「何者ですか!?」

 ルカとセラは朝食を済ませた後、街の外へと向かった。


「それで。今日はどういった内容の仕事なの?」

「ええとですねぇ……」


 ルカは受注書を広げた。


「キノコ取りですね。なんでもこのもうちょっと先の森に高級食材として取り扱われるキノコが生えているらしんですが、最近出現するようになった生物のせいで収穫がうまいこと言ってないみたいで……」

「その生物ってなんなのよ」

「うーん。よくわかってないみたいですね」

「大丈夫なの?」

「我々の目的は討伐ではなくて採集なんですから大丈夫ですよ……。それより見てくださいよコレ」


 ルカはそう言ってセラに受注書を見せる。ルカが指差す所にはキノコのイラストが書いてあった。


「デカッ」

「これ以上の大きさのやつだけをとってくれって……。どれだけでかいんですかねぇ」

「そんなチンケな袋で足りるの?」

「うっ……なんとかなりますって」


 二人はそんな風に話しながら目的地に向かって歩いていた。




♦♦♦




 生い茂る木々の枝を伝って移動する影が二つ。

それらは互いに合図を送り合いながら下を歩く標的との距離を詰めていく。


 標的が立ち止まる。それに合わせて立ち止まると、顔を見合わせて一気に飛び降りていった。




♦♦♦




「ぬぬぬ〜」


 セラはマントを外し、羽を伸ばした。街からはだいぶん離れたので人に出くわす事はなさそうだ。


「あ~、やっぱり何も制限されてないのはいいわ~」


 ルカは受注書から顔を上げた。そして辺りを見回した。


「たーぶん、この辺なんですが……」


 それらしきものは見当たらない。辺りには木漏れ日が差し込むだけだ。


「まさかアンタ間違えたの?」


 セラはルカが手に持つ受注書を確認しようとのぞき込んだ。


 と。


 突然頭上の木から何かが飛び出してきた。その数、二つ。


 ルカとセラは咄嗟に後ろへ避けた。その間にそいつらは落ちてきた。


「何者ですか!?」


 ルカは叫ぶ。その二匹の容姿は人間のようであるが、そうではない。半人半獣と言ったところだ。頭からは角が生え、下半身は山羊の様な形状、毛が生えていた。


 その姿はまさしくサテュロスそのものであった。


 一体がセラと向きあった。


「な……なによ」


 サテュロスは突然セラを掴んで持ち上げた。セラは訳がわからず動くことができなかった。そしてサテュロスは囁いた。


「もう大丈夫だから……」

「なにが!?」


 担ぎ上げられたままセラはサテュロスに連れ去られてしまった。その場に残ったのはもう一体のサテュロスとルカ。


「え、え……あ、あの。あちらの方はあなたのお連れ様ですか?」


 ルカはおずおずとそう聞いたがサテュロスは無表情で答えは帰ってこなかった。


「あっ、もしかしておいていかれて怒ってらっしゃるんですか!?」

「……………………」


 ルカは顔色をうかがうが相変わらず無表情であった。


「あー、いや。別に気にすることないと思いますよ!? ほ、ほら。追いかけましょうよ! ちょ、あのー! お連れ様がー!!」


 残されたサテュロスはルカを睨んだ。そして小さな声で呟いた。


「……劣等種め」

「へ?」


 サテュロスは拳を軽く握りいまにも飛びかかってきそうな体制をとった。戦闘態勢である。


「え……ちょ……?」

「卑しいニンゲンめ……覚悟しろよ!」


 鋭く凍てついた視線がルカを貫いた。



♦♦♦



 セラを担いださサテュロスはとんでもない勢いで森の中を駆けていく。


「ちょ……ちょっと!離しなさいよッ!」


 セラは激しく羽をばたつかせ、サテュロスの中からなんとか逃れた。


「なんなのよ! いきなり現れて連れ去るだなんて!」

「……もう大丈夫だから。安心して」

「はい?」


 訳がわからずにセラは思わず聞き返す。それに対してサテュロスはおっとりとした表情で返した。


