「ずばり……変身ですよ」

 

「え……え!? ちょっと、どういうことなの!?」


 セラは叫んだ。

「いやぁ、モテちゃってツライなぁ♨」


 笑顔でルカは返した。対してセラは怒りで冷静さを失おうとしていた。


「アンタねぇ……!あたしをなんだと思って……!!」

「ふふふ……ちゃんと訳があっての行動なんですよ……」


 ルカはそう言うが、腕に狼女をひっさげてニヤついている男の言う事なんぞはにわかに信じ難い。


「一旦話しましょう?」外を指差しながらそういうルカに鋭い眼光を浴びせながらセラは頷いた。


♦♦♦


「で? あんたの言うワケって、なに?」

「ズバリ……変身ですよ」

「変身?」

「そうです。どういう原理であのウェアウルフがニンゲンに化けているのかを教えて貰い、習得できれば貴方も便利でしょう!?」

「……確かに」


 確かにルカの言う通りだ。そうなればセラは何の制限も無くおおっぴらを歩き回れる事になるだろう。それはかなり利便性が増すこととなる。


「でしょ? でしょでしょ? なのであの子に近づいたというわけなんですよ〜」

「むぅ……」


 決して悪い手ではない、むしろいい話なのだがセラは……。


「なんかアンタに言われるのは腹立つ」

「なんかってなんですか!? 生理的にとかヤツですか!?」

「うん、そうね」

「酷い! ショック! 泣いちゃう!!」



♦♦♦



「ただいま〜」


 ルカが居間に戻りそう言うとテテテ、とレナが幸せそうな笑顔で駆け寄ってきた。


「お帰りなさい! ご飯の用意ができたわよ! 一緒に……食べよ?」


 レナの砂糖より甘い上目遣いがルカを襲う。


「はうわぁああああッ! もう、可愛いんだから……。そんな目で見てると食べちゃうぞっ!」


 そうしてルカはレナを目掛けてゆっくり手を伸ばした。変態の如きその手をセラがはたき落とす。


「やめなさい」

「ちぇ、つれないなぁ」

「あたしは別に良かったけど……」

「レナ……」

「ルカ……」


 二人は互いの視線をねっとりと絡ませ合う。頬が薄明るく染め上がったレナのしとっりと湿った唇からポロリと言葉が零れ落ちた。


「……好き」


 ルカはレナを見つめている。


「……合格! お嫁さんポイント20ゲット」

「やった!」


 そんな茶番が繰り広げられる中に鍋を持ったラーからご飯の催促の声が飛び、皆で鍋を囲んだ。


「えー、恐縮ながら私、ルカが乾杯の合図を取らせていただきます」


 そうルカが名乗りを上げると拍手が沸き起こった。それをなだめるように手を差出すルカ。


「皆様、ありがとうございます。えー、それではー、我々の再会を祝って……乾杯!」


『かんぱーい!』


 かくして一人と四匹の鍋の会が始まった。




♦♦♦



「そういえばどうしてこの街にいるんです?」


 温かい鍋に口をハフハフとさせながらルカはレナたちに尋ねた。そんな問いにラーが答える。


「……今私たちはとある街を探しているの」

「それは一体どんな?」

「コロシアムがある街よ」


 一瞬、ルカの動きが止まった。


「コロシアム……」

「そこで魔物がニンゲンに虐げられているらしいのよ」

「……」

「魔物を一方的に斬りつけたりする見世物なんかをしてるのよ……」

「だからあたしらがそいつらをとっちめてやるってワケ!」


 スイが話に割り込んでくる。その体は薄青く透き通り、プルプルと揺れている。


「とっちめる……」


 ルカは繰り返すように呟いた。セラはそんなルカを見ながらスイに尋ねた。


「コイツもニンゲンだけど憎くないの?」

「うん! だって悪いことしてないだろ?」

「ええ……ぼくは……」


 ルカは虚ろな目で呟いた。明らかに様子がおかしい。セラはたまらずルカに耳打ちした。


「ちょ、アンタどうしたのよ!」

「え……? あ、ああ、いやぁ全くひどいですね!」


 ハッと我に帰ったようにルカは慌てていった。一体全体どうしてたというのだろうか、セラには全く検討がつかなかった。

 そんなことを知ってか知らずかラーは続けた。


「まぁ、まだその街の場所がわかっていない状況だからこうしてここを拠点にして情報を集めている段階なんだけれどもね……」

「そうなんですか」


 少し重たい空気がその場を漂う。

 それまで黙々とご飯を頬張っていたレナがルカたちに訊いた。


「そういえば二人は何をしていたの?」

「おおっ! いい質問ですねぇ……! よかろう、答えてさしあげましょう」


 ルカはお茶を少し飲むと続けた。


「ええとですね、我々もあることを探してここまでやってきたんですよ」

「あること? 何?」


 そう返されるとルカは突然レナを指差した。


「えっ、何?」

「その あることとは、貴方のようにニンゲンに化ける方法なんですよ!」

 ルカは勢いよく立ち上がった。そして今度はセラのことを指差した。

「みてください彼女を! このように彼女の両腕は羽になっています! そのせいで街中を出歩く時はマントを背負わざるを得なかったり、人前では食事も儘ならない! 更には僕と手を繋ぐことも出来ないのです!」

(いや、最後のはいらないでしょ)


