「いやぁ、その表情もいいですねぇ」
「はぁ……」
セラは深いため息をついた。
「どうしたんです? まだまだ魔王城は先ですよ?」
ルカはこの通り元気一杯である。
暗い表情をしたセラは昨晩のことを思い返す。
♦♦♦
『女王様! なぜあいつと魔王様の所へ行かなければいけないのですか!?』
そうセラに尋ねられたクイーンハーピーはきょとんとする。
『何故って……。お主らが結婚するためにであろう』
『は!?』
思わずセラはそう叫んだ。慌てて訂正する。
『いや、すいません。え? どうしてそのような話の流れになっているのですか!?』
するとクイーンハーピーは不敵に笑った。
『ふふふ……。その意味は魔王城につく頃にはわかるであろう。というわけで明日魔王城に出発するのじゃ!』
『えぇぇぇ……』
♦♦♦
その後は勢いで流されてしまった。セラは再びため息をついた。
セラは軽やかに前を歩くルカに尋ねた。
「ところで魔王城がどこにあるのか知ってるの?」
「え、あ、はい。大体の方角なら見当ついてますよ」
「え?」
セラは立ち止まった。
「へ?」
ルカも立ち止まった。
「それじゃあ正確な位置はわからないってこと!?」
「え、ええまあ……」
「……そう」
とっとと終わらせて帰りたかったセラにとっては想定外のことだった。そんなセラを見てルカはニンマリとした表情を浮かべた。ここの上ない気持ち悪さである。
「何よ気持ち悪い……」
「いやぁ、その表情もいいですねぇ」
「もう……やめてよ……」
「ふふふ……まぁ、とりあえず行くところは決めてますよ。さあ、行きましょう」
♦♦♦
数時間。ルカとセラは小屋の前にいた。あたりは先程までではないが木々に囲まれていて、どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。
「ここは僕が修行するときに使うところです」
「へぇ、修行とかするんだ」
「ええ、時々ですけどね」
見ると、小屋の前には庭のような広大な空間が広がっていた。中央には一本だけ取り残されたように木が生えている。
「今日はここに泊まります。諸々の準備、確認をして出発したいと思います」
「わかったわ」
「じゃあ早速中へ……」
ルカは戸を開けセラを中へ入れる。そこには簡易的な台所やベッド、壁には色々なものが掛けてあった。
二人はしばらくそこで身体を休めた。
♦♦♦
「うーん、日が暮れるまでまだ時間があるので釣りでもしますか?」
「……つり?」
セラは不思議そうな顔をして首を傾げた。どうやら知らないようだ。
「ちょっとついてきてください」
そういうとルカは壁にかけてある釣り竿を持って外に出た。セラもそれに続く。
数分歩くと二人の前に川が現れた。
「ねえ、どうやって魚をとるの?」
セラはルカに尋ねた。
「こうやって……」
ルカはおもむろに腕を伸ばしてカエデから小枝を折った。そしてその小枝の先端をナイフで鋭くし、真ん中には溝を刻む。そして自分の釣り糸を刻んだ溝に巻きつけた。
「こんな感じです。えーと、それから……」
ルカは虫を捕まえ針が隠れるようにつけた。そしてそれを川の中に投げ入れた。
「こうしてしばらく待つんです」
数分後、ルカは釣り竿を持ち上げた。その針の先にはハスが引っかかっていた。
「わぁ! あんたすごいじゃない!」
セラは嬉々とした表情を浮かべる。ルカは魚を釣り針から外し岸に置いた。その魚をセラはまじまじと見つめている。
「へぇー、これが釣りっていうんだ……って顔キモっ!」
ルカはニタニタと気分を害すような笑みを浮かべている。いわゆる『ドヤ顔』である。
「デュフフ、どうです。すごいでしょう?」
「すごいけど笑い方キモっ!」
「……泣いちゃいますよ?」
「はいはい」
「えっ……冷たい……」