「あなたを誘拐しようとしていたあのニンゲンはもう追ってこないわ。だから安心していいの」

「あ……アイツ? アイツは別に悪い奴じゃないっていうかなんていうか……」

「可哀想に……。あなた騙されていたのよ。あのニンゲンはあなたを売りさばこうとしていたのよきっと」


 それを聞くとセラは眉をひそめた。


「だから、別にそういう事するような奴じゃないのよ……」

「それじゃああのニンゲンとは一体どのような関係なのよ」

「それは……」


 セラは答に詰まってしまった。痛いところを突かれた。


「それに……」


 セラが口を開く前にサテュロスが話し始める。


「あのニンゲンももうお姉様が処分しているはずよ……」




♦♦♦




「卑しいニンゲンめ……覚悟しろよ!」


 鋭く凍てついた視線がルカを貫いた。


「くそっ……ボクの熱烈なファンがこんなところにもいたなんて……! コレだからイケメンはツライぜ!」

「ふん……。消えろ」


 サテュロスはそう呟くと一気に飛びかかってきた。突き出される拳。ルカはそれを素早く見切りすんでのところを片手で受け流した。

 しかし既に二発目は放たれていた。そのもう片方の拳はルカの左肩へと吸い込まれていく。 


「おわっ!?」


 重い一撃。ルカはそのままふっ飛ばされてしまった。なんとか受け身の体制をとり無事着地した。

 先程のパンチをもろにくらったルカの左肩はだらしなく垂れ下がり動かせなくなってしまった。それほどの威力だったのだ。


「こんな狂信的なファンは初めてですよ……」


 息をつく暇もなく次の攻撃がやって来る。ルカは半身になり回避を行った。

 大方の攻撃は避けれたが、それでもサテュロスのスピードは圧倒的に速く、ルカをじわじわと追い詰めていた。


「おい……ニンゲン」


 鋭く睨んだままサテュロスは口を開いた。


「ルカですよ。ルカ。もう、名前で読んでくれてもいいじゃないですかぁ〜」


 ルカの減らず口は相変わらずである。


「なぜその剣を使わないのだ」


 サテュロスはルカの腰に収められている剣を指差した。


「この私を侮辱したいのか?」

「いやいや、そんなつもりじゃ」

「じゃあなぜ! その剣を抜かないのだ!」

「信じているからです」


 ルカはキッパリと答えた。それにはサテュロスも思わず呆然とした。


「な、何をだ?」

「……マモノとニンゲンの共存です」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声をあげるサテュロス。


「お前自分で何言ってるのかわかってるのか?」

「ええ、もちろん」

「あのな、ニンゲン。いいか? マモノはマモノ。ニンゲンはニンゲンなんだよ。種族という根本的なモノが違えば共存はおろかともに手を取ることだってできねぇだろうよ」

「そういう考え方が間違ってるんですよ」

「はあ!? なんだと? 現に今! マモノとニンゲンの共存なんか出来てねぇじゃねぇかよ!」


 辺りにはサテュロスの声が響いた。木々の葉は風に揺られざわめきを生み出している。ルカは一呼吸置き、喋り始めた。


「種族が違うから? 笑わせないでくださいよ……」


 ルカは拳を握り、軽くうつむいた。


「種族が違うからなんだって言うんだよ! こうやって対等に喋ることだって出来る! なのになんで互いに、無条件に敵対しなきゃいけないんだよ!! 手を取り合うことだって、協力し合うことだって可能なはずなんだ……。なんで、戦わなきゃいけないんだよ……!」


 感情を表にし大きく息を乱すルカ。その眼の奥には堅い決心のような何かが見て取れる。


「確かに……確かにそういう考えをする奴がいるかもしれない……。だが今までニンゲンがどれだけ私達を苦しめてきた!? 何もしていないのに殺された仲間だっている!! それを今更綺麗さっぱり忘れて許せだと!?」