 心の中でセラは突っ込む。そんなことも露知らず、ルカの熱弁は続く。


 ルカは天を仰いだ。


「嗚呼、なんと嘆かわしい! 彼女はハーピーである為にこんなに多くの障害を抱えなければいけないのか!?」


 ルカはひとつ、息を吐いた。


「否! 断じて否! そんなのは間違っている! ニンゲンと魔物が敵対しているこの世の中自体が間違っている!」


 ルカの大振りなジェスチャーが空を切る。


「だけど! 僕一人ではこの世界は変えられない……! その日が来るまで彼女には理不尽な事感じてほしくない……そういうことなんです」


 喋り終えるとルカは静かに着座した。そして真っ直ぐレナを見つめて言った。


「何か教えてくれませんか?」


 レナは悲しそうにルカから顔を背けた。


「残念だけど……私からは教えることは出来ないわ……。感覚的なモノだから私もよくわからないし教えられないわ」

「そう、ですか……」


 ルカは落胆した。ニンゲンに化けることができなければこの先の旅路はかなりの苦労が待っているであろう為だ。


「あっ、でも……」


 思い出したかのようにレナが再び声を上げた。

「ん? でも?」

「やってくれそうなヤツならいるわ!」

「マジっすか!」


 まるで暗闇の中に一筋の光が差し込んできたかのようだった。


「その方は今どこに!?」


 ルカはレナにがっつくように尋ねる。だがそれに対してレナは少々困った顔を呈した。


「あ、いや、私もその話が本当なのかはわからないんだけど……」

「話……?」

「いわゆる伝説みたいなモノね」

「伝説、ですか。それは一体どんな……?」

「ええと、確かなんかこう、どっかの森の奥の、えー、湖? かなんかにこう、願いを叶えてくれる〜みたいな精霊的なヤツが居るとかなんだとか的な……みたいな」


 レナはぽりぽり、と頬を掻きながら話す。どうやらそこまで内容を覚えてはいなかったようだ。


「かなり大雑把ですね……」

「それあたしも聞いたことあるぞー! あんまり覚えてないけど」


 そう言ってえへへ、と嬉しそうにスイは笑う。何が嬉しいのかちっともルカにはわからなかったがその笑顔につられて顔をほころばせた。



♦️♦️♦️



 程なくして二人がレナたちの家を出ると辺りは既に暗くなっており、時折冷ややかな風が街を駆けていた。


「で、あんたどうするつもりなの?」


 宿への帰り道、セラは訊いた。こころなしかルカの気分は沈んでいるように見受けられた。


「あんまり有力そうな情報じゃなかったじゃない」

「いえ……そんなことはありませんよ」

「え? どういうこと?」

「…………」


 妙な空白を置いた後、ルカは乾いた笑い声をあげた。


「まあ、きっと時期にわかりますよ……」

「……ふーん」


 一体どういう意味なのかセラにはわからなかったが余計な詮索はよしておくことにした。



♦️♦️♦️



「明日の朝この街を出るんで、今日は早めに寝といてくださいね」


 宿につくと突然ルカはそう言った。


「ええ? どこいくつもりなのよ」

「どこって……んー、行ったらわかりますよ」

「さっきからなんでそんなに曖昧なのよ……」

「気にしなーい気にしなーい! ほら、結構歩くんで早く寝ないと!」


 そう言ってルカはセラの背中を押し始めた。


「ちょっちょっ!」


押されたセラはそのまますぐそこのベッドに倒れ込んだ。そしてそれに続くようにルカはベッドに飛び込んだ。


「えっ!? 何!?」


 ルカは絡みつくようにセラの腰に手を回し、ぴったりとくっついた。額を背中にこすり合わせる。


「ちょっとっ!? 何なのよいきなり!」


 一体全体どうしたものなのか。突然の出来事にセラは面食らうばかりである。


「悩む必要なんて無かったんだ……」


 そう、小さくルカは呟いた。


「えっ?」


「僕は、幸せですよ……」


 再びそう呟くとルカは手を離し、立ち上がった。見るとその目には薄らと涙が浮き出ていた。


「ルカ……」


 セラはわけもわからずルカの名をよんだ。


