど」
「そして2番はなんとアラハンの勇者ラーク君だよ。もてるね!リー坊!」
「あいつは何をしてるんだちゃんと訓練しろよ」
「因みにココちゃんは0番だぞ!リッ君!」
「なんかちょっとかっこいいじゃんなんだよそれ」
0番が存在するとか厨二感満載じゃん。今度会ったら番外固体(ファーストオーダー)とかって呼んでやろうかな。ていうかもう何が何やら突然すぎてよくわからんけどなんで創始者よりココのほうが数字ひくいんだ。
「何故かというとなリッ君!」
「何故なのかというとねリー坊!」
「あ、やっぱもうどうでもいいっすわ」
大げさに決めポーズをとる2人。そして急にそれを止め一瞬無表情になったかと思うと、俺の言葉を無視して小芝居が始まった。
なんとなく表情を見るに…口裂女かと思うくらいに不自然な作り笑顔をした武器屋がリティナ(某森の狸みたいな妖精とバス型化猫が出てくる映画の迷子の子みたいだ)。少し縮こまり不気味な愛想笑いを浮かべている本屋がココ(なんとなくヤンデレ臭いところが凄い似てる)。そこらへんにあった爪楊枝を刺した(聖剣のつもりなのだろう)リンゴがラークらしい。
『ワタシがいいだしっぺなんだから、ワタシが1番で文句ないわよね!』
武器屋が眉を吊り上げ腕を組みながら気持ち悪い声を発した。
『僕はそれで良いと思うよ、ココちゃんは…どうだい?』
本屋の右手のリンゴが優しそうな声で答える。
『ボクもそれでいいよ。ボクは0番にするから。ボクが一番リッカ君の傍にいるしね』
本屋がまたおぞましい声で話し出す。
『『『え』』』
空気がとまる。何故か見詰め合う3人(プラスリンゴ)。俺もどうでも良くて何も言うことが出来なかった。
「あら、皆集まってるね。ちょっと手伝ってよリッカ君ーこの子昨日迎え酒して今日も二日酔いなんだってー…さっきそこで吐いて寝てるの無理矢理起こしてきたんだから…」
そんな馬鹿みたいなやり取りをしていると、女性に肩を貸しながら花屋さんが入ってきた。
この人はほんともう…これさえなければまだ王国騎士団にいたというのだから…それほど酒好きで、それほど酒癖が悪いのだろう。王国騎士団の祝勝会で酔って暴れて騎士団長(ボンテージ女)をぼこぼこにしたらしい。酷い逸話だ。
「あー…すまん花屋…お、リッカ…今日明日は特訓無理だわ…」
「気にするなよ、バーさん」
「…お前、明後日ぶっころすわ…」
どうか覚えていませんように。
するとその後ろから、口から血を流し服も汚れボロボロになった大男が入ってきた。何か大きい荷物も抱えている。
「おい女共、退け!」
「わわ、ジェイ!何よ、もう!」
「あまり大きい声を出さないでくれ…頭に響く…」
「ジェイ…どうしたんだいそれ…誰かに襲われたのか?」
「リッ君、とりあえず2人を奥に連れて行こう。ジェイ、何があったんだ?」
「あ?リッカ…?」
ジェイは今俺に気づいたようだ。睨みつけるようにこちらを見ながら、背負っていた荷物を背中に隠した。
「やあジェイさん。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「てめえは家に帰れ、リッカ。ガキが聞く話じゃねえ」
「それは出来ないよジェイさん。ちゃんとその後ろに抱えたものの話を聞くまでは、俺は意地でもここから動かない。動けない」
「…ちっ。てめえら、早く介抱してやれ!」
入り口付近に向かってきていた武器屋さんと本屋さんに向かって、ジェイさんは持っていたものを押し付けた。
「まだ息はある。白装束の変な奴らに薬を吹きかけられたらしい。花屋!そんな馬鹿放っておいてこっちの面倒を見やがれ!」
武器屋さんと本屋さんの間には白色の髪をした、狐獣の亜人(ハーファ)が息も途切れ途切れにもだえ苦しんでいた。もう全身に力も入らないのだろう。完全に2人に身を任せている。
「…ココちゃんのお母さん…!」
「リー坊、冷静にね。聞かせてもらってもいいかい、ジェイ」
ジェイはこちらを見るとため息をつき、諦めたように話し始めた。
「ココが白装束にさらわれた。ココの母親はそれを止めようとして薬を飲まされた。ぶん殴って止めようとしたが逆にやられちまった。母親をここに任せて追いかけるつもりだった。…リッカ、すまねえ。でも心配すんな、俺達大人に任せろ」
「ありがとうジェイさん。皆、ココのお母さんをよろしくね」
「おい、リッカ!」
後ろから声が聞こえるけどそれを振り払うように全力で走る。街中にいたのなら正門からしか外に出ようがない。白装束のなんとやらが向かうのは正門だ。なら、迷ってる暇はない。
おそらく昼食を買いに来たところで捕まったのだろう。なんでココが、とか考えている暇はない。
左手の小指の宝石に声をかける。この宝石は召喚石ではなく魔法石だ。同じ魔法をかけられた石を持つもの同士での、遠距離での会話を可能とさせる。…俺以外は。俺は魔力が少ないから発信は出来るが受信は出来ない。言葉を受け取った後の判断は同時に繋がっているあとの3人に委ねるしかない。
「"ココ、聞こえるならラークとリティナに返事をくれ。大丈夫なら大丈夫でそれでも返事をしてくれ"」
「"ラーク、リティナ。ココが白装束の変な奴らにさらわれた。俺じゃ安否がわからない。正門に来てくれ"」
これでいい。あとは全力で、正門に向かうだけだ。
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