第2話「ファミレスのあれ(名前は知らない)」
「リッカリン妖精さんとは話せるけどさ、魔法とかてんでダメダメだよねー」
リティナ、結構それグサッとくるからな。お兄さん泣いちゃうぞ。
妖精の森に咲き誇る花畑に腰掛けながら、リティナとラークが妖精と戯れている。
それを俺は少し離れたところから、この空間の壁のようになっている大木に体を預け見守っている。同い年だけど、弟と妹がいる。そんな感じがするからこうして2人を眺めるのが堪らなく楽しい。
『リッカ マホウ ツカエナイ?アハ!』
スルーしとけよ…この妖精、いつもながら中々煽りスキルが高い。この性悪(しょうわる)全裸ピクシーが。
「笑うなよチービ」
『リッカ デカーイ!アハハ!』
確かに俺にもそんな妄想をしてた時はありました。あれ、ここはどこ?異世界!?俺にこんな力が?まあ面倒くさいけど皆を守るために一肌脱いでやろう!そして魔法や剣技を駆使して悪漢相手にドンチャンバラバラ。貴方様かっこいい!!抱いて!!!いやあ、そんな大したことをした覚えはないんだけどな…とか言って頭をかきながら仲間の女の子達と一緒に世界を救う大冒険をするのだ。
でもそんなことは夢は淡く儚く…いや違うな。割とシャボン玉のようにあっさり散った。なんていうか、母さん(今のな)曰く、俺は生まれつき魔力の構築がてんで駄目なんだと。
家にあった本を読んだところ、魔法の構築の方法はこんな感じみたいだ。
身体の中に潜在している魔力を体全体に巡らせる。詠唱で魔力を想像する形に構成。手やら足やら頭やらからドカン。…簡単そうに聞こえるだろ?文字にするなら一行程度だ。
「だから簡単だってリッカリーン!いっくよー」
そんな誰に話しているやもわからない自分自身の夢の終わりを綴っていると、リティナがものすんごい意地悪じみた笑顔でこちらを見つめてくる。
「…おい、やめろ。マジで。お前がやるといつも…!」
…いつものパターンだ!!痛くはないけど心が苦しくなるやつだ!!!夜中に思い出して足をバタバタさせなきゃ生けなくなるやつだ!!こんなところで気取ってなんかの漫画のライバルキャラみたいな格好で腕を組んでる場合じゃない、48手…じゃない36計逃げるにしかずだ…!!!
「風よ、リティナが求めに応じよー!あっちとんでけー!!『ドロップ』!!!」
「やめろぉぉぉぁあああああ!!!」
そう、飛んでいく。俺は、飛んでいく。高く、遠く、放物線を描くように。そのアーチはまるで弓の弦のようにしなやかに。
背中に衝撃。でも痛くはない。むしろ羽毛布団に包まれたかのような感触。とても心地よい。
ああ、俺も随分と慣れたもんだ。最初は過呼吸になるのが当然だったのに、今はこうして死んだ魚の目をしながら全てを諦め斜め45度方向に上昇していくだけだもんなあ…おっ今日は割りとよく飛ぶなあ。新記録が出るんじゃないか…?
…そんなどうでもいい感想は置いておくとして、問題はこの後である。
「雷よ、ラークが求めに応じよ!瞬け!『ライトニング』!!」
わざわざ後ろを見なくてもラークが迫ってくるのがわかる。なんか背中がぴりぴりしてきた。ライトニングは雷属性の高等魔法。自分の体を電気と同化させて目にも留まらぬ速さで行動することが出来るチート級の魔法。もちろん、俺はそんなもん使えない。
「大丈夫かーリッカ。今日はいつもより飛ばされたねー」
両膝の裏にはラークの左腕が、背中にはラークの左腕が。そして見つめあう2人。
うわあ…10歳にしてこのイケメンスマイルないわあ…幼馴染じゃなかったら夜な夜な枕噛み締めてリア充爆発しろとか叫んでるわあ…
この状況、俺に女の子を代入したらそれこそ『お嬢様だっこ』というやつに生まれ変わるのだろう。いや、既に生れ落ちてるか。俺が男だろうが女だろうが、結果的に幼馴染の男にお嬢様だっこされている事実は変わらない。
かくしてお兄ちゃんを気取っていた俺は、可愛くかっちょいい弟の首に腕を回しつつ、無事地上へと帰還した。地球って存外緑色らしい。
「リッカリンかっこわるーい!」
『リッカ カッコ ワルーイ!』
「ねー!」
『ネー!』
いじめっ子が2人(正確には1人と1匹)になりました。俺の涙腺は崩壊寸前です。むしろ決壊しそうです。
というか妖精と話せる専売特許奪ってませんか貴女。妖精と話せるんですか貴女。またチートですか。
「大丈夫だよーリッカがいくらかっこ悪くても、僕が守るから!!」
もう駄目。お兄ちゃんこの子に惚れちゃいそう。悪いなリティナ、こいつは俺が婿にとるわ。
「ラーク!あたしは!?」
「リティナも僕が守るよー」
「…じゃあ俺は自宅でも守ってようかな…」
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「リッカ、召喚術はどうかな?」
懲りない俺は先ほどのポジションに戻ろうとする。その時ラークから気になる単語を聞いた。
「召喚術…?家の本にも書いてなかったけどそんなのがあるのか?」
人生2週目に突入した俺は(別に1週目全クリしたわけじゃないけど)早々にこの世界の言葉を覚えて家中の本を読み潰した。まあほぼ暇つぶしだけど。…でも召喚術なんてゲームでは聞いたことあるけどこの世界じゃ聞いたことないぞ。この世界には魔法以外にそんなもんまであるのか。
「そんなの簡単だってーリッカリン!いっくよー!」
「やめろおおおおおおおおおおおお」
日本人みたいな天丼ネタから全力ダッシュで逃げようとした俺だが、すかさずラークに羽交い絞めにされてしまった。…ラーク、貴様謀ったな!