「さあ、明日に備えましょうか」


 いつもの調子でそう言うとルカは微笑んだ。




♦♦♦


 時はめぐり、再び朝がやってきた。二人は長らく滞在した宿の退出の受付を済ませ外に出た。


「さぁ! 行きましょうか!」


 ルカはその背に新調した大きなリュックを背負っている。季節は秋。やがてめぐり来る冬にセラのような体毛を持たないルカは衣服で対応しなければならない。荷物が多くなる事は自然なことであった。

 二人は北西へと歩き出した。それはこの街に来るために歩いて来た時の方角と同じであった。街のはずれを通り過ぎ、平地を抜けると辺りは木々に覆われた山岳地帯へと突入した。



♦♦♦




「はぁ、もう疲れたわ」


 ルカが作った簡易的拠点で焚き火の熱に当たりながらセラがつぶやいた。


「今日ほっとんど歩きっぱなしじゃないのよ」

「ええ……」

「なんであんたまで元気ないのよ」

「ええ……」

「もう、何なのよ……」


 昨日からルカはずっとこんな感じである。常に何か考え事をしているかのようで、心ここにあらずといった様子だ。一体何が彼をそうさせているのか。セラには皆目見当もつかなかった。わからないことを考えていても仕方が無い、そう思いセラは心地よいまどろみの中へと落ちていった。


………………

…………

……

…………

………………


 ふと、セラは目を覚ました。炎は消えていて辺りは真っ暗だ。セラは重い瞼を擦りながらルカの姿を探す。しかしいくら周りを見渡しても荷物があるばかりでその姿はない。


 一体どこへ行ってしまったのだろうか。


「ちょっとー? ルカ〜?」


 少し不安になったセラは小声でルカの名を呼びながら辺りを適当に彷徨った。


 と、突然。木々の向こうから蒼白くまばゆい光が飛んできた。そして一瞬にして元の闇に戻った。それを見たセラは何か関係があるかもしれないと考え、その方向へ歩きだした。


 歩くこと数分。セラは先程と同じ様な光が先から薄っすらと差し込んできていることに気が付いた。その光の発生源へ用心深く足を進めていくセラ。どうやら光はこの先の湖上の何かから発せられているようだった。木々の影に隠れながら歩を進めていくと、その湖のほとりに一つの人影が見えた。


 ルカだ。


 更にセラは接近する。残り数メートルといった所か。セラは薄っすらと光る青白い物体に目を凝らす。


 それは何とも形容し難いものであった。輪郭はボヤけ、ハッキリとした境界線は確認できない。ただの蒼白い光の集合体とも見て取れた。


 と、その時その物体に変化が起きた。


 ボヤケた光が一点に集まり一段と輝く。それが少し大きくなったかと思うと、一気に光り輝いた。


「…………ッ!」


 突然の出来事にセラは思わず目を瞑った。そしてそのまぶたを開けると先程光が居た場所には一人の少女が立っていた。


 少女の目は例の光の如く蒼白い色をして、全身に凛々しい気を放っていた。


 すると突然ルカはその少女にひざまずき始めた。少女はそんなルカの額を引き寄せ、自らの額とくっつけた。数秒の後、開放されたルカは少女と何やら話を始めたのであった。


 彼女は何者なのか? ルカは何をしに来たのか? 


 そんなような疑問がセラの脳内を駆け巡る。だがいくら考えてもわかるわけがなかった。


 セラがしばらく観察を続けていると不意に少女の瞳がこちらを向いた。セラは慌てて木の影に隠れた。


 _____見つかっちゃった……?


 心の中で十秒数え、恐る恐る湖の方をのぞき込んだ。


 セラの瞳を少女の 眼まなこが捉えた。


 その瞬間、セラの身体に電気ショックが走る。まるで感覚が奪われ、自我が身体の隅っこに追いやられたような不思議な感覚がして、体が動かせなくなってしまった。


 一体どうなってるの!?


 少女が糸をたぐり寄せるように手を動かすと、セラの身体が勝手に前に踊り出た。そしてそのままずるずると引きずり出されてしまった。

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