俺の決意

この手を離したら、もう二度と響一は俺の顔を見てくれないかもしれない。

この手を離したら、もう二度と響一は俺の声を聞いてくれないかもしれない。

この手を離したら、もう二度と響一は俺の名前を呼んでくれないかもしれない。

この手を離したら、もう二度と響一は俺のことを好きになってくれないかもしれない。

この手を離したら、もう二度と響一は俺のものにならないかもしれない。


俺は恭介のマフラーで恭介の首を締めながらそう思った。

これは、俺の最後の抵抗で、俺の最後の葛藤で、俺の最後の愛の行為なんだ。


「・・う・お。」

「聞こえない。」

「あ・・・お。」

「全然聞こえない。」

「・いう・・。」

「そんなんで全部言えると思ってんの。」

「お…まえ、まじで…いいか…にしろって。」


俺は今、恭介の手足を何かしらの本を手本にして、両手両足を一気に縛り上げ、口には彼女が忘れていったもこもことした可愛らしいハンカチを咥えてもらい、平仮名を言うように指示をしている。

この行為に特に意味はない。ただ何となく言わせてみたかっただけだ。俺の知らない、まだ聞いたことのない響一の口から発せられる平仮名の音を、ここで全て聞き留めておく為の手段とでも、この場では言っておこう。


「一気に“な行”まで言ってもらおうか。そうしたら、今の発言チャラにするよ。今までのことも全部ね。」

「お前どんな神経してんだ。さっき散々俺の首絞めやがって。もうちょっとで気失うとこだったんだぞ。」

「そのくらいの加減は誰だってできるよ。」


あ、ちなみに首は締めましたが、致命的な強さではないですよ。俺が好きな人を殺すなんて、そんなことするわけないじゃないですか。もし彼に、彼のマフラーで彼を殺して、残った俺はどうなるんです?一人になるじゃないですか。もし仮に僕が響一に殺される、その行為自体は喜んで受け入れます。自分の好きな相手に殺されるなんて、そんなの本望じゃないですか。

最後の瞬間、俺のことを見てくれるのが響一だという事実を冥土の土産ってやつにして逝きますよ。


さあて、こんな話をしている場合ではない。俺は今から響一にしなければならないことがあるんだ。

俺は全神経を集中させて響一をターゲットに当てた。今日は俺がお前を好きにしてやる。


「お前、まじでふざけんなよ…後で絶対…」

「後で何?何してくれるの?触ってくれるの?それとも触っていいの?耳くちゃくちゃ触らせてくれるの?」


俺は少し表情を緩めて響一を見つめた。優しい俺を、少しでも優しい俺を今のうちに見せたかった。後何分後かに俺は、お前を完全に嫌いになるんだよ。今のお前は知らないだろうけど。


「お前…」


違うでしょ、響一。


「名前。」

「は?」

「名前呼べよ。俺の名前はお前じゃない。」

「おま……くそっ…恭介、そろそろ許してくれよ。」

「何を。」

「悪かったよ。あんなに色々、お前の気持ち知ってて俺…」


咄嗟に響一の髪の毛をぐさっと引っ張り上げた。頭の皮が剥がれるかと思うような、びりびりとする痛みが響一の脳裏を斬り刻んでいくのを願いながら、その痛みを永遠に忘れないようにする為に、俺は全力で響一自身を至近距離に詰めさせた。


「俺の名前はお前じゃない。さっきの、聞こえなかったの?あんなに地獄耳のくせして。それともフェイクなの?本当は何も聞こえてなくて、俺がすぐ傍にいるの気づいてなくて、あの子が気絶するくらいまで焦らし続けてたの?それならしょうがないか。それなら許してやるよ。耳が悪いんなら、その耳が地獄耳じゃないなら許してやる。でももし、全部聞こえてたんだとしたら、俺に響一のこと、何でも好きにやらさせてくれる時間頂戴よ。それが終わったら、もうこの関係は終わり。普通の双子の兄弟だ。それで全部お終いだ。」

「許して…何でもする…何でもするから…」

「そうじゃないんだよ、響一。俺が聞いているのはそれじゃない。聞こえたのか、聞こえてないのか、そのどっちかだ。」

「…」

「答えろ。響一。」


びくびくと震える響一をじっくりと見ながら、俺はこれからも胸をいっぱいにするはずの響一への気持ちを全て真っ白に染め上げる決意を、マフラーを探す素振りをしつつ響一を横目で確認しながら静かに固めた。


響一、今だけそっと言うよ。大好きだったよ。

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