「あぁ、そうだよ!」

「はぁ!? どれだけ虫のいい話だよ! そんなんだからニンゲンはダメなんだよ!」

「そうじゃなきゃ話が進まねぇんだよ……! このくだらない報復合戦にドコかでケリをつけなきゃいけないんだよ……」

「…………」

「今まで誰もそのきっかけを作ろうとしてこなかった……。だから、俺がそいつを作るんだ……!!」


 荒い呼吸音がその場の空気を支配する。サテュロスはルカを睨みつけた。


「……ふん」


 一蹴するかのように鼻を鳴らした後、サテュロスはルカに背を向け歩きだした。

 みるみるうちにそのその姿は森の中へと消えていった。ルカは脱力し、大きなため息を吐き出した。柔らかな風がルカの体を撫でる。その風が聞き覚えのある声を運んで来た。


「ルカー!」


 その声はセラはのものだった。ルカは目を閉じ、ひとつ大きな深呼吸をした。


「ふへへ……」


 ルカは笑った。驚くほど人をムカつかせるような喜びに満ちた笑みだ。


「あっ! いた! ……って顔キモッ!」


 ルカを見つけたセラがかけよってきた。


「ちょっとアンタ、大丈夫だったの?」


 その言葉を耳にした途端ルカの目はキラキラと光り輝いた。


「え!? 心配してくれてたんですか!? 僕のことが気になって仕方なかったんですか!?」

「バッ……! 違うわよ!!」

「ちょっとぉ〜セッちゃん照れないでいいのよぉ〜顔真っ赤じゃないですかぁ〜デュフヘヘ」

「セッちゃんじゃないわよ! っていうか照れてもいないわよ!!」

「ん〜ッ! いいよその表情!」

「はいはい」

「冷たくしないでよセッちゃん〜」

「はいもういいから、依頼されたキノコ探すんでしょ? ほらもう! いくよ!! ……って顔キモッ!」


 そんなこんなで二人は再び森の中を歩き始めたのであった。


♦♦♦


 その後二人は無事に依頼されていたキノコを採取し街へと戻ってきていた。


 一旦受注所に戻った二人は依頼達成報告をして、依頼者の名前や届け先が記された紙を受け取った。


「しっかし、カネを払ってまでしてキノコをとってきてくれだなんて変な依頼ね」


 道中、セラはそんなことを言い始めた。


「言われてみればそうですよね」

「でしょ? きっとよほどのモノ好きなのね」

「そうなんでしょうねぇ……」


 二人の足は止まることなく進んでいく。指定された受け渡し場所にはまだ遠い。空は夕焼け色に染まり、影を大きく伸ばしていた。


♦♦♦


 数十分後、二人は指定されていた届け場所と思われる場所に辿り着いた。そこには一軒のこじんまりとした家が建っていた。


「こーの家ですかね……?」

「ちょっと地図見させて」

「はい」


 ルカは言われるがままセラに紙を手渡す。


「そうっぽいわね」


 二人は顔を見合わせ頷くとその家のドアに近づき軽くノックをした。ルカはしかめっ面で紙を見ながら大きな声で言った。


「すみませーん。 受注所であなた様の……えーとレナさん? の依頼を受けた者なんですけどもー」


 ルカがそう言うと奥からはーい、と答える声が飛んできた。足音が近づき、すぐさまドアが開かれた。そこから姿を現したのは一人の女性だった。


「どうもー、ありがとうござ……」


 女はルカの顔を見るや否や目を、そして口をあんぐりと開き固まってしまった。


「へ……? えと……あの……?」


 困惑するルカ。すると女の容姿が段々と変化していった。髪の毛の中から耳が現れ、臀部からはフサフサの尻尾が生えてきた。みるみるうちに人と狼のあいだの姿になってゆく。


「あ、あなたは……いつぞやの……!」


 そう叫んだルカにウェアウルフ、もといレナは抱きついた。


「やっっと逢えた!!」

「……はへ!?」


 今度はルカ達が硬直する番だった。





♦♦♦




「お茶持ってきたぜ!」

「あ、はい」


 誇らしげにやってきたスライム娘からルカとセラの二人は素直にお茶を受け取った。


 どういうわけか二人はレナたちの家に上がらせてもらっていた。またまたどういうわけか、ルカの腕には幸せそうな顔をしたレナがひっついていた。


「鍋もう少しでできるから待っててくださいね」


 奥からはラミアのそんな声が飛んでくる。


「は、はぁ……」


 きょとん、とし気のない返事をするセラ。一方ルカはというと、見ている側がムカついてくるくらいの満面の笑みでデレデレしていた。


「あたしはスイ。よろしくな!」


 スライム娘は弾力性に富んだ手を差し出してきた。ルカはなんの躊躇いもなく握手を交わす。


「あぁ、どうもよろしくよろしく」


 そんな二人の間にレナが割り込む。


「あー、向こうにいるラミアがラーでわたしがレナよ」

「どうも、貴方のためのルカですよ。キラッ」


 驚くほど気障ったらしい口調で放たれたルカのその言葉にレナは頬を赤らめ目線をそらし口元を手で隠しながら「もう……ばか……」と言った。


 なんだか面白くないセラは暇を持て余しお茶を飲み始めた。


「しっかしよ〜、レナが結婚だなんてなぁ〜。未だに信じらんないぜ」


 セラは喉元まで入り込んでいたお茶を一気に吹き出した。


「けけけっ、結婚!?」

「そうだぜ。この前あった時にレナのやつが告白されたんだ!」


 セラはバッ、と勢い良くルカを見た。ルカもセラを見た。


 数秒の後、ルカは小さく頷いた。


「はぁぁぁぁあああああッ!?」


 セラの怒号が辺り一面に響き渡った。

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