「それよりもっと釣りなさいよ」
「え、あ、はい。見ててくださいよ〜、ってもう見てない!?」
♦♦♦
数時間後、二人は釣った魚を焼いて食べていた。
「火をこんな風に使うなんて初めて知ったわ」
セラは少し焦げた魚を見つめる。
「不思議よね。同じ火でも使う種族が違うとここまで差が出てくるのね……」
「…………」
ルカは一瞬だけ目を細めた。
二人が魚を食べ終わった時には辺りは日が暮れ、暗くなっていた。どこからか聴こえてくる虫の声が鳴り止むことなく響いている。
「さて、今日はもう寝てしまいましょう」
「ええ……。意外と疲れたわ」
「後片付けをしておくので先に寝ててください」
「ありがt……襲ってきたりしないよね?」
「そんなことしませんよ!!」
ルカが大きな声で反論する。
「僕は紳士ですよ!?」
「……ならいいけどね」
そう言うとセラは小屋の中に入りベッドに潜り込んだ。
出発前の心配は杞憂だったかもしれない、とセラは今日一日通して思い始めた。しかしまだルカとの距離はある。まだルカのことを何も知らないのだ。
……と、そんなことを考えている内にセラは眠りに落ちていったのだった。
♦♦♦
ルカは後片付けをし終わったあと、剣を持ち、素振りを始めた。その風切り音だけがあたりの空気を震わせている。
それを数十分した後、ルカは何処かへと歩きだした。
♦♦♦
セラが目を覚ますとルカはすでに起きていた。
「おはよう」
とろけた目を瞬かせながらセラは言った。
「あ、おはようございます。早速なんですが、もう少ししたら出発したいと思います」
「ふぁ……早いわね」
あくびを噛み殺しながら喋る。そんなセラにルカはある物を渡した。
「なに? これ」
「マントです。街などに入る時は、面倒臭いですがそれを着ていてください」
「……わかったわ。それよりあんたこんなモノ持ってたっけ?」
「ええ、まあ……」
「ふーん……」
そう言ってセラはマントを受け取り、腰に巻きつけた。
「それでは十分程後に出発するので準備しておいてください」
「わかったわ」
♦♦♦
数十分後、ルカたちは次なる目的地へと足を進め始めた。日はまだ登ったばかりで木陰は鋭く伸びている。
「今日はどこまで行くの?」
おいしげる草木の間にあるほ細い獣道を、ルカの後について歩くセラは尋ねた。
「歩きっぱなしです。覚悟しておいてください」
「うげぇ……」
♦♦♦
もう日が沈みあたりが暗くなった頃である。
「今日は野宿です」
るルカは突然立ち止まりそう言った。
「え……ここで?」
疲れた目を瞬かせながらセラは言った。辺りは木が生えているばかりである。
「ええ、そうです。ちょっとマント貸してください」
そういうとルカは簡易式なテントを作り始めた。柔らかい枝を寄せ集め、その上にマントを広げて乗せた。そして落ちている大小様々な木を拾い、穴を掘りそこに石を入れ、周りを囲んだ。火打ち石を使いそこに火をつけた。
二人はその火を囲み、道中拾った木の実などを口にした。
今日一日の疲れからかセラはいつの間にか眠りに落ちていた。それを確認したルカは剣の素振りを始めた。
♦♦♦
翌朝。
セラが目を覚ます頃にはすでにルカは起きていた。
「おはようございます。あと少しで街につくはずです。頑張りましょう」
「……ええ、わかってるわ」
起きて間もないセラは眠い目を擦りながらルカの後をついていった。
数時間後、二人の前には開けた大地と一つの町が見えていた。
「あそこがセノーラという町です」
「へぇ……。ニンゲンはいちいち名前を付けたがるのね」
「まあ……そうですね……。っと、町に入るときはマントを着てくださいね」
二人は街へ向かっていった。
♦♦♦
ルカとセラは食事をとるとすぐにセノーラを後にした。
「……え?」
町を出るや否やセラは言った。