「お前…もう計算教えてやらんからな…!」
「まあまあー見てて見てて。リッカでもこれならきっと出来るから!」
この状況で成されるがまま自分が処刑されるのを待てと…?ラーク、お前はいつからそんな悪魔みたいな子になったんだ、お兄ちゃんとっても悲しいし足がガタガタ震えて堪らないぞ。
「じゃじゃーん!」
するとリティナが白のワンピースのポケットから平べったいものを取り出した。まるでそうこれは、サッカーの審判がレッドカードを出すかのように。そんで可愛すぎるドヤ顔。やべえ天使だ。俺は全て許すことにした。
「それは?」
「召喚石(ボックス)!!」
「そう、召喚石(ボックス)。ほらここ見て。召喚紋が描いてあるんだ。」
俺の顔に向かってグッジョブしているリティナの手元を見る。平べったい黒色の石に、確かにラークの言うとおり何かが彫られている。なんぞこれ。魔法陣ってやつか…?ラークは召喚紋って言ってたけど。円と線と算数でよく見る図形達はオールスターで全員勢ぞろいだな。意味もなく3回の重複した表現で表したそれ以外は…文字?なのか?でもこの文字は読めないな。
『イシー ?』
「いや石なことはわかってるから。問題は書かれてるものだから」
『フーン』
読めないのは石が小さいからってわけじゃない。寧ろ10歳児のパーより大きい石に書かれてるんだからそれなりの大きさだ。それでも俺がこの文字を読めない理由は、これが俺の知りえるこの世界の文字じゃないためだった。
「ここにね、この召喚紋のところにね、魔力を流すの!」
「俺魔力もそんなにないんだけど」
「召喚術は魔力がそんなにいらないんだよー」
そんなに、ってどんなにだ?俺の魔力の凄さ知ってる?全力でマッチの火位の炎しか出せないんだぜ。母さんに花で笑われたんだぜ?
リティナは召喚石(ボックス)を両手で大事そうに持つと、少しだけ眉を中心に寄せ始めた。いや、眉を中心に寄せるのが目的じゃないのはわかってるよ?
「見ててリッカリン!」
『ミテテ リッカリン!』
「見てろよ、リッカリン」
「見てるよ、リッカリン」
「召喚(サモン)!」
リッカリンはちゃんと見てたからわかる。リティナが召喚石(ボックス)に魔力を流し込んだ。それもごく少量。大匙1くらい。そうすると召喚石(ボックス)の中からそいつは唐突に現れた。先ほどまでそこにいなかったはずのそれは、これでもかという量の光を神々しく発しながら、俺達の前に顕現したのだ。
熱をもち、暖かみのありそうなそいつは三角形。それなりに厚みもある。2つの板状の物体が重なり合って、その間から緑色の布みたいなものが顔を出している。フリル?少しシワがあって色にもムラがある。ところどころ白くてところどころ緑が濃い。また、その物体から驚くべきことに人々の表情すら歪めてしまう、恐ろしいガスを発生させているのだ。
そいつの名前はサンドイッチ。うん、とっても美味しそう。温かいまま保存できるみたいだな。香りも申し分ない。そろそろ夕飯の時間か。腹が減るのも当然だ。
「リティナ、今食べると夕飯食えなくなるぞ」
「大丈夫だもん!食べれるもん!」
「そこじゃないだろ、リティナ…リッカ。これが召喚術だよ」
触れれば食べ物が出てくる。つまり召喚術っていうのは、ファミレスのあれなのか。ピンポンピンポン鳴るあれか。違う点と言えば店員さんがいらないところだろうか。自動的に食べ物が出てくるなんて、俺はこの世界の召喚術の素晴らしさに感嘆してしまっていた。
とりあえず魔法の代わりにそんなもん紹介してきたこの赤髪イケメンを少しとっちめたくなった。
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