第9話「取って置きの言葉」

リティナの写身が始まったみたいだ。まだ距離は遠く人垣が邪魔して上手く見ることはできないが、年を100は越えたであろうおぼつかない声が、しかしながらはっきり聞こえた。


「七色に移り変わる聖水、変化にとんだ波、皿の曇りはまるで花柄のようじゃの」

「楽しいこと、うれしいこと、悲しいこと、許せないこと、全てに向かい合おうとする優しさ」

「全てを受け入れよう、全てをちゃんと伝えようとする心」

「それでいて、全く別の方法を探す探究心」

「【効率化(デザイン)】。これがお譲ちゃんの才能。名を残す魔法使いに多い才能じゃの。魔力を自由に操作し展開する希少な天啓じゃ!」


ウワー!という歓声が巻き起こる。【効率化(デザイン)】のことは良く知らないが、よく昔話で聴く言葉だった。やっぱりなー凄いなーうわー帰りたーい。


噴水のほうのお立ち台を見ると、リティナが照れくさそうに階段を下りていく姿が見えた。それなりに距離は離れているのだけど、お気に入りの白のワンピースを着ている彼女と目が合った。青の長髪を揺らしながら、片目をつぶって俺のほうにVサインを送ってきた。あー幼女かわいいなー。


「あれが倒すべき強敵(ライバル)…」


隣の狐っ娘がジト目でなんか言ってるのは一応聞いてないことにしておこう。


「次の者、前へ!」


お、これはさっきのボンテージボンテージ騎士団長の声だな。進行管理なんか下っ端にやらせるかと思いきや、精力的にサポートしてるみたいだ。


「はい!」

「名前は!」

「ラークです!」


おい、待て、俺最後じゃないだろうな…


「…自業自得よ、リッカ。まあ朝はああは言ったけど、母さんもラーク君に勝てると思ってないから泥舟に乗って沈んできなさい」


おいママン、朝と比べてテンション下がりすぎだろ。リティナの写身見て、息子の現実を直視できたか。そう、俺はそれなりの凡人だ。


「混じりのないまるで太陽のように光を放つ聖水、津波のように荒ぶる波紋、触れているのに全く曇らない銀の皿」

「まるで朝日のように世界を照らし、正義を疑わない心、それをなすだけの精神力」

「力は荒ぶりながらも規則正しくこの小さな空間に秩序をもたらしておる…」

「そしてその目に曇りはない。これから先もそれは変わらず、信じた道を貫きとおすのじょうろうな、おぬしは…」

「お主は【神雷勇者(ライジング)】初代勇者と同じ才能が、お主の身体を包み込んでいる。信じた道を進むが良い…」


先ほどまでどよめいていた広場の音が、水の流れの音以外聞こえなくなる。まるで嵐の前兆かのようなその時間は、決壊しゆく川の氾濫のように、広場を歓声の濁流で埋め尽くした。



「「「「「「「「「「ウワアアアアアアアア!!!!」」」」」」」」」」



次が俺じゃなかったら、俺もその濁流の一滴だったはずなのになあ…



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「ん、君が最後の子か」

「…はい。よろしくお願いします」


いつもは噴水広場にない木で出来たお立ち台。俺は今そこに立っている。噴水を正面にし、俺の眼前には90度位に折れ曲がった腰で、重力に逆らい立ち続ける強靭な婆さんがいた。両手で銀の皿を一つ持っている。


銀の皿には水?のような液体が入っているが、なんとなくここまで匂ってくるくらいに臭い。んで、その隣にボンテージ騎士団長ことルヴェスタさんがこれまた仁王立ちしてる。どちらかというと吽行だ。あまりにボリューミーな肉体の起伏に対しては、口を開き唖然とせざる得ない。


俺の背後にはほぼ街全員の観衆が固唾を呑んで見守っている。いや、というよりもうどうでもいいのだろう。一大イベントが終わった後だ。運動会で言えば総合優勝のトロフィーの後にパンくい競争の賞状を渡すようなものだ。順番を大きく間違えている。


そして今頃ココはすぐ真後ろで、母さんに肩車されながら俺の背中を見てるはずだ。。


『特等席だけど!特等席なんですけど!!思ってたのと違いますお母さん!』

『ママってお呼び!』

『うちの娘が本当に申し訳ありません…わ、わたしはどうすれば…』


ココのお母さんは顔は狐だけど、それはそれは美しかった。あと10年俺が早く生まれれば告白してたかもしれない。凄くきょどってたけど。感動的な映画のエンディング後、スタッフロールに何故か全く出演した覚えのない自分の娘が名を連ねていたらそりゃ驚くだろうな。


「君、名前は」

「…リッカっす」

「よろしい。写身をはじめる。左手で銀の皿に触れ、右手で水にふれろ」


心なしかボンテージ侍もやる気ないな。そりゃそうか。


「リッ君!君なら大丈夫!!」

「リッカ君ー大丈夫ーリッカ君は絶対才能あるってー」

「リッカー!真面目にやれー!オオトリだぞオオトリー!」

「ほら皆、そんな大声出すとリー坊緊張しちゃうよ」

「そんな軟弱者じゃないよリッカはー!」


アラハン商店街の皆様のあつい声援と罵倒を背中に受けながら、とっとと終わらせることを決意すると、俺は言われた通り儀式に準じた。


フードを被った老婆の眉が少し中心に集まる。何かあったのだろうか、と銀の皿を覗き込んだ。…あーしょぼいなー…


「どうした、ジェニエラ婆さん。何かあったのか」

「うむ…いや…これはめずらしい…」

「(…お、ついに俺にもチートが発覚するのか…!)」


と、なんとか自分を盛り上げつつも銀の皿はその期待に応えようとしているとは思えない。


「無色透明。静まり返った水面。不自然なくらい均一な曇り…」

「お前さんは…何を考えてどんな顔をしてそこに立っているのだ…底がしれん…」

「決して動じない、聖人とも悪人とも言える様なその精神…思考…決断…」

「善も悪もそれ以外のものも、お前さんにとっては数あるうちのひとつなのかもしれないのう…」

「だが決して偏見を持たないその心。才能、天啓と呼ぶにはほど遠いものではあるが、【会話術(コミュニケーション)】それがお主の進み、辿る道じゃ…」



「「「「「「「………………………」」」」」」」



「…つまり?」

「お前さんに才能はない。あると思っておることも、それはなんてことはない、人との会話が上手いだけじゃ。覚えも良いようじゃしの」

「【翻訳】は…?」

「翻訳…魔獣と話せる天から授かる才能か?お前さん、魔獣と話せるのかい?」

「いや…魔獣はちょっと…」

「才能がないというのもある意味才能かもしれんでの、少しおどろいとったのじゃ。話上手なら商売人とかに向いておるかもしれんのう。ま、精進しいや」


ああ、神様仏様。チートがないのは諦めてます。というか色々なことをそれなりに諦めました。でもそんな、才能すらないってどういうことなんですかね…


「お、おめでとう…リッカ君…」

「嫌味か」

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