「ん? どうしたんです?」
「いやいやいや、ここの町で何かが起こるとかそういう雰囲気じゃなかったの!? 町の名前まで言ってたし!」
「いやぁ、別にそういう訳でいったわけじゃぁ……」
「紛らわしいわッ!!」
叫ぶセラを見てルカは呟く。
「なんでそんなにテンションが高いんですか……? ちょっとひいてます……」
「やかましいッ! こちとらやっとこさ休めるものばかりだと考えてたのよ!! そしたらまた歩くだなんて……!」
「ん、それなら目的地はすぐそこですよ」
「え」
そう言ってルカは数十メートル進む。そしてドヤ顔で振り返った。
「え……そこ崖じゃない……。顔ウザッ……」
「チッチッチ、下ですよ、下」
ルカはウザったらしくピンと伸ばした人差し指を振り、その手を崖の下方に向けた。セラは多少苛つきながら崖の下方を覗く。
そこから見えたのは先程のとは比べ物にもならないくらい大きな街が広がっていた。ここから下の地面までは結構な高さがあり、先程まではわからなかったのだ。
「うわぁ……」
思わずセラは感嘆の声を漏らした。赤を基調とした家々の屋根が並び、中には大きな建物もある。
「ね、すぐでしょう?」
人を苛つかせるような笑みを貼った顔でルカは言う。
「え……でもこれ下まですごい高さあるけど、どうやって行くの?」
「……………………」
「え……まさか……!」
セラは黙り込むルカの瞳をのぞき込んだ。ルカの目は遥か彼方の空を見据えていた……。
♦♦♦
結局二人は一時間かけて比較的緩やかな道を探し下っていった。そして街に着くと早速宿に潜り込んだ。
「ふぅ……やっと落ち着けるわね」
「そうですねぇ……」
「そういえばここが目的地って言ってたけど何をするの?」
「んーと、あれです。資金集めですね」
「資金……?」
セラは首を傾げた。
「要するにお金のことですよ」
「お金……?」
「えぇと、何か物を買うときに使うものなんですよ」
「そんなに価値があるものなの?」
「うーん、まぁ、それで色々な物が買えるので価値はありますね」
「ふぅーん」
ルカはおもむろに金貨と銀貨と銅貨を取り出した。
「この金色のお金は銀色の10個分、銀色のお金は銅色の10個分っていうふうになってるんですよ」
「へぇー」
「まぁ、今日はゆっくり休んでください」
「ふぇー」
セラは疲れのせいからか気の抜けた返事をした。
次の日。深く長い眠りからセラは抜け出した。いつものようにルカは先に起きていた。
「おはようございます」
そう言ってルカは干し肉をセラに差し出した。セラは無言で受け取り少しずつ頬張った。
しばしの沈黙。部屋に干し肉をかじる音だけが響く。
「そういえば資金ってどう集めるの?」
唐突にセラが訊く。
「クエスト受注所に行くつもりです」
「なにそれ」
「色々な依頼が報酬付きで集まってくる所ですね」
「その報酬がお金なの?」
干し肉を水で流し込んでから訊く。
「そうです。依頼にも様々な種類、難易度があってそれに応じた報酬が出るんですよ」
「へぇー、それじゃああんたはどんなので資金を集めようとしてるの?」
「うーん、それはまだ決めてないですね。見てから決めます」
「それっていつから行くの?」
「今からです」
「え?」
思わず開かれるセラの口
「今からです」
♦♦♦
二人は早速宿を出発した。それと同時に柔らかな日差しが二人を包む。それなりにでかい街だけあってまだ朝だというのに人が多い。
セラは周囲の人間に視線を巡らせた。自分が魔物だと疑うものはいない。どうやらマント姿というのはあまり珍しくないみたいだ。
活気のある商店街を抜け、幅の広い石段を少し登ると周りよりも一回り大きな建物がみえた。
「ここがクエスト受注所です」
二人はその中に入っていった。
受注所内には様々な人がいた。服装をルカと比べると周りの人は幾分かゴツいモノであった。
ルカは真っ直ぐに大きな掲示版へと歩く。その掲示版にはたくさんの紙が貼られ、クエスト遂行者を募集していた。
人の隙間を縫いながらやっと掲示版全体が見えるところまで来た。よく見るといろわけがされているようだ。
ルカは掲示版の端から一つ一つクエスト内容を見ていく。そして赤色の紙を掲示版から引き剥がした。それを受付まで持っていく。
「こんにちは。今日はどういった内容のクエストを選ばれましたか?」
快活そうな女性が対応に当たる。ルカは先程引き剥がした紙を女性に手渡した。
「……はい、このクエストで本当によろしいですか?」
女性はルカに確認するよう紙を見せる。
「大丈夫です」
「それではこの契約書にサインをお願い致します」
ペンを渡されたルカは契約書を一通り読むとサインを書き始めた。
「はい」
書き終わったそれを女性に渡す。
「はい……はい、確かに。それではご武運をお祈りしています」
そうしてルカは受付を後にした。
二人は外に出た。
「なんのクエストを受けたの?」
「雑用クエストです」
そう言ってルカは先ほどの紙をセラに見せた。
「庭の雑草の処理や、家の掃除などの手伝い……。これほとんど雑用じゃない……」
「それはそうですよ。お金なんて地道に稼ぐもんですから」
「へぇ……、じゃあ、頑張ってね」
セラはクエスト受注書をルカに返す。
「いや、何言ってるんですか。あなたもやるんですよ」
「……え?」
「二人で行きますって契約をしてきたんですよ」
「え……えと、え……?」
「それじゃあ早速行きましょうか!」
そうしてセラはルカに強制的に連れて行かれた。
♦♦♦
「つかれたぁぁ……」
クエストという名の雑用を終え、セラは宿に着くなりベッドに飛び込んだ。
「もー花粉で鼻がムズムズするよぉ……」
セラは疲れからか普段は出さないぐずるような声を漏らした。
「いやぁ、お疲れ様でした〜」
遅れてルカも部屋に入ってくる。その手に握られているのは薄汚れた銅貨1枚であった。
「あんだけ働いて銅貨がたったの1枚なのね……」
「そんなものですよ。まあ、言うて銅貨一枚は金銭十枚分ですからね」
「金銭……? お金は金貨と銀貨と銅貨だけじゃなかったの?」
「ええ、その他に銅銭、銀銭、銅銭があります。銅貨とかと一緒で銀銭は銅銭十枚分、金銭は銀銭十枚分ってな感じです」
「ふ〜〜ん……」
セラはあまり興味なさげに返す。
「なんで昨日言わなかったのよ」
「え、まぁ……」
言葉に詰まりルカは頭を掻いた。言わなかったことに特段深い意味はないのだが、なんでと聞かれると答えに詰まってしまう。
「…………くぅ」
ルカが答えられずにいるとセラの口から可愛らしげな寝息が聞こえてきた。相当疲れたようだ。つい先程まで起きていたとは思えないほど気持ちよさげに寝ている。
ルカは寝顔をみて微笑むと、素振りをしに外へ出た。
♦♦♦
「へっくち!」
セラは自分のくしゃみで目を覚ました。鼻にはムズムズという感覚。どうやら花粉のようだ。
「おはようございます! 今日も行きましょう、仕事に!」
そこに無駄にテンションが高いルカが声をかける。ものすごい笑顔である。
「……やだ」
セラは寝ぼけ眼でそう口にした。
「…………」
ルカはニコニコしながらセラに歩み寄る。無言の圧力である。しかしセラはそれに動じない。
「…………」
「…………」
両者の無言の睨み合いが続く。
そこでルカは秘策に出た。
「働かざる者……食うべからず」
その言葉を耳にした途端、セラの表情が一変した。その瞳はルカをうらめしそうに見つめる。
生唾を飲み込む音の後にセラは負けを認めたのであった……